表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
死否谷《シブヤ》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

279/281

正念場


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ひとみおねえちゃん……こわい……」


 簡易的なバリケードとして設置された資材の奥、小さな女の子が瞳の服の裾をギュッと掴み、不安そうな表情で顔を見上げてくる。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 時刻は深夜。

 ケイオスのアジトである北町小は薄暗い暗闇に覆われていた。


 これは灯りでどこに立て籠もっているかがバレないよう、留守組の指揮を任されている高橋の発案である。


 なので今、瞳や女の子達が居るこの三階の教室も、灯りと言えば教室の四隅の床に設置されている小さな蝋燭だけで照らされている。


「リーダー達は動き出したみたいだね」


「大丈夫かなぁ……」


 瞳と同じように数人の子供達を抱えてあやしている女性メンバー達が、小声で言葉を交わした。


 この教室に居るのは殆どがケイオス生活班に所属している女性達。

 普段は愛蘭や瞳、悠理の指示の元でクランの生活水準を維持する為の活動をしている面々だ。

 

 隣の男の子部屋でも同じように、男の子達が生活班の男性メンバーらと共に眠れない夜を過ごしている。


「……(かおる)さん、気分はどう?」


「え、ええ……うん、大丈夫よ」


 ベッドの縁に座っていた郁が、瞳の心配の声に応えようとその端正な顔を青ざめさせながら笑った。


「無理しないでね? 寝ていても大丈夫だからね?」


「お水、欲しかったら遠慮無く言ってね?」


 郁を挟むように座っているのは、ケイオスの中でも出産育児経験のある二人だ。


 一人は有美(ゆみ)


 現時点でケイオス最年少である美守の母親の彼女は、この場に於いて最も最新の出産知識を有している。


 郁とは歳も若干近いとあって仲が良く、まるで昔からの馴染みのような間柄だ。

 郁の妊娠が発覚してからは、誰よりもその身を案じ、寄り添っている。


 もう一人は北山(きたやま)志保しほ


 中野を出る際にケイオス入りした、歴で言えば新参者の彼女だが、かつて弱小クランに所属している時は主に生活面の雑事──ケイオスで言う所の、愛蘭の役割を担っていた経験を持つ。

 その手腕を買われて、生活班の主要メンバーとして活躍していた。


 遊び盛りな二人の幼い男女──双子を持つシングルマザーでもある彼女は、食料調達の狩りに失敗した夫が死んで以降、その食料的負担をかつてのクランメンバーから問題視され、居心地の悪さに耐えきれずケイオスに保護を求めた。


 郁とは同年代だから、そして有美とは似たような事情を持つ母親として非情に仲が良い。


「郁、無理しないで」


 妊娠初期──特に悪阻(つわり)の苦しさを理解している有美は、顔色の優れない郁の背中を優しく(さす)る。

 

「震えてるじゃない。今は無理してでも眠って、気持ちを落ち着かせた方が良いわ。睡眠を取る事は精神のリセットになるって昔職場の人に聞いたことがあるの。あ、そうだ。悠理ちゃんの薬棚から睡眠薬を貰ってくるわね?」

 

 志保はそう言って、一階の保健室に向かおうとベッドから立ち上がった。


 一階の保健室は、現在ほとんど悠理の個室の様に扱われている。


 調合や調剤の練習用にとアイテムバッグから出しっぱなしにしてある薬品系のアイテムや素材が、かつて書類に埋もれていた金属製の棚にびっしりと整理整頓されているので、鍵の所在が分かる成人メンバーなら必要に応じて薬を取る事が可能だ。


 これは大河や愛蘭を通じて悠理も承諾しており、貴重過ぎる薬品以外はケイオスの共有資産という扱いにしてある。

 子供達に万が一にも触れさせたくない危険な薬品は、そもそも悠理の個人バッグから外に出していない。


 もちろんちゃんと保健室としての役割も持っていて、小さい傷などは悠理や他の回復職(ヒーラー)達が魔法で治してくれる。

 日が出ている間は悠理の他に、必ず誰か他の回復職(ヒーラー)が常駐するようにしているので、遊びに熱中しすぎて生傷の絶えない子供達にとっては重要な部屋の一つだ。


「し、志保。待って……いい、大丈夫だから……」


 小刻みに震える手で、郁は志保の手を取り引っ張った。


「でも……」


 今にも泣き出しそうになるほど歪み、青ざめているその郁の表情に、志保は心配そうに眉を落とす。


 有美や志保は理解している。


 出産初期、悪阻が始まってすぐのこの時期は、メンタルの不安定化がそのまま体調の悪化に直結している事を知っている。


 郁のこの状態は、なにも悪阻だけが原因では無い。


 今この北町小を取り囲む敵──ゴブリンの群れの狙いが、郁とその腹の中に宿った命であると言う事が、母となったばかりの郁の精神を激しく揺さぶっているのだ。


 当たり前だ。怖いに決まっている。

 

 普段は戦闘班の中堅メンバー、経験を充分に積んだ回復職(ヒーラー)として気丈に戦う強い女性──郁でも、自分のお腹の中の大事な大事な、まだちゃんと形にもなっていない我が子の生命が危ぶまれているとなれば、恐怖で震えるのも仕方の無い話。


 パートナーである建栄も不在となれば、ただでさえ揺らぐ精神の均衡を保つのも難しい。


 だからこそ、有美も志保もこうして郁を支え、少しでも安心させようと努めているのだ。


「く、薬はダメ……こ、怖いの。お医者様すら居ない今の東京で、誰も薬の安全性を保証なんてしてくれないから……も、もし副作用でお腹の子に何か悪い影響でも出たらって考えたら、わ、私……」


 ふるふると、郁は首を振って。


 まるで懇願するように志保に縋り付いた。


「ええ、そうね。分かってる。不安だもんね?」


 平時の郁からは想像も付かない、弱々しいその姿に、有美は思わずその身体を優しく抱きしめ頭を撫でる。


「じゃあ少しでも横になっておかなきゃ。眠れなくても良いの。目を閉じて、楽な姿勢で居てね?」


 震えるその青白く冷たい手を、志保を両手でそっと包みこむ。

 そして有美と二人で優しく郁の肩を押し、ベッドの上へと寝かせた。


「郁、みぃちゃんと一緒にねむってあげて」


 いくみが眠そうに目を擦る美守と手を繋いでベッドの脇までやって来る。


「……えーえ、だいじょうぶ?」


 あくびを噛み殺し、ほとんど閉じかけている瞼の奥のビー玉に似たな綺麗な目を頑張って開きながら、美守は横たわる郁を(おもんばか)る。


「……うん。うん、大丈夫よみぃちゃん。優しい子ね」


 美守の柔らかな頬をそっと撫で、郁は薄く笑う。


 こんな小さな子に、心配をかけてしまった。


 大人としての不甲斐なさを感じながらも、せめてこれ以上は不安にさせまいと、無理矢理笑顔を造る。


「……くぁあっ」


 大きな口をぽっかり開けて、美守はあくびをする。

 もう眠気に我慢できなかったのだろう。


「みぃちゃんおいで?」


 母親の有美はそんな我が子を愛おしそうに抱き上げ、郁の横に眠らせる。


「郁さん、美守の事お願いね?」


「うん……暖かい……」


 寝心地の良さを求めて郁の胸元へと潜り込んできた美守を優しく抱きしめ、郁はその甘い匂いを放つ頭頂部へと鼻を埋める。


 子供の高い体温と、優しく甘い匂いが、不安で揺れる郁の精神をゆっくりと落ち着かせていく。


 ぽんぽんと小さな背中を叩くと、やがて美守は穏やかな寝息を立てて眠り始めた。


 短く規則正しい呼吸で上下する美守の身体を抱きしめながら、だんだんと郁の意識も落ちていく。


「おやすみ……」


 有美は郁の顔にかかる髪を指でそっと耳へとかけ、穏やかな声で語りかける。


 たとえ本人が自覚していて、そして耐え忍んで居たとしても、きっと心細く不安でどうしようもなかった筈だ。


 かつての平和だった東京で暮らしていた時でさえ、妊娠中の不安感は容易く心を折り砕いた。


 準備万端で周りのフォローも医療的ケアも充分だったあの頃の自分ですらそうだったのだ。

 今の郁の不安はきっとそれ以上だろう。


 せめて隣に郁のパートナー、建栄が居てくれたのなら。


 薄い掛け布団をそっと郁と美守に被せ、有美や志保、そして瞳はまだ不安で眠れない子供達を寝かしつける為に立ち上がった。


 この窮屈で油断できない状況も、きっと大河がどうにかしてくれる。


 今はそう信じるしかない。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北町小の正面玄関前。

 グラウンドとその奥の校門が一望できる場所に、ケイオス戦闘班の留守組が終結している。

 立っていたり座っていたりと思い思いの態勢で、北町小を取り囲むゴブリン達を睨み付けていた。


「俺らに出来るのは、ここで三日間待機する事だけ……か」


 腕を組み、玄関扉に背を預けて立っていた高橋が小声で呟く。

 留守組の指揮を任されている高橋(たかはし)あつしは、異変前は配送業で鍛え上げたスタミナと学生時代にラグビー選手だった事で磨き上げた運動神経を下地として、戦闘班でも上位に食い込む技量を海斗に認められた一人だ。

 

 レベルも班の中では高く、パーティー分けをする際はリーダーを任されるほど海斗や大河の信任が厚い。


 自分よりも腕が立ち、また戦闘経験も豊富な年下の海斗に指図される事も殆ど気にしないし、寡黙だが責任感が強くいざという時は仲間の為に自らを盾にする事も(いと)わないそんな性格を買われ、留守組のリーダーとしてこの場を任されている。


「仕方ないですよ。向こうは向こうで無茶を押してここまでのルートを攻め進んでくるそうなんで、どっちに居てもしんどい事には変わりゃしません」


 花壇の縁のブロックに腰かけ、自分の膝に右腕で頬杖を付いてゴブリン達の持つ松明の灯りを憎々しげに睨む入江(いりえ)達也(たつや)が、高橋の言葉に反応する。


 異変前はとある中堅商社のあんまり成績の良くない営業マンだった入江は、偶然にも同じ大学出身であった高橋とかなりウマが合い、良く行動を共にしている。


 食料調達の狩りなどでは高橋がリーダーとして彼のパーティーに班分けされるので、

 後衛魔法職(マジックアタッカー)である女子大学生の傳法谷(でんぽうや)卯那うなと、護衛盾役(ガード)(かじ)孝文たかふみの四人まとめて『高橋組』という名称が付けられている。


 前衛二人に後衛二人、回復職(ヒーラー)の居ない攻撃的な組み合わせのパーティーだが、その突破力と殲滅力は戦闘班の中でも際だって高い。


「せめてゴブリン軍(こいつら)をスルーして迂回できるルートが在れば良かったのにね」


 高橋の足下で膝を抱えて座る卯那(うな)が、不満げな声を上げた。


 その容姿は極めてギャル寄りだが、性格が驚くほどに真面目なこの女子大生は、こと戦闘に入ると沈着冷静な魔法攻撃を効果的なタイミングで効率良く放つ優秀な魔法使いだ。


「廉造だってそう愚痴ってるだろうよきっと。こればっかりは仕方ねぇよ。まさか北町小(ウチ)がこれだけのモンスターに囲まれるなんて、誰に想像できたってんだ」


 土埃を意に介さず地面に横になって寛いでいる梶が、卯那の声に応える。


 戦闘では大きなダメージソースとなる卯那の護衛としてその身を盾に立ち回る戦い方が得意で、もうじき建栄に次いで『大盾剣ビッグシールダー』に剣を成長させる事ができそうだ。


「西久保の方は深い森……中町の方は渓谷、東町は断崖絶壁の山脈。攻めるには(かた)しとばかり思っていた地形が、まさかこうも裏目に出るとは」


 高橋はそうぼやきながら、解消できないフラストレーションを込めて頭を掻く。


「ここまで接近されたら意味なんか無いっすよ……」


「ズルいよね。イベントだからってあれだけの地形をガン無視できるのってさぁ」


「俺らの見張りに全く感知されなかったって事は、そういう事なんだろうなぁ」


 高橋のぼやきに他の三人が応える。

 周辺に居る他のメンバーも、同意するように頷いた。


 この吉祥寺北町小の周辺は、異変後に変容したお陰で守りやすく攻めにくい地形へとなっていた。


 吉祥寺駅とは真逆方向の西武線・武蔵関駅方面は、人の身では絶対に渡河できそうにない激流が流れる河川へと変貌した千川上水。


 手前の青梅街道一帯は周囲のフィールドよりも数段格が違うモンスターが大量出没する難所であり、ある程度レベルが高い巡礼者(プレイヤー)でなければ、練馬方面から北町小へは辿り着けないだろう。


 北町小から見て吉祥寺駅の隣である三鷹駅方向には、異変前まで存在していなかった鬱蒼とした巨大な森が広がっており、その森と国道を遮るように深い亀裂のような渓谷が長々と続いている。


 反対側である杉並区の方角を見れば、武蔵野市と杉並区の境を寸断するように険しく高い山脈が天を衝いており、結果として吉祥寺駅からこの北町小までは大きく分けて三つのルートでしか辿り着けない。


 一つは今まさにゴブリン軍が占領している都道をまっすぐ進むルート。

 異変前は駅から北町小までわずか30分程度しかかからなかった道だが、今ではチュンチュに乗って丸一日移動しようやく辿り着けるほどまでに土地が拡張されてしまっている。


 もう一つは吉祥寺駅をまず三鷹駅に向けて進み、巨大な森と渓谷を避けるようにうねうねと曲がりながら迂回するルート。

 しかしこのルートは土地勘のある地元民の大河や悠理ですら、あまりにも地形が変わりすぎて時間をかけて長考せねば方角すらあやふやになる複雑なルートであり、また広大すぎる森を避けようとすると少なくとも三日はかかるし、渓谷と渡る道がまだ発見されていない。

 もう少しケイオスがこの地に馴染み、ゆっくりと進めていた周辺調査が完了していれば違ったかも知れないが、まだ定住して一週間程度。

 現時点でこのルートを選択する事は、タイムリミットがある以上無理な話だ。


 最後の一つ、杉並方面の山脈を右手に沿ってぐるりと迂回するルート。

 道の途中途中にある支線のような細い道はあれど、どれも地盤が隆起した足場の悪い丘のような形になっており、上下運動が激しくまた死角も多い。

 更には山脈側から降りてくる風が殺人的に強く、剣を抜剣(アクティブ)化しなければ大河ですらその身体が吹き飛ばされそうになる、肉体的難所であった。


 道程は三鷹迂回ルートより簡単で短いが、出現するフィールドモンスターが極めて厄介な性質を持つ物が多く、山の頂から怪鳥や竜の鳴き声も聞こえてくる。

 

 作戦を開始する前に簡単な偵察を済ませた大河と廉造は、メインルートである都道をまっすぐ進み、敵を端から殲滅しながら進む方が結果的には速いと判断した。


 故に組まれたのが、分断作戦。


 大河や海斗の高い身体能力(ステータス)を持って敵陣ど真ん中から戦闘を開始すれば、高レベルの二人は良くても他のメンバーが挟撃されて詰んでしまう。

 乱戦ともなれば大河・海斗の力量を持ってしても他のメンバーをフォローする事も難しくなり、やがて数の暴力によって全滅。


 それが廉造が導いた最悪のシナリオである。


 それを避ける為に、まずは大河と海斗の二人を先行させ、ある程度の数のゴブリンを主力から分断。

 二人が主力を押さえ簡単な防衛戦を構築し凌いでいる間に、廉造が指揮する残りのメンバーで分断したゴブリンを殲滅。

 

 それを北町小まで何度も繰り返す、言わば持久戦。


 殺したゴブリンが新たに補充されないのは、作戦開始前に数回の小競り合いを繰り返して確認済みである。


 挟み撃ちを避ける為にも、廉造の部隊から後ろにはなるべく漏らさないように気をつけながら、精神と肉体を磨り減らしながら続けるマラソンじみたこの作戦を、みな覚悟の上で臨んでいる。


「三日、間に合うかどうかは微妙って廉造はメッセで言っている……つまりここに居る俺らの役目は……」


「万が一タイムリミットに間に合わなかった後の、時間稼ぎっす」


 無数に揺れるゴブリン軍の松明の灯りを睨みながら、高橋と入江は頷き合う。


「いくみちゃんの力で校門からグラウンド、そして一階をダンジョン化できるけど、そこに出現するモンスターは今のいくみちゃんのレベルじゃ大した事ない奴らしか出せないって話だし」


「最終防衛戦は一応この正面玄関前だけど、校舎に取り付かれたら二階から入り込まれる可能性があるんだよな……」


 卯那と梶は首を持ち上げ、校舎を見る。

 

 作戦概要を伝えた愛蘭からのメッセージを読んだ時、そして作戦開始を告げた廉造からのメッセージを読んだ時に、皆それなりの覚悟を固めた筈だった。


 だが実際に始まり、遠くの空の下で大河を初めとする主力達が戦っているとなると、その覚悟に少しだけ揺らぎが生じ始める。


 なにせ今できる事は、大河達の作戦の成功を祈る事だけなのだ。


「一応、窓ガラスや壁なんかは結構なオーブを支払って硬化させているけど、それもどれだけ保つかは未知数……か」


「ここに居るメンバーだけで、果たしてどれだけやれるか」


「主力はみんなあっちに行っちゃって、こっちの方が戦力が少ないのに……」


「考えようによっちゃ、一番しんどいの俺らの方だったかもな」


「いや、向こうは今日から三日、ほとんど休まず戦い続けるんだぞ?」


「廉造やリーダーの事だから、合間合間に休憩だったり回復する時間は取るだろうけど……」


「そんな悠長な事してたら、間に合わないかも知れない……」


 他のメンバー達にもその動揺が広がっていく。


 ざわざわと、まるで水面に波紋が広がるように。


「でも、絶対に負けられないんだ。子供達の為にも……郁さんと、そのお腹の赤ん坊の為にも」


 凜とした、決意の篭もる高橋の声に、皆がハッと我に返る。


 ケイオスは、そのクラン結成のルーツに子供達の守護が大きく関わっている。

 前身であるアンダードッグ時代に味わったあの絶望を、屈辱を、今この校舎で震えて眠っているであろう子供達には味合わせない為にも。


 郁の子は、ケイオスにとって希望の象徴に外ならない。


 愛蘭や瞳と同じく、アンダードッグ時代に自分達の身体を他者に差し出してまでクランを守ろうとした彼女がようやく手にした、奇跡の贈り物。


 望んで手にした宝物である。


 奪われてはいけない。


 失ってはいけない。


 犯されてはいけない不可侵。


「うん……がんばろ、みんな」


 卯那が小さく、しかし確かに力の篭もった言葉を発しながら立ち上がる。


「そうだな。そうだよな」


 入江が同じように、背筋を伸ばしながら立ち上がる。


「俺らにやれること、やんなきゃいけない事だもんな」


 梶が、他のメンバーらが。


 その目に強い光を宿しながら、次々と身を起こし、ゴブリン軍の松明の灯りを睨んだ。


「よし、じゃあ高橋組はギリギリまで奴らに近づいて、少しでも敵勢力の調査。その他のメンバーはいつものパーティーに別れて校舎周辺を巡回。一匹たりとも、アイツらを校舎には入れねぇぞ。いいな!!!」


『うーす!!』


 海斗の気質をそのまま受け継ぎ、ヤンキーや体育会系のような返事でそれぞれが動き出す。

 大河達と同様に、ここに残された彼らもまた、正念場なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ