それでも君と一緒にいたいから
「正直に言う。――古谷くん、このままやと第一志望の大学は行かれへん」
担任の内藤先生にそう告げられた。
静かな廊下での2者面談。机を挟んで内藤先生がドカッと座っている。
「ほら、グラフ見たら分かるやろ。2年、3年になって数学と英語の成績がガクッと落ちとる。判定も、BからDに転落や」
内藤先生は、模試の結果を表したグラフを指でなぞった。
3年生になったので、卒業後の進路を真剣に考えないといけない。一応、第一志望の公立大学合格を目指して勉強はしているが、成績は振るわない。
だからこそ、先生の言葉の一つ一つが耳の奥深くに突き刺さって痛い。
「このままやとアカンのは、自分でも分かっとるやろ?」
「はい……重々承知しております」
「第一志望の公立に受かるには、もっと頑張らんとな。塾とか予備校とか、そういうところには通ってへんのか?」
「通ってません……」
第一志望の大学に受かることが目的ならば、単純に勉強時間を増やしたり、先生の言う通り塾や予備校に通えばいい。
でも、そんなことをしたら海歌と遊ぶ時間が減る。
俺にとって海歌は、今や、勉強や大学合格よりも大切な存在になっていた。
「もし自分で勉強するのに限界を感じてんなら、塾や予備校はオススメや。金はかかるが、成績は確実に上がるで」
「はい、前向きに考えていきたいと思います」
口ではそう言っていても、俺の心は海歌一色だ。
いくら先生に勧められても、親に「お金は出してあげるから」と言われたとしても、俺は塾も予備校も行かない。
――今ある海歌との時間を、一番大切にしたい。
二者面談は、成績の話から日常生活の話へと移った。
「生活態度には何も問題はないで。授業態度もいいし、委員会の仕事は責任もってやってるみたいやし」
「お、恐れ入ります」
「ハッキリ言うて、君は優秀な人間や。やればできる! お前やったら、このおっきな壁を乗り越えられる。応援してるで」
「そんなに褒めていただけるなんて、ありがとうございます……」
俺は表向きは【真面目くん】を演じているので、長い話にはならなかった。
先生と固い握手を交わして、二者面談は終わった。
「海歌、次」
教室に戻って、次の人を呼んだ。
次の人……宮本海歌は、机に伏せていた。いつも通りの海歌である。
「……めんどい」
「後の人が詰まるから早く行け」
海歌は猫背になりながら席を立ち、廊下に出た。
ふと教室を見渡すと、教科書や参考書と真剣に向き合うクラスメイトたちが目に入った。やはりみんな、大学や専門学校への進学を意識しているようだ。
「ごめーん空ちゃん。今いい?」
「ん、なーに?」
「歴史総合のワークの答え忘れちゃった。貸して~」
「いいよ~。ロッカーの中に入ってるから、ちょっと待ってて」
空音は、隣の席の友人と話しながらも、過去問に取り組んでいた。
(はぁ、俺も勉強しないとな……)
気は乗らないが、数学の参考書とノートを開いた。
1か月後には、また模試を受ける予定だ。
しかし、俺の集中を紛らわすように、廊下から海歌と内藤先生の声が聞こえてくる。
「よろしくお願いしま~す」
「はい、よろしく。さっそく出席数の確認するで」
「はぁい」
「えーっと、宮本さんは……遅刻が多いけど、授業の出席数は問題ないみたいやな。このまま順当にいけば、卒業はできそうやね」
「はぁ、そうなんですね」
俺の席は、廊下側の壁沿いにある。
そのため耳を澄ませば、近くの廊下で行われている面談の声が聞こえる。
目の前の数式と向き合おうとするが、海歌の面談の内容が気になってペンが進まない。
「進路希望の欄に『特になし』って書いてあるけど……なんやコレ?」
「何にも考えてないです。高校卒業できれば、とりあえずいいかなって。大学とか専門学校は、お金かかるし」
「ハハッ、そうも言ってられへんのは、自分でも分かっとるやろ? 進学希望じゃないなら、高校のほうで紹介してる企業説明会とかインターンとかに参加してみることから始めてみな」
「……頑張ります」
「面倒なのは、めっちゃ分かるで。でも、今が踏ん張り時や」
静かに、しかし熱をもって話す内藤先生に対して、海歌はいつも通りぶっきらぼうに答えている。
進路はまだ定まっていないみたいだけど、高校は卒業できそうだと聞けて、俺は胸を撫でおろした。俺と空音が、勉強を教えた甲斐があった。
「で、最近はどうなんや? 学校は楽しいか?」
「学校自体は、あんまり……でも、親友とカレシがクラスにいるので、モチベーションはあります」
「おお、ええな。道山空音さんと、古谷陸翔くんやろ? 2年生のとき、同じクラスにしてくださいって言うてたもんな」
突然、俺の名前が出てきてドキッとしてしまった。
先生に紹介できるぐらい、カレシとして信頼してもらっていると思うと、何だか嬉しい。
「面談は以上。困ったことがあったら、気軽に相談してな。頑張り!」
「はーい、頑張りまーす。ありがとうございました」
俺が一人で勝手にドキドキしていると、教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
窓際の自席に戻った海歌は、イヤホンをして、スマホをいじり始めた。
俺はスマホを取り出し、チャットでメッセージを送信した。
―――チャット―――
陸翔:今日って暇?
海歌:急に何?
陸翔:俺の家に遊びに来ない?
海歌:え、めんどくさい
陸翔:じゃあいい
海歌:嘘!
海歌:特に予定ないし、いいよ
陸翔:ありがとう!
――――――――――
自習をするクラスの中で、俺と海歌だけが、スマホを触っていた。
「ちゃんと勉強しないと、ロクでもない人間になるぞ。オレみたいに、な」
「最近成績が下がってて、ちょっと心配よ」
どこからともなく、父さんと母さんの声が聞こえてくる。
俺は心を塞ぎこみ、耳障りなこと全部忘れるように、海歌とのチャットに夢中になった。
誰に、何と言われようとかまわない。
俺は、海歌と過ごせる【今】を楽しみたい。




