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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
死否谷《シブヤ》

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272/280

訪問①

年末は全く更新できず申し訳ございませんυ´• ﻌ •`υ


実はまだ全然忙しくて泣きそうなんですけど、今日からまたコツコツ更新頑張ります!!


あけましておめでとうございました!!!!!


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「久しぶりね。二人とも、元気そうで良かったわ」


「はい、瑠未さんは……少し痩せましたか?」


 長テーブルを挟んで向かい合う瑠未に、悠理は心配そうな視線を向ける。


「あはは、まぁ……貴女たちに比べたら大した事じゃなかったけど、こっちも色々と変化が激しかったからかしらね。最近ようやく落ち着いて来たのよ」


 困ったように笑う瑠未は悠理と、その隣に座る愛蘭、そして二人の後ろに立つ大河を眺め、最後に視線を逸らして窓から外の景色を見る。


 ここはパークレジデンス池袋──の隣に立つ、簡易式のテント。

 運動会や野外イベントなどで用いられる、質素な作りの天幕。


 その周囲には大勢の人が慌ただしく行き交い、まるで露天市のような賑わいだ。


「……人、増えたね」


 ぼそりと、瑠未と同じ場所を見て大河が呟いた。


「池袋の水が引いたって、周辺の街で言いふらしているNPC達が居るみたいなの。そのせいで外からこの街に来る人が増えて、小さい事から大きな事までトラブルが増えちゃって……でも、人が増えた事は悪いことばかりじゃないわ。貴方たちが居た頃に比べたら食料の確保もしやすくなったし、オーブも貯金できるまでの余裕が出てきてるの」


「……きっとそのNPC達も含めてまるごと、都市解放イベントだったんだろうな」


 大河の言葉に、瑠未は目を閉じて静かに頷いた。


「ええ、なにもかも貴方のお陰……だからもう、私や子供達に申し訳なく思う必要なんて無い──と言っても、大河くんの気は晴れないんでしょうね」


「……ごめん」


「もう謝らないで良いのよ。子供達や他の人達ならともかく、せめて私には……謝らないで良いの」


 瑠未の言葉に大河は薄く微笑んだまま、しかし目を伏せる。


 この手で殺したあの優しい女性の歌声が、今もまだ耳に残っている。


 子供達を見るあの優しい眼差しが、目に焼き付いている。


 その面影を忘れるまで、大河の罪悪感は決して消えないだろう。


 瑠美はそんな大河の内心を知っているからこそ、その弱々しい表情を見て眉を下げて笑う。

 きっとこの心優しい少年は自らで折り合いを付けられるまで、たとえ当事者である瑠未や子供達が許そうとも、自分自身を許さない。許せないのだろう。


「初めましての方もいらっしゃいましたね。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は渡辺瑠未。この池袋で一番大きいクラン、〝太陽の家(サンズハウス)〟のクランマスターです」


 瑠未は愛蘭と、その隣でガチガチに固まっている香奈に優しい視線を向けた。


「あ、えっと初めまして。ウチ──私はクラン〝東京ケイオス〟の佐上愛蘭です」


「わ、私は加藤香奈です」


 愛蘭と香奈は座りながら深々と頭を下げる。


 心なしかその面持ちには、緊張と萎縮が垣間見える。


 大河と悠理から聞いていた事前情報から抱いていた印象と、目の前の瑠未の佇まいが合致しないせいだ。


 二人が語ってくれた渡辺瑠未と言う女性は、穏やかで優しく、物腰が柔らかくて子供達を深く愛する母性の塊のような──総勢二百名を超えるクランを率いるにはどことなく頼りなさげな印象を受けた。


 しかしいざ向かい合って見るとそこに確かに、言葉には形容し難い不思議なカリスマが在る。


 今や池袋最大となった〝太陽の家(サンズハウス)〟というクランの、クランマスターと言う仰々しい役職名に相応しい威厳が、明らかに目に見えて備わっている。


 年齢で言えば愛蘭と二つしか変わらない筈なのに、果たしてこの違いはなんだろうか。


 瑠未の背後には真面目そうな二人の屈強な男性が、姿勢をピシッと正して起立姿勢を取っている。


 その眼光は鋭く主に大河を捉え、下手に動けばすぐにでも斬りつけられそうなほどに張り詰め居ていた。

 

「あ、後ろの二人は気にしないで下さい。大河くんと悠理ちゃんだったら何も心配要らないって言ってるのに、聞いてくれないんだもの」


「マスターは今の池袋で一番重要な人物なんです! たとえ知り合いだろうと、護衛も付けずに会談なんて!!」


「そうですよ! 俺らはマスターの直属の部下として!!」


「分かってます分かってますから! ごめんなさいね? クランが大きくなって、クランマスターなんて分不相応な役職を押しつけられてからこっち、周りの方が私より心配性になってるみたいで……」


 大きなため息を吐きながら、瑠未はがっくりと肩を落とした。


「分不相応なんてそんな! マスターはこの池袋で困窮していた巡礼者(プレイヤー)達の多くを救ってくれた大恩人です! クランマスターは貴女以外あり得ない!!」


「それにサハギン達の襲撃を退けた見事な手腕もあります! 貴女が居なければ今の池袋は立ちゆかない!!」


「あれは私と言うより朱音やけーくんやしーちゃん、剛志くんのお陰だって何度も……ごほん! ケイオスの皆さんの前でするような話じゃ無かったわね。昨日悠理ちゃんが送ってくれたメッセージでは、なにか大事なお話があるとしか書かれていなかったけど、聞かせて貰える?」


 咳払い一つ、姿勢を正して瑠未は悠理をまっすぐに見る。


 なぜか座るのを嫌がった大河の代わりに瑠未と正対している悠理が、苦笑いを浮かべて首を回す。


 その視線の先に居る大河が、一度大きな深呼吸をする。


「えっと、今日はちょっと……込み入った相談っていうか……多分、瑠未さんはとても驚くだろうし、信じて貰えるかどうかも自信が無いんだけど……」


「他の誰でもない、貴方の言葉ですもの。それがたとえどんなに突拍子も無いような事でも、私は決して疑わないわ」


「……っ」


 久しぶりに合わせた瑠未の揺るぎない信頼の瞳に、大河は思わず息を呑んだ。


 これから話す内容は聞き手次第、受け取り方次第では大河が──そして綾が恨まれてしまってもおかしくない話だ。


 だけど瑠未に限って言えばきっと何をどう伝えようと、決して大河の話を疑わず、また大河や綾を責めたりはしないだろう。


 その強く優しい眼差しには、そんな不思議な説得力が篭もっている。


 生唾を飲み込み、逸る心臓の鼓動を押さえつけて、意を決した大河がおずおずと口を開いた。


「──実は」


 静かに、そして言葉を選びながらゆっくりと。

 大河は瑠美に事の顛末を語り始めた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「なっんだそりゃあっ!!」


 耳の奥でキーンと耳鳴りが響くほどの声量が、応接室の窓ガラスを揺らした。


「た、丹波(たんば)さん! 声がでけぇって!!」


「び、びびび、びっくりしたぁ……」


「あ、あわわ」


 海斗と廉造、千春は促されて座ったふかふかの一人用チェアで身を竦ませる。


「おうすまんすまん! それにしても……三年──いや、もう二年無ぇんだっけか。その頃に、この東京中の巡礼者(プレイヤー)が全滅するかも知れないナニカ……災害、で良いのか? それが起こるなんざ……信じられねぇな」


 三人が通された練馬区役所庁舎の一室。

 地上八階にある会議室の大きなテーブルの向かいに座っている、スキンヘッドに強面で筋肉質な中年男性という、どこからどう見てもカタギには見えない男性──丹波(たんば)が唸る。


 ビシッと決めた紫色のスリーピーススーツ。

 ネクタイの色は真っ赤で、内側のワイシャツの襟首には黒地に金色の刺繍がで描かれた唐草模様が施されている。


 一見して奇抜に見えるその装いも、丹波が身に付ければ立派な極道ファッションとして纏まって見えるから不思議だ。


「うーむ……」


 丹波は鼻の下にたっぷりと蓄えた白い髭を右手で擦り、左手は自分のハゲ頭をぴしゃりと叩きながら思案する。


「いや、でもお前がわざわざここに帰ってきてまで伝えようとしていた情報だ。ある程度の根拠があって言ってるんだな?」


 ギロリと睨んだ先には、先ほど秘書を名乗る女性が持ってきたお茶を啜っていた海斗。


「ん、まぁな。詳しく話せば長くなるし、そっちはそっちで信じて貰えるかどうか難しい所なんだが……」


「込み入った話か」


「ああ、かなり」


「……わかった。今はまだ詳しくは聞かん。先にお前らが俺──俺ら『丹波組』に何を求めているかを聞いてからだ」


 姿勢を整え、テーブルに両肘を着き拳を組み合わせて。

 丹波は鋭い眼光で海斗、そして廉造と千春を見る。


「ああ、まずは──」


「兄貴、ストップ」


 年長として、そして顔見知りとして率先して説明をしようとしていた海斗を、廉造が止めた。


「──ん? なんだよ廉造」


「……丹波さん、これもしかして……取引だと思ってる?」


 まっすぐ自分を見据えた廉造の視線に、丹波はニヤリと笑った。


「やっぱお前は賢いな加賀屋。そこのアンポンタンを良く止めた」


「あ?」


 海斗の非難の言葉を聞き流し、チェアから静かに立ち上がった丹波は、背後の窓から外を眺める。


 異変が起こってから一度も止んでいない、紫色の毒の雨が降り続ける街──練馬。


 遠く練馬渓谷や北区の方角は、雨と同じ色の分厚い雲に覆われている。


「この一年でようやくまとまってきたとは言え、まだこの練馬は充分に安全な街とは言えねぇ。飯は慢性的に足りてねぇし、モンスター相手の戦闘を満足にこなせる人手も圧倒的に不足している。そんな場所に来て、一方的に頼み事を聞いて貰おうなんざ、そりゃムシが良すぎるってもんだぜ。飛嶋よぉ」


 不敵な笑みを崩さず、丹波はくるりと振り返って海斗を見た。


「教えてやるよ青二才。それがたとえどんな切羽詰まった状況で、それがたとえどんなに重要で必要な内容でも、情報は武器だ。力で黄金だ。お前らが余所の街でどれだけの修羅場を潜ってきたのかは知らねぇが、俺や俺の練馬(まち)の人間だってここで毎日生き延びる為に戦ってきたんだぜ? お前、ちょっと俺らを舐めすぎてやしないか?」


「おいおい、なんだよその言い方。そんな事言ってる場合じゃねぇから、俺らはわざわざこんな辛気くせえ街まで戻ってきてんだろうが」


 ガタンと、わざとらしく大きな音を立てて。


 海斗はチェアから立ち上がり、最近新調したばかりのジーンズのポケットに両手を突っ込んで丹波を睨む。


「人を動かすにはわかりやすい見返りが必要なんだ。鼻の先にニンジンの一本でもぶら下げてやらねぇで、一体誰が走ってくれる?」


「テメェらの一つしかねぇ命がそのまんま報酬だって話だろうが」


「だからお前は馬鹿なんだクソガキ。5年前に最初に見た時より多少はマシな面構えになったと思ってはいたが、俺の目も耄碌しちまったみてぇだな。お前らみたいに戦える力が無い、もしくはまだ弱い奴らにそんな情報を先に出しちまったら、どうなるかぐらいわかんねぇのか? お粗末でご機嫌な脳みそだなお前。悩みが無さそうで羨ましい限りだぜ」


「あぁ、なんだおっさん。喧嘩売ってんのか? ならんなまどろっこしい言い方しないで、直接──」


「──兄貴! いいから僕に任せてってば! 座れって兄貴!」


 廉造は今にもテーブルを乗り越えて飛び出しかねない海斗のシャツの裾を必死に引っ張る。

 ここ数日、いや中野を出てからの海斗は様々な事に我慢を強いられていて、ストレスが溜まっていたのは廉造も知っていた。


 だが幾ら何でも熱くなりすぎている。

 明らかに変だ。


 そうでなくとも、未だ安否不明な妻の待つ蒲田へと向かう段取りがついていない。

 その事で日々フラストレーションを募らせているのは、誰しもが知っている事だ。


 気心の知れたケイオスのメンバーは今更海斗を怒らせるような真似はしないし、戦闘班の班長として敬意を払っているので問題ないが、ここに来て大人の余裕を取り繕う余裕も無く生来の短気さが浮き彫りになっている。


「おうおう威勢がいいなチンピラ。北関東から出てきた頃のお前のまんまじゃないか。その成長できなかった可哀想な頭でちったぁ考えろ馬鹿野郎」


「──アンタも兄貴を挑発しないでってば!! 兄貴落ち着け!! これは兄貴をキレさせてこっちに不利な状況を作ろうっていう、この人の!!」


「ああ、お前も健気な弟分だよ加賀屋。不出来な兄貴分を持つと苦労するなぁ。どうだ、今からでも遅くねぇ。俺んとこで働く気はねぇか? お前なら相応の身分と報酬を約束するぜ?」


「生憎だけど!! 僕は誰の下にもつく気は無いし! 誰の為に働くかはもう決めてあるんでね!! ほら兄貴!! 落ち着いて!!」


 最早言葉も発さずただ鋭い目つきで丹波を見つめる海斗は、爆発寸前だ。


「兄貴ダメだって!! こんな安い挑発に乗るような人じゃないだろアンタは!!」


「くっくっく、テメェの機嫌もテメェで面倒見切れないようじゃ、この先も知れてるな飛嶋」


「アンタはさぁ!!」


 パキパキと右手の指を鳴らし、廉造にも聞こえないほど小さな声で剣を顕現させる詠唱を唱えた海斗の腰に、ハヤテマルが現れる。


「兄貴ダメだ! 兄貴!!」


 一触即発。


 薄ら笑いを浮かべる丹波の頭上から、天井に仕込まれていた隠し扉を通じて数人の男性が会議室に降り立つ。

 

 その手には皆、二刀一対の小刀──海斗や廉造は実物を見たことが無いので気づけなかったが、間違いなくその剣はかつて池袋で圭太郎が愛用していた『暗殺双剣(デュアルダガー) 快刀・乱麻』。


 息を潜める事で装備者の気配を極限まで薄くするアビリティを持った、隠密向けの『咎人の剣』だった。


「本当に馬鹿だなぁクソガキ。んな大事な情報を、たった三人だけでなんの警戒もせずにこんな怪しい場所まで持って来ちまうなんてよぉ。俺らとしてはここで事を荒立てたって良いんだぜ? 貴重で有益で有用な情報が、タダで手に入っちまうからなぁ」


「上等だよ。ここでアンタの自慢の部下を全員粉々に切り刻んで、二度とその舐めた口聞けなくしてやる」


「ダメだ兄貴!! 大河はそんな事望んじゃいないってば!!」


 海斗の腰に縋り付いてその身を押さえる廉造。

 剣呑とした目つきの海斗は、その廉造の腕さえも振りほどこうとした瞬間。


「や、やめてくださーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」


 今までチェアで丸まって怯えていた千春が、あらん限りの声を振り絞って叫んだ。


「喧嘩してる場合じゃないんです!! 手遅れになったらみんな死んじゃうんです!! 千春よりずっと長生きしている海斗さんやオジサンが!! なんでそんな事もわからないんですか!!」


 幼い甲高い声の、その叫びにようやく。


 海斗と丹波がお互いから視線を逸らし、千春の真っ赤な顔を見た。

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