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涙の理由

「わおおおお~~!!」


 空音は目を輝かせた。

 メイド服を着た海歌が戻ってきたのだ。


「おっぱいも太ももも、超デッカ!ナイスバディ!ぼよーん♪」


 メイド服初見の空音は、海歌の豊かな胸に飛び込んだ。


「ちょっと、やめて空ちゃん……」

「うはは~ウチもこんな魅力的な身体になりたいですなぁ!それにしても、いい揉み心地だな~」


 俺は、一体何を見せられているんだ……?


 海歌の胸が上下左右に揺れている光景に目を奪われてしまう。


 海歌はまとわり付いていた空音を振り払い、乱れたメイド服のシワをピシッと伸ばし、ようやくキッチンの前に立った。


「というか、わざわざメイド服に着替える必要なかっただろ……」


「せっかくだから、空ちゃんにも見せたかったの。今からチャーハン作るから、ちょっと待ってて」


 海歌が冷蔵庫から取り出したのは、既にカットされたネギやにんじんなどの野菜類。さらに、炊飯器には温かいごはんが入っていて、フライパンもコンロの上に用意されていた。


 海歌の背中を眺めながら、俺と空音はチャーハンが出来上がるのを待った。


「そういえば、ウチと陸翔くんってチャット交換してなかったよね?」

「ああ、そうだな。交換しようか」

「うん。よろしくね!」


 せっかくの機会なので、俺は空音とチャットIDを交換しようとした。

 しかし、フライパンに油をひいていた海歌が「待って、ダメ」と制止した。


「何か言いたいことがあるなら、私を通すか、直接伝えて」


「じゃあ、陸翔くんと、お友達としてDMでやり取りするのは……」


「それもダメ。絶対ダメ」


「……海ちゃん、意外と嫉妬深いね」


 空音は、ニヤリと笑った。

 キッチンからは、醤油やニンニクの香りが漂ってきた。


「ち、違うって。嫉妬とかじゃなくて……別に、陸翔を私だけのものにしたいとか、陸翔は私とだけ繋がっててほしいとか思ってないし……」


「海ちゃん、顔真っ赤だよ~」


「うるさいって……集中できないから黙ってて」


 空音と和気あいあいとしながらも、海歌はフライパンを振るった。

 慣れていないからか、にんじんやご飯粒が少しだけ床にこぼれていた。


 それでも、チャーハン自体は問題なく完成した。


「はい、召し上がれ」


 テーブルに並べられたのは、大きな平皿に盛られた3人分のチャーハン。

 にんじんやネギなどの野菜が豊富でいろどりがあって、適度に水分が飛んだごはんがパラパラになっていた。


「わあ~おいしそう!いただきます!」

「お疲れ、海歌。いただきます」


 俺たちはテーブルの席に着いて、海歌特製のチャーハンを食べはじめた。


「ん~おいしい……美味しいよ海ちゃん!!お米がパラパラしてて、味付けもイイ感じだね!お店開けるぐらい美味しいよ!ウチが店長で、海ちゃんが料理人で、陸翔くんがホールスタッフね」


「そ、そんなに喜んでもらえると思わなかった……」


 空音は大絶賛。

 俺も、一口食べてみた。


 にんじんの形や大きさはバラバラ。でも、しっかり火が通っているので、柔らかくて食べやすかった。味付けは全体的に濃いめだが、美味しいことに変わりはなく、スプーンが止まらない。


 見た目は不器用だけど美味しい……まさに、海歌らしいチャーハンだった。


「うん、めっちゃ美味しいよ、海歌」

「自分で料理できるのすごいね、海歌ちゃん!ウチにもチャーハンの作り方教えてね!」


 俺は素直に褒めた。

 星をつけるとしたら、海歌の頑張りも含めて、星5だ!!!

 

「え、あ、ありがと。マジで嬉しいかも……」


 喜びを噛みしめる海歌。

 そんな彼女の声は、震えていた。


「海歌……?」

「海ちゃん、どうしたの?」


 チャーハンを口いっぱいに頬張った海歌の目尻から、涙がこぼれ落ちた。

 涙はアイメイクを崩し、陶器のような白い頬を流れ落ちて、テーブルの表面を「トン」と叩いた。


「海歌……なんで、泣いてるんだ?」


 俺は勇気を振り絞り、海歌に涙の理由を聞いた。


「……嬉しかったの」

「なにが?」

「あの……その…………何て言えばいいんだろう、分かんない」


「落ち着いて、海ちゃん。ウチも、陸翔くんもちゃんと聞いてるから、海ちゃんの本当の気持ち教えて」


 空音は海歌に寄り添った。


「そ、その……私の作ったチャーハンを2人に食べてもらって、喜んでもらえたのが嬉しくて…… ネットで【いいね】とか【リプ】とか貰うより、ずっと嬉しくて……」


「「うん」」


「私の頑張ったことが認められて、褒めてもらえたことがめっちゃ嬉しくて……そうしたら、涙が止まらなくなって……」


 スプーンを強く握ったまま涙する海歌。

 そんな彼女を、小柄な空音が包み込んだ。


 空音は俺に目配せした。


「陸翔くんも、海ちゃんのこと抱きしめてあげて」


 抱きしめるのはなんか違うな……


 そう思った俺は、海歌の右手の甲にそっと手を添えた。


「陸翔、こっち向いて」

「え、ああ……」


 海歌に言われた通り、俺は海歌と正面から向き合った。

 そして海歌は、俺の胸の中に飛び込んできた。


「誰かのために頑張るって、こんなに嬉しくて、楽しいんだ……」

「う、海歌?」

「……陸翔、いい匂い」

「やめろって……」


 薄いシャツ越しに、海歌の胸が上下している感触が伝わってきた。彼女の心臓は、ものすごい速度で鼓動を刻んでいる。


 海歌と抱き合っているその瞬間、不安とか、疲れとか、そういう負の感情がじわーっと頭の中で溶け出すようだった。


「ウチも混ぜて!」


 空音が飛び込んできた。

 二人の呼吸する音や、服と服が擦れる音まで聞こえる。


「えへへ、三人でぎゅーすれば、幸せも3倍だね!」


 ヤベい。

 なんでこんなに幸せな気持ちになれるんだ!?


 海歌の体、温かい。

 空音の手、柔らかい……


 俺の肩には、海歌と空音の腕が回されている。

 ハグというより、円陣みたいだった。


「あ、でも、陸翔くんと海歌ちゃんが二人でハグしたときの幸せ度を1とすると、3人でぎゅーしたときの幸せ度って1.5倍だよね。3倍じゃなかった」


「ひひひ、細かいって、空ちゃん。全然分かんないんだけど」

「俺も一瞬、空音が何言ってるのか分からなかったな」


 さすが、クラス一番の天才だ。計算が早い。


「陸翔と空ちゃんのおかげで、元気出たかも」


 海歌は、涙を袖で拭いながら笑った。

 そして、仕返しとばかりに、空音のモチモチのほっぺを撫で回した。


「や、やめて海ちゃん!ウチの口、にんにく臭いかもよ!」

「陸翔、空ちゃんの右のほっぺが空いてるよ」


 海歌に誘われるまま、俺も空音の頬をもてあそんだ。

 指でつつくと、ほどよい弾力を得た。とてもぷにぷにしている。


 空音を愛でていると、うさぎやモルモットなどの小動物を愛でているような感覚になった。輪郭が丸っこくて、骨格が子どもっぽい感じがそうさせているのかもしれない。


「……空ちゃん、また一緒に遊んでくれる?私の友達でいてくれる?」


 海歌は空音を膝の上に乗せて、空色の瞳を覗き込んだ。


「もちろんだよ、海ちゃん!塾がない日なら、いつでも誘ってよ!海ちゃんは、ウチにとっての永遠の《《ベストフレンド》》だよ!ウチは、陸翔くんと海歌ちゃんの恋を応援してるよ!」


 空音は頷き、再び海歌の豊かな胸に飛び込んだ。

 その空色の瞳は、嘘偽りのない純粋さで満ちている。


「陸翔は、私とずっと一緒にいてくれる?私が大人になっても、私がシワシワのおばあちゃんになっても、私が死んだ後も、ずっと一緒にいてくれる?」


「あ、ああ……」


 甘く誘うような海歌の黒い瞳に貫かれた。


「ずっと、私のこと好きでいてくれる?私にとっての救世主でいてくれる?私のこと愛してくれる?私に会いに来てくれる?私のこと抱きしめてくれる?私と遊んでくれる?私の作ったごはん食べてくれる……?」


「……わ、分かったよ!全部するって約束するよ、海歌!」

「アハハハ、海ちゃん重い、重すぎるよ!陸翔くんが困ってるよ」


 海歌を元気づけたい一心で、二つ返事に約束してしまった。


 つまり、俺はこれからずっと海歌と一緒ということ……?

 でも、それも悪くない。

 むしろ、俺も海歌と一緒にいたいと思っていたところだ。


「あー、チャーハン冷めちゃった!」

「レンジで温めるよ」

「俺のも頼む」

「おっけー」


 海歌は飽きっぽく、勉強が苦手で、感情が重すぎて、放っておいたら部屋がめちゃくちゃになるような怠惰なところがある。

 けれど、頑張り屋で、ゲームが大好きで、誰かのために一生懸命になれる一面もある。



――そんな海歌のことが、俺は大好きなのかもしれない。

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