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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
死否谷《シブヤ》

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280/281

修羅場

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「一番と二番隊は交代!! ここから道が狭くなるよ!! すこーしだけ楽できるから頑張れ!!」


 心にも無い事を言いながら、掠れ始めた声を精一杯張り上げて廉造は周囲をキョロキョロと見渡す。


 今回で急遽割り振った隊番号を必死に頭の中で整理しながら、廉造は指示を間違えない事で精一杯だった。


「建栄さん前に出過ぎだってば!! 何回も言わせないでよ!!」


 混乱した戦場においてもわかりやすく、どう見ても突出しすぎているパーティーが居た。

 国道沿いをまっすぐ道の幅に沿って進軍するケイオス遠征班の、廉造から見て左手側最奥。

 建栄をリーダーとして構成されたパーティー、五番隊だ。


 一番敵の群れが濃く、また横道からの奇襲に備えて配置されている建栄班の役割は、本人達の戦闘スタイルそのまま、いわゆる(せき)として。


 平均レベルが高く、攻めるよりは守るに長けた彼らには、他のパーティー以上に『ゴブリンを戦線より内側に侵入させない』という役目を課した。


 それが今、どのパーティーよりも戦乱の内側に入り込み、そのせいで本来は気にしないで良い方向からの攻撃に苦戦している。


「建栄さん聞こえているだろう!?」」


「ゆっくり退がりますよ!!」


「もうっ! いい加減にしてよ!!」


 リーダーである建栄の普段ならあり得ない振る舞いに、彼を誰よりも信頼しているパーティーメンバーらが不満を隠せず苛立っている。


 そうでなくても、戦闘が開始されてもうすでに五時間弱。


 亀の歩みに似た速度だが確かに一歩ずつ、遠征班は北町小へと着実に進んでいるのだが、その手応えはほぼ皆無に等しく、建栄班だけでなく廉造を含めた全てのメンバーが終わる気配の無い戦闘に精神を蝕まれ始めている。


 緩やかな波状に配置された各パーティー。

 一定の間隔で前後を入れ替え、必要最低限の休息と回復は取れている。


 だがそれも、目の前にうじゃうじゃと居る気味の悪い化け物の軍勢を見るだけで気勢は秒で削がれて行く。


 そんな状態で、本来は廉造と同じぐらい冷静かつ慎重になるべき男──ケイオス戦闘班のナンバー2の位置に居る建栄が連携を乱しているとなれば、信頼しているとは言えいい加減腹も立つ。


「す、すまん!!」


 幸いにして、と言えば変な話だが。


 建栄本人も焦っている事を自覚しているのが救いだ。


 これが廉造の指示も聞かず、無計画に敵の群れに突撃していたりすれば、間違いなく遠征班は全滅していただろう。


 自分の子を宿した最愛の女性──(かおる)の身を案じての事だと皆理解しているからこそ、強く非難したりはしていないし、できないでいる。


 建栄ほどでは無いが、誰しも北町小に残した仲間や子供達の事が心配なのは同じだから。


「建栄さん達五番隊は、あと10メートルくらい……そっちのクリーニング店の前くらいまでで六番隊と入れ替えね!! もう少しだけ踏ん張って!! んっ──ぷはっ!」


 エコーを介して大声で指示を飛ばし、廉造はジーンズの尻ポケットに入れていたボトルを開けて一気に口に含み、そして飲み込む。


「廉造くん。はちみつサイダー、まだ足りてる?」


「ごめん、もう一本頂戴」


 廉造のすぐ側に待機していた悠理の声に、廉造は振り向きもせず応えた。


「喉の回復用のドリンクアイテム……もっと準備してれば良かったね……」


 手早くスマホを操作しながら、悠理は眉を伏せて暗い声で呟いた。


「いや、あるだけ助かってるよ。悠理の調合の練習用だったんだろ? こんなに喉を酷使するなんて誰も想定してなかったんだ。贅沢は言えないよ」


「レシピを見つけた時、廉造くん用に10本くらい作っておいても無駄じゃないよねって思って……効果はあんまり強くないから、ほんと気休め程度にしかならないけど……はいこれ」


 そう言って悠理は、ラベルの貼られていないペットボトルを廉造へと差し出す。

 中身に満たされている黄金(こがね)色が綺麗な液体は、初級調合レシピで作成できる体力と喉の微回復アイテム。その名も『はちみつサイダー』である。


 材料としての『スピアミツバチの蜜』が喉の回復効果を担い、ベースとなった『ジンジャーエール』が低級の病気系バッドステータスを予防しつつ、体力を微量回復する。


 素材となる『スピアミツバチの蜜』は中野の樹林で嫌となるほど手に入れていて、ケイオス全体のマジックバッグの中で在庫が過剰にダブついていた物。『ジンジャーエール』に至っては至る場所のコンビニで安価で購入できる。


 コスト的には今のケイオスの財務状況でも余裕で賄える程度であり、その気になれば百本単位で在庫を抱える事ができたのだが、いかんせん調合の手間を考えるとそこまでの有用性を見いだせず、初級レシピであったが故にそこまで重要なアイテムと捉えていなかった。


 スキルで喉を酷使する戦闘スタイルの廉造の為にと、片手間で10本程度備蓄していたが、現状を考えると絶望的に不足している。 


「騙し騙し使うしかないよね」


 いがらっぽい喉を気にしながら、廉造は悠理からペットボトルを受け取る。

 その間も視線は絶えず戦場へと向けられていて、忙しなく顔をキョロキョロと動かしながら状況を冷静に判断していた。


「千春、スレイブ・オーガのテイムはどう? できそう?」


 悠理の背中で身を縮こませていた千春は、突然話しかけられてビクンと身体を跳ねさせる。 戦場の熱気と皆の殺伐とした空気に怯えていたのだろう。

 今回の戦場では、千春は悠理の補助として参加している。

 初級の回復魔法である【手当(トリート)】を用いて、悠理が看るほどでない皆の傷を癒やす役目を負っていた。


 長丁場が予想されるこの戦場では、いくら【手当(トリート)】が初級魔法でしか無いとは言え、前線を戦うメンバーにはその僅かな体力すら消耗させる訳にはいかないからだ。


 なので非戦闘系のジョブである『テイマー』の千春──そして戦闘に不慣れな愛蘭は、完全に悠理の補助と軽い護衛としての仕事しか割り振られていない。


「は、はいっ! えっと、多分時間をかければできそうなんですけど……あの、背中に乗ってるゴブリンが先にテイムしてるって感じみたいで、最初にそっちを倒さないと……あと、、やっぱり『テイマー』のジョブは戦えるモンスターのテイムにあんまり向いてないみたいで、チュンチュさん達みたいな、乗せてくれるモンスターみたいにはいかないみたいです」


「……大河の予想通りか」


 小さく舌打ちを鳴らせた後、廉造は苦々しい表情で戦線の向こうを見る。


 ここから50メートルは先、そこに居るであろう大河と海斗へと思いを馳せた。


 千春が『テイマー』のジョブに就いてから、その役割とジョブ効果に関して大河と廉造はかなり深く考察を済ませている。


 他のジョブから『テイマー』にジョブチェンジすると、殆どの身体能力(ステータス)に下方修正が加わる。


 これは『モンスターを仲間に引き入れる』と言う行為のメリットが大きすぎて、代償として戦闘に参加させづらくする目的があるのでは無いか──と言うのが、大河と廉造の共通認識だ。


 それだけ騎乗モンスターを手に入れるというメリットが大きいのだろう。

 更には『テイマー』には名称こそまだ定かでは無いが、上位職の存在が明示されている。


 大河はそこに、『段階的にテイムできるモンスターの種類が増えて行くので無いか』と考察した。


 つまり、『移動用のモンスター』→『戦闘に参加できるフィールドモンスター』→『更に強力なネームドなどのモンスター』→『召喚獣に代表される特別なモンスター』と、ジョブを成長させる度に扱えるモンスターの種別が増えるのではないか。


 召喚獣の存在に関しては『新條綾なら、間違いなく召喚獣システムを組み込んでいる』という、親友である大河の確度の高い意見からの推察である。


『召喚獣はRPG愛好者にとってはロマンだろ?』


 と言う大河の言葉に、廉造はゲーマーとして激しく首肯した。

 近年はさほどRPGと言うジャンルにハマってこそ居なかったが、廉造だってそこそこのゲームオタクを自負している。

 もし『自分の考えた最高のゲーム』が作れたとしても、召喚獣システムはマストで外せない要素だ。


 なにせ『巨大で強大で見栄えが良くド派手な召喚獣』と言う要素は、正しくロマンの塊なのだから。


「やっぱり千春のジョブを成長させるアイテム、欲しかったなぁ……」


 千春に聞こえない程度に、廉造はボソリと呟いた。


 判明している情報によると、『テイマー』の次段階は離れた場所からモンスターを召喚できるようになるらしい。

 現状、千春のテイムモンスターであるチュンチュは移動用であり、聖碑間のファストトラベル対象外。

 つまりフィールド探索とちょっとした移動にしか使えないモンスターだ。


 戦闘力はほぼ皆無。

 逃げ足に秀でているので突進などの攻撃行動は取れそうに思えるが、その気質が例外なく臆病なので、まずこのような戦場には近寄りすらしない。


 遠征班が行きで乗ってきたチュンチュ達も、現在は吉祥寺駅のロータリーの隅っこで怯えてかたまっている。


 悠理の知り合いらしい女性が世話を引き受けてくれた。

 一連の騒動が終わったら迎えに行かなければならない。


「……よしっ!」


 パシンと両頬を叩き、廉造は気合いを込め直す。


「愛蘭さん!! 僕はしばらく【戦いの詩(ファイトソング)】に集中するから、代わりに指揮を任せた!!」 


「ええ、任せて!」


 愛蘭の覇気のある声を聞き、一度頷いて目を閉じ呼吸を整え、抑えめになっていた伴奏が徐々に大きくなるのを耳で感じ取りながら、廉造はつま先で軽くリズムを取る。


 エコーの持つスキル【戦いの詩(ファイトソング)】は、その歌のリズムが正確でかつ音程がちゃんと取れていて、更にはちゃんと気持ちが篭もっていればいるほど効果が明確に上がりやすい。


 これは中野を出てからの数度の検証により判明した裏仕様である。


 だからここ一番という場面では、歌うことに集中する。


「しばらく廉造から指揮を引き継ぐわ!! 入れ替わったパーティーはすぐに休憩!! 傷の具合を確認して、悠理と千春に回復を任せなさい!! 二番隊! もう少し攻める事は出来る!?」


「ごめん愛蘭さん!! 魔法を打ってくる奴が多くてこれ以上踏み切れない!!」


「分かった!!四番隊のみんな!! 休憩は済んだわね!? 三番隊と入れ替わる前に二番隊のフォローをお願い!! メイジを優先的に撃破して!!」


「りょ、了解!!」


「休憩が伸びて三番隊には申し訳ないけど、もう少しだけ踏ん張って!! 香奈も行けるわよね!!」


「オッケー任せてよ!!」


 愛蘭の的確な指示が飛ぶ。

 各パーティーの補助をメインとして単独で動いている香奈が、ゴブリンの胴体を両断しながら頷いた。


 こと命の危険が及ぶ戦場に於いて、指示を出す人間にはそれ相応の信頼が求められる。


 大河や海斗の圧倒的な力量なら当然の様に文句は無い。

 廉造の様に冷静な男ならなんの疑問も抱くことなく指示に従える。

 ついで建栄だが、今の建栄の精神状態ではその指示に不安が残る。

 この場に居る戦闘班の序列で言えば次のポジションは香奈、そして秋也となるが、この二人を戦線から外す余裕は全くない。


 そこで出てくるのが愛蘭だ。


 ケイオスの実質的なサブリーダーとしてその手腕を振るう愛蘭は、信頼という点に於いては専門外である戦闘にあってもかなり高い。


 間違った指示が飛んできたとしても、廉造がすぐに訂正を入れてくれる。


 迷いが無いと言うのは、大事なことだ。

 迷いを生じさせるような指揮官の許では、みな満足に動けなくなる。


 この大一番。

 辛く厳しく絶望的な戦場で、ケイオスがケイオスとして機能しているのは、普段から皆がどれだけ互いを認め合い、助け合ってきたか如実に現れている。


 このクランは、間違いなく強い。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 廉造と愛蘭の指揮で動くケイオスの主力部隊。

 

 その遙か前方、距離にして50から100メートルは離れているであろう場所。


 そこに汚い緑色の血に濡れ、空気すら震動するほどの雄叫びを上げながら戦う二匹の獣の姿があった。


「うがぁあああああああああああっ!!」


「らぁああああああああああああっ!!」


 言葉らしい言葉は、もう数時間前から消え失せている。


 連携もへったくれもなく、ただ目に付く敵を思うがままに斬り、潰し、引き千切り、噛み砕くように屠る。


 大河と海斗は相手を殺すことしかもう考えていない。


 ダメージらしいダメージは一度も負っていない。


 ゴブリン軍と二人の間にある力量の差はそれほど大きく、正に圧倒的だった。


 だがしかし、いかんせん数が多すぎる。


 倒しても倒しても減っていかない錯覚すら覚える。


「うぉおおおおおおおっ!!」


 大河の雄叫びと共に力任せに振り払った災禍の牙の軌道が、十数匹のゴブリンを刹那に絶命させた。


 遅れて生まれた水晶の牙が、さらに奥のゴブリンやオーガを噛み砕く。


「だりゃああああああっ!!」


 目に見えない速さで繰り出される海斗のハヤテマルが、ゴブリンの致命的な部分を雑に切り離す。


 もはや一匹一匹の生死の確認すらしていない。


 スキルの効果的な使用や、戦線を押し上げるといった戦略も脳裏には無い。


 作戦が開始されてどれほど経ったか。

 それすらもおおよそですら分からない。


 咎人の剣を顕現させる事でその身に宿る身体能力(ステータス)の数字。

 その数字の暴威のままに、ただ戦う事に集中する。


 常人ならば到底耐えることのできない戦闘方法。

 ただの青年であった大河と海斗も、かつて平和だった頃にはこの様な戦い方など決して出来なかったであろう。


 何時間も何時間も。

 終わりの見えない苦行じみた、そして拷問じみた破壊行動。

 

 しくじれば肉体に無視できない傷を負い、痛みを味わい、命が危ぶまれる。


 まともな精神状態を持っていれば、誰であろうとそんな状況に耐えられる訳がない。


 現代戦争に於いて銃火器を用いて戦う兵士達が、その音や匂いや光に心蝕まれPTSD(トラウマ)を刻まれる様に。


 醜悪なモンスターのその穢らわしい血や声、()えた匂いに精神を犯され、忌避感が心の傷となっていても何もおかしくはない。


 しかし、大河と海斗は違う。


 今の廃都を生きる、戦士となった大河と海斗の精神構造は、もはやかつての青年達のソレとは明らかに違っていて。


 狂っている。


 やらねば生き残れないという状況が。


 自分らが立たねば仲間が死ぬという責任感が。


 そしてこの世界と、目の前の敵に対する憎しみと敵意が。


 常磐大河と、飛嶋海斗と言う二人の人物を、好戦的な狂った獣に変えた。


「がぁあああああああああああっ!!」


「おぉおおおおおおおおおおおっ!!」


 獣の遠吠えが、混迷を極める戦場で遠く響き渡る。


 時刻はもう明け方。


 東の空がだんだんと白み始めて来た。


 だがまだ戦いは終わらない。

 終わる気配は、一向に見えない。


 この地獄は、修羅場は──夜が明けてもなお続く。

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