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私の心を開くカギ

「何してるの?」

「ひっ!」


 俺が後ろから近づくと、ソファに寝転がっていた海歌が飛び上がった。


「そんな、ゴキブリと遭遇したみたいな反応するなよ……」


 テーブルの上には、中身が空になったポテチの袋や、食べかけのロールケーキ、お菓子の袋、ちょっとだけ残ったペットボトルのコーラなどが放置されている。

 床の上にはレトロゲームの本体とコントローラー、そしてカセット式のソフトが置かれていた。


 今日のお泊り会も、相変わらず充実している。


「SNS見てたのか? それとも、配信?」

「性格診断やってたの。暇つぶしに、ね」


 そう言って、スマホの画面に表示される質問に次々と答えていく海歌。



『将来について不安を感じるほうだ』→はい


『政治ついての論理的な議論には興味がない』→はい


『人といるのが好きなほうだ』→どちらかといえば、はい


『人がたくさんいて賑やかな場所が好き』→いいえ


『単調な作業より、クリエイティブで複雑な問題を解くほうが好き→いいえ



 なんだか、海歌の心の底を覗いている気分だ。


「『一日のやることリストを作るのが好き』って、そもそもやることリストなんて作ったことなんいだけど……」


「海歌はやることリストを作る以前に、やることやらないもんな」


「はーうるさい」


「いや、そうは言ったって事実だろ」


 すべての質問に答え終わった海歌は、診断結果を読み上げた。


「私の性格は『冒険家』タイプ。思いつきで行動することが多く、計画的に動くことは苦手。将来を前向きに考えるというより、今この時を純粋に、そして感受性豊かに満喫しているでしょう」


「まんま海歌の説明書だな」


「『共感力は高いですが、一方で協調性が低く、既存の社会に生きづらさを感じてしまうかもしれません』……なんか悪口言われてる気分なんですけど」


「俺もやってみたい」


「いいよ」


 海歌は、ブラウザから再び性格診断サイトへ飛ぼうとした。

 そのとき、海歌の指が検索ブラウザの検索窓に触れた。



『紫咲リオン グッズ』


『恋愛タイプ 診断』


『自分磨き 女子高校生』


『コスメ 安い』


『草食系男子 付き合い方』



 過去に検索したキーワードたちが並んで表示されてしまった。


 海歌は慌てて検索窓を閉じた。


「……見た?」

「ごめん、見えた」


 海歌の心の底を覗いてしまったような気がして、俺まで恥ずかしくなってしまった。当の海歌は血が沸騰して、心臓も頭も爆発しそうな思いだろう。


「自分磨き頑張ってるんだな。確かに最近、食べすぎに気を付けたり、散歩続けてたりしてるもんな。すごいじゃん」


「別に、すごくないし……」


「《《草食系男子》》って、絶対俺のこと意識してるだろ」


「……」


「俺にもっと積極的になってほしいってこと?」


「いや、違う……ひゃ!」


 俺は横から海歌を抱きしめた。

 縮こまった海歌の体が、俺の腕の内側にすっぽりと収まっている。


 海歌は何も言わず、下を向いたままだ。


 けれど、彼女の耳が少しずつ赤くなっていた。



――やはりこいつ、俺からの積極的な《《押し》》に弱いな!



「陸翔……その、」

「なに?声小さくて聞こえないんだけど」


 手首を触り落ち着きのない海歌を、からからかってみた。


「あのね、今日、陸翔に渡したいなって思ってた物があるの」


「へぇ。何だろう」


「あーもうっ!こんな流れで渡したら、私が重い女みたいに思われるじゃん!」


 海歌は、なぜか自分に向かってキレながら、ゲーミングPCの前へ。

 棚の中にあった《《あるもの》》を持って、戻ってきた。


「これ、陸翔にあげる。くさないでね」


 海歌から手渡されたのは、何の変哲もない銀色の鍵。


「何の鍵?」


「うちの鍵」


「ええ、なんで!?」


 俺は目を見開いた。


 家族でもない部外者の俺が、どうして宮本家の鍵を手渡されるのだろう?

 いや、裏を返せば、合鍵を渡せるほどに海歌が俺のことを信頼してくれているということか。


「ちゃんとママにも、大家さんにも許可もらったんだよ」


「防犯上、よくないんじゃないか……」


「それだけ、私は陸翔のこと信頼してるってことだよ」


「俺って、そんなに信頼されてたのか」


「当然じゃん。 陸翔は学校の書類を持ってきてくれたし、部屋をキレイにしてくれたし、私を外に連れ出してくれたし、勉強教えてくれるし、一緒に遊んでくれるし、私を大切にしてくれるし……」


 海歌は、これまでの思い出の数々を列挙した。

 そういえば、そんなこともあったな……


 こんなに海歌を大好きになって、海歌に愛されるなんて、1年ちょっと前の俺からは、想像もできなかったことだろう。


「陸翔は、私にとって恋人……いや、家族? ううん、私にとって、なにものにも代えがたい、家族を越えた、特別でな存在だから」


 相変わらず愛が重い海歌に、真っすぐに見つめられる。


「それって、俺が神様みたいなものじゃん」

「そう、陸翔は神ってる!」


 それはもはや、好きという恋愛感情や恋という情熱を越えて、信仰に近しいものがあった。


「勝手に家を出て行ったパパとか、男漁りばっかりして朝帰りのママより、陸翔のほうがよっぽど信頼できる」


「そう言ってもらえるのは嬉しいよ……でも、海歌のお母さんに失礼じゃない?」


 ちょっと抜けているところがあっても、汗水を垂らして働き、海歌の生活を支えているのは事実だ。俺と同じぐらい、海歌は自分の母親を信頼してほしい。


 海歌のカレシとしては、そう思う。


「それはそうとして……これからは、陸翔がうちに来たくなったら来ていいってこと。私が寝ている間に、《《夜這い》》に来てもいいんだよ」


「ハハッ、さすがにそこまではしないよ。でも、ありがとう海歌。大切にするよ」


 その鍵は、まさに、海歌の心を開き、海歌を外へと連れ出すための鍵だった。


「さて、そろそろお風呂に入ろうかな」


「ねー、また一緒に入りたい」


「……そう言うと思ったよ。いいよ」


「よっしゃ!」


「俺がいいって言わないと、海歌が《《風呂キャン》》するからな」


 もう何度目か分からないお泊り会の楽しみは、まだまだ続く……



 海歌からもらった合鍵は、いつも、自室の棚の奥に大切にしまっている。

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