ポンコツメイドは料理ができない!!
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
土曜日、アパートを訪れた俺は、メイド服に身を包んだ海歌に出迎えられた。
「えっ?!」
白を基調とした、スカート丈の短いメイド服だ。これでもかと太ももや豊かな胸元を露出しているため、目のやり場に困る。
「お昼ごはんにします? お風呂に入ります? それとも……へへっ」
海歌は腰を低くして、あざとい仕草で俺を見上げた。
「と、とりあえず部屋に入ろう!」
「わっ! り、陸翔って、けっこう強引なんだ……」
「うるせえ!」
海歌の肩を押して、そそくさと入室。
こんな破廉恥な姿の海歌を近所の人に見られたら、俺が恥ずかしくて仕方ない。
慌ただしく入室した俺は、海歌の部屋の変化に気づいた。
――部屋がちょっと片付いている!
「今日早起きして、頑張ったんだよ。ゴミは捨てたし、部屋の換気もしたし、消臭剤も新しいのに変えたし」
「イイね。すごいじゃん」
「ふへへへ」
「笑い方のクセ強っ」
俺が素直に褒めると、海歌は不器用に笑った。
その後に、彼女の頬がほんのり赤くなった。
「陸翔、お昼食べて来た?」
「いや、 まだ何も食べてない」
「じゃあ、お昼一緒に食べよ」
「俺が作ろうか。すぐに食べたいなら、チャーハンとか?」
「ネギとにんにくマシマシで!」
「お米ってある?」
「うん」
俺は冷蔵庫を開けた。
スーパーの半額シール付のお惣菜、牛乳、ドレッシング、各種野菜、調味料など、選り取り見取りだったのだが……
「ジャガイモは芽が育ってるし、牛乳の賞味期限は3週間前……ヨーグルトは半年前!?」
なんと、冷蔵庫の中のほとんどのモノの期限が切れていた。
「しょうがいない……俺が買い出しに行ってくるから、ごはん2合炊いておいて」
「りょーかいです、ご主人様!」
ごはんの用意を海歌に任せて、俺は駅前のスーパーに買い出しに出かけた。
買い出しは、普段なら億劫になってしまう工程だけれど、「海歌のため」 と考えると、気分が晴れやかだった。
……空は、梅雨らしい、どんよりとした曇り空だったけれど。
卵やネギ、にんにくなどの買い出しを終えて、自転車に乗っていると、額をポツリと水滴が打った。
「うおおおおお降ってきたあああああ!!」
これだから梅雨の時期は嫌いだ。
しかも、買い出しを終えて、海歌の家まであと少しのところで本降りになった。カッパは海歌の部屋に置いてきてしまった。
「ただいま……」
結局、びしょ濡れになりながら帰宅。
「お帰り、陸翔。言われた通り、ごはん2合炊いておいたよ。あれ、雨降ってた?」
「あとちょっとのところで降ってきた。タオル借りてもいい?」
「ん。今持ってくる」
海歌はタオルを持ってきて、俺の頭を拭いてくれた。
「自分で拭くからいいよ」と言ったけど、海歌は親切丁寧に体を拭いてくれた。
完璧にメイドになり切っている……
「そのメイド服、可愛いね。どこで買ったの?」
「オンラインストア」
「あ、もうそういう時代か」
「こういう普段使いできないようなオシャレな服、着てみたかったんだよね」
「地雷系ファッションとかも似合うと思う」
「うん。私も自分でそう思う。――見て、メイド服を着た自撮りをアップしたの。そうしたら、めっちゃ【いいね】もらえた」
海歌はスマホで「マリン」という名前のSNSアカウントを見せてくれた。
そこには、顔にモザイクをかけて、メイド服を着てピースする海歌の写真がアップされていた。
いいね:240件
リプライ:17件
なかなか良い反応をもらえているようだ。
(お、おお……いい景色だな)
頭を拭いてくれる海歌の胸が目の前にある。大人顔負けの大きさに育ったそれが、木に成る果実のように揺れている。
「陸翔、なんか、その……エロいね」
「ど、どこが?」
突然の爆弾発言に、俺は言葉を詰まらせた。
いや、エロいのはどちらかというと海歌のほうだろ!
「髪がしっとりしてて、シャツが少し透けて体に張り付いているのが、イイ」
真剣におバカなことを語る海歌に見つめられて、思わず吹き出してしまった。
それと同時に、炊飯器が湯気を上げながら音楽を奏でた。
「あ、ごはん炊けた」
「よし。チャーハン作り始めるか。海歌、手伝ってくれる?」
「もちろん。だって、今の私、主人に仕えるメイドだもん」
立ち上がり、海歌と一緒に台所に立った。
シンクに積み重なった大量の食器類は、後で洗って片付けよう。
あと、海歌のメイド服はフリルがヒラヒラしていて危ないので、火の扱いは俺が担当する。
海歌が食材を切って、俺が強火で一気に炒めるという計画だったのだが……
「わっ!?」
横から、海歌の悲鳴が聞こえた。
どうやら、にんじんを切ろうとして、人差し指を切りかけたらしい。
「包丁を使うときは、猫の手みたい にして指を丸めるって、小中学校の家庭科の授業で習っただろ?」
「もう何年も包丁使ってないから忘れてた……」
包丁の扱いに慣れていない海歌に代わって、俺がにんじんやネギを切った。
トントントンと、リズムよく刻む。
「すご」
「だろ?」
学校で食べるお弁当や、夕食を自分でつくっているので慣れたものだ。
不器用なメイドに代わって主人役である俺が料理するという、何ともヘンテコな構図だが。
ともあれ、チャーハンは無事完成した。
海歌の要望通り、ネギとにんにくが多めである。
俺がフライパンから皿へ盛りつけようとしたとき、海歌が「待って」と止めた。
海歌は大皿にラップを敷いた。
「こうすれば、お皿を洗う必要なし!」
「たしかに!」
なるほど、これが海歌式の【超なまけ者のための時短術】か!
「まぁ、私1人だったらフライパンから直接食べるけどね」
「そ、その発想はなかったな……」
海歌の面倒くさがりな一面に感心と困惑を感じながら、同じ大皿を使ってチャーハンを食べた。
「「いただきます」」
「うわ、ウマっ!こんなにおいしいって思えるお昼ごはん、久し振りかも」
「喜んでもらえてよかった。味はどう?」
「私的には、もうちょっと味が濃くてもいいかも。しょうゆとブラックペッパーをささっと加えて……」
「それは塩分過多だな……海歌、学校に来てない間に、味の濃いものばっかり食べてるだろ」
「うっ、バレたか」
部屋には、 ネギのツンとした良い匂いと、にんにくの香ばしさが充満している。
チャーハンを半分食べ終わった頃のこと。雲間から覗いた太陽の光に照らされてキラリと光るものが、海歌の頬を流れ落ちるのを見た。
涙……?
どうして……?
「海歌、泣いてるの?」
「え、あ……いや、あのさ、今日早起きして眠くて、あくびしたら出てきちゃった。ただ、それだけ」
海歌はそう弁明する。
しかし、彼女の声は明らかに震えていた。あくびも、していなかったと思う。
その涙の理由を聞く勇気は、今の俺にはなかった。




