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共依存(りょうおもい)

「お邪魔しまーす」


 俺が誘った結果、放課後に海歌が家に来てくれた。

 ラフな格好の海歌。いつもの雫型のイヤリングに、俺とお揃いの銀のネックレスをぶら下げている。


 今日も俺のカノジョは最高に可愛い!!


「陸翔って、誰と住んでるんだっけ?」


 玄関に並んでいる靴を見た海歌。


「父さんと母さん、あと、姉さんだよ」


「へぇ、お姉ちゃんいたんだ。ぼっちだけど、どうりで女慣れしてるわけだ」


「うぐ……その言葉は俺に効く……」


 靴を脱いだ海歌は、早速、俺の部屋の物色を始めた。


 片付けは済ませてある。見られて困る物も特にないが、どうしてもそわそわしてしまう。


「くんくん……他の女の匂いはないかな?」


「ハハッ、心配しなくていいよ。俺の部屋に入る異性は、母さんと姉さん以外ありえないから」


「というか、性別関係なく、私以外の人が陸翔に近づくのは嫌だよ」


「俺の家族だとしても……?」


 海歌は「うん」と、堂々と頷いた。


 相変わらず独占欲の強さを発揮した海歌は、ウキウキしながら俺の部屋を物色し始めた。本棚の表紙を一冊ずつ見て、クローゼットを開け放つ。


 机の前のフックには、海歌からもらった合鍵やネックレスがぶら下がっている。


「私があげたネックレスと合鍵、大切にしてくれてるんだ」


 どちらも、海歌からもらったもので、特に合鍵は、防犯上の《《セキュリティホール》》になりかねない代物。だからこそ、大切に保管している。


「机の中まで整理整頓されてるね。エロ本とかどっかに隠してないかな~?」

「お前は、なんてものを探してるんだ……」


 別に人に見せられないものを隠しているわけではないが、これ以上部屋が散らかるのは困る。片付けが面倒なので。


「なにこれ?」


 海歌は、机の奥にしまってあった茶封筒を持っていた。


「あ、それは……」

「見ていい?」

「まあ、うん……」


 俺は渋々、首を縦に振った。


 『古谷ふるや陸翔りくと様へ』と書かれた茶封筒の中に入っているのは、以前海歌の母・美香みかさんにもらった手紙だ。


 海歌は手紙を茶封筒から取り出して、それをまじまじと見つめている。


「……」


 部屋に静寂が満ちる。


「海歌?」

「んあ?」


 間抜けな返事をして顔をあげた海歌。


 そんな彼女の顔は、真っ赤に染まっていた。


「だ、大丈夫……?」


「あ、うん、大丈夫……ママって、私のこと大切にしてくれてたんだなって思ったら、なんか、いろいろ思い出しちゃって……昔のこととか」


 海歌は手紙を丁寧に折りたたみ、封筒に入れて、机の奥へ戻した。


 昔から海歌は、気持ちが昂ると顔が赤くなる。


 クラスの人とケンカをしたとき、料理を褒められて嬉しさを噛みしめたとき、申し訳なさに押しつぶされて謝ったとき、俺のことが好きで好きで仕方がないとき……海歌の顔はいつも真っ赤だった。


 今の海歌が、いったいどんな感情を抱えているのか読み取れず、沈黙が胸に突き刺さった。


「ア、アイスあるよ。食べる?」

「……うん、食べたい!」


 海歌を元気づけたい一心で、俺は話題を無理矢理に変えた。


 階段を降りると、いつの間にか、いつもの笑顔が海歌の顔に戻っていた。


「そういえば、いつも陸翔が私の家に遊びに来てたけど、私が陸翔の家に遊びに行くのは初めてだよね」


「まあ、うちは誰が何時に帰ってくるか分からないから」


「私の家なら、パパが家出していないし、ママは週末に遊びに行ってて居ないし、二人きりになれるから良いよね」


 ブラックジョークを飛ばした海歌は、冷蔵庫からアイスを持ってきて、俺の隣に座った。


「どうして私を家に呼んでくれたの? 寂しくなった?」


「いや……そういうわけ……いや、そうなのかもしれない」


「へへ、どっちなの?」


 俺の手をベタベタ触ってくる海歌。月一のお泊り会を始めた頃から、やたらとスキンシップが多くなった気がする。


 海歌に上目遣いで迫られ、腹の底から何かが湧き上がってくるのを感じた。


「海歌がそばに居てくれるだけで、嫌なこと全部忘れられるんだよ」


「えへへ、ぐへへッ、そんなに私のこと好きで信頼してくれてるってこと?」


 1か月後の模試とか、およそ半年後の大学受験とか、将来の進路とか……そういう巨大な不安が列を成し、続々と迫ってきている。


 そんな不安に押しつぶされそうになるときもある。


 けれど、大切なカノジョが目の前にいるからこそ、過去の寂しさを忘れられるし、今日という日を乗り越えられるし、未来に少しの希望が抱ける。


「それって、もはや依存症じゃん」


「……うん。俺って、《《海歌依存症》》なのかもしれない」


 固く結ばれ、離れがたいその関係は、海歌の言う通り依存症そのものだ。


「海歌と付き合い始めて3年目……小学生のときから数えたら、もう10年経つのか。ひええ、時の流れって恐ろしいな」


「陸翔……?」


「改めて、ありがとう海歌。俺の初めての友達に、カノジョになってくれて」


「――陸翔、泣いてるの?」


 その一言を受け取った瞬間、俺の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


 海歌への気持ちが高まるあまり、自分が泣きそうになっていたことさえ気が付かなかった。


「あれ……俺、泣いてたのか。ハハ……いや、ごめん。こんな情けない姿見せて」

「謝らなくていいよ。むしろ、陸翔の弱いところが見られて嬉しい」


 食べ終えたアイスの棒を舐める海歌が、俺に肩を寄せた。


「陸翔って、私たちの前では完璧にデキる男子でいてくれるけど、今、完璧じゃないってわかった」


 海歌の手が、俺の右手に重ねられる。


 温かく、すべすべとした感触の肌の下、硬い骨の感触がある。


「……陸翔も、私とか、空ちゃんと同じ弱いところがある人間なんだなって思えた。だから、嬉しい」


 海歌は俺の耳元で甘く囁く。


 全身の産毛がぞわぞわして総毛立った。


「私なしには生きられなくなっちゃった?」


 海歌の胸が、脚が重ねられ、両手を恋人繋ぎにされて身動きがとれない。彼女の体の重みが、徐々に俺を押し潰す。


 身も心も征服される感覚が、脳を溶かすようだった。


「……うん。海歌がいないと俺、寂しくて死ぬかもしれない」


「あはは、マジで依存症じゃん」


 海歌の吐息が、俺の鼻にかかる。


「私も最初、陸翔に助けてもらって、陸翔に仲良くしてもらって、陸翔なしじゃ生きられなくなってた。だから陸翔にも、私なしで生きられないぐらい好きになってもらいたくて、積極的にアプローチしてたんだよ」


 だから海歌は、俺をアパートに招き入れて、俺に執着して、俺と気軽に遊んでくれて、部屋の合鍵を渡すほどに、俺を愛してくれていたのか。


 今までの海歌との思い出が、頭の中に溢れ出した。



「――これで私たち、共依存りょうおもいだね」



 海歌の美貌びぼうがずいずいと近づいてくる。


「ねぇ陸翔、キスしていい?」

「なんで聞くんだよ。好きにすればいいだろ、このキス魔め」

「じゃあ、するね」


 互いの背中に手を回し、唇を重ねた。


 舌と舌が遊ぶ、淫猥な音が響く。

 海歌の口から、チョコミントの爽快な香りとチョコの甘ったるい味が伝わってくる。


 視界がぼやけて、テレビの音も水の中で聞いているような感じにぼんやりとした。心地よい浮遊感に身を委ね、脱力する。


 もう、海歌しか見えない。


 もう、海歌のことしか考えられない。


 俺のすべては、海歌の思うままだった。


「ただいま~」


 夢見心地の空気は、突如響いた声によって崩壊した。


「「え……?」」


「え?」


 俺と海歌が離れる間もなく、玄関とリビングを隔てるドアが開いた。


 就活用の黒色スーツに身を包んだ姉さんと、がっつり目が合ってしまった。


「あーね、そういうことね。お取り込み中のところ、失礼しました~」


 そう言って、姉はニヤニヤ笑いながら玄関に戻っていった。


「ま、まって姉さん! 誤解だ!!」


 俺は慌ててソファから立ち上がり、姉を追いかけた。



……この後、俺と海歌と姉さんの3人でファミレスに行った。

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