初めてのお泊り会
(なんか、俺と海歌、本格的な恋人同士になってきたな……)
異性の家に泊まるのは初めてだ。ドキドキするなというほうが無理がある。
俺は一旦家に戻り、パジャマを持って海歌の家に戻った。
「おかえり~」
海歌はソファで横になり、うすしお味のポテチを食べながら、テレビで動画を観ていた。
「着替え持ってきた?パンツ忘れてない?」
「……余計なお世話だ。家を出る前に、忘れ物がないか毎回確認してるからな」
「さすが、小学生のとき忘れ物ゼロだった陸翔だね」
そういえば、小学生のとき忘れ物を1年間しないで、ちょっとした賞状を受け取ったことを思い出した。
俺は海歌の足元に座って、一緒にポテチを食べた。
「この人たち、誰?」
和気あいあいとお喋りしながらゲームをする二人のVライバーが、テレビに映っている。
「私の推しの配信者。右の黒髪の子は【七瀬麗羽】で、左の銀髪の子が【紫咲リオン】っていうの。2人とも登録者10万越えの人気Vライバーで、普段はFPSとか歌ってみたとか実写の料理配信してる。夢は、でっかいアリーナで音楽ライブすることなんだって。もしその夢が叶ったら、絶対行きたい!実は、この2人って小学生の頃からの幼なじみで、10年以上仲良しなんだって。その関係が尊い……しかもお喋りの内容が面白いし、ノリがいいし、ゲーム上手いし、コラボも積極的にやってて飽きない。だから、推してるの。ちなみに、アクスタとかキーホルダーとかのグッズも持ってるから、あとで見せてあげるね。てか、マウスパッドが二人のデザインのやつなの。気づいた?」
「お、おう……まあ、この二人のことが本気で好きなのは伝わった」
海歌はものすごい早口で語った。推し活への本気度がうかがえる。
そんな推しへの情熱を語る海歌の足が、俺の膝の上に乗っている。
太陽を知らない透明感のある白い肌で、足首から太ももにかけてきれいな曲線を描いている。
そんな彼女の足を見ていると、悪戯したくなってきた。
(やめとこうか。またケンカになるかな……いや、海歌なら赦してくれるだろ)
悪魔の誘惑に負けた俺は、海歌の足の裏を指でスッとなぞった。
「んひゃ!?ねぇ~やめて!」
「うっ、ぐえ……」
海歌は仕返しとばかりに、俺の脇腹を蹴った。
元陸上部の脚力から繰り出されるキックは強烈で、普通に痛かった。
そのとき、部屋のインターホンが鳴り、玄関の向こうから「ピザのお届けでーす」という声が聞こえてきた。
「あ、今日の夕飯が届いたみたい」
「用意周到だな……俺が家に戻ってる間にピザ注文してたのか」
キックを食らって伸びている俺を他所に、海歌はソファから立ち上がる。
ピザを受け取って戻ってきた海歌の表情は明るかった。
目がキラキラしている。そして、唾をごくりと飲み込んで喉が上下した。
2枚のLサイズピザとフライドポテト、それから、大きなボトルに入ったコーラがテーブルの上に並べられた。部屋には、よく焼けた生地やベーコン、香辛料などのいい匂いが充満している。
「ん~おいしい!やっぱりピザ最高!」
俺の目を気にせず、海歌はいつもの大食いを披露してくれた。
そんな彼女の満面の笑みを見ていたら、俺まで笑顔になった。
俺は一枚の半分を食べてお腹いっぱいになってしまった。
けれど、残りのピザは海歌の腹の中へ。
「はぁ、お腹いっぱい。幸せだな〜」
口直しとばかりにコーラをゴクゴク飲んだ海歌は、Tシャツとホットパンツの間から覗くお腹をポンと叩いた。
「そんなに食べてたら、20代後半とかに太りそう」
「じゃあ、若いうちにたくさん食べたほうがお得じゃん」
「そういうところはポジティブだよな」
痩せていても、太ったとしても、海歌は海歌。
俺は、どんな海歌も好きでいるつもりだ。
でも、こうやって甘やかすのは良くないかな。海歌のカレシとして、言うべきことは言うべきなのかもしれない。
「まあ、食べすぎもほどほどにな」
「分かってるって」
俺と海歌は、手分けしてゴミを片付けた。海歌と一緒なら、こんな何気ない時間さえも楽しく感じる。
「そろそろお風呂入らない?」
「海歌は、先に入りたい?それとも後?」
「一緒に入る?」
「いや、それは流石に……」
俺をからかった海歌は「にひひひ」と笑っ。
「じゃあ、じゃんけんで負けたほうが先に入るのはどう?」
「よし、受けて立つ!」
俺は意を決して、手を勢いよく突き出した。
「「じゃんけん、ぽん、あいこでしょ、あいこでしょ、あいこでしょ、あいこでしょ……」」
「早く負けろよ~」
「全然終わらねぇ……」
じゃんけんがなかなか終わらない。
7回目でようやく、俺がパー、海歌がグーを出して勝負がついた。
「よっしゃ、俺の勝ち!」
「負けた……風呂入るのめんどくさ。今日はお風呂キャンセルでもいいかな……?」
「ダメだ。冬場ならともかく、今は梅雨時でジメジメするんだから入れ。俺のばあちゃんが『風呂は命の洗濯だよ』って言ってたぞ」
「はいはい、入りますよー」
海歌は渋々、脱衣所に入っていった。
しばらくテレビで動画を見て暇つぶししていたら、脱衣所から海歌の声が聞こえてきた。
「陸翔、入っていいよ~」
脱衣所のドアをノックしてから開けと、そこには、鏡の前に立って髪を乾かす海歌がいた。
黒の半袖Tシャツを着ていて、首からタオルをかけている。
「いい匂いでしょ?」
「だね。シャンプーの匂い?」
「今使ってるヘアオイルの匂いも混ざってるかも」
ドライヤーの風に乗って、海歌の頭からバニラっぽい甘い匂いが流れてきた。
洗面台には、保湿用のミストやハンドクリーム、ドライヤーなどがずらっと並んでいる。
「見ての通り、【カワイイ】を維持するためにはお金がかかるの。だから、いっぱい褒めて大切にしてほしいな」
「海歌、カワイイ!尊敬する!」
「へへっ、それほどでも」
海歌は慣れた手つきで髪をまとめ、ドライヤーをかけ始めた。
こんな地道な努力を見せられたら、普段の海歌がさらに可愛らしく思えてきた。これからは、もっと褒めてあげようと思う。
「あの、海歌……」
「なに?ドライヤーの音で聞こえない」
そこに居られると服を脱げないんだが……
俺は鏡越しに、海歌に目線で訴えた。
「……」
「入らないの?」
「いや、海歌がいるから脱げないんだよ」
「え、気にしなくていいよ」
「いや、俺が気になるんだって!」
海歌には一度脱衣所を出てもらった。
その間に服を脱ぎ、タオルを一枚借りて浴室に入った。
再び脱衣所に入ってきた海歌は、化粧水を「ペシペシ」と頬に馴染ませはじめた。
俺は浴室をぐるっと見渡した。
鏡の水垢は残っているが、それ以外のところは掃除が行き届いている。
海歌や海歌の母親が、定期的に掃除をしている証拠だった。
「電気、点けないの?」
俺は浴室の電気を点けず、脱衣所の明かりを頼りに頭を洗っていた。
「脱衣所の明かりが間接照明みたいになって、リラックスできるっていうライフハックだよ」
「へぇ、なるほど……明日試してみよ」
俺と海歌は、ドア越しに会話を続けた。
いつもの静かな風呂もいいが、こういう入浴もリラックスできる。
「やっぱり風呂上がりの私、盛れてる感じがする~かわいい」
鏡越しの自分とにらめっこする海歌の姿が思い浮かんだ。
「風呂上がりって、謎のフィルターがかかるよな。俺も、風呂上がりに自分がイケメンに見えるわ」
「でも、寝起きで顔洗うときはクっっっソみたいなブスになる……あーもう、ニキビの跡が消えない……」
「俺は、ニキビの跡がある海歌も、ない海歌も好きだよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、絶対に治す!陸翔がいいって言ってくれても、私が許せない」
可愛いを高めるための海歌の努力が健気で、胸の奥がキュンとした。
俺は海歌と話しながら、頭と体を念入りに洗い、洗顔まで済ませ、いざ入浴。
沸かしたてということもあって、お湯はとても温かかった。
「お風呂上がりのアイスあるよー」
そう知らせてくれた海歌は、脱衣所を出ていった。
(41度か……風呂の温度、ちょっと高いんだな)
男性と比べて女性は体が冷えやすい傾向にあるらしい。
海歌と、海歌の母親の二人暮らしなら、妥当な温度だろう。
俺はなんとなく、お湯を両手ですくった。
入浴剤で白く濁ったお湯に、脱衣所の明かりが反射している。
このお湯は、海歌が入った後の湯だ。
海歌の全身に触れ、海歌の要素がたくさん溶け込んだ湯と言えよう。
俺は今、全身で海歌を感じている。
(我ながら、気持ち悪い発想だな……)
自虐しながらも、両手ですくったお湯を顔にかけた。
入浴剤のいい匂いが鼻いっぱいに広がった。
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