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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
死否谷《シブヤ》

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282/283

土壇場


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「はぁっ……!! はぁっ!!」


 泥と血と汗に塗れた廉造の口からは、短く荒い呼吸音しか発せられない。


 もはや戦場(ここ)に言葉は殆ど無い。


 歌唱スキルの乱用により喉を潰した廉造の指揮の声が消えて、どれほどの時間が立ったのだろうか。


 最初は戦闘に参加していなかった愛蘭や千春、そして悠理までもが前線に加わり、皆がただがむしゃらに剣を振るい、そしてただひたすら(ゴブリン)を殺す。


 怪我を負っていない者など一人も居ない。


 肩を大きく斬られた者。

 右手の甲を抉られた者。

 背中に決して無視できない切り傷が。

 脇腹からは止め処ない血が。

 右目を潰され、応急処置もままならず片目だけでなんとか平衡感覚を保っていたり。

 火傷で堅くなった皮膚が邪魔をして、大きく腕を動かせない者も居る。


 だがこの土壇場に来て──永遠とまで錯覚した長く苦しい戦いを続け、そしてやっと。


 帰るべき北町小へとの距離は、目算で100メートルも無い──そんな距離まで遠征班達は辿り着いた。


 すでに大河と海斗の二人とは合流している。


 ケイオス最高戦力である二人が居なければ、もはや戦線を前に押し出す事すら難しくなっていたからだ。


「こぁああああああああああああっ!!」


 血に酔い、内なる衝動に突き動かされるがままに剣を振るう海斗の発する雄叫びは、喉が掠れ乾いているが故に、まるで空気だけを吐き出したかのようだ。


 その目は見開かれ、充血し、ゴブリン達の薄汚い紫色の返り血に染まっている。


「がぁああああああああああっ!!」


 一団とは大分離れた場所で戦っている大河もまた、掠れた声を目一杯張り上げ、災禍の牙を振るい続ける。


 その剣の持つアビリティ『憤怒』に支配されるがままに、そしてアビリティによって向上した戦闘力をそのままに。

 今の大河の目にはたとえ味方で在ろうと敵に見えていた。


 だから悠理も海斗も廉造も、そして他の遠征班の誰もがもはや大河に近寄れない。


 災禍の牙から与えられる怒りの感情のままに、身の内側から零れる殺戮衝動の赴くままに。

 大河はただ目の前の動くモノを噛み砕いていく。


 そうでなければ、ここまで辿り着けなかった。 

 この戦場は、最早自制の段階を超えてしまっていた。


 約三日間。

 大河と海斗はほぼ寝ずに戦い続けている。

 他のメンバーは廉造の指揮によって入れ替わり立ち替わり休息を挟んでいるが、大河らの場合は数分の小休憩を合間合間に挟んだだけだ。


 なのにこうして他の誰よりも身体を動かし続けられるのは、レベルが30を超えた恩恵に外ならなかった。


 自然回復する体力と、戦闘で消費される体力。

 その均衡が、僅かだけ消費される体力に傾いている。


 大河に関しては『憤怒』のアビリティの影響下による体力の減衰を、各種ブーストアイテムで抑制して戦い続けていた。


 限界はもう何度も、超えている。


「千春っ!! 後ろっ!!」


 千春の背後から襲いかかるVGアサシンの身体に、咎人の剣を突き刺しながら愛蘭は叫ぶ


「あ……いら……さんっ……!!」


 青ざめふらつく身体を必死に動かしながら、千春はVGアサシンへと顔を向けてその胴体を薙ぐ。


「はっ、はぁっ!!もっ、もう少しだからっ!! 踏ん張りなさいっ!!」


 千春をそう鼓舞する愛蘭もまた、震えてまともに持ち上がらなくなりつつある右腕を支えながら戦っている。


「は、はいっ……!!」


 覇気の無い返事をし、しかしその目にしっかりとした光を宿した千春がふらふらと剣を構える。

 

 足りない力量を二人一組で補う様に、千春と愛蘭は自然と背中を合わせながら戦うようになっていた。


 そこに怯えも、戸惑いも、恐怖も残っていない。


 戦わねば生き残れないと、守りたいモノを守り切れないと。


 覚悟と決意だけで両の脚を立たせ、そして戦い続けている。


「うぉおおおおおっ!! 【シールドチャージ・ストレンジ】!!」


 巨大な青いオーラを身に纏い、大盾剣を眼前に構えた建栄がゴブリンの群へと突撃していく。


 オーラに弾き飛ばされたゴブリン達の悲鳴が幾重にも重なり、耳の奥に不協和音がこびり付く。


「おっさん!! またっ!!」


「ふざけんなっ!!」


「いい加減にしてよっ!!」


 建栄を中心としたパーティーメンバーらが、非難の声を上げた。


 この三日間で何度も見られた、考え無しの突出。


 何度も無鉄砲を咎められ、その都度戦線を再構築する手間も取られ、もう皆が建栄のその行動に辟易としていた。


 危うい均衡で保たれているこの戦場に於いて、独断で無茶をする建栄は皆を危険に晒す害悪でしかない。

 

 だからその非難の言葉にもはや遠慮は含まれていない。


 郁が、そしてその腹の中の子供への心配故の行動だろうと関係無い。


 皆が一丸となる事でなんとか維持できている戦線を乱す行為は、許される事では無いのだ。

「おぉおおおおおおおおっ!!!」


 建栄は皆の制止と非難の声を一切聞かず、スキルのオーラを纏いながら突撃していく。


 北町小の校舎がその肉眼で捉えられる様になってから、自制心はとうに消し去っていた。

 むしろここまで我慢できていたのが奇跡だ。


 目の前に愛する郁と、その腹の子供が居る。

 そして危険な目に遭っている──いや、もう殺されているかもしれない。


 今建栄の脳裏には、郁と子の事しか無い。


 家族同然に思っている筈のケイオスの他のメンバーらの顔すら入り込む余地が無いほどに。

 そうなるまでに、この三日間焦れていたのだ。


「建栄さんってばぁ!! 止まって!!」


「こんのクソジジイっ……待ちやがれ!!」


 ゴブリンの群を弾き飛ばしながら、まるで海を割るモーセの如く突撃していく建栄を、パーティーメンバーが必死に追いすがる。


 その独断行動に頭を悩まされていても、しかし建栄はケイオスに於いて主力。


 身体能力(ステータス)の数字は大きく離されているとは言え、大河と海斗に次ぐ高いレベルと戦闘経験を持つ。


 いかにその行動に呆れ果てていたとしても、放っておく事はできない。


「────止めないでいいっ!!」


 掠れた声を精一杯振り絞って、廉造は叫んだ。


 軋む関節、小刻みに震える全身の筋肉。


 それらに鞭を打ち、そして集音小剣(マイクナイフ)を口の前に構え、その拡声効果を最大まで発動し、おそらく最後になるであろう指示を飛ばした。


『皆聞いて!! 僕らの限界は近い!! だからここからは一気に北町小まで突破する!!』


 耳障りなハウリングと雑音混じりのエコーを響かせながら、廉造の声が皆の耳に届いた。


『建栄さんの突撃に続いて!! 殿(しんがり)は僕と大河と兄貴で引き受ける!! 敵の殲滅よりも北町小に辿り着く事を優先に!! 行くよ!!』


 同時に近くで戦っていた千春の襟を乱暴に鷲づかみ、無理矢理その背中を押した。


『千春!! 建栄さんの背中を追って走れ!! 絶対に脚は止めるな!! 愛蘭さん、頼んだよ!!』


「は、はいっ!!」


「分かったわ!!」


『千春と愛蘭さんに続いて皆も突撃!! 悠理!!』


 千春と愛蘭が駆けていく背中を見送って、廉造は背後で戦っているであろう悠理に振り向く。


「で、でも大河が!!」


 その手から放たれる【火炎】でVGアーチャーを焼きつつ、悠理は大河から視線を外さない。


 回復職(ヒーラー)である悠理が持つ攻撃手段は、初級のジョブオーブから習得した初級スキル・魔法しか無い。


 それらは体力消費が少ないので高レベルである現在の悠理にとってほぼ無限に使用できるスキルだが、初期スキルが故に威力は低く、射程も短いお粗末なモノであった。


 例えば魔法特化の剣である『儀礼剣ルナアーチ』の内包する中級魔法スキルに比べて、敵の殲滅力に劣っている。


 本来であれば戦闘に参加するには心許ない攻撃手段であったが、魔力の身体能力(ステータス)数字の高さから多少の威力補正が掛かっている悠理の初級魔法も、この戦場に於いては必要な攻撃リソースであった。


「アイツには今、僕らの声は聞こえていない!!」


 廉造は集音小剣(マイクナイフ)を口元から外し、悠理の手を取って無理矢理引いた。


「だからって放ってはおけないよ!!」


「僕が大河と兄貴を見捨てるわけないだろ!? 絶対に北町小(アジト)まで連れて行く!! だから今は、とにかく走れ!!」


 突き放す様に悠理の背中を強く押して、廉造は逆手に握り直した集音小剣(マイクナイフ)で群がってくるVGアサシンの剣を受け止めた。


「行けっ!!」


「──うぅううううっ!!」


 鬼気迫る廉造の表情に気圧されて、悠理はギリギリまでその視線を大河に向けたまま向き直り、そして千春らの背中を目指して走り去っていく。

 その目尻に溜め込んだ大粒の涙が、飛沫となって地面に落ちた。


 廉造はそんな悠理を見送った後、自らを殺そうと群がってくるゴブリンの群を睨み付け、そして大きく息を吸い込んだ。


「兄貴ぃいいいいいっ!!」


 潰れ、破れ、裂けかけている喉から絞り出すように、叫ぶ。


 この場に於いてもっとも頼りになるであろう、海斗を呼ぶ。


「──ふぅうううっ!!」 


 寝不足と疲労により大きな隈を拵えた、普段の明朗な姿と違う満身創痍な姿の海斗が、廉造の視界の外から不意に現れ、そして瞬くまに周囲のゴブリン共を細切れにしていく。


「ふぅっ、ふぅうううっ、ふぅうううううっ!!」


 もはや言葉を綴るのも億劫と、大きく肩を揺らしながら海斗はその険しい表情を廉造へと向けた。


「──僕らはみんなの背後を守りながら、あの大河(バカ)を北町小まで誘導する!! 最後の踏ん張りどころだからね!! 気合い入れてよ!!」


 細かい指示はもう必要無い。


 今の海斗にとって、目の前の敵を殲滅する事意外の全てが些事であり、そして余計な思考である。


 だから廉造の言葉になんの疑問も、不満も無い。


 自分の代わりに思考してくれる、頼りになる弟分。


 それが海斗にとっての廉造である。


「──よし、行くよ!!」


 最後のパーティーが建栄の作った『道』に向かって駆けていったのを見送って、廉造は集音小剣(マイクナイフ)を眼前に構え腰を落とした。


「おぉおおおおおおおぉおおおおっ!!」


 廉造の言葉を合図に、海斗はハヤテマルを上段に構え、そして空中へと躍り出る。


 僅かに離れた場所で、アビリティによって生成された赤い水晶の砕ける音と同時に、大河の獣じみた雄叫びが木霊した。

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