永遠の別れ……?
「陸翔くん、ウチと一緒にお昼食べよ!」
食堂で一人カツカレーを食べていたら、目の前の席に空音が座った。
(……これって、断るべきなのか?)
今日、海歌は学校を休んでいる。
空音と二人きりでお昼を食べるのは申し訳ない気がするけれど、断るのも空音に悪い気がしてしまう。
「まあ、空音がいいなら……」
「もちろん、ウチはオッケーだよ!」
消極的な返事をした俺は、空音と共にお昼休みを過ごした。
「わああ、おいしそう~」
ごはんが山盛りのから揚げ弁当を目の前に、スマホで写真を撮った空音。勉強熱心だからこそ、たくさん食べたくなるのだろう。
大きなから揚げを食べた空音の頬が膨らんで、丸っこい輪郭が強調された。
「んはぁぁ、おいひぃ~。幸せ~」
本当に、空音はおいしそうにごはんを食べる。
見ているこっちまで、胸の中心がぽっと温かくなった。
「ねぇ陸翔くん、歴史の課題終わった?」
「いや、面倒くさくて後回しにしてる」
「分かる! 800字で感想を手書きしなさいって、めっちゃ大変だよね! もういっそ、AIに文章考えてもらおうかな~」
空音でも終わらない課題があるのかと意外に思ったが、そういえば彼女は多忙だ。
週3で美術部の部室に赴き、平日夜は塾で勉強をしている。そんな忙しい空音にとって、学校で出される課題はかなりの重荷だろう。
「塾の勉強か歴史の課題……どっちを優先するべきなんだろう?」
「空音が大事だと思うほうから取り組めばいいと思うよ。でも、俺だったら、塾の勉強を優先するかな」
空音の第一志望が公立大学であることを考えると、学校の課題は後回しでもいい気がする。
「空音って、これまで1回も学校休んでないし、成績もいいだろ?」
「うん。体育以外はオール5だよ!」
「だったら、塾の勉強に集中して共通テストに備えればいいと思う。現状なら、課題の3つや4つ、出さなくても問題ないだろ」
「だよね。結局公立大学は、共テの点数で決まるもんね。内申点は考えなくていっか!」
「なんか、悪い方向に進んでいる気がする……」
自分で言っておいて無責任だが、空音の勉強へのやる気を削いでいる気がする。
「へーき、へーき。ほどよく頑張って、ほどよくサボるから♪」
そう言い放ち、空音はから揚げをペロリと完食。
残ったわずかなごはんを食べ始めた。
「ちょっとぐらいサボっても大丈夫」という海歌の癖が、空音にまで伝播してしまった。
「そういえば、今日、海ちゃん休みだよね。またサボりかな?」
「いや、朝から体が怠すぎて動けないって連絡もらってる」
「あーね。そういう日もあるよね……」
「お腹痛くて、微熱もあるらしい。大丈夫かな?」
授業中も、こうやって空音と話していても、頭の隅っこでは海歌のことが心配だった。前みたいに、コーラやポテチを持ってお見舞いに行こうかな。
お弁当を食べ終えた空音は、上目遣いに俺の顔を覗き込んだ。
「陸翔くんと海ちゃんが付き合い始めて、もう1年経つらしいじゃん。ぶっちゃけ、どこまで進んだのか気になる~」
「どこまで進んだか……?」
「さすがに手は繋いでるよね。ハグは? キスは? もしかして……一緒に寝るところまで進んでたりする?」
両手で顔を覆った空音が「きゃー」と小さく声をあげた。
実際、手はしょっちゅう繋いでいるし、キスは唇を重ね合わせる形ではないけれど、海歌から頬にしてもらったことがある。
でも、一緒に夜を越したことはなくて、その先は未知数だ。
「うーん……ノーコメントで」
俺は回答を濁した。
海歌だって知られたくないことがあるだろうし、こんなに広い食堂だと、いつ、誰に話を聞かれているかわからない。
「なんか、含みのある言い方だよね~。余計に気になっちゃう!」
机の下から、空音の脚が伸びてきて、俺の膝をなぞった。
空音の靴下のゴワゴワとした感触に撫でられて、全身の産毛がぞわっと総毛立った。
そんなことをしていたら、周囲の学生たちが続々と席を立ち、トレーや食器を返却して、食堂から退出し始めた。
その後に、昼休みの終わりが近いことを知らせる予鈴が鳴った。
俺と空音は手を合わせ、「「ごちそうさまでした!」」と声もそろえて、食器を片付けた。
「ありがとう空音。こういう機会ってあんまりないから、楽しかったよ」
「ウチも、陸翔くんといっぱいお喋りできて、楽しかった! 次は、海ちゃんも一緒の3人でお昼食べようね!」
俺と空音は教室へ戻り、それぞれの席に座り、授業の始まりを待った。
――そんな楽しかった昼休みの余韻に浸りながら、放課後、俺は校門を出た。
そのときちょうど、海歌から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「陸翔、今、大丈夫?」
「ああ。ちょうど学校終わったとこ。体調のほうは大丈夫?」
「うん。お昼ごろにはだいぶ良くなって、チーズハンバーグ食べられるぐらいまで回復した」
会話のペースはいつもと同じ。
けれど、海歌の口調がいつもより暗い感じがする。
「何か用?」
「いいや、陸翔の声聞きたかっただけ……そんなことより、今日のお弁当はどんな感じだった?」
海歌のその質問に、何と答えようか迷ってしまった。
「空音と食べたよ」と真実を伝えたら、海歌が嫌な気持ちになるかもしれない。
俺は頭の中で、架空のお弁当を作り上げた。
「冷凍の唐揚げと、春巻きと、卵焼きと、トマトと……」
「――それ、嘘でしょ?」
その一言を聞いた瞬間、背筋が凍った。
全身から汗が湧きだして、スマホを持つ手が震えた。
「食堂の窓際の席で、《《空ちゃんと一緒に》》カツカレー食べてたんでしょ?」
「……なんで知ってるの?」
「空ちゃんからチャットが来たの『から揚げ弁当!おいしそうでしょ?』って。一緒に送られてきた写真、お弁当の向かい側に、見覚えのあるネックレスをつけた人が写り込んでるなーって。あれ、陸翔でしょ?」
あの時の写真だ。
空音がから揚げ弁当を食べ始める前に撮ったあの写真に、ネックレスをつけた俺が映り込んでいたのだ。
「なんで嘘ついたの?」
「あの……その、誤解なんだ。空音が……」
誤解を解いて、海歌の機嫌をとる言葉を探そうとするも、声が震えてしまった。
「誤解もクソもないでしょ。陸翔が空ちゃんと一緒にお昼食べてたのは事実なんだから」
空音も俺も、海歌を裏切ろうと思ってお昼を共にしたわけではない。その場の流れで、そうなっただけだ。
けれど、俺が話をする声に被せて、海歌が声を荒げるので、何も言えなくなってしまった。
「ご、ごめん……でも、なんで、俺を試すような聞き方をしたの?」
「なんで私を裏切ったの!? ねぇ、答えてよ!!」
「だから誤解なんだって。 今ちゃんと説明するから、そんな怒らないで……」
「別に、怒ってない!!!」
電話越しに海歌に怒鳴られて、耳がキーンとする。
こんなに声を荒げる海歌を、俺は知らない。
「この前の英語の時間なんかさ……陸翔、空ちゃんと一緒に作業してて楽しそうだったよね。ずーっとニコニコしてて、めっちゃ楽しそうでさ……私なんか、一回も喋ったことない人とペアになって、クソ気まずかったのに……」
話がどんどん脱線していく。
電話の向こう側から、海歌が何かを叩く「トントントン……」という音が絶え間なく聞こえてきた。
「あー、よく考えたら私が悪い気がしてきて、クソイライラしてきたわ」
もはや、海歌が何に対して怒っているのか分からなくなってしまった。
「だから、そんな怒らないで……ちゃんと一つずつ話すから……」
「ちっ……だから、怒ってないって言ってるじゃん!!」
鋭い舌打ちに鼓膜を刺された。
これまで友達らしい友達ができなくて、家族と円満にやってきた俺は、ケンカをしたことがない。激しく言い合ったこともない。
海歌にどんな言葉を投げかければいいのか分からなかった。
「――ごめん。陸翔のこと嫌いになりそうだから、切るね」
「おい、そりゃないだろ! 待って!海……」
海歌は通話を切った。
通話が切れた後の「ツー、ツー」という音が虚しく鳴り響いた。




