刹那咲き、そして消えゆく花火のように。
「うわ、人多すぎ……」
あまりの人の多さに海歌は絶句し、えずいた。
道が人で埋め尽くされ、熱気が渦巻き、息が詰まるほどだった。
遠くからは「交差点なんで立ち止まらないでください!!」という交通整備の警官らしき人の声が聞こえてくる。
川沿いで花火を打ち上げるという花火大会が、今宵、開催される。
受験勉強のいい息抜きになるだろう……と思っていたけど、この人混みでは逆に疲れてしまいそうだ。
「空ちゃん、遅れるらしいよ」
スマホを見る海歌が、そう言った。
グループチャットには『ごめん! 遅れるかも!』という空音のメッセージが残されていた。
「空音が遅れるのって珍しいな」
「この人混みだし……花火大会に来た人たちで渋滞してるんだろうね」
俺と海歌は早めに集合場所に向かった。
駅前のコンビニで買ったソフトクリームを食べて待っていると、近くの路肩に黒い高級車が停まった。
「ごめーん、海ちゃん、陸翔くん! おじいちゃんに車で送ってもらったんだけど、渋滞に巻き込まれちゃって」
ぴょんと降りてきたのは、白地に空色のアサガオが描かれた浴衣に身を包んだ空音だった。腰には紺色の帯を巻いている
薄暗い景色の中に白一点。
彼女の小柄さと、風になびく美しい金髪も相まって、天使が舞い降りた絵画のようだった。
「空ちゃんの浴衣、可愛いね」
「えへへ〜 せっかくだからオシャレしたいなって思って。ちゃんとお店で選んで採寸してもらったオーダーメイド品だよ♪」
「うお、さすがお嬢様……」
空音はその場でくるっと一回転して、海歌のソフトクリームを一口もらった。
海歌は、黒の半袖バンドTシャツとハーフパンツ。市販の黒のサンダルを履いていて、そして、いつもの青いイヤリングと銀のネックレスという、俺と同じようにラフな格好をしている。
だからこそ、空音の本気のオシャレが際立つのだ。
「空音だけ気合いの入り方が違うな……」
空音の浴衣姿に見惚れていると、ジメッと重い空気を震えさせ、地面の底から響く花火の音が轟いた。
「「おお~!!」」
淡い青色をした夜空に、花火が打ち上がっている。
行き交う人々の顔が一斉に上を向き、カメラやスマホが掲げられた。
流れ星のように尾を引きながらシューッと昇る金色の花火、クラゲのごとく横に広がる赤色の花火、UFOのような円盤状にパチパチと広がる蛍光色の花火など……多種多様な花火が夜空に咲いた。
周囲が暗くなっていくにつれて、その形と煌びやかな光が強調された。
海歌もスマホを掲げて、打ちあがる色とりどりの花火を動画におさめた。
「ここでインタビュ~。陸翔、花火はどうでしょうか?」
海歌にスマホのカメラを向けられ、ビクっと心臓が跳ねた。
笑顔を作るのが苦手で、いつも表情がぎこちなくなってしまうから、昔からカメラには苦手意識がある。
「……花火は確かにキレイだよ。でも、なんか見劣りするんだよな~」
「どういうこと?」
「今、目の前に花火より美しい人がいるからかな!」
そう言い放ち、海歌を指さした。
すると、海歌の顔がカーっと赤くなった。
「……ねぇぇぇ! いきなりそういうこと言うのは反則!」
ゲラゲラ笑いながら、俺の肩をビシバシ叩く海歌。
自分でも、そんな言葉がスラスラ出てきたのか分からない。自分の言葉を思い出して、顔が熱くなってしまった。
ついには「陸翔くん、ロマンチックなこと言うね〜。このこの〜」と、空音に脇腹を突かれる始末。
恥ずかしすぎて死にたい……
「空ちゃんは、どうですか~?」
海歌は、今度は空音にカメラを向けた。
背伸びしている空音は、金色の髪を揺らして振り向き、慣れた様子でニコっと笑った。
「花火玉の中に入れる火薬の種類と、量と、場所を変えるだけで、こんなにたくさんの種類の花火ができるって……花火職人さんってすごいよね!」
「ね。マジですごいし、マジでキレイ」
「……と同時に、思い出を共有できるベストフレンド二人が近くにいて良かったなって思います!」
「っ、空ちゃんまで……そういうこと言って…………」
再び顔を真っ赤にしたかと思えば、海歌は録画を止めて黙り込み、俯いた。
そして一言、ボソッと言った。
「――私、花火になりたいな」
「は、花火に?」
唐突に奇妙なことを言うので、思わず聞き返してしまった。
「光るのは一瞬。でも、その一瞬の美しさに多くの人が釘付けになる。それって、儚いけど、めっちゃ素敵じゃない?」
「まあ、確かに」
海歌はうっとりと夜空を見上げた。
火薬の匂いをまとった黒い煙が、宵闇に紛れ、月に向かって立ち昇っている。
人混みに紛れて、海歌は俺の手を握った。
指と指が絡み合い、決して離れることのない恋人つなぎの形になる。
「陸翔、」
「なに?」
「これからもずっとずっと……私と一緒に居てくれる?」
海歌は、握る力をぐっと強めた。
「もちろん。これからも楽しいこと、一緒に探していこうぜ」
「っ……」
海歌は、言葉を詰まらせた。
そんな彼女の頬に、光るものを見た。
「り、陸翔、私と一緒に……」
「え、なんか言った?」
海歌の低く細い声は、観客の声と花火の咲く音にかき消されてしまった。
花火の眩い光に照らされて、海歌の涙混じりの笑顔が絵画のように浮かび上がった。
「……なんでもない!」
♢
花火と夜景のスペクタクルショーは閉幕。観覧していた多くの人々が、歩道を流れて駅へと向かう。
花火の余韻に浸りながら、俺たちは人の流れに沿って駅に向かった。
「はぁ~ きれいだったね~!」
前を歩く空音は、頬に手を当てうっとりした。
「来年はみんな別の道に進むけど……また花火観に行きたいね!」
「ああ。また3人で、な」
「……」
隣を歩く海歌は、夜景をボーっと眺めていた。
「海歌、疲れたのか?」
「……あ、うん。まあ、そう。久しぶりに外出して歩いたからかな」
歯切れの悪い返事をした海歌。なぜか、笑顔もぎこちない。
「今日の海歌、なんか変だな」
「どこが?」
「花火見てるときに花火になりたいとか言ってたし、さっきもボーっとしてたし」
「……別に、変じゃない。気のせいでしょ」
海歌は首を横に振った。
魚の骨が喉につっかえたような違和感が拭えないままだが、俺たちは駅に到着した。
「それじゃ、ウチはこの辺で。近くの駐車場でおじいちゃんに待っててもらってるから、車で帰るね」
空音は脇道に逸れて、振り向いた。
「またね、陸翔くん、海ちゃん! グッドナイト!」
「ああ、またね空音。気を付けて!」
「……じゃあね、空ちゃん」
空音はビルの奥へと進み、曲がり角の向こうに歩いていった。
俺と海歌は駅の構内に入り、ホームで電車を待った。
「めっちゃきれいだったよね~」
「来年もまた来たいな」
「録画してあるから、家帰ったらまた見よ!」
周囲から、花火大会の余韻に浸る人たちの声が聞こえてきた。
すると、隣に立つ海歌が俺の手を強く握ってきた。
「いててて……力強いって……」
海歌は手を離してくれず、むしろ力を強めた。
俯く彼女の耳は、真っ赤になっていた。
「陸翔、」
「な、なに……?」
「付いてきて」
そのとき、電車がやってきた。
海歌に手首をがっしり掴まれたまま電車に揺られ、家の最寄り駅を通り過ぎて1時間……
森の木々によって閉ざされた終点の駅にたどり着いた。




