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もう一度あなたに会いたくて

 海歌とケンカをしてから1週間が過ぎた。


『もう一回話そう』『会って話そう』とチャットを送っても、海歌は既読すらつけてくれなかった。



――廊下側の一番前の席には、誰も座っていない。


 何度も海歌の席を見るけど、彼女の姿はなかった。



「宮本さん、最近学校来てないよね」

「1年生の頃、不登校だったらしいよ」

「そうなんだ。家庭の事情なのかな……?」

「出席数足りないと、留年になっちゃうのに」


 クラスメイトたちの何気ない会話が、俺の胸に突き刺さる。


(俺のせいだ……俺が嘘ついたから、海歌がまた不登校になったんだ……)


 過去の自分をぶん殴りたい。

 どうにもならない気持ちに押しつぶされそうだ。


 今日の6限までに英語のワークを終わらせないといけないのに、全然集中できない。


「ごめん。陸翔のこと嫌いになりそうだから、切るね」


 幻聴まで聞こえてきた。


 俺の妄想の中の海歌は、スマホを放り投げ、ベッドに身を投げた。

 そして、枕に顔をうずめてすすり泣いていた。


 彼女の指にあった切り傷は、いつしか手首や脚にまで広がる。


(やめろ、海歌……自分を傷つけるなんて、絶対にダメだ……)


 俺の声は届かない。

 海歌は多くの切り傷を刻み、ベッドの上にはりつけになって、どんどん痩せ細ってゆく。


 そしてボソッと一言……



「――全部、あなたのせいだから」



 俺のせいで海歌は傷つき、悲しんでいる……そんな妄想にりつかれた。


 居ても立っても居られず、俺は荷物をまとめ、教室を飛び出した。



――ここで動かなければ、絶対に後悔する。



 海歌と二度と仲直りできないかもしれないし、海歌の人生そのものが滅茶苦茶になるかもしれない。

 そんな焦燥感に背中を押されて、廊下を駆け抜ける。


 そして、曲がり角で誰かとぶつかりそうになってしまった。


「わっ!」

「あ、すみません……」


 俺は慌てて振り向き、頭を小さく下げた。

 そこにいたのは、本を抱えた空音だった。


「陸翔くん、そんなに急いでどうしたの?廊下は走っちゃダメなんだよ~」

「ああ、分かってたけど……ごめん」


 俺は空音の腕から落ちた本2冊を拾い上げた。


「あ、そういえば、大事な話があるんだけど……」


「ごめん空音。急いでるから」


「その用事よりも大事なことだと思う!海ちゃんのことに関してなんだけど」


「え、海歌のこと……?」


 俺たちは場所を変えて、図書室の奥で話の続きをした。


「陸翔くんと海ちゃんの間に、何かあったの?」


「……実は、1週間前に海歌と喧嘩したんだ。俺が嘘ついたばっかりに……」


 声が震える。

 冷静に説明しようとすればするほど、涙があふれそうになった。


「電話も出ないし、チャットも反応ないし……それで今日、海歌に謝りたいって思ってたら、居ても立っても居られなくなって、海歌に直接謝りに行こうとしたんだ」


「ふむふむ、なるほど~だから廊下を全力ダッシュしてたのね」


 空音は顎に手を添えて頷いていた。


「ふふ、やっぱり陸翔くんと海ちゃんって気が合うんだね」


「え……?」


「実は、謝りたいって思ってるのは陸翔くんだけじゃないみたいだよ♪」


 空音はおもむろにスマホを取り出し、チャット画面を見せてくれた。



―――チャット―――



海歌:陸翔に謝りたい


海歌:ケンカした


空音:なんでケンカになっちゃったの?


海歌:それは言えない


海歌:でも、全部私が悪かった


海歌:気分が落ちる期間だったから、言い過ぎた


空音:まあ、そういう日もあるよね


海歌:会って直接謝りたい


空音:ウチが陸翔くんに伝えておいてあげようか?


海歌:そうしてもらえると助かる


空音:了解!!



―――――――――



 それは、今朝の海歌と空音のやり取りだった。


「何があったのか、ウチにはよく分からないけど……陸翔くんと海ちゃんなら、きっと仲直りできるよ。放課後でいいから、海ちゃんの家に行ってあげて」


「いや、今すぐに行く」


「そんなに急ぐ必要はないと思うけど……」


「ありがとう、空音。すごく助かった。また暇なときに3人で遊ぼう」


 俺は空音に感謝を伝えて、足早に図書室を出た。


 その日は『頭痛が治らない』と仮病で昼休み中に早退した。

 英語のワークを提出できないが、そんなのどうでもいい。今は、海歌と仲直りするほうが大事だ。


 

 英語のワークはあとでどうにでもなる。


 けれど、海歌との関係は、この機を逃せば修復できなくなってしまうかもしれない。



「う、海歌……?」


 俺は恐る恐るインターホンを押した。

 すると「ガチャ」と鍵が開いて、ドアがゆっくりと開いた。


「……」

「海歌……?」


 海歌は黙ったまま、俺の胸元に顔を押し付けている。

 気まずい沈黙を打ち破るため、俺は口を開いた。


「ごめん、海歌……」

「ごめんなさい」


 俺と海歌の謝る声が重なった。


「あの……別に、泣いて赦してもらおうとか考えてないから。ちゃんと謝りたいって思ってるから」


 俺が言葉をつむぐ暇を与えないように、海歌が畳みかけてくる。


「あの日は、ちょっとイライラしてて、言葉が強くなっちゃった。でも冷静に考えたら、誰も悪くないなって。陸翔は浮気なんてする人じゃないし、空ちゃんは私に意地悪するような子じゃないし……で、全部私が悪いって気がついて、イライラをどこに向ければいいのか分からなくなっちゃって……」


「どかーん、か」


 海歌は涙を隠すように、再び俺に抱きついた。

 彼女の感情の爆発を、俺は受け止め、反省する。


「俺も悪かったところがあったよ。最初から海歌に本当のこと話してたらこんなことにはならなかったし、理屈っぽい言い方して、余計にイライラさせちゃったよな……」


「いや、陸翔は悪くないよ」


「いや、俺も悪いところあったって」


「ない!」


「ある!」


「「……」」


 また衝突が起きそうになって、慌てて自制する。

 海歌と見つめ合ってしまった。


「ふふ」


 目線を交え、笑みをこぼした海歌。


 俺もつられて、笑顔になっていた。


「私、やっぱり陸翔のこと大好きだわ。あんな言い方してごめんね」


「俺も言い方悪かったよ。ごめん」


「私、気分の浮き沈みが激しいのは自覚してたけど、どうしても抑えられなかった」


「これからは、お互いに嘘つかないようにしよう。何があっても、正直に説明するって約束しよう」


「あと、何かあったらチャットとか電話じゃなくて、直接会ってお話しようね」


「ああ、そうしよう」


 互いに悪かったところを認め合って、二度と同じすれ違いが起きないように約束した。


 海歌に嫌われたくないっていう気持ちが先行して、状況を混乱させるような嘘をついた。

 理屈っぽく言って、海歌を余計にイライラさせてしまったことも反省点だ。


 これからは気をつけたい。


「じゃあ、ハグしよ」

「ええ?」


 両手を広げた海歌が近づいてくる。


「仲直りのハグ。早く!」

「……分かった」


 俺も両手を広げ、海歌を受け入れた。


 この瞬間を待っていた。海歌と再び抱き合えるこの瞬間を、この世で一番待ち焦がれていた。


 ああ、よかった、勇気を出して空音に相談できて。


 ああ、よかった、海歌と仲直りできて。


「ねぇ、陸翔」


「なに、海歌?」


 海歌は耳元で、低く甘い声を響かせた。


「今日、お泊り会しない?」


「え」


「週末だし、いいでしょ?着替え持ってきてよ」


 俺は、海歌に振り回されてばっかりだ。

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