いつの日か恋人になる人
2人で昼食を終えた後は、部屋の掃除と片付けに取りかかる。
2人で分担すればすぐに終わるだろう。
そう思っていたのだが……
「いや、まいったな……どうしよう」
海歌の部屋が散らかりすぎていて、どこから始めればいいか分からない。
とりあえず、汚れがしつこい水回りは後回しにして、床や棚の片付けから始めた。
「よっこいしょ……重っ」
空いたスペースに、海歌は紙の束を置いた。
紙が何十枚……下手したら何百枚も積み重なっている。
その紙の束の正体は、海歌が小学生、中学生の頃から保管していたプリント類だった。算数ドリル、理科の植物観察記録シート、歴史人物テストの解答用紙、英語の単語ノート、家庭科の裁縫マニュアルなどなど。
「これ、今まで全部保管してたのかよ……」
「うん。いつか使うかもしれないし」
「いや、捨てるのが面倒くさかっただけだろ?」
「それもある」
不要なプリントを捨てるのが面倒な気持ちは分かるが、それにしても放置しすぎだ。部屋が散らかって狭く感じる要因の一つになっていることは間違いない。
「見て見て陸翔、小学2年生のときの漢字テスト。76点」
「自慢できるものじゃないんだから、早く捨てろ。点数、高くもないし低くもないし……」
厄介なのは、必要ないプリント類と、《《保管しておいたほうがいいかもしれない書類》》が一緒に保管されていることだ。
たとえば、給食費の引き落とし通知書が英語プリントの間に挟まっているといった感じ。
つまり、一気にゴミ袋に放り込むことはできず、一枚一枚確認しながら捨てなければならないのだ。
「これは歴史の人物テストだから、いらないな」
「これは卒業証書だから、絶対いるよね」
「これは……推しノート(カップリングとか)なにこれ?」
「あ、それ絶対に見ないで、すぐ捨てて」
こうやって、いる、いらないを判別する単純作業が続いた。
飽きっぽい海歌は、作業そっちのけで卒業アルバムを見始めた。
こういう懐かしい思い出が掘り起こされるのも、整理整頓の醍醐味である。
「これ、小学生の頃の私。かわいいでしょ?」
「ああ。今と変わらず、な」
「そういう陸翔も、変わらずカッコいいよ」
「……熟年の夫婦みたいな会話だな」
「ふふ、それな」
運動会、課外活動、音楽祭など、卒業アルバムには華やかな写真が並んでいた。
そんなアルバムの最後のページには、カラフルな寄せ書きがたくさん書かれていた。
「カエデちゃん、みっちゃん、上原くん、安藤さん、右京くん……あ、古谷陸翔!」
懐かしい名前が並ぶ中、俺の名前が見つかった。
過去の俺は、いったいどんな寄せ書きを海歌のアルバムに書いていたのだろうか……!?
「『卒業おめでとう、また遊ぼうね』だって」
「書いていること、いたって普通だな……」
「でも、今日遊びに来てくれて、4年越しに約束守ってくれたじゃん。ありがと、陸翔」
「あ、ああ」
そんな思い出話はほどほどに。
卒業アルバムを棚にしまって、プリントの仕分け作業を再開した。仕分けが終わったら、いよいよ部屋のあちこちの汚れを取り除いていく。
洗剤やぞうきん、ブラシなど、必要に応じて俺が買い出しに出かけた。
一方の海歌は、パンパンになったゴミ袋をゴミ捨て場に捨てるために、何度もアパートの階段を上り下りしていた。
「はぁ、はぁ……胸が蒸れるし、パンツが食い込むし、最悪……」
「ハハハ……そうか」
何とツッコミを入れればいいのか分からず、乾いた笑いが飛び出た。
しかし、そんな海歌の飾らないところが俺は好きだった。
……だが、ズボラすぎるというのはいかがなものか。
ベッド横の棚の上に置かれていたのは、完食したカップ麺の容器だった。それも、10個ぐらいが重ねられていて、てっぺんの容器には使い終わった割りばしが刺さっていた。
「まさか、ベッドの上でカップ麺を食べてたのか!?」
「うん。部屋から移動するのも、テーブルの上を片付けるのも面倒臭いから」
海歌は、さも当然かのように言った。
いや、信じられん。
ベッドにカップ麺の 臭いがつくし、明らかに食生活が偏っているし、塩分過多だし、もしスープをこぼしたらどうするんだ……?
あまりに怠情でズボラな海歌に恐怖しながら、俺はカップ麺タワーをゴミ袋に放り込んだ。
「あのさ海歌、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
俺は食器を洗いながら、気になっていたことを聞いてみた。
「答えたくないなら答えなくてもいいんだけど……」
念には念を入れて。
「――なんで、海歌は学校に来なくなったんだ?」
「……」
「空音さんも心配してたけど」
「うーん、何で、かぁ……」
海歌は口ごもった。
「中学卒業するまでは頑張ってたよ。陸上部も頑張ってたし、陸翔と空ちゃんと同じ高校にギリギリ合格できるぐらい、勉強も頑張った。でも、高校生になってから、なんか、全部のやる気がなくなっちゃった」
不登校となり、家から一歩も出ず、部屋の掃除や冷蔵庫の整理まで面倒になってしまったと見える。
一種の【燃え尽き症候群】なのだろうか。
「そうか、色々と大変だったね」
俺ができるのは、こうやって言葉をかけたり、昼食や部屋の片付けを手伝ったりすることだけ。
海歌自身が、身近な大人……たとえば、ご両親とか、担任の先生とかに相談できたら良いのだが。
「そ、そういえば海歌って、俺とすごい仲良くしてくれるよな」
暗く淀んでしまった空気を払拭するために、俺は不器用ながら話題をすり替えた。
「そりゃ、陸翔と私は幼なじみだし」
海歌は休憩がてら、テーブルの上のポテチ(うすしお味)を摘まみながら言った。
「空音さんとは遊ばないのか? チャット交換してるみたいだし、異性の俺より同性の空音さんのほうが、話題が合うと思うけど」
「うーん……」
海歌は再び口ごもった。
「たしかに空ちゃんと居るのも楽しいよ。でもあの子、ずーっと喋ってるし、ずーっとハイテンションだし、周りに人が多いしで、正直疲れちゃうんだよね」
海歌の言う通り、 空音は【明るすぎる】。
昨日の話だが、空音は教室移動中の俺の脇腹を突いて、気軽に話しかけてきた。しかも空音は、学校に来ていない海歌のことを心配していた。
しかし、そんな空音の親切心や、眩しいぐらいの陽キャ気質が、ときには「ウザい」とか「疲れる」と感じてしまうのかもしれない。
「でも陸翔は、一緒にいて楽しいし、気が合うし、疲れないし、安心感がある。陸翔って、頼れるお兄ちゃんって感じがする」
「お、俺がお兄ちゃん……?へへっ」
海歌の「お兄ちゃん」呼びに、思わず笑みが飛び出した。
「顔、にやけてるぞ~」
俺の頬を指で吹く海歌。
そんな彼女は、俺の目に「ノリの良い妹」のように映った。
「これから陸翔と一緒に遊んで、 出かけて、陸翔のこともっと知って、陸翔のこともっと好きになったら、幼なじみとか、仲良しなきょうだいみたいな関係を飛び越えて、《《恋人同士》》になっちゃうかも」
「恋人同士!?俺と海歌が?じょ、冗談だよね……?」
「冗談なんかじゃないよ。私は本気だから」
「マ、本気か……」
接吻を迫るような勢いで俺に迫った海歌。
そんな、やけに積極的な彼女の黒い瞳に釘付けにされてしまった。
「海歌……顔、真っ赤だけど……」
「う、うるさい……陸翔も同じだっつーの」
結局、その日は海歌の部屋の掃除と片付けをして終わってしまった。
俺の脳裏には、海歌の甘い声とキレイな黒い瞳の色が焼き付いて離れなかった。




