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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
死否谷《シブヤ》

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274/281

訪問③

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「意外でした」


「ん~?」


 本来はこの練馬区の首長の部屋として整えられている豪奢な部屋で、長い茶髪を後頭部で一纏めにしたスーツスタイルの女性が丹波に話しかける。


 ブラインド越しに遙か地上の小さな三つの人影──練馬区役所を後にする海斗ら三人を眺めていた丹波は、どこか気もそぞろに生返事で応えた。


志築(しづき)、何が言いたい?」


「女子供の声に良心が絆されるなんて善性が、貴方にあった事に驚いているんです」


 どこか冷淡さを感じる表情で、志築と呼ばれた女性は丹波の隣──いや、大分距離を開けて立つ。

 この距離の幅それこそが、クラン〝丹波組〟の組長である丹波と、その秘書を勤める志築の信頼関係を現している。


「ああ、アイツらをそのまま帰した事か?」


「ええ、あの千春と言う娘の必死な声に、まさか貴方が計画を中止するなんて思ってもみませんでしたからね。私も、貴方の部下達も」


「はははっ、俺があんな小娘に(なび)いたとでも? 違う違う」


 腰に手を当て、首を横に振って、丹波はどこか楽しそうに笑う。


 紫色のスーツという、見ようによってはどこかコミカルな印象を与えるその衣装が、体格の大きさや人相の悪さと合致する事で恐ろしいまでの威圧感を放っている。


「あの千春とかいう娘、お前の目にはどう見えた?」


「どう……と言われましても、大人しそうで可愛いらしい子だとしか」


「ああ、あの体格や見た目。それにあの応接室に入ってきたときの緊張っぷりから察するに、あの娘はかなり温厚で、優しく善良で──そして臆病なのだろうな」


 財界のフィクサー達と長年関わりを持つことで培ってきた観察眼で、丹波は千春を的確にプロファイリングする。


「俺と向かい合っている間もずっと身を縮ませていたし、なにより視線を一度も合わせなかった。あの娘はおそらく、ほとんど戦闘経験も無いのだろう」


「概ね同感です」


 眼鏡のブリッジを右手の人差し指で押し上げて、志築は庁舎から遠ざかっていく地上の三人の背中をまじまじと見る。


「だからこそ俺は察した。あのままあの飛嶋(バカ)を煽り続けていれば、俺や諜報部の奴らは全員死ぬとな」


「──ん? それはまた……なぜ?」


 突然理解が出来なくなった丹波の言葉に、志築は首を傾げる。


 この雇い主は確かな手腕とカリスマを併せ持つ有能な男だが、有能であるが故に自分が無駄と判断した過程を省き、結果だけを語る悪い癖がある。

 

 断片的であっても必要な情報さえ提示すれば、〝誰もが当たり前に〟同じ結論に辿り着くと思っている節があるのだ。


 このコミュニケーションのズレが、彼の部下達の日々の業務でちょっとした問題になっていたりするのだが、今はそれを指摘する場面では無い。


 不必要に雇い主を不快にさせるのは、円滑な業務の妨げになる事を志築は知っている。


 能力のある男性と言うのは往々にして、自分のリズムが崩される事を極端に嫌がるのだから。


「善良で臆病で大人しい子供が、初めて訪れた場所で見知らぬ大人に取り囲まれ、更にはその大人達は手に物騒な物を所持していると来た。そんなシチュエーションなのに、あの娘は臆せず声を挙げた。殺されるかもしれない場面でそんな真似ができるガキはそう多くない。大抵は同行している他の面子──この場合は成人しているあの飛嶋(バカ)や年上である加賀屋に事態を任せて、自分は目立たないようにする筈だ」


 丹波は窓からゆっくりと離れ、本来は練馬区長が座る為であった高級そうなチェアにどっりしと腰を下ろし、足を組んだ。


「なるほど、言われてみればそうかも知れませんが、それが諜報部と貴方の全滅にどう繋がるんですか?」


 部屋の右奥に設置された給仕用の机。

 そこに移動した志築は手慣れた所作でカップを手に取る。


「あの娘は飛嶋の強さに絶大なる信頼を置いていたのだろう。俺と諜報部に囲まれてなお、〝自分が死ぬことは無いだろう〟と言う確信を無意識に持つまでに、な」


「根拠としては大分薄い気もしますが……」


 ゆっくりと、だが流れるように準備されていくインスタントコーヒー。

 お湯の温度を高温に保つと言う効果を持つ陶器のポットから、もうもうと湯気の立つお湯がカップに注がる。


「加賀屋だよ。俺はアイツの賢さを買っているんだ。頭の回転が速い奴は大好きでな──キミと同様に」


「私は可愛くないだけの生意気な女です」


 志築は大きく艶のある木製のデスクの上に、ソーサーに乗せたコーヒーカップをそっと置く。


「俺は使えん奴に大事な仕事は任せんよ。男だろうが女だろうがな」


 丹波はコーヒーカップにそっと手を伸ばし、だがその手はカップでは無く志築の手にそっと添えられる。


「それで、あの加賀屋という子がどうしました?」


 添えられている丹波の手をやんわりと払いのけ、志築は腹の前で両手を組んで姿勢良く立った。


「飛嶋が俺と部下に取り囲まれて啖呵を切った時、加賀屋はあの飛嶋(バカ)を止めこそすれ、俺らが細切れに斬り殺される事に関しては否定せんかった。たしか──大河とか言っていたな。そいつがあの連中のリーダーの名だろう。その大河(なにがし)が望んでいないと──つまり、望まれさえすれば飛嶋が俺らを殺す事なぞ造作もないと、あの時の加賀屋は判断していた」


「その加賀屋と言う青年を少々買い被りすぎなのでは? 私の目にはただの若者にしか見えませんでしたが」


「かもな。だがあの場で俺を含めた諜報部の全滅なぞと言う可能性が出てきた以上、計画を修正するには充分な理由となる。あの状態から俺一人逃げ切る自信は有ったが、高いオーブ(かね)をかけてようやく形になった諜報部を失う訳にはいかんからな。代償がデカすぎる。俺は基本的に、確実に得をする喧嘩しか買わんし売らん」


 カップを手に取り志築の煎れたコーヒーを啜りながら、丹波は不敵に笑う。

 その姿がドラマやアニメに出てくる悪役の姿そのもの過ぎて、志築はにやつく唇を必死に押さえ込んだ。


「さて……と、キミの作ってくれた〝薬〟を無駄にした形になったが、大損と言うわけでは無い。前日の飛嶋からのメッセージや先ほどのやりとりから充分すぎる情報は得られた」


「それで、どうされます?」


「んー……」

 

 志築の言葉にぐるりとチェアを回転させて、丹波は窓からどんよりと暗い練馬の空を眺め、思案する。


「中野から吉祥時、その間の街々に諜報部と遠征部隊を派遣し、クラン〝東京ケイオス〟と……『大河』なる人物について可能な限り調べ上げろ。予算に関しては金庫番二人分程度までなら自由に使っても構わん」


「二人分……二百万オーブ近くもですか?」


 丹波の言葉に目を丸くして、志築は驚いた。


 この商売人気質の男は、その豪快な見た目に反してかなりの倹約家でドケチだ。


 そしていまや日本銀行券──円に変わって通貨として使われているオーブに対して並々ならぬ執着を持っている。


 自らがその手腕で成立させたクラン〝丹波組〟の、その中でもとりわけ彼に対して従順な者を金庫番に任命し、一人につき約100万オーブを個人所有させる。


 それが彼の所謂〝所得隠し〟だ。


 クラン全体の予算として集めたオーブは、クランメンバーなら誰でも閲覧できてしまうというシステムの穴を突いた、所謂一つの裏技である。


 個人が所有するオーブの総額は、クランリーダー以外は本人のステータス画面でしか確認できない。

 

 組織では無く個人が所有するオーブならば、無理矢理スマホを奪ってその人物のステータス画面を見ない限り、クランのリーダー権限を持つ者──この場合、丹波以外の誰にも気づかれない。


 その倉庫番が、志築が知る限りは七人は居る。


 倉庫番が誰であるかは倉庫番同士にも知らされておらず、また志築が知らないだけでもっと大勢居るかも知れない。


 オーブの持ち逃げや使い込みを恐れていないのは、この丹波と言う男の人心掌握術の成せる技である。


 この丹波組には、丹波に対して並々ならぬ恩義を抱いている者が多いのだ。


 ありとあらゆる手段で恩を売り、その心を飼い慣らし、丹波の為なら多少の危険を犯す事も厭わない、そんな部下が。


「こればかりは勘働きだが、この〝東京ケイオス〟なるクラン……金の匂いがする。諜報部にはできるだけ、『大河』なる人物に対して恨みを抱いている者を最優先に見つけ出すよう伝えてくれ。多ければ多いほど良い。この東京全体が滅びかねないなどという厄ネタを見つけるような連中だ。方々でかなりの大暴れをしていてもおかしくないからな」


「かしこまりました。動かすのは諜報部全員で?」


「新規の諜報部隊がまもなく仕上がると報告を受けている。今居る分を全員動かしても問題あるまい」


 志築の顔を見ず、練馬の空を見上げたまま丹波は応えた。


「了解です。では──」


 背筋をピンと伸ばしたまま綺麗に腰を折り曲げ頭を下げる志築。


 しばらくして同じように綺麗に姿勢を戻し、くるりと踵を返してこの部屋──執務室の扉へと歩を進めた。


「ああ、志築。調達部隊が良い酒を仕入れたようでな。どうだ、今夜──」


「──いえ、結構です。生憎、私は貴方が大勢囲っている〝愛人〟の方達と違って、可愛らしく酔って甘えるなんて事は、できそうにありませんから」


 丹波に振り返りもせず、志築は喰い気味にそう言って扉を開き、部屋から出て音も立てずに閉めた。


 コツコツと堅いソールの音が遠ざかっていく。


「ふはっ、取り付く島も無しか。まぁ良い。お前の〝価値〟は女の部分以外にある。今はまだ、な」


 志築の存在が完全に感じられなくなるのを待って、丹波は自嘲気味に笑うとまた練馬の空を見上げた。


「焦る事は無い。俺が求めている力はゆっくりとだが着実に手に入っている。このまま行けば、この練馬だけでなく他の街でも権力(ちから)を持つことが可能だ」


 自らの禿げ上がった頭頂部をペタペタと触りながら、独り言ちる。


「このイカれた世界ならば、〝若さ〟を取り戻せるようなアイテムがあっても不思議では無い。可能性は未だ無限大……大きなミスさえしなければ、遠い未来で俺の国を……」


 クランメンバーがたまたま見つける事が出来た【暗殺双剣(デュアルダガー) 快刀・乱麻】の成長フラグ。


 そして『暗殺者』の準初級ジョブの合成成功例。


 この廃都に於いて隠密に長ける組み合わせの代表例であるこれらの発見が、異変後に鳴りを潜めていた丹波の野心に火を付けた。


 剣とジョブが持つアビリティとスキルがあれば、所謂スパイや諜報員のような部隊を作り情報を容易く集められる事を見出したのだ。


 かつてまだ年若く未熟であった頃に描いた絵空事。


 異変前では限りなく不可能に近かった、馬鹿げた野望。


 自らの国を建国し、王となる。


 今の丹波は、そんな子供じみた夢に向かって、希望に満ちた道を進んでいる。


 その為ならば、ありとあらゆる手段を講じよう。


 丹波は善人ではない。

 今のところ、悪人でもない。


 この練馬という街で、クランに加入していない巡礼者(プレイヤー)達からも一目置かれる存在になるために、常人ならば多少なりとも良心を痛めるような行為も行ってきた。


 自作自演。


 印象操作。


 情報操作に、食料や金銭のバラマキ。


 これらを用いて、損得では無く恩義で動く忠実な手駒を少しづつ増やしていった。


 例えばこの練馬区庁舎の屋上に陣取る、巨大なカタツムリの存在の隠蔽。


 個体名『ポイズンクラウドスネイル』と言う名のそのモンスターこそが、この練馬に毒の雨を振らせている原因である。


 だがその真実を知っている者は、丹波と志築を含めた〝丹波組〟の幹部十五名だけだ。


 今この練馬から毒の雨を取り除けば、なるほど確かに居住巡礼者(プレイヤー)達の生活は格段に良くなり、皆の不安も取り除けるだろう。

 良いことしか無い。


 だがそうなると、丹波組の支配力に影響が出てしまう。


 僅かながらも食料を分配し、住む場所を与え、フィールドモンスターから弱い巡礼者(プレイヤー)を守る事で作り上げた地位に、陰りが出てしまう。


少なくとも今──もしくはもう何年かは、あのカタツムリを倒し練馬を毒の雨から解放する事はできない。したくない。


 単純にカタツムリが強すぎて、現在の戦力ですら大きな犠牲無く勝つことが不可能という言い分も用意している。


 一般巡礼者(プレイヤー)が無策にカタツムリに挑む事を恐れて秘匿していたと言う方便が成り立つ。

 全くの嘘では無いところが、この話のミソである。


 失敗した事もある。

 その代表例が海斗と廉造の二人だ。


 もし上手くいっていれば、多少なりとも顔を知っていた海斗を戦闘員として、そして廉造を子飼いの部下として取り込み、今よりももっと優れたクランの運営ができていただろう。


 だがあの二人は丹波の手練手管を全て掻い潜り、交渉も取引も行えずに早々に練馬から出て行った。


 今回の訪問でその意趣返しを込めた脅しの一つでも決めてやろうと準備していたのだが、事態は想定外の方向へと動き出した。


 堪らない。


 これだから人生と言うのは辞められない。

 

「くくく……さて、どう動けば……」


 白んだ口ひげを(さす)る。


 応接室に響く丹波の静かな笑い声は、しばらく収まる事は無かった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「クソっ!」


 海斗は道ばたのゴミ箱を勢い良く蹴り上げる。


何時(いつ)だ! 何時(いつ)俺はスキルなんか使われた!!」


「スキル……かなぁ? 兄貴や千春ならともかく、僕の感知能力に一切引っかからなかったってのが気になるんだよなぁ」


 自分のスマホで海斗のステータス画面を見ながら、廉造はため息を吐く。


「千春も全然気づきませんでした」


「だよねぇ」


 隣で同じ画面を覗き込む千春の言葉に相づちを打ち、廉造は頭を捻った。


 画面に表示されている海斗のステータス画面。

 一番上に表示されている名前のすぐ下に、『興奮』と言う赤字のデバフ表示が点滅している。


 これは感情の振れ幅を大きくする作用のある、精神系デバフだ。


 初期状態の『咎人の剣』に付随していたアビリティ『鼓舞』とほぼ同じ効果を持つ。


 要するに巡礼者(プレイヤー)を好戦的にする。そんなデバフである。


「今まで見てきたスキルの発動方法を考えると、ある程度分かりやすい発動示唆が必ずあると思うんだ……アビリティって可能性もあるけど、練馬区役所に着いてからの僕らはほぼ同じ行動を取ってるから、兄貴だけってのが気になるんだよなぁ……何か僕らと違う行動、してたっけ?」


「あぁ!? 覚えてねぇよんなもん!! クソっ!! あのハゲ親父!! 次に会ったらタダじゃおけねぇ!!」


 未だ『興奮』の作用を受けている海斗は、放置されていたゴミ箱をベコベコになるまで踏みつけながら叫んだ。


「よしなよもう。どうせ我に返った時後悔するんだからそういうのは」


「うっせぇ!! 放っておけ!! 良いな廉造、千春!! 今の俺には絶対近寄るんじゃねぇぞ!!」


 デバフ効果に犯されながらも兄貴分としての矜持が働き、廉造や千春に対しての八つ当たり的な行動だけは死んでもしないと、海斗なりの気遣いが出ている。


「あ、廉造くん!! お茶、お茶じゃないですか!?」


「お茶?」


「はい!! あの部屋に案内されてから、海斗さんだけあの綺麗なお姉さんが煎れてくれたお茶を飲んでました!! 千春は猫舌なので、冷めてから飲もうと思って口を付けてなかったんです!!」


 千春の言葉に、廉造はつい先ほどの応接室での自らの行動を思い返す。


「……なるほど、うん。確かに。そういえば兄貴だけがあのお茶を啜ってた……ああ、そうか。薬系のデバフアイテムか……それなら僕らに気づかれずに仕込めるもんな。うわぁ……油断してたぁ」


 油断ならない人物の元に訪れると言う事で、普段よりも警戒心を強めている筈だった。


 しかしこうして、肝心な所で隙を見せてしまう。


 普通に生きていれば、飲料に薬を盛られるなんて心配はしなくていい。


 だがここはもう、東京ではなく廃都なのだ。


 相手にデバフを押しつけるアイテムの存在は、当然ながら存在する。


「くそぉ……僕とした事が」


 それが頭から抜け落ちていた事に、廉造は心の底から悔しがる。


 この肝心な所で詰めが甘い部分が、〝若さ〟故の未熟さである。


「ふぅ……とりあえず、ここでうだうだしていてもしょうがないかぁ」


 全身を弛緩させて地面にぺたりと座り込み、分かりやすく気落ちしつつもなんとか気分を一新しようと努める。


 盛られた薬次第では海斗が死んでいた可能性もあるが、そうはならなかった。


 それでとりあえず良しとしよう。


 あんまり深く考えすぎると良くない。


「これからどうします?」


 膝を抱えて廉造の隣に身を屈めた千春が、あざといまでに可愛らしく小首を傾げた。


 こんな所作を意識せずに行うのだから、この妹分の将来がちょっと心配になる。


「とりあえず兄貴のデバフが解けるまではここで雨宿り。それから練馬峡谷に行って、千春の『テイマー』を次のジョブに進化させる為のアイテムを探しに行こうか」


 スマホの画面をフレンドメッセージの項目に切り替えて、手早く文章を入力する。


 あんまり長々と書くと送付先の大河が心配するだろうから、要点だけを抽出して軽い報告文で済ませる。


「どんな宝石なんですかね。そのアイテムって」


「さぁ。あんまりヒントが無いんだよね……僕らが持っていたのは違う石だったから、まだ手に入れていない宝石だけに絞って、三日ぐらい頑張ってみるかぁ」


 出来上がった文章を送信し、スマホの画面を消して一息吐く。

 なんの成果も得られなかった申し訳なさが、文面に現れすぎたかもしれないが、とにかく今はあの庁舎での出来事を思い返したくない。


 少し離れた場所では、傘を差した海斗がフィールドモンスターを切り刻んでいる。

 八つ当たりされたモンスター達を少し不憫に思う。


「ち、千春も頑張ります!」


「安心してよ。あの峡谷に関しては僕らは詳しい。ゴーレムさえシカトしたら今の千春でも──ん?」


 ぶるりと震えたスマホの画面に、フレンドメッセージの着信を告げるポップアップが表示されている。


 差出人は、秋也だ。


「誰からですか?」


「秋也さん」


 人のスマホの画面を覗き込むのはあまり行儀が良い行為とは言えないが、ケイオスのメンバーにとって千春は可愛い妹分。今更それを咎めるような間柄では無い。


 手早く『ぼうけんのしょ』のフレンドメッセージ画面を開き、届いたばかりの秋也からのメッセージを読む。


「──んん?」


 そのメッセージを読んだ廉造が頭を傾げる。


「どうしました?」


 千春は更にぐいっとスマホに顔を近づけた。


【廉造!! アジトに近寄れない!!】


 そこに書かれた短い文章に、千春は廉造と顔を見合わせ、同じように無言で首を傾げた。

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