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アルバイト参観

 今日は、夏風邪をこじらせて休んだバイトの人に代わって金曜日の出勤。

 海歌と家でのんびりしたいのは山々だが、バイトも大事だ。



――なにより、海歌や空音と遊ぶための軍資金を確保しなくては。



  夏休みに突入した今、まさに稼ぎ時だ。


「陸くん、これ早めに洗っておいて!よろしくね!」


 バイトの先輩に命じられて、俺は「了解です!」と声を張る。

 てきぱきと食器を洗って、収納ラックに収めた。


 長時間立ちっぱなしなので、脚が痛くなる。


(がんばれ俺!海歌と遊ぶためだ!!)


 海歌のことを考えると、自然と力が湧いてくる。

 最近は、お金を稼ぐ目的がはっきりした分、仕事にも熱が入るようになった。


「暑いねぇ……古谷ふるやくん、冷房の温度を1℃下げてくれるかな?」

「はい、了解です」


 煮えたぎる大鍋の前に立つ店長にお願いされて、俺は厨房の冷房の温度を1℃下げた。 


 冷房が効いているとはいえ、動き回って身体を動かす上に、厨房というのは火を使っているため、めっちゃ暑い!特に、夏場は灼熱地獄。

 湿気と熱がこもっていて、俺の背後では巨大な鍋の中で肉がぐつぐつと煮えている。その隣では、中華鍋の上でチャーハンがパラパラと踊っていた。


 食欲をそそられるコショウや醤油の香りが漂う中、再び皿洗いを続行。


(海歌の誕生日プレゼント、何にしようかな……)


 疲れからか、海と遊びに出かける妄想がはかどってしまう。


 8月25日――それは、海歌の誕生日だ。

 その日までにお金を稼いで、プレゼントを用意したい。


(海歌はゲームが好きだから、ヘッドホンとか?それとも、甘いお菓子とか?モノとして残るものがいいかな。うーん、悩むなぁ……)


 妄想に夢中になるばかりで、手を滑らせて危うくお皿を落としそうになる場面も。


(ダメだ。業務に集中しないと、店とお客さんの迷惑になる)


 理性に叱責されて皿洗いを終え、座席の片づけ・消毒作業の手伝いに移行した。


 ふと、店内の時計を見上げる。


(閉店まで、あと40分……!)


 そろそろラストオーダーの時間帯。今日の仕事は、あとわずかだ。


 俺がテーブルの食器を片付けて消毒作業をしていたそのとき、来店を告げる鈴の音が「ガラン」と鳴った。


「いらっしゃいませ……えっ?」


 見覚えのある顔が来店した。


 黒い長袖ながそでTシャツを着て、丈の短いホットパンツからこれでもかと白い太ももを露出させ、襟足がツンと跳ねた黒髪ウルフカットの女の子だ。耳には、見覚えのある雫の形をした青いイヤリングを付けている。


 その客は、俺を見るや否や、白い歯を覗かせてニッと笑った。


「よっ、陸翔。暇だったから来ちゃった」

「う、海歌!?……じゃなくて、いらっしゃいませ~」


 来店したのは、なんと海だった。

 制服姿の俺に向かって手を振り、短い挨拶をする。


「……何名様ですか?」


 聞くまでもないが、海歌は一人だ。

 でも、ここはしっかりマニュアル通りにお尋ねする。

 知り合いだからといって、タメ口で接客するような公私混同は厳禁だ。


「一人です」

「あ、空いているお席にご案内いたします。こちらです……」


 相手が海歌なので、対応が少々ぎこちなくなってしまった。


 海歌は窓際の席に座って、注文用のタブレット端末を見ていた。


「12番テーブル、オーダー入りました、味噌ラーメン、フライドポテト、ニンニクたっぷり餃子、ごはん大盛り、ドリンクバー付きです」


 海歌の注文だ。

 やっぱりこってり系が好きなんだな。

 現在午後10時前。こんな時間帯に油っこいもの食べて大丈夫……?


 海歌の健康面が心配だが、夜の時間に食べる脂っこいものが格別に美味しいのは否定できない!


「お待たせしました!ご注文のお料理ですにゃ!」


 大盛りのごはんや白い湯気を上げるラーメン、ニンニクの香ばしい匂いを放つ餃子などの料理を満載した配膳用の猫ロボットが、海歌の座る席へ向かった。


 料理を受け取った海歌の表情がパッと明るくなった。

 彼女は行儀よく手を合わせ、「いただきます」とラーメンを食べ始めた。


(……なんだよ、俺のことジロジロ見て。面白くないだろ、ずっとテーブル片付けて消毒して席に案内してるだけだぜ?)


 海歌はフライドポテトを摘んで食べながら、店内をせわしなく動き回る俺をジッと見つめている。

 俺がテーブルを拭き、床を掃除して、最後のお客さんを席に案内する……それらすべてを海歌に監視されていた。


(こっち見んな!気になってしょうがないから!)


 俺の視線に気がついたのか、目をパチパチさせる海歌。

 つけまつ毛やマスカラをしているからか、いつもより目元がぱっちりした印象だ。


「……」


 彼女は何も言わず、無心で俺を見て、フライドポテトをむしゃむしゃ食べている。

 仕草は可愛いが、気になって仕方ない。


 俺は、海歌に監視されながら一日の業務を終えた。


「あれ、海歌は……?」


 俺が店を出るとき、海歌の姿はなかった。

 さすがに、会計を済ませて帰ったかな。


「お疲れ様でーす」


 俺は店のスタッフのみんなに挨拶して、店を出た。

 外に出る直前に「「おつかれー!」」という先輩と店長の声が聞こえた。バイト先の人間関係は、けっこう良好。


(やっと自由の身だ……!いやぁ、疲れたな……)


 重くなった足腰を引きずりながら、店を出た。


「わっ!」

「うわああああ!!」


 突然、何者かに背後から飛びつかれた。


「な、なんだよ海歌か……びっくりした。全部終わるまで待っててくれたのか」


 飛びついてきたのは、電柱の陰に隠れていた海歌だった。

 左手には、自販機で買ったコーラを持っている。

 

「わざわざここまで来て、陸翔のことを置いて1人では帰らないよ。お疲れ様、陸翔」


 海歌に頭を撫でられながら「よしよし」された。


 恥ずかしいので「やめろ」と拒否した。こんなところを誰かに見られたら、恥ずかしさで死ねると思う。


「労いありがとう……めっちゃ疲れた~」

「ふふっ、途中までだけど、一緒に帰ろ」

「もちろん」


 俺と海歌は隣り合って手を繋ぎ、バイト先から最寄りの駅に向かった。


 ふと、夜空を見上げる海歌。

 霧のような白い雲の間から、真っ白な満月が覗いていた。


「――月、きれいだね」


 海歌は、夜の闇に浮かんだ真っ白な満月を見上げて、そう言った。


 その言葉の真意を、俺は知らなかった。

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