スクランブル交差点のシンデレラ
外に出ると、昼間の曇り空はどこへやら。
すっきり晴れ渡り、真っ白な月が浮かんでいる空を見た。周囲は暗くなっていて、人通りはほとんどない。
そんな街中を、海歌と二人で歩いた。
「どこ行くんだ?」
「散歩。一応、健康のため、毎日30分ぐらいしてるんだ」
隣を歩く海歌の低い声が響く。
「この時間帯は人が少なくて、静かで、落ち着く。気分がスッキリして、深夜にやるゲームに集中できるってね」
「完全に昼夜逆転してるな」
「日によるけど……だいたい朝8時に寝て、夕方の4時に起きるかな」
「寝るの遅いなぁ。もはや、遅いっていうレベルなのか……?」
「これが私にとっての普通なんです~」
高校に通う気ゼロである。
いっそ、休学したほうがいいのでは?学費、もったいないし。
そうして海歌と雑談しながら歩いて数分、丘の上にある公園に辿り着いた。
公園には俺と海歌以外に人はおらず、背の高い街灯が遊具や砂場を照らし出していた。
「なつかしいな~。小学生のころ、この公園でよく遊んだよね」
海歌はブランコに乗って足をブラブラ揺らしている。
俺は、海歌の隣のブランコに腰掛けた。
「クラスのみんなで鬼ごっこしたり、 二人でゲームしたりしたよな」
「もう6年ぐらい前か。時の流れって早いな」
誰もいない夜の公園を見ていると、元気よく走り回って鬼ごっこをしたり、ベンチに座って育成したゲームキャラを交換したりする過去の俺と海歌が、夜の公園の景色に重なって見えた。
思い出話に浸りながら、海歌は自販機で購入したコーラを開栓した。
静かな公園に「プシュッ」という爽快な音が響き渡る。
「っかぁぁ、うっま!! やっぱコーラしか勝たん!」
海歌はブランコに座り、ゴクゴクとコーラを飲む。
その仕草は、仕事終わりにお酒を飲むおじさんみたいだった。
「はい」
海歌は、中身が半分ぐらいなくなったコーラのボトルを俺に差し出した。
「陸翔にも半分あげる」
「え……?」
俺は、ボトルを受け取るのを少し躊躇してしまった。
だってそれは、ただのコーラではない。
《《海歌が口を付けた》》ものだ。
俺がコーラを飲むこと、それすなわち、海歌との《《間接キス》》である。
湿っぽく、綺麗な桃色をしている海歌の唇に、目線を釘付けにされてしまった。
「私が口つけたボトルじゃ嫌だ?」
「い、いや、そんなことないけどさ……」
「別によくない?私たち、幼なじみなんだし」
「……そうだな」
狼狽しながらも、俺は海歌からボトルを受け取る。
ジュースの回し飲みなんて日常的にやっていたし、水筒を忘れた海歌に麦茶を分けてあげることは夏の定番だった。
(気にしているほうが変だよな……俺と海歌は、幼なじみなんだし)
海歌と間接キスしてしまう……なんていう考えは消し去って、平静を装い、コーラを飲んだ。
炭酸が弾けて頬の内側をパチパチと打ち、キンと冷えたコーラが喉の内側を流れ落ちる。そんな炭酸の爽快感が、一日の疲れを吹き飛ばしてくれた。
けれど、いつまでも心臓の高鳴りが収まらない。
俺は、海歌のことを幼なじみではなく、一人の《《女の子》》として見てしまっているのかもしれない。
「さ、散歩の続き行こ」
「ま、待って、まだ飲み終わってない……」
制服の袖をぐいっと引っ張られ、コーラを噴き出しそうになった。
夜の住宅街は、静寂に満ちていた。
俺と海歌の足音と、室外機の「ゴー」という唸り声がよく聞こえる。
どこかの家のキッチンから、カレーのにおいが漂ってきた。
「あーお腹すいた…… コンビニでカレーヌードルでも買って帰ろうかな~。陸翔もどう?」
「え、どうって……?」
「夕飯、まだ食べてないでしょ? だから今日は私のおごり」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
海歌は横目で俺を見る。
ぼんやりとした街の光に照らされて、海歌の輪郭がはっきりと浮かび上がった。彼女の耳元、雫の形をしたイヤリングがキラリと光る。
(海歌、かわいいな……)
俺と海歌は、駅前のコンビニに立ち寄った。
カレー味のカップ麺に加え、海歌はついでと言わんばかりに、板チョコ3枚とポテトチップス(バター味)をかごに放り込む。
「こんな時間から食べるポテチは罪深い味がするぞ~ うへへへ」
「なんか楽しそうだよな、今日の海歌」
「生身の人間と喋ったのが久しぶりだからかな~」
終始ご機嫌な海歌。
カップ麺やポテチが入ったビニール袋を片手にぶら下げ、鼻歌を歌いながら夜の東京の街を闊歩する。
「いつ、何をしようと私の自由。朝に寝て、夕方に起きる生活をしてもいいし、一日中ゲームやってもいいし、夜に散歩に出かけてもいいし、夕飯にカレーヌードルとポテチを食べてもいい。不登校って最高でしょ?」
人々が行き交うスクランブル交差点のど真ん中、海歌は踊った。夜の都会の光に照らされて、演劇でもやっているかのよう。
「自由なのは確かだけど……せっかく進学した高校に通わないのはもったいなくない?」
このままでは、大学進学や就職はおろか、高校の卒業も難しいだろう。
俺は何となく、海歌の将来が心配だった。
「ふふん、心配ご無用。《《いざとなれば死ねばいい》》から」
そんな俺の心配を他所に、海歌は腰に手を当て、堂々と宣言してみせた。
何というか、自由奔放な海歌らしいというか……
「陸翔も来ない?こっち側の《《自由な世界》》に?」
「……」
海歌は笑っていた。
行き交う人々は、海歌に冷たい目線を向ける。きっと「変な人だな」と思いながら、一日の疲れを引きずり、家に帰っていくのだろう。
大きなカバンを持ったおじさんも、バイト終わりの大学生も、塾帰りの学生たちも、早足で交差点を渡るOLさんも……
そんな夜の都会の一角で、ただ一人、海歌だけが笑っていた。
「ほら、早く渡らないと迷惑だぞ」
俺は海歌の手を引いて交差点を渡り切った。
歩行者用の信号が点滅し、赤へと変わる。
そうして、海歌の家への帰路を歩いた。人が減り、再び海歌と二人きりで夜の街の静けさを独占する。
「あ、あのさ、陸翔」
海歌は言葉を詰まらせながら、唐突に切り出した。
「……今週末って、予定空いてる?」
まさか、デートのお誘い!?
いや、まさかな……
ちょっと期待しながらも、俺は平静を装い、淡々と応えた。
「日曜日は午後からバイトのシフト入ってるけど、金曜日と土曜日は空いてるよ」
「じゃあさ、土曜日、うちに来ない? またゲームして遊ぼうよ。ほら、さっき買ってきたポテチもある」
「……まあ、いいよ」
海歌の勢いに押されるまま、俺は首を縦に振った。
別に、海歌と時間を共にするのは悪い気はしない。
むしろ、海歌とは馬が合う。
話も弾むし、気負わなくていい。
唯一気になるのは、部屋の汚さだけ……
「あと、【チャット】交換しよ……」
「いいよ」
「ん。サンキュー」
俺はスマホを差し出し、自然な流れで海歌と【チャット】を交換した。
これでいつでも海歌と連絡が取り合える。文字やスタンプでのやり取りはもちろん、電話もできる。
「海歌、明日は学校来る?」
「んん……行けたら行く」
「それ、絶対に来ないやつだな」
まあ、明日の登校が難しいことは明白。
海歌はこれからゲームをして遊び尽くし、朝方に眠りに就く。俺が授業を受けている間、海歌は自宅ですやすや眠っているのだろう。
「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ。おやすみ、海歌」
「え、帰っちゃうの?これからまた一緒にゲームしない?夜は長いよ〜」
「俺は明日学校だっつーの。だから、もう帰らないと」
「真面目だね、陸翔は」
別れを惜しみつつも、俺はきびすを返し、自宅への帰路につく。
「おやすみ、陸翔。また土曜日、遊ぼうね」
「ああ、おやすみ、海歌」
海歌は頬を緩め、自然に笑っていた。
そんな眩しいぐらいの海歌の笑顔が脳裏に焼き付き、その日はなかなか寝付けなかった。
――俺も、海歌のようになりたい。
何もかも投げ出して、自堕落で、無責任な自由に満ちた生活に溺れてしまいたい。海歌のように、自由で、ポジティブで、人の目なんか気にせずにありたい。
心の底で、そう思っていたのかもしれない……




