幼なじみの部屋は、とんでもない「汚」部屋でした。
「お、お邪魔します……」
人生で初めて女の子の部屋にお招きされる……のだが、俺は別の意味でドキドキしてしまった。
「ごめん、ちょっと散らかってるけど、許してね」
海歌はそう言う。
しかし、部屋に入ってから、その悲惨さが「ちょっと」どころではないことを思い知る。
玄関口の時点で、冷房の涼しい空気と、鼻をツンと突くような強い悪臭が漂ってきた。まさか、誰かが死んでたりしないよね……?
そんな俺の心配を他所に、海歌はゴミを踏みしめて部屋の奥へ俺を案内する。
「うわ……」
エナジードリンクの空き缶や、空になったコーラのボトルが床に転がり、段ボール、ティッシュ、しわくちゃになった服などが床を埋め尽くす。部屋の隅に重ねられた大きなゴミ袋たちは、果たしてどれぐらい放置されているのか……想像することさえ恐ろしい。
シンクには使い終わった食器が山のように重ねられていた。
あんな油だらけのまま放置された食器を使ったら、食あたりしそうだ。
こんな場所に、人が住んでいるなんて到底思えない。
そう思うほどに、惨い光景だった。
「そこ座って。カバンはその辺に置いておいていいよ。ケーキとジュース持ってくる」
海歌に言われるがまま、俺は窓際にリュックを置いて、テーブルの前の椅子に座った。
酸っぱい臭いとカビ臭さが混ざり合って、俺の鼻を麻痺させる。もはや、それらの臭いの原因がどれかすら分からなかった。
息を詰まらせる俺の対面に、海歌が座った。テーブルの上には、プラスチック容器に入ったモンブランとチョコケーキ、それから、おそらく来客用のキレイなグラスが並ぶ。
海歌から受け取ったフォークは……よかった、キレイに洗ってある。
「陸翔は、どっち食べたい?」
「じゃあ、チョコケーキで」
「ん。分かった」
海歌はチョコケーキを差し出し、俺の手元のグラスにコーラを並々と注いだ。
「……海歌、このコーラ、一人で飲んでるのか?」
俺が尋ねると、海歌は「うん」と軽く首を縦に振った。
海歌がグラスに注いだコーラのボトルはとても大きい。たぶん、1.5Lのボトル。
これを一人で飲んでいるとすれば、砂糖の過剰摂取であることは火を見るよりも明らかだ。
「コーラの飲みすぎは、健康にも悪いし、太るぞ」
「心配ご無用。おいしく飲めば0キロカロリーだから」
「あはは……そうか……」
苦笑しながらも、俺はチョコケーキを頂いた。甘さとほろ苦さのバランスの取れたチョコが口いっぱいに広がっておいしい。
しかし、そのおいしさも部屋に充満する酷い悪臭で半減してしまう……
「うお、モンブランうまっ!」
海歌の雰囲気、変わったな。
小学生の頃はザ・陽キャみたいな感じに複数人の友達を引き連れて毎日キャッキャしていたのに、高校生になった今は、声も雰囲気も落ち着いている。
けれど、変わらないところもある。
「ほら、私のモンブラン一口あげる。あーん♥」
海歌は甘い声で囁き、モンブランを俺の口元に差し出す。
こうやって、俺のことを軽くからかうのは、今も変わらなかった。
「いいって……自分で食べるよ」
モンブラン一口分を取り分けてもらった。
海歌はニンマリと笑い「恥ずかしがってんの?」と俺の顔を覗き込む。
「恥ずかしがってなんかねぇよ」
俺は語気を強くして言い返した。
そんなやり取りは、幼なじみというよりも【恋人同士】みたいで、何だか気恥ずかしい。
俺は早々にチョコケーキを食べ終えた。
今日は英語の小テストとか、歴史の課題提出とかあったので疲れている。
それに、こんな悪臭漂う部屋に何時間もいたら気分を悪くする。早めに帰宅したいところだ。
しかし、帰る旨を伝える前に、海歌は棚の中を何やらゴソゴソと漁り出した。
「陸翔、久しぶりに一緒にゲームしよ」
「……わかったよ。ちょっとだけな」
仕方ない、ここは海歌のワガママに付き合ってあげるか!たまには誰かとゲームするのも悪くない。
「それにしても、すごい量のゲームだな」
「へへへ、お父さんの嬉しい置き土産ってね」
棚の中には、かなり年季の入ったカセット式のゲーム機から、切り離し式の最新ゲーム機のソフトまで、実に多くのゲームが収納されていた。
「置き土産」と海歌は言ったが、つまり、海歌のお父さんは、もうこの家にはいないということか……
海歌は慣れた手つきでゲーム機とテレビを配線で繋ぎ、カセットをゲーム機本体に挿入。【スタート】をスライドさせた。
「あれ、点かない……接触不良?」
カセットの取り外しと挿入、そしてスタートのスライドを何度か繰り返すと、やっとテレビ画面にロゴが表示され、ゲームが始まった。
触ったことのないレトロなコントローラー、不慣れな操作、軽快な音楽……ゲームに全力だった幼き日のワクワク感が蘇ってきた。
「操作ムズいな……あ、落ちた」
「大丈夫、1Pの私に自動で付いてくるようになってるから。……それにしても、陸翔、アクションゲーム下手だね」
「しょうがないだろ、アクションゲームはあんまりやったことないんだから」
「ねー!私のアイテムとらないで!ウザい!」
海歌は隣でプレイする俺の肩をビシバシと叩いた。
「俺が初心者なんだから、アイテムは俺に優先してもらうのが自然だろ」
「やだ!全部私のもん!」
「海歌、もうちょっと声を抑えて。近所の人に迷惑だよ」
「ひひひ、うひひひ……」
海歌は声を抑えて、ニヤニヤ笑っていた。
あれ、これって青春ぽい?
幼なじみの同級生と、同じ屋根の下でゲームをやる……妄想やフィクションで思い描いていた理想の青春そのままだ。
結局楽しくなってしまって、海歌と一緒に長時間ゲームをしていた。
窓の外は暗くなり、壁掛けの時計の針は午後8時を示しつつあった。
「さてさて、いつもの日課に行こうかな〜」
海歌はおもむろに立ち上がり、玄関に向かった。ゲーム機本体やカセットはそのままに。
使ったものをすぐに片付けない……だから部屋が散らかるのだ。
「どこ行くんだ、海歌?」
「陸翔も一緒に来る?【今の時間じゃなきゃいけない】ことをしに行くんだよ」
「なんだ、それ……」
一体、どこに、何をしに行くのだろうか?
海歌に制服の袖を引っ張られ、俺は夜の街へと連れ出された。




