亜人商会①
二ヶ月も更新が無くて本当に申し訳ございません。
転職と引越し、そして前職を辞める直前で職場の若手が会社の金(三桁)を持ち逃げするというトラブルにより多忙すぎて精神がぐっちゃぐちゃで、インターネットを見たり小説書いたりできる状態じゃありませんでした。
少しだけ落ち着いて来たので、ゆっくりとリハビリして行こうと思います。
長い目で見てやってくだせぇυ´• ﻌ •`υ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうもこんにちは」
「え、あ、こ、こんにちは……」
大河らが瑠未と、そして海斗らが丹波と面会していた頃。
ケイオスの新しい拠点である北町小に、とある来客の姿があった。
それは余りにも唐突に現れたから、北町小の校門で見張りをしていた二人の戦闘班メンバーの入江と高橋は、目の前でその姿を目視するまで全く気づけなかったほどだ。
夏も終盤のうだるような暑さの中、質の良さそうな膝まですっぽり隠れる長い丈の分厚いトレンチコートに、目元までを深々と被ったハット。
スラックスから革靴までもがどれもダークブラウンで統一された、一見して怪しさしか感じない、小柄な姿。
どのくらい小柄かと言うと、今グラウンドで鬼ごっこをして遊んでいる男の子達の誰よりも小さい。
成人男性の腰にも届かないほどの背丈だが、その野太い声はどう考えても大人の──それも中年と思われるしゃがれた男性の声だった。
「いやー、こんな長閑な場所に拠点を構えているなんて、まったくもって羨ましい限りですな。我々の商会本部と言えば、廃都中を飛び回る都合上どうしてもあの煉獄の近くに居を構えなければなりませんからそりゃあもう殺伐としておりまして。こういう閑静な住宅街での生活と言う物に憧れてしまいます。あ、申し遅れまして私、こういう者です」
そう言ってその小柄な怪しい男は、今日の見張り番をしていた入江に名刺を差し出す。
「あ、どうもこれはご丁寧に有り難うございます。申し訳ございません。ただいま名刺を切らせておりまして私は小林商事の入江と──」
「おい、お前もう名刺なんか持ってないだろ」
「はっ! 間違えた! ケイオスの入江です!!」
受け取った入江は異変前まで衣料品の卸営業などをやっていたせいで、身体に染みついた社会人としての悲しき習性からその名刺を頭を下げて恭しく受け取ってしまい、高橋の突っ込みでふと我に返った。
「えっと……亜人商会、西都商品部チーフマネージャー……ネブリャさん?」
「はい、主に廃都の西側で商品の買い付けや販路開拓などをしております。相応の対価さえ頂ければレアな合成素材から召喚媒質、特殊な性癖に対応する性奴隷から邪神への生け贄や魔国のご禁制までなんでもござれでございますよ」
そう言って怪しいトレンチコートの来客──ネブリャはハットを右手で押さえながら会釈をする。
「アンタ……人間じゃないな?」
高橋はネブリャの容姿をマジマジと見定める。
少ない肌の露出部分、そこから見える肌の色が──ケバケバしい紫色をしていた。
ハットの端から零れる大量の金色の毛髪から、とんがった耳らしき物が見える。
「はい。亜人商会はゴブリン種族が興した商会ですから」
にっこりと、目深に被ったハットをつまんで持ち上げ、ネブリャはその顔を二人に見せる。
肌荒れとは冗談でも言いがたいほどにゴツゴツの皮膚。
長々しい鼻のてっぺんにはコブが無数に張り付き、どこか忌避感を想起させる。
耳の付け根に届きそうなほど広い口角に、人間の揃えている数の数倍は在ろうかと言う数の小さく鋭利な歯が不揃いに並んでいる。
目に優しくない紫色の肌には、遠目でもはっきりと分かるほどに太くドス黒い血管が脈動していて、大きすぎる眼球が瞼をはっきりと丸く持ち上げている。
その瞳に黒目も白目も無く、血の色に似た赤黒い──まるで磨き上げられたガラス玉のようだ。
長々と描写したその容姿を一言で言うのなら──醜悪。
人間に備わった生理的嫌悪感をこれでもかと刺激するその姿に、見張り番の二人は思わず息を呑んだ。
「今日こちらを訪ねたのは何を隠そう、商談でしてね?」
トレンチコートの右ポケットをごそごそと漁り、中からバカみたいに大きな葉巻を取り出しながらネブリャはどこか楽しそうに話を続ける。
葉巻の先端を無造作にねじ切り、左手中指に嵌めていた楕円形の緑色をした石の指輪をその先端に近づけると、葉巻に火が灯り出す。
それを口の端に咥え、空いた右手でハットを持ち上げたネブリャは、入江と高橋の向こう側──グラウンドで遊んでいる子供達をニヤニヤと笑いながら見つめた。
「商談……?」
「あ、えっと……残念だけど、今ウチの責任者は不在なんだ。そういう大事そうな話は俺らじゃ判断できないし、アンタも中には──」
ネブリャの視線からどこか邪な感情を感じ取った二人は、その身体で視線を遮りながらゆっくりと動き、鉄製の門を二度、剣で叩き鳴らす。
怪しい人物の来訪、それをアジト内に知らせる合図である。
「なに、それほど難しい話じゃありませんよ。こちらのクランには、子供が沢山居ると私どもの部下から報告を受けましてね?」
口内に含ませた葉巻の煙を一度大きく吐き出して、ネブリャは強引に話を続ける。
「それが、なにか……?」
ネブリャの言葉に、二人の警戒度がまたグッと跳ね上がる。
「見えてる範囲でもこれだけの子供が居て、更には建物の中にも大勢居るでしょう? あの子らの面倒を見るだけでも相当な金銭的負担が有るはず。どうでしょう、二十名ほど私達の商会に融通して頂けませんか?」
「は?」
「ゆ、融通?」
「勿論、対価として一人当たり……そうですね、男子で10万、女子で50万オーブほどで如何でしょう。勿論、レベルが高かったり、何か秀でた技能を持っている子には更に上乗せしても構いませんよ」
口に咥えた葉巻を右手で摘まみ、煙を辺りに吹き散らしながらネブリャは灰を地面に落とした。
「それと、このクランには妊娠されている方もいらっしゃいますよね? 私どもの呪術師が新たな巡礼者の懐妊を察知する術を持っていまして、どうでしょう。例えば妊娠一ヶ月未満の胎児なら100万、それ以降だと60万で、出産直前であるならば性別に関わらず50万出します。もし母胎とセットでしたら400万までなら出せますよ?」
「あ、アンタ……何を言ってるんだ?」
ネブリャの言葉に放心し思わず聞き返す入江の隣で、高橋は小声で詠唱を唱えてその手にハードブレイカーを顕現させ身構える。
「廃都に於いて〝未成年の巡礼者〟と言う物は、種族によっては極上の儀式的供物ですし、またとびきりの珍味なんですよ。さらには胎児! これはもう、その手の愛好家にとっては喉から手が出るほどのレアな食材! ここ数十年は市場に出回らなかったまさに幻の逸品!! はっきり言って、どれだけ値で買い付けたとしても利益が見込める商品でして!! 如何でしょう!! もちろん値段交渉には応じますし、我が商会との今後の取引に対する優遇措置や希少商品の優先販売などの権利特典も考慮しますし、今後も定期的に子供を卸してくれると言うのなら、我が商会との破格の独占契約なども──っ!!」
「帰ってくれ!!」
ネブリャの悍ましい言葉を遮る様に、高橋は声を荒げる。
珍味と言った。
商品などと宣った。
食材などとほざき、胎児──つまり赤ん坊を商品と断言した。
気持ち悪さで胃が震え、抑えきれない吐き気に喉が嘔吐く。
高橋の怒気の篭もった声に、入江が遅れてルナアーチを顕現させ構える。
校舎の奥から他の戦闘班のメンバー達が駆け寄ってくる気配を感じ、生活班のメンバーらの声かけでグラウンドで遊んでいた子供達が校舎へと戻っていくのが分かる。
この目の前の異質な亜人の──ゴブリンと言う妖精種族の、その視界から一刻も早く子供達を隠したかった。
本来は大河、そして愛蘭への報告・連絡・相談も無しに、おそらくNPCであろうこのゴブリンへとこの様な敵意を向けてはいけない。
それは理解しているが、嫌悪感がその理解を思考から追いやる。
ケイオスにとって子供達とは平穏の象徴であり、何を優先しても保護すべき対象であり、そして異変後の廃都という異常な環境に於いて、自分たちが巡礼者である前にただの人間だった事を思い出させてくれる──そんな大切な存在である。
これは程度の差こそあれど、ケイオスに在籍している全てのメンバーの共通認識だ。
示し合わせる必要も、改めて確認する必要も無いほどの当たり前の事実である。
そんな子供達への害意──いやこの場合、人間としての視点を持ち合わせない外道の理を口にする目の前のネブリャが、入江や高橋には許せなかった。
「ふむ、いやいや落ち着いて下さい。こちらにあなた方と敵対する意思はございません。穏便に、冷静に商談を進め、より良いビジネス関係を構築するために、商会は私をこちらへ──」
「なにがビジネス関係だ!! 良いか覚えとけバケモノ!! 俺ら人間にとって子供と言うのは何よりも大事な、守るべき存在なんだ!!」
「そ、そうだ!! 子供達を売ろうだなんてそんな、そんな真似できるわけないだろう!!」
怒りで興奮する入江と高橋の背後、門の内側に次々と非番だったり休憩中だったメンバーらが集まってきた。
大河と愛蘭、そして海斗と建栄や廉造などと言う中心メンバーが不在の今、北町小学校に残されていた防衛用のメンバーは常に厳戒態勢を取っていた。
先ほどの合図から5分も経たず、すでにほとんどのメンバーが剣を片手に校門周辺に集まりつつある。
「そこをなんとか! こちらとしても他商会に〝商品〟を奪われてしまっては商会としての面子が立たないのです! なにより、私どもを信頼して下さっているお客様に顔向けできません! 商売とは信用が第一ですから!!」
「そっちの都合なんか知らねーよ! どうする敦さん!? こ、コイツ危険だ! 斬っちまうか!?」
「待て馬鹿!」
鼻息荒く剣を構える入江の肩を掴み、高橋は集まってきたばかりで事態についていけない他のメンバーらの顔をぐるりと見回した。
そしてもう一度ネブリャの顔へと視線を戻し、自分を落ち着かせる為に一度大きく息を吐き出した。
「──今この場で一番の年長は、この高橋敦だ。所用で拠点を離れているウチのリーダーらに代わって、代理で返事をさせて貰う」
「はい! どうか冷静な判断を──!!」
交渉の糸口を見つけたと勘違いしたのか、ネブリャの声に喜色が混じる。
しかし、たとえこの場に大河や愛蘭が居たとしても、その回答は変わらない。
「大事な子供達を売り捌くような、そんな人の道に外れた事はできない。お引き取り願おう」
考えるまでも無い。
子供を──人間を売買するだなんてそんな倫理に悖る価値観を、大河が許すはずが無いのだ。
「そ、そんなご無体な!! どうかお話だけでも聞いて下さいませんか!? もとより巡礼者の幼体の仕入れ先は、現在では渋谷の不死教からの払い下げ品しか今の廃都には存在しないのです! しかし彼らから卸される幼体は皆すでに息絶えていて、一番重要な首や内蔵が無い質の悪い物が殆どで! 我々の顧客が求めているニーズを全く満たせていないのが現状! つまりあなた方のクランが市場に新規参入すれば、その利益はほぼ独占できる算段! もし胎児の量産が確立できればこのクランの市場への影響力は──!!」
「くどい!! そんな鬼畜な与太話に付き合ってられるか!! 聞いてるだけで胸糞が悪くなる!! 帰ってくれ!!」
「これ以上アンタをここに居させるわけにはいかない!! 子供達を狙っているってだけで充分危険なんだ! 全員戦闘準備!!」
海斗の留守中、代理で戦闘班の指揮を任されている高橋の号令で皆がその手に咎人の剣を顕現させる。
今のネブリャの言葉は、この場に居る全員の危機感と警戒心を最大まで高めるには充分すぎる。
ピリっとした空気に一瞬怯んだネブリャは、じりじりと後退りをして校門から離れていく。
「──くっ! こ、後悔しますよ! 我々とてこの動乱の廃都で一大商会を運営しているという自負があるんです! この程度の荒事など、日常茶飯事! なにより巡礼者の胎児と言う、極上の商品を前にしておめおめと逃げ帰りましたでは顧客に顔向けできる筈がない!」
乱れたトレンチコートをせかせかと直し、ハットを再び目深に被って、ネブリャはくるりと反転し高橋らから背を向けた。
「三日! 三日待ちます! どうかお考えを改めて頂きますよう、責任者の方とご相談下さい!! それでも商談の機会すら与えずに我が商会を無碍にあしらうと言うのであれば! 商会の全戦力をもってしてこのクランを潰し、商品を確保させて頂く!! 我々にだって意地と面子があるのです!!」
パンパンっと、ネブリャが甲高い拍手で音を鳴らす。
「なっ!?」
「くっ!!」
「な、なにこの数!!」
唐突に現れたのは、視界を埋め尽くすほどの数の──おそらくゴブリンの群れ。
黒い布で顔の下半分を覆い隠す、二刀の湾曲刀を構える軽装のゴブリン。
紫色の長い三角帽と杖、そしてマントを携えたいかにも魔法使いと言った様相のゴブリン。
分厚い鎧でその身を固め、小さな身体を大きな盾で隠したゴブリン。
どこか粗末な弓を携え、建物の屋根から見下ろす全身緑色の服を着たゴブリン。
多種多様なゴブリン達が、剣呑な目つきで北町小学校の校門前から少し離れた場所で高橋らを睨んでいる。
「私共としても、荒事は本意では無い。今後の事を考えて、良きビジネスパートナーとしての関係を構築する方が遙かに我が商会の利益になるのはわかりきっていますから……ですのでどうか、より良い判断を願います。安定して質の高い巡礼者の幼体を供給できる強豪クランなんて、探そうと思って見つかる物ではありませんからね」
ゴブリンの群れの中心に悠然と立つネブリャが、どこか余裕を含む表情で北町小──その中に避難したであろう子供達を見据えて笑う。
『──ピー、ガガッ、ピー』
突然、北町小の校内に無数に設置されているスピーカーから、ノイズの様な雑音混じりの機械音が鳴り響いた。
ケイオスの皆はその音にビクンと反応し校舎中央、最も高い場所に設置してある一番大きなスピーカーへと一斉に振り向く。
『──亜人商会との商談が決裂しました。これよりこの拠点とその周囲に於いて、〝拠点襲撃イベント〟が開始されます』
入江や高橋らには聞き覚えの無い、どこか冷淡な幼い女の子の声が響き渡る。
大河がこの場に居れば、それが地雷天使レナの妹である──地雷天使ラナの『分割思考』を用いたシステムメッセージだと察した筈だ。
ネブリャを含めたゴブリン達の様子は変わらない。
もしかしたらこの放送は、巡礼者にしか聞こえないのかも知れない。
「貴方達が逃げ出さないよう、この拠点の周囲を私共の兵で取り囲ませて頂きます。三日後……そうですね。正午が宜しいでしょうか。お返事を伺いに参りますので、どうか良いお言葉を。期待しております」
ハットを右手に取り胸に当て、深々と腰を曲げて頭を下げるネブリャ。
入江も、高橋も、そして他のケイオスのメンバーらも。
静かに振り向きゴブリンの群れの中に消えていくネブリャの背中を、黙って見ている事しか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




