ご飯にする?お風呂にする?それとも……?
来る土曜日、
俺は海歌のメイド服姿を拝むため……ではなく、海歌と遊ぶために家を出た。
服装は、普段あまり着ていない新しめのシャツと、外出服の黒の長ズボン。爪も切ったし、髪型は整えておいたし、しっかり歯磨きしたし……人様の家に遊びに行くための準備は万全だ。
どんよりとした曇り空の下を自転車で駆け抜け、海歌の家に到着。
ちょっと緊張しながらもインターホンを押した
「海歌、俺だよ、 陸翔だよ」
返事はすぐにあった。
玄関の扉の向こうから「ちょっと待ってて」という海歌の低い声と、空き缶が転がる音が聴こえてきた。
「は……?!」
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
ドアの向こう から現れた海歌の格好に、度肝を抜かれた。
白を基調とした、スカート丈の短いメイド服姿の海歌が出迎えた。これでもかと太ももや豊かな胸部を露出しているため、目のやり場に困る。
海歌は腰を低くして俺を見上げ、口元をとがらせ、あざとい仕草で俺を見上げた。
「私と一緒にお昼ごはんにします?一緒にお風呂に入ります?それとも……へへっ」
「と、とりあえず部屋に入ろうか!」
「わっ!り、陸翔って、けっこう強引なんだ……」
「うるせえ、黙ってろ」
海歌の肩を押して、そそくさと入室。
こんな破廉恥な姿の海歌を近所の人に見られたら、俺が恥ずかしくて仕方ない。
慌ただしく入室した俺は、海歌の部屋の変化に気づいた。
――部屋が臭くない!それに、ちょっと片づいている!
「今日早起きして、頑張ったんだよ。ゴミは捨てたし、部屋の換気もしたし、消臭剤も新しいのに変えたし」
「イイね。すごいじゃん」
「ふへへへ」
「笑い方のクセ強っ」
俺が素直に褒めると、海歌は不器用に笑った。
その後に、彼女の顔や目元が少しずつ赤くなった。
なるほど、海歌は自分のためではなく、《《俺に褒められるために》》片付けを頑張ったようだ。
「陸翔、お昼食べて来た?」
「いや、 まだ何も食べてない」
「じゃあ、お昼一緒に食べよ」
「俺が作ろうか。 すぐに食べたいなら、チャーハンとか?」
「お、いいね。ネギとにんにくマシマシで!」
「お米ってある?」
「うん」
俺は冷蔵庫を開けた。
スーパーの特売シール付のお惣菜、牛乳、ドレッシング、各種野菜、調味料など、選り取り見取りだったのだが……
「ジャガイモは芽が育ってるし、牛乳の賞味期限は3週間前……ヨーグルトは半年前!?」
なんと、ほとんどのモノの期限が切れていた。
「私、買ってくるよ。チャーハンだから、お肉とネギと卵と油と……」
海歌は財布とスマホを持って、メイド服姿のまま外出しようとした。
「待て待て!まさかその格好のまま買い出ししようとしてる?」
「え、そうだけど……」
「やめとけ。もしかしたら、通報されて警察のお世話になるかもしれないぞ」
「大丈夫、だいじょーぶ。私、女だから通報なんてされないって」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
性別は関係ない。
服装のTPO(時、場所、場面)は常に弁えるべきだ。
「俺が買い出しに行ってくるから、ごはん2合炊いておいて」
「りょーかいです、ご主人様!」
ごはんの用意を海歌に任せて、俺は駅前のスーパーに買い出しに出かけた。
買い出しは、普段なら億劫になってしまう行程だけれど、「海歌と自分のため」 と考えると、気分が晴れやかだった。
……空は、真っ黒な曇りもようだったけど。
卵やネギ、にんにくなどの買い出しを終えて、自転車に乗っていると、額にポツリと水滴が。
「うおおおおおマジかあああああ降ってきたあああああ!!」
これだから梅雨の時期は嫌いだ。
しかも、買い出しを終えて、海歌の家まであと少しのところで本降りに。カッパを着ないと濡れるが、カッパを着るには短い距離で、非常に悩ましい。
「ただいま……」
結局、少し濡れながら帰宅。俺の属性「面倒臭がり」が発動した結果だった。
「お帰り、陸翔。言われた通り、ごはん2合炊いておいたよ。あれ、雨降ってた?」「あとちょっとのところで降ってきたよ。タオル借りてもいい?」
「ん。今持ってくる」
海歌はタオルを持ってきて、俺の頭を拭いてくれた。
「自分で拭くからいいよ」と言ったけど、海歌は聴く耳をもたず、親切丁寧に体を拭いてくれた。完璧にメイドになり切っている……
「そのメイド服、可愛いね。どこで買ったの?」
「オンラインストア」
「あ、もうそういう時代か」
俺はいつもネットで服を買わず、実店舗で見て、試着してから買う。
ネットで買うという発想がなかった。
「こういう服、着てみたかったんだよね。完全に私の趣味だけど」
「地雷系ファッションとかも似合うと思う」
「うん。私自身もそう思う。見て、メイド服を着た自撮り写真をSNSにアップしたの。そうしたら、めっちゃ【いいね】もらえた」
海歌はスマホで「マリン」という名前のSNSアカウントを見せてくれた。
そこには、顔にモザイクをかけて、メイド服を着てピースする海歌の写真がアップされていた。
いいね:420件
リプライ:24件
なかなか良い反応をもらえているようだ。
そうしてファッションの話をしている間にも、海歌は俺の体を丁寧に拭いてくれた。
(お、おお……いい景色だ)
頭を拭いてくれる海歌の胸が目の前にある。大人顔負けの大きさに育ったそれが、木に成る果実のように揺れている。
「陸翔、なんか、その……エロいね」
「ど、どこが?」
突然の爆弾発言に、俺は言葉を詰まらせてしまう。
いや、エロいのはどちらかというと海歌のほうだろ!
「髪がしっとりしてて、シャツが少し透けて体に張り付いているのが、イイ」
真剣におバカなことを語る海歌に見つめられて、思わず吹き出してしまった。
それと同時に、炊飯器が湯気を上げながら音楽を奏でる。
「あ、ごはん炊けたみたい」
「よし。じゃあチャーハン作り始めるか。海歌、手伝ってくれる?」
「もちろん。だって、今の私、メイドだもん」
立ち上がり、海歌と一緒に台所に立った。
シンクに積み重なった大量の食器類は、後で洗って片付けよう。
あと、海歌のメイド服はフリルがヒラヒラしていて危ないので、火の扱いは俺が担当する。
海歌が食材を切って、俺が強火で一気に炒めるという計画だったのだが……
「わっ!?」
横から、海歌の悲鳴が聞こえた。どうやら、にんじんを切ろうとして指を切りかけたらしい。
「包丁を使うときは、猫の手みたい にして指を丸めるって、小中学校の家庭科の授業で習っただろ?」
「もう何年も包丁使ってないから忘れてた……」
包丁の扱いに慣れていない海歌に代わって、俺がにんじんやネギを切った。
トントントンと、リズムよく刻む。
「すご」
「だろ?」
学校で食べるお弁当や、夕食を自分でつくっているので慣れたものだ。
不器用なメイドに代わって主人役である俺が料理するという、何ともヘンテコな構図だが。
ともあれ、チャーハンは無事完成した。
海歌の要望通り、ネギとにんにくが多めである。
俺がフライパンから皿へ盛りつけようとしたとき、海歌が「待って」と止めた。
海歌は大皿にラップを敷いた。
「こうすれば、お皿を洗う必要ないでしょ」
「おお、たしかに!」
なるほど、これが海歌式の【超なまけ者のための節約術】ということか!
「まぁ、私1人だったらフライパンから直接食べるけどね」
「そ、その発想はなかったな……」
海歌の面倒くさがりな一面に感心と困惑を感じながら、同じ大皿を使ってチャーハンを食べた。
「「いただきます」」
「うわ、ウマっ!こんなにおいしいって思えるお昼ごはん、久し振りかも」
「喜んでもらえてよかった。味はどう?」
「私的には、もうちょっと味が濃くてもいいいかも。しょうゆとこしょうとブラック ペッパーをささっと」
「それは塩分過多だな……海歌、学校に来てない間に、味の濃いものばっかり食べてるだろ」
「うっ、バレたか」
部屋には、 ネギのツンとした良い匂いと、にんにくの香ばしさが充満している。
チャーハンを半分食べ終わった頃のこと。雲間から覗いた太陽の光に照らされてキラリと光るものが、海歌の頬を流れ落ちるのを見た。
涙……?
どうして……?
「海歌、泣いてるの?」
「え、あ……いや、あのさ、今日早起きして眠くて、あくびしたら出てきちゃった。ただ、それだけ」
海歌はそう弁明する。しかし、彼女の声は明らかに震えていた。あくびも、していなかったと思う。
その涙の理由を聞く勇気はなかった。




