拠点襲撃イベント①
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「あぁ? 〝拠点襲撃イベント〟だぁ?」
海斗の怪訝な声が店内に響き渡る。
今一行は、大きないびきを掻く建栄をバス停のベンチに寝かしつけて放置し、駅前にある妖精が運営するファーストフード店のテラス席を使って戻ってきたばかりの海斗、廉造、千春と情報を整理していた。
「留守を任せた入江さんや高橋さんからの報告メッセを読む限り、今ウチらの拠点はそのイベントに巻き込まれているっぽいのよね」
メッセージを読む愛蘭が、スマホの背面を中指でコツコツと叩きながら苛立ちを含む声で海斗に告げる。
「その亜人商会って奴らの言葉を考えると……イベント開始条件は〝クランに一定数以上子供が所属している〟……もしくは〝クランに所属しているメンバーが妊娠する〟……かなぁ」
廉造は愛蘭の隣に座って腕を組んで考え込む。
「子供の数に関しては違うと思う。ケイオスよりも子供の数が多かったクランを知ってるけど、そんなイベントがあったなんて一度も聞いたことない。ほら、今日会った瑠未さんとこの『太陽の家』、あそこに居る子供達、今のクランに名前を変える前でもケイオスよりもかなり多かった」
「じゃあやっぱり、メンバーの妊娠がイベント発動のトリガーかなぁ」
大河の言葉に廉造は苦虫を噛みつぶした様な声で応えた。
「もしかしたら妊娠だけじゃなくてその時の拠点の大きさとか、所属メンバーの平均レベルが一定値を超えるとか、思いつくだけでも可能性は無限にある。考え出したらキリが無いと思うんだ。発生条件とか細かいのは後に回して、とりあえずは俺らが北町小に戻る方法を先に考えよう」
椅子の背もたれに体重を預け、大河は未だいびきを掻いて眠り続ける建栄を横目でチラリと見る。
郁やお腹の子供の事が心配で、普段と違い焦った様子のあの姿。
気持ちは理解しているつもりだ。
だから特段、先ほどの建栄を咎めるつもりは無い。
「かぁーっ、んとにもう次から次へと。嫌になるぜ」
わしゃわしゃとその短い赤い短髪をかき混ぜながら、海斗は大きなため息と共に愚痴を溢す。
「完全に出鼻を挫かれた形になっちゃったね……ケイオスがこれからの指針を決めて行動を始めたばっかりで、なおかつ郁さんの妊娠っていう嬉しい話が出たタイミングでこんなのって……」
愛用のタンブラーからお茶をちびちびと飲みながら、悠理は物憂げな表情を浮かべた。
その声に香奈や愛蘭も同様に難しい顔をする。
「他のクランへの交渉……つまり外遊に出かけたせいで、今の北町小に残ってる戦力は半分以下……いえ、こっちに精鋭っていうか、戦い慣れたメンバーを割り振ったせいで、もしかしたらまともな防衛戦力すら整ってないかも知れない……」
「本当にタイミングが悪すぎる。対巡礼者戦……それも常識の範囲の人数を相手取るにはあっちに残してきた人たちでも充分以上に時間稼ぎできる筈だったんだ。いくみがあの小学校にアジャストできたおかげで、非常事態時に一階部分をダンジョン化できるようになったしね。だけどこの数の……もしかしたら統率の取れたモンスターを相手取るには、やっぱり手数も足りないし、なにより主力が不在ってのが本当に痛い」
沈んだ声の愛蘭の言葉に、廉造は苛立ちを隠さない声色で補足する。
この他のクランへの交渉の為の外遊は、廉造や秋也に愛蘭と言ったケイオスのブレインメンバーが様々な事態を想定してメンバーを選出した。
その際の話し合いにおいて、例えば他のクランの襲撃等もしっかりと考慮していた。
例えば残っているメンバーで対処できない戦力が襲いかかってきても、いくみの管理核としての機能を駆使すれば外に出ているメンバーが戻ってくる時間を稼ぐことも可能だと判断していた。
だがそれも、たとえば数十名──多くても百名程度の襲撃ならば、の話だ。
今まで出会ってきたクランでそれだけの規模の戦闘員など見たことが無かったし、フィールドでエンカウントするモンスターは最大でも十数匹程度しか群れない。
だが今、この吉祥寺駅から北町小へと続く最短距離の道で待ち構えているモンスター……ゴブリン系の群れの数は、大河がざっと見ただけでも三百匹は超えている。
それも見える範囲での話で、おそらく北町小に近づくにつれのその群れは濃くなっていくのだろう。
これだけの数、一匹一匹のレベルが低かったとしても充分以上の脅威だし、今北町小に残している防衛戦力では到底対処する事はできない。
「……俺一人なら、強行突破もあるいはできるかも知れないけど」
「大河っ! ダメだからね!?」
大河の小さな呟きに、となりに座る悠理が眉間に皺を寄せて声を上げる。
「やめてくれよ。絶対無事って確証は無いだろ?」
「俺も反対だ。ここから北町小まで、俺や大河なら走って半日くらいで到着できるが、それでもかなり消耗する。それをあのゴブリン共を避けて、時には戦いながら突破なんつーのは、あんまり現実的じゃねぇよ」
廉造、海斗と続いて否定意見を延べ、他のメンバーもそれに同調して頷いた。
「分かってる。これはあくまでも最終手段……どうしようも無くなった時に」
大河は頭の上で手を組み、空を見上げる。
出発時は晴天だった空も、今ではすっかり夕暮れとなってしまった。
本当なら大河らは池袋で、海斗らは練馬で一泊する予定だったが、こうなってしまっては仕方が無い。
明日もう一度会うはずだった瑠未にも、急用が出来て後日に延期したいとメール済みだ。
「とりあえず、偵察に出てるみんなの報告を待ちましょう」
愛蘭の言葉に、一同は暗い表情で頷いた。
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「シュウ……どんな感じ?」
三階建てのアパートの一室、リミは双眼鏡を覗いてゴブリン──亜人商会の兵隊達を観察している秋也に声をかける。
「うーん……大体普通っぽいゴブリン十匹に対して一匹の割合で、あのデカブツは居るっぽい……他にも衣装とか武器が違う明らかに上位種っぽいゴブリンが四種類くらい……こっちはそんなに数は多くないみたいだけど……それでもこの群れの数が多すぎて数が把握できない……」
双眼鏡を覗きながら秋也はぼそぼそと呟く。
ここは吉祥寺駅から10分ほど離れた場所。
偵察として派遣された三つのパーティの一つとして、リミと秋也はこのアパートに潜伏している。
アパートのベランダから身を隠し、向こうにバレないようにゴブリンの群れを観察して分かったのは、この群れを構成しているモンスターは最低でも六種類。
一番数が多いのが、腰布だけを身に付け粗悪な棍棒を手に持つ特にこれといって特徴のない所謂〝ゴブリン〟。
成人男性の大体腰辺りまでしか背丈が無く、浅黒いオレンジ色の毛髪で様々な髪型。
緑色の肌と尖った耳に大きな口、そして不揃いなギザギザの歯を持つ、ファンタジーに明るい人間なら容易に想像できる姿をしている。
次に多いのが、これはゴブリンでは無く巨大で無骨な──おそらく鬼。
背中にゴブリンが乗せる背負子を背負い、首には太い鎖が繋がる黒皮が鞣された首輪を装着されている。その鎖の先は背中に乗っているゴブリンが握っているので、おそらく使役されているのだろう。
得物は幹の太い丸太を削り出して作られた巨大な棍棒。
ゴツゴツとした肌はまるで岩の様で、額の中央には表面が荒い鋭利な一本角。
さきほどの秋也の言葉通り、ゴブリン十匹に対して一匹の割合で混ざっている。
他には顔面を不潔そうな黒い布で覆い、手には二本の湾曲刀を構える軽装のゴブリン。
紫色の長い三角帽に薄汚れたマントを背中に流し、粗末な杖を手に持つゴブリン。
無骨で分厚い鎧に身を包み、自分の身体よりも大きな金属製の盾を構えるゴブリン。
簡素で見窄らしい弓を手に、木の上や建物の屋根から周囲を見渡す緑色の帽子を被るゴブリン。
この四匹は群れの中では少数しか見当たらない。
そんなゴブリンの群れ──いや、これはもう軍であろうか。
ゴブリンで構成された一軍が、北町小への最短ルートであろう道をみっちりと埋め尽くしている。
秋也の目算では、その数はおそらく千じゃ効かない数。
この中を、今現在吉祥寺に居るケイオスメンバーだけで突破するのは、至難。
現実的では無い。
「リミちゃん」
パーティメンバーの一人、ケイオスでも建栄に次いで年齢が高い男性、辻本がスマホを見ながら低い声でリミを呼ぶ。
「なに?」
「みっちゃん達のパーティーが群れからはぐれたゴブリンと戦闘になったって、今メッセ来た」
難しい顔を浮かべながら辻本はリミと秋也を見る。
生え際に危機感を覚えいつも前髪を気にしているこの気の優しい巨漢中年は、戦闘班の中でも前衛として頼られている。
大河や海斗、建栄ほどでは無いが、ケイオスの精鋭に入る部類の実力者である。
「えっ!? 大丈夫だったの?」
リミはその長い身体を屈めながらベランダを進み、部屋の中に入って辻本の持つスマホを覗き込む。
みっちゃんとは別の偵察パーティーで回復役をしている、リミと仲の良い三十代前半の女性メンバー。
坂居美夏の事だ。
ケイオスの中でも女性としては年長に分類されてしまう事を気にしていて、子供達に対して執拗に『お姉さん』と呼ばせる事に固執している以外は、極めて温和で理知的な女性である。
愛称で呼ばれると喜ぶので、大体のメンバーが『みっちゃん』と呼んでいる。
「一応、本格的に戦闘に入る前にリーダー達に許可を得て、大体十五匹くらいを群れからかなり引き離して戦ったみたいだ。他のゴブリン共は着いてこなかったって。戦闘自体はあっけなく勝って、今は群れから距離を取ってるって書いてる」
「じゃあ、あのゴブリン達の図鑑情報って埋まった?」
「らしい」
「シュウ! シュウちょっと集合!」
小声で大声を上げると言う器用な真似をして、リミはベランダでゴブリン軍を観察している秋也を呼ぶ。
しばらくして、身に付けたシャツのお腹部分が土埃でべっとり汚れた秋也や、汚れを払いながら室内に戻ってきた。
リミはもう一人、アパートの玄関前で見張りに就いている男性メンバー、井村を呼びつけ、六畳の畳の部屋の中央で円になって四人でスマホのモンスター図鑑を開く。
「いやー、これは助かる」
「えっと、あの一番うじゃうじゃ居るのが『ヴァイオレント・ゴブ』……普通のゴブリンじゃないのか」
「ヴァイオレントってどういう意味だっけ?」
「えっと、暴力的とか乱暴って意味だよリミちゃん。ほら、DVとか良く聞くだろ? あれはドメスティックヴァイオレンス──ドメスティックが家庭的みたいな意味で、ヴァイオレンスが暴力。合わせて『家庭内暴力』になるんだ」
「ほえー、勉強になるぅ。ありがとう辻本さん。んじゃああのキモ緑はゴブリンの
中でも乱暴な種族ってことなのかな」
「そうかもね」
「んー……『好戦的なゴブリン種族の歩兵。知能は低く、群れのリーダーの指示が無ければ連携も取れない』か。それで美夏さん達と戦った時も、助けを呼んだりしなかったのか」
「問題はあのデカブツ──これか。『スレイブ・オーガ』って奴。それなりに多くて厄介そうなんだよなぁ」
「えっと、これか。『寝床と餌さえ与えれば、最初に首輪を付けた者に極めて従順な、優れた労働奴隷となる種族。しかし日に三度の餌を忘れてしまうと、我を忘れて暴れ出す』──食料切れとか待ってみる?」
「向こうから三日ってタイムリミットを指定してきたんだぞ? 兵糧攻めなんて効かないだろ」
「まぁ、それなりの食料を持参してるだろうし……そういうイベントだからなぁ。でも図鑑に表示されている身体能力の数字を見る限り、単体ならそんなに脅威でもないっぽい」
「でもこの数字……情報を取得した戦闘時の個体のレベルに準じた表記だからな。これよりレベルの高い個体が居ないとも限らないぞ。えっと、ゴブがレベル10で、オーガがレベル12……あの群れの平均はこんぐらいって考えの方がまだ安全だと思う」
「そこんとこは、廉造とも話し合って考えてみるよ」
「他の四種類のゴブリンに関しては──ダメだ。名前しか表示されてない。戦闘にならなかったんだろうな。名前が取得できる程度には接近したんだろうけど、なんつーか……一つの
戦闘単位──小隊って言えばいいのか、そういうのに必ずあの四種類のゴブが編成されてるわけじゃないって事か」
「顔を隠してるのが『VGアサシン』……VGって何だ?」
「ヴァイオレント・ゴブの略じゃないか?」
「えー? バイオレンスってBじゃないの?」
「バじゃなくて、ヴァ。カタカナのウに点々、小さいアを付けてヴァ、な?」
「あぁ、なるほど」
「リミさん、もしかして学校の成績……」
「アタシ、高校も大学もバレーのスポーツ推薦だったから! だから!」
「いやそれにしたって──」
「うっさい! 今はアタシの事よりゴブの事!」
「杖持ってるいかにもな奴が『VGメイジ』で、弓を持ってるのが『VGアーチャー』……んであの鎧姿の奴が『VGタンク』……まぁ、見たまんまって名前だな」
「こっちの奴らの身体能力の方が知りたかったってのが本音かなぁ」
「……どうする? 試しに群れからはぐれた奴ら狙って襲いかかってみる?」
「んとにこのおねーさんは過激派なんだから……勝てたとしても他の群れが引っ付いてきたらどーすんすか?」
「そうだな。そういう危ない橋は、リーダーと愛蘭、それと廉造に判断を委ねようぜ?」
「海斗くんなら『行っちまえ!』って良いそうだなぁ」
戦闘班を区分けする際に良く組むこの四人のパーティーミーティングは、毎回こんな感じで騒がしい。
思考担当が秋也で、良くも悪くも案を出すのがリミ。
辻本と井村の大人しい二名が、そんな二人の小競り合いのようなじゃれ合いの手綱を握り、論点を逃がさないよう議論を深める。
なんだかんだで、それで上手く機能しているのがなんとも不思議でたまらない。
一応このパーティー単位で動く際のリーダーは、秋也と言う事になっている。
これは一番ゲーム的思考を持ち、またオタク寄りの博学さを持っている秋也が一番冷静に、そして客観的に状況を判断できるから。
だが決定権と言う意味では、パッションで動きがちなリミが握っているに等しい。
それを上手く宥め、穏便に決定権を秋也に戻すのが、辻本と井村。
特に井村はケイオス内では極めて陰が薄く、子供達にも時々名前を忘れられるほどの存在感の無さだが、場を掌握し取りまとめる力に関してはズバ抜けて高い能力を持っている。
年齢は26。
異変前はとある有名な外食チェーンのサブチーフとして、上はチーフやマネージャー、下は部下やバイトの学生らの間に立ち、波風立てず、角を立たせず、日々目まぐるしく忙しい店を回していた、苦労性の成せる悲しい技であった。




