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自由に憧れて

 周囲は暗くなっていて、人通りはほとんどない。

 そんな街中を、海歌うみかと二人で歩いた。


「こんな時間から散歩に行くのか?」

「一応、健康のため。毎日30分ぐらい」


 俺の隣を歩く海歌の低い声が響く。


「この時間帯は人が少なくて、静かで、落ち着くんだよね。気分がスッキリして、これからやるゲームに集中できる」


「完全に昼夜逆転してるな。いつも何時に寝て、何時に起きてるの?」


「まぁ、日によるけど……だいたい朝8時に寝て、夕方の4時に起きるかな」


「寝るの遅いなぁ……もはや、遅いっていうレベルなのか……?」


「これが私にとっての普通なんです~」


 高校に通う気ゼロである。

 いっそ、休学したほうがいいのでは?学費、もったいないし。


 そうして海歌と雑談しながら歩いて数分、丘の上にある公園に辿り着いた。

 公園には俺と海歌以外に人はおらず、背の高い街灯が遊具や砂場を照らし出していた。


「なつかしいなぁ。小学生のころ、この公園でよく遊んだよね」


 海歌はブランコに乗って足をブラブラと揺らしている。

 俺は、海歌の隣のブランコに腰掛けた。


「そうだな。クラスのみんなで鬼ごっこしたり、 ゲーム機持ってきてゲームしたり……」

「もう7年ぐらい前か。時の流れって早いなぁ」


 誰もいない夜の公園を見ていると、元気よく走り回って鬼ごっこをしたり、ベンチに座っ て育成したゲームキャラを交換したりする過去の俺と海歌が、夜の公園の景色に重なって見えた。


 思い出話に浸りながら、海歌は自販機で購入したコーラを開栓した。

 静かな公園に「プシュッ」という爽快な音が響き渡った。


「っかぁぁ!!うっま!!やっぱコーラしか勝たん!」


 海歌はブランコに座り、ゴクゴクとコーラを飲む。

 その仕草は、仕事終わりにお酒を飲むおじさんみたいだった。


「はい、陸翔りくとにも半分あげる」

「え?」


 海歌はコーラのボトルを俺に差し出した。中身が半分ぐらいなくなっている。

 俺は、それを受け取るのを少し躊躇ちゅうちょしてしまった。


 だってそれは、ただのコーラではない。


 【海歌が口を付けた】ものだ。


 俺がコーラを飲むこと、それすなわち、海歌との【間接キス】である。

 湿っぽく、綺麗な桃色をしている海歌の唇に、目線を釘付けにされてしまった。


「私が口つけたボトルじゃ嫌だ?」

「い、いや、そんなことないけどさ……」

「別によくない?私たち、幼なじみなんだし」

「……そうだな」


 狼狽ろうばいしながらも、俺は海歌からボトルを受け取る。

 ジュースの回し飲みなんて日常的にやっていた。海歌が真夏に水筒を忘れて俺の麦茶を分けてあげることは夏の定番だった。


(気にしているほうが変だよな……俺と海歌は、幼なじみなんだし)


 海歌と間接キスしてしまう……なんていう考えは消し去って、平静を装い、コーラを飲んだ。

 炭酸が弾けて頬の内側をパチパチと打ち、キンと冷えたコーラが喉の内側を流れ落ちる。そんな炭酸の爽快感が、一日の疲れを吹き飛ばしてくれた。


 しかし、いつまでも心臓の高鳴りが収まらない。


 俺は、海歌のことを幼なじみではなく、一人の【女の子】として見てしまっているのかもしれない。


「さ、散歩の続き行こ。飲んだコーラの分のカロリー消費しないと」

「ま、待て、まだ飲み終わってない……」


 制服の袖をぐいっと引っ張られ、コーラを噴き出しそうになりながら、散歩の続きに付き合う。


 夜の住宅街は、静寂に満ちていた。

 足音と、室外機の「ゴー」といううなり声がよく聞こえる。日中と比べるとかなり涼しい。


 どこかの家のキッチンから、カレーのにおいが漂ってきた。


「あーお腹すいたなぁ……コンビニでカレーヌードルでも買って帰ろうかなぁ。陸翔もどう?」


「え、どうって……?」


「夕飯、まだ食べてないでしょ?だから今日は私のおごり、ね」


「あ、ああ。お気遣い、どうもありがとう」


 海歌は横目で俺を見る。


 ぼんやりとした街の光に照らされて、海歌の輪郭がはっきりと浮かび上がった。彼女の耳元、しずくの形をしたイヤリングがキラリと光った。


(海歌、かわいいな……)


 俺と海歌は駅前のコンビニに立ち寄った。

 カレー味のカップ麺に加え、海歌はついでと言わんばかりに、板チョコ3枚とポテトチップス(バター味)をかごに放り込む。


「こんな時間から食べるポテチは罪深い味がするぞ~うへへへ」

「なんか楽しそうだよな、今日の海歌」

「生身の人間と喋ったのが久しぶりだからかな~」


 海歌は終始ご機嫌だった。

 カップ麺やポテチが入ったビニール袋を片手にぶら下げ、鼻歌を歌いながら夜の東京の街を闊歩かっぽする。


「いつ、何をしようと私の自由。朝に寝て、夕方に起きる生活をしてもいいし、一日中ゲームやってもいいし、夜に散歩に出かけてもいいし、夕飯にカレーヌードルを食べてもいい!不登校って最高でしょ?」


 人々が行き交うスクランブル式の交差点のど真ん中、海歌は踊っている。夜の都会の光に照らされて、演劇でもやっているかのようだった。


「自由なのは確かだけど……せっかく進学した高校に通わないのはもったいなくない?将来が心配にならないの?」


 このままでは、大学進学や就職はおろか、高校の卒業も難しいだろう。

 俺は何となく、海歌の将来が心配だった。


「ふふん、心配ご無用。――いざとなれば死ねばいいから」


 そんな俺の心配を他所よそに、海歌は腰に手を当て、堂々と宣言してみせた。


 何というか、自由奔放な海歌らしいというか……


「陸翔も来ない?こっち側の【自由な世界】に?」

「……」


 海歌は笑っていた。


 行き交う人々は、海歌に冷たい目線を向ける。きっと「変な人だな」と思いながら、一日の疲れを引きずり、家に帰っていくのだろう。

 大きなカバンを持ったおじさんも、バイト終わりの大学生も、塾帰りの学生たちも、早足で交差点を渡るOLさんも……


 そんな夜の都会の一区画で、ただ一人、海歌だけが笑っていた。


「ほら、早く渡らないと迷惑だぞ」


 俺は海歌の手を引いて交差点を渡り切った。

 歩行者用の信号が点滅し、赤へと変わる。


 そうして、海歌の家への帰路を歩いた。人が減り、再び海歌と二人きりで夜の街の静けさを独占する。


「あ、あのさ、陸翔」


 海歌は言葉を詰まらせながら、唐突に切り出した。


「……今週末って、予定空いてる?」


 まさか、デートのお誘い!?いや、まさかな……

 ちょっと期待しながらも、俺は平静を装い、淡々とこたえた。


「日曜日は午後からバイトのシフト入ってるけど、金曜日と土曜日は空いてるよ」

「じゃあさ、土曜日、うちに来ない?またゲームして遊ぼうよ。ほら、さっき買ってきたポテチもあるよ~」

「あ、ああ……まあ、いいよ」


 海歌の勢いに押されるまま、俺は承諾した。


 別に、海歌と時間を共にするのは悪い気はしない。

 むしろ、海歌とは馬が合う。

 話も弾むし、気負わなくていい。


 唯一気になるのは、部屋の汚さだけか……


「あ、あと、【チャット】交換しよ……」

「ああ。いいよ」

「ん。サンキュー」


 俺はスマホを差し出し、自然な流れで海歌と【チャット】を交換した。


 これでいつでも海歌と連絡が取り合える。文字やスタンプでのやり取りはもちろん、電話もできる。


「海歌、明日は学校来る?」

「んん……行けたら行く」

「それ、絶対に来ないやつだな」


 まあ、明日の登校が難しいことは明白。

 海歌はこれからゲームをして遊び尽くし、朝方に眠りにく。俺が授業を受けている間、海歌は自宅でグースカピースカ眠っているのだろう。


「土曜日、絶対一緒に遊ぼうね、陸翔♪」


「ああ。それじゃ、俺はそろそろ帰るよ。おやすみ、海歌」


「え、帰っちゃうの?これからまた一緒にゲームしない?夜は長いよ〜」


「俺は明日学校だっつーの。だから、もう帰らないと」


「真面目だね、陸翔は」


 別れを惜しみつつも、俺は反転。自宅への帰路につく。


「おやすみ、陸翔。また土曜日、遊ぼうね」

「ああ、おやすみ、海歌」


 海歌は笑っていた。口角をあげて、頬を緩め、自然に。

 そんな眩しいぐらいの海歌の笑顔が脳裏に焼き付いていて、その日はなかなか寝付けなかった。



――俺も、海歌のようになりたい。


 何もかも投げ出して、自堕落で、無責任な自由に満ちた生活に溺れてしまいたい。海歌のように、自由で、ポジティブで、人の目なんか気にせずにありたい。



 心の底で、そう思っていたのかもしれない……

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