幼なじみはゴミ屋敷に住むダウナー系女子高生
「す、すみません、東京豊穣高校1年の、古谷陸翔です。先生から預かった書類を届けに来ました」
俺の幼なじみ【宮本海歌】が住むアパートのインターホンを押した。
気持ちを落ち着かせようと深呼吸していると、ドアの鍵が内側から開けられる「ガチャ」という金属音がした。
「あ、陸翔……久しぶり」
玄関から顔を覗かせたのは、サンダルを履いた海歌だった。
黒髪には寝ぐせが立っていて、艶がない。小学生のときの海歌と比べて気だるげで、雰囲気が暗くなったような気がする。
そんな彼女が着ているのは、高校の緑色のジャージ。
何日も着っぱなしなのか、少し離れたこの距離でも変な臭いがした。
「先生からお願いされて書類を届けに来たんだけど、ポストがいっぱいだったから……」
進路説明会の資料やプリントが入ったファイルを海歌に差し出した。
海歌は黙ったまま、ファイルを受け取った。
「海歌、最近どう?」
「……別に。寝て、食って、ゲームして、また寝ての繰り返し。そういう陸翔はどうなの?」
「え、まあ、いつも通り……」
「そっか」
沈黙の間が痛い。
海歌とまともに会話をしたのは、6年ぐらい前。
小学生のときは放課後に遊ぶ仲だったので、余計に、どういうノリで話せばいいのか分からない。
「じ、じゃあ、俺帰るね。今日は書類を渡しに来ただけだから」
90度右を向いて、アパートの階段のほうへ歩き出そうとした。
そんな俺の制服の袖を、海歌が掴んで引っ張った。
「待って、陸翔……」
「な、なに、海歌?」
海歌は顔をほのかに赤くし、モジモジして、何か言いたげだった。
「うち、寄ってかない?」
「え……?」
心臓が痛いぐらいにバクバクと高鳴る。
体が熱くなり、ようやく乾いたはずの汗が再び湧いて出た。
海歌は、爪が食い込んで皮膚が赤くなるほど、自分の手を強く握っていた。
「え、あ、じゃあ、せっかくだから、お邪魔させてもらおうかな……」
たどたどしい返事をした俺。
海歌に制服の袖を引っ張られて、部屋の中へと引き入れられた。
「お、お邪魔します……」
人生で初めて女の子の部屋に招かれる……のだが、俺は別の意味でドキドキしてしまった。
「ごめん、ちょっと散らかってるけど、許して」
海歌はそう言う。
しかし部屋に入ってから、その悲惨さが「ちょっと」どころではないことを思い知る。
「うわ……」
エナジードリンクの空き缶や、空になったコーラのボトルが床に転がり、段ボール、丸まったティッシュ、しわくちゃになった服、千切れたヘアゴムなどが散乱している。
クローゼットからはみ出ているゴミ袋の山は、果たしてどれぐらい放置されているのか……想像することさえ恐ろしい。
さらに、流し台のシンクには、使い終わった食器が山のように重ねられていた。
こんな場所に、人が住んでいるなんて到底思えなかった。
「そこ座ってて。ケーキとジュース持ってくる」
海歌に言われるがまま、俺は窓際にリュックを置いて、テーブルの前の椅子に座った。
酸っぱい臭いとカビ臭さが混ざり合っている。
もはや、何が放つ臭いなのか分からない。
息を詰まらせる俺の対面に、海歌が座った。
テーブルの上には、プラスチック容器に入ったモンブランとチョコケーキ、それから、来客用のキレイなグラスが並ぶ。
「陸翔はどっち食べたい?」
「チョコケーキで」
「ん。分かった」
海歌はチョコケーキを差し出し、俺の手元のグラスにコーラを並々と注いだ。
俺はチョコケーキを頂いた。
甘さとほろ苦さのバランスの取れたチョコが、口いっぱいに広がる。
しかし、そのおいしさも、部屋に充満する悪臭で半減してしまう……
「うお、モンブランうまっ!」
海歌の雰囲気、変わったな。
小学生の頃はザ・陽キャみたいな感じに複数人の友達を引き連れて毎日キャッキャしていたのに、高校生になった今は、声も雰囲気も落ち着いている。
けれど、変わらないところもある。
「私のモンブラン一口あげる。あーん♥」
海歌は甘い声で囁き、モンブランを俺の口元に差し出す。
こうやって、俺のことをからかうのは、今も変わらなかった。
「いいって……自分で食べるよ」
モンブラン一口分を取り分けてもらった。
海歌はニンマリと笑い「恥ずかしがってんの?」と俺の顔を覗き込む。
「恥ずかしがってなんかねぇよ」
俺は語気を強くして言い返した。
そんなやり取りは、幼なじみというよりも【恋人同士】みたいで、何だか気恥ずかしい。
俺は早々にチョコケーキを食べ終えた。
俺が帰る準備をしようとしたとき、海歌は棚の中を何やらゴソゴソと漁り出した。
「陸翔、久しぶりに一緒にゲームしよ」
「……ちょっとだけな」
「いいね。そうこなくっちゃ」
仕方ない、ここは海歌のワガママに付き合ってあげるか!
たまには誰かとゲームするのも悪くない。
「それにしても、すごい量のゲームだな」
棚の中には、かなり年季の入ったカセット式のゲーム機から、切り離し式の最新ゲーム機のソフトまで、実に多くのゲームが収納されていた。
「へへ、これのお陰で毎日暇しないの。パパの嬉しい置き土産ってね……」
海歌は声のトーンを少し落とした。
彼女は慣れた手つきでゲーム機とテレビを配線で繋ぎ、カセットをゲーム機本体に挿入。【スタート】をスライドさせた。
「あれ、点かない……接触不良?」
カセットの取り外しと挿入、そしてスタートのスライドを何度か繰り返すと、やっとテレビ画面にロゴが表示された。
触ったことのないレトロなコントローラー、不慣れな操作、軽快な音楽……ゲームに全力だった幼き日のワクワク感が蘇ってきた。
「操作ムズいな……あ、落ちた」
「大丈夫、1Pの私に自動で付いてくるようになってるから。 ……それにしても、陸翔、アクションゲーム下手だね」
「しょうがないだろ、アクションゲームはあんまりやったことないんだよ」
「ねー! 私のアイテムとらないで!ウザい!」
海歌は隣でプレイする俺の肩をビシバシと叩いた。
「俺が初心者なんだから、アイテムは俺に優先してもらうのが自然だろ」
「やだ! 全部私のもん!」
「海歌、もうちょっと声を抑えて。近所の人に迷惑だよ」
「ひひひ、うひひひ……」
海歌は声を抑えて、ニヤニヤ笑っていた。
あれ、これって青春ぽい?
幼なじみの同級生と、同じ屋根の下でゲームをやる……妄想やフィクションで思い描いていた理想の青春そのままだ。
結局楽しくなってしまって、部屋の悪臭にも慣れてしまって、長時間ゲームをしていた。
窓の外は暗くなり、壁掛けの時計の針は午後7時を示していた。
「ありがとう、海歌。楽しかったよ」
「私も。一緒に遊んでくれてありがと」
海歌はニコニコ笑ってご満悦だった。
「さて、いつもの日課に行こうかな」
海歌はおもむろに立ち上がり、玄関に向かった。ゲーム機本体やカセットはそのままに。
使ったものをすぐに片付けないから部屋が散らかるのだ。
「どこ行くんだ、海歌?」
「陸翔も一緒に来る?《《今の時間じゃなきゃいけない》》ことをしに行くんだよ」
「なんだ、それ……」
一体、どこに、何をしに行くのだろうか?
海歌の背中を追って、夜の東京の街へと繰り出した。




