怠惰、凡才、天才の勉強法
「国の立法を担当するのが【国会】で、国会で成立した法律に従って国を運営するのが【内閣】で、裁判するのが【裁判所】。こういう仕組みを三権分立って言うんだよ」
ようやく本命の勉強会が始まった。
俺は教科書を見ながら、海歌に重要な単語を説明していった。
せめて進級できる程度には頑張ってもらいたい。
しかし、海歌のペンは進まない。
「分かった?」
「んー……」
海歌は、いたってマジメに俺の説明を聞いるものの、理解できていないようだ。
「何をノートに書けばいいか分かんないし、そもそも覚えられない……高校入試の勉強で覚えた気がするけど、全部忘れた……」
海歌のノートには、キレイな文字で、国会、内閣、裁判所と、箇条書きにされていた。
そんな海歌の悩みにいち早く気づいたのは、空音だった。
「海ちゃんは内容以前に、勉強の仕方で悩んでる気がするんだよね……そうだ、海ちゃんのノート見せて!自学習用のノートでも、数学のノートでも、何でもいいよ」
海歌は、積み重ねられた教科書類の下敷きになっていた数学のノートを空音に手渡した。
……おい、ノートすら学校に持って行ってなかったのかよ。そりゃ、テストで20点をとるわけだ。
ともあれ、俺と空音は海歌のノートを見せてもらった。
ピンク色の表紙のノートだ。
キャラクターもののシールが張られていて、キラキラしている。
「「お~きれい~」」
海歌のノートを一緒に見た俺と空音の感嘆の声が揃った。
さて、肝心の中身は……
重要な単語にはピンク色の蛍光ペンで下線が引いてあって、教科書の重要な説明がノートに書き写され、青ペンで四角く囲まれている。字も綺麗だし、ノートの紙にシワ一つない。
さらに、オリジナルキャラクターらしきイラストから『教科書の203Pだよ!』と言っている吹き出しの文字もあって、まるで参考書のようだった。
こんなに《《見た目が綺麗なノート》》は初めて見た。
「ノートはきれいにまとまってるけど……これで覚えられる?」
あくまで見栄えが良いだけ。
記憶として海歌の頭に定着しているかは別問題だ。
「いや、たぶん、覚えられてない……テストの点数ダメだったし」
海歌はボールペンを転がし、チョコクッキーを口に放り込んだ。
「あー、勉強した気になって、まったく頭入ってないパターンだな」
「悪い勉強法の典型って感じだね」
「うぐ……」
俺と空音からの厳しい指摘を受けて、海歌はしょんぼりした。
「だってさー、小学生の頃先生に言われたでしょ?ノートはきれいに書きましょうって」
「先生に提出するノートは別だけど、自学習ノートはキレイに書かなくていいんだよ、海ちゃん」
「そうだよ。空音の言う通り、テストでいい点が取れればそれでいいんだから」
自学習のノートは、あくまで自分用。
つまり、どれだけ汚く書いてもいい。
時間をかけてノートをきれいに書くぐらいなら、その時間で英単語を一つ多く覚えたり、ゲームの時間に充てたほうが、よっぽど有意義だ。
「じゃあさ、二人のノート見せてよ。お手本にするから」
そう提案した海歌に、俺の自学習ノートを見せてあげた。
「え、なにこれ、汚っ……」
「そう言うなよ。これでも中位から上位の成績取れてるんだから」
俺の自学習ノートは、海のノートと比較してお世辞にも綺麗とは言えない。
文字だらけで、シャーペンやボールペンの黒一色。
内容は、ワークや教科書の問題をただひたすら繰り返し解いているだけだ。
「あー、なるほどね。ワークを繰り返し解いてるから、頭に入るのか」
「そういうこと。勉強は、量をこなすことが正義!だと俺は思う」
俺の意見に、空音も「ウチもそう思うよ!」と賛同してくれた。
繰り返し繰り返し解いていれば、俺みたいな勉強嫌いでも、問題の流れや答えの導き出し方をある程度は覚えられるのだ。
「じゃあ、次はウチのノート見せてあげるね」
そして一番気になる、空音のノートを見せてもらうことに。
国内最高峰の大学を志望する空音の勉強法とは!?
その真相を確かめるために、俺と海は、空音の自習ノートを開いた。
「「……!?」」
空音のノートには、びっしりと文字が書かれていた。
とにかく、書かれているのは文字だけ。
ノートの端から端まで、集合体恐怖症の人が顔を真っ青にするであろう小さい文字がびっしりと書かれていた。
『アメリカは第一次世界大戦の後、急速に繁栄した。これは、英仏など欧州にお金や武器を貸したこと、欧州が戦場になったことによる米国の相対的な地位の上昇が要因』
俺は、書かれていた文章を音読した。
「もしかして空音は、授業とかワークでやった内容を、見ないでどれだけ書き出せるかをノートに書いてるってことか?」
「そうそう。こうやって自学習ノートに、どれだけ覚えてるか試し書きのアウトプットをするんだよ!こうすれば、数学の公式も、歴史の流れも、英語の構文とか単語も、情報の用語暗記も、効率よく覚えられるの!」
「インプットとアウトプットのバランスが上手いな」
「えへへ、でしょ~!?」
空音は体を左右にゆらゆらして微笑んだ。
この天使、一挙手一投足が可愛すぎる。
空音のアウトプット法はとても参考になったし、海歌も勉強になっただろう。
人のノートを見るのって、意外と楽しかったな。
……その後2時間、俺たちは集中して勉強を続けた。
海歌は基礎問題を中心に取り組み、俺は夏休みの課題を先回りでやった。
他方、空音は、塾で支給されたタブレット端末で大学入試問題の過去問に取り組んだ。
「ん~まだ帰りたくないなぁ。もっと海ちゃんと陸翔くんと遊びたいな~」
空音はソファの上でゴロゴロしながら、チョコクッキーを食べている。すっかり海歌の家を満喫している。
そんな空音の頭を膝の上に乗せた海歌は、延々とスマホをいじっていた。
時刻は午後7時。窓の外はすっかり暗くなっていた。
「陸翔、空ちゃん、お腹空いたでしょ?」
海歌は腕をぐっと伸ばしながら、そう言った。
「まあ、それなりに」
「ウチはお腹ペコペコだよ!二人は何食べたい?お寿司?ピザ?ウチが全部おごってあげるよ!」
そう意気込む空音は、ソファーから立ち上がり、財布から1万円札を覗かせた。
「今日は私が作るよ」
「「おお!!」」
俺と空音の期待感が共鳴する。
海歌は、自分の指が切り傷だらけになるぐらい、料理の練習をしていた。
さて、海歌は料理の練習の成果を出しきれるだろうか?
海歌はキッチン……ではなく、部屋の外へ向かった。
「海ちゃん、その格好は……!!」
戻ってきた海歌の姿に、空音は目を輝かせた。




