命
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「建栄さん、そっちはどんな感じだった?」
「ダメだな。かなり警戒されとる。また自分らを変な事に巻き込まんでくれと顔に出とった。どうにも話を切り出せる雰囲気じゃなかったぞ」
「こっちもっす。ようやくここでの生活に慣れてきたのに、今更なんの用だってはっきり言われちゃいました」
久我山駅前の小さな聖碑の前で、建栄とリミ、そして秋也らが顔を付き合わせて苦い顔をしている。
「他に連絡の取れる元中野住民の巡礼者は居るか?」
「連絡は取れるっちゃ取れるんだけど、俺らが行った事の無い街に移り住んでたり、まだ移動中だったりで定住してない奴らばっかっすよ」
「リーダーや海斗さんが触れてない聖碑なら、アタシらじゃ跳べないしねぇ」
「わかっちゃいたけど、アイツら薄情だよな。中野じゃあんだけ俺らの世話になってたのにさ」
「落ち着けって。愚痴りたい気持ちも分かるけど、リーダーが言ってただろ? 信用できる奴らじゃないと、邪魔される可能性が高いって」
「俺らはリーダーやリーダーの友達が悪くないって理解できてるけど……他の奴らからしたらこの東京をこんな状態にした元凶でしかないからな。よほど信頼できそうなクランにしか、情報を渡せないだろ。逆恨みされちまう」
「廉造も、俺らの方は正直あんまり期待できないって出発前に言ってたからな」
「前に通った時と違うルートで吉祥寺まで帰るか? もしかしたら巡礼者のコミュニティを見つけられるかも知れないし」
「チュンチュ達が居ないんだぞ。帰るまでに何日かかるんだよ」
「千春をこっちに呼んで、モンスターのテイムを──」
「あっちはあっちで大変そうだから、あんまり千春ちゃんに負担をかけたくないんだよなぁ」
「私が今からでもテイマーのジョブを頑張ってみたりとか?」
「あれ、ジョブに就いただけの状態と熟練度を満たした状態じゃ、テイムの成功率が全然違うらしいぞ?」
「時間がもったいないかぁ」
成人男性と同じ高さの聖碑を囲んで、わちゃわちゃと。
廉造によって編成された派遣メンバーらがあーでもないこーでもないと議論を交わす。
「ワシらが頑張れるのは、ここまでみたいだな」
フンと大きな鼻息一つ。
建栄はその太い腕をがっしりと組んで、メンバーらの顔を見回した。
「不甲斐ないけど、そうみたいっすね……」
「んじゃ、吉祥寺に戻って廉造の指示でも待ちますかねぇ。みんな、廉造が帰ってくるまでにプールの掃除を終わらせちゃいましょ。子供達を遊ばせてあげたいし」
周りのメンバーはリミの言葉に思い思いの返事を返し、帰り支度を始める。
支度と言っても、暑くて脱いでた上着を着込んだり、編成されたパーティーに従って四人で集まったり程度だ。
「テイムモンスターが聖碑で跳べれば、もっと行ける場所もあったんだろうがなぁ」
聖碑に近寄れずに周りをうろうろしているモンスター達を見ながら、建栄はぼそっと呟いた。
「テイマーから派生する中級職のジョブに、離れた場所からテイムモンスターを召喚できるジョブがあるらしいっすよ。海斗さんが千春を連れて行ったの、そのジョブを合成できるアイテムを探す為でもあるらしいし」
秋也がずれそうな眼鏡を直しながら、スマホを操作しつつ建栄の呟きに応える。
「それは便利だな。図書館の本か?」
「廉造がね。中野の時に見つけたらしいっす。記述だけで名称は分からないし、必要なアイテムもぼんやりとしか書かれてなかったってぼやいてました」
「どんなもんだ?」
「レアな宝石らしいっす。練馬近くの渓谷で宝石のドロップができるみたいなんで、ついでに探してみるそうですよ……っと、こっち準備できました。いつでも吉祥寺に帰れますよ」
「こっちも大丈夫だ」
「私たちも」
秋也の言葉に、皆が頷く。
「ワシらはワシらのできる事を頑張るしかないなぁ」
「建栄さんは、帰ったら郁さんのケアもしないとね? 最近調子悪そうにしてたから、ちょっと心配なんだ」
「……う、うむ」
年下であるリミが気づけた郁──恋人の体調に自分が気づけなかった事が、あまりにも情けない。
建栄はバツが悪そうに頬をぽりぽりと掻いた。
「んじゃ、跳びまーす」
秋也の合図と共に、一向を眩い光が包み込んだ。
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「ふぅ……」
吉祥寺北町小学校、5年2組。
現在はクラン〝東京ケイオス〟の女性メンバーの寝室として利用しているそこに、沢山のベッドが並んでいる。
郁はその中の、自分に割り当てられたベッドで天井を見上げる形で横になっていた。
「郁さん、飲み物持ってきたけど……本当に白湯で良かったの?」
教室の扉をそっと開き入室した瞳が、手に持つトレーを揺らさないように慎重に歩き、郁のベッドの脇に置かれたローチェストの上に湯気が出るほど熱々な湯飲みをそっと置く。
「あ、ごめんね瞳ちゃん。うん、今なんか味のする物を口にできる気がしなくて……吐いてしまいそうなの」
「体調、どんどん悪化してるね……出発前に悠理ちゃんに【治癒】と【解毒】を掛けて貰ったんでしょう?」
「ええ……念の為にね? 身体能力欄にデバフ表示は出てなかったら、意味は無さそうだったんだけど」
辛そうに上半身を起こしながら、郁はなんとか表情を作って瞳に笑いかけた。
「なんだろう……私たちの知らない病気なのかなぁ。この世界特有の」
「でも、ここ最近はモンスターの攻撃を全然受けてなかったから、心当たりが──」
郁の言葉を遮るように、瞳が閉めたばかりの扉がガラガラと音を立てて開いた。
「郁」
「──いくみちゃん? 美守ちゃんまで連れて、どうしたの?」
入ってきたのは、ケイオスの最年少である美守の手を引くいくみだった。
普段から表情が薄めのいくみにしては珍しく、どこか嬉しそうに笑いながら美守と一緒にとことこと郁と瞳の側まで歩いてくる。
「ついさっき、感じ取れたんだ……嬉しいね? 新しい小さな小さな子が、ここで産まれてくるのを待ってる……」
ぺたりと、無遠慮に。
いくみは郁の腹部を触り、優しく撫でる。
「みぃちゃん、ここにね? 赤ちゃんが居るんだよ? ケイオスの──みぃちゃんの妹か弟、ほら触ってみて?」
「──え?」
「……あ、赤ちゃん!?」
いくみの言葉に、郁は目を見開き、瞳は驚愕する。
「か、かかか、郁さん!?」
「え、いや、だって──あ、でも確かに……最近アレが遅れてるなぁとは……思ってたけど……」
「た、体調が悪いのって、ももも、もしかして悪阻!? と、ととと、とりあえず身体を暖めないと!! あ、暖めるので良いんだっけ!?」
あわあわと狼狽えながら、瞳は必死に周りのベッドから布団をかき集め始めた。
そんな瞳を尻目に、郁は自分の下腹部を右手でさらりと撫でる。
「えーえ、あかちゃ、いる?」
いくみの手を握りながら、美守は郁を見上げて小首を傾げた。
ちなみに『えーえ』とは、まだ言葉が辿々しい美守が年上の女性、つまり『ねーね』を呼ぶ際に使う言葉だ。
「……うん、そうみたい。触ってみる?」
まだ実感もへったくれも無いが、いくみが言うのであれば間違いないだろう。
なにせいくみはこの学校と完全に同期している生体管理核。
この学校はいくみの体内と言っても過言では無く、敷地内に居る限りどこに隠れようと個人の存在を特定できる。
特に大好きな子供達の存在は常に認識できるらしく、たとえば間違って学校の敷地から出てしまったりすると、大慌てで大人を呼びに来るくらいだ。
「さわう」
「はい、じゃあお手々貸して? 優しく触ってね?」
「うん」
素直さが愛らしい美守は、特に年長の女性──自分の母親である有美や郁にかなり甘えてくる。
言いつけもちゃんと聞くし、滅多にわがままも言わない。
ケイオスの大人メンバーは、もう少し美守にわがままを言って貰いたいと内心思ってたりするが、子供と言うのは大人達の想像以上に敏感で賢い。
日々を慌ただしく大変そうにしている大人達を、美守なりに気遣っているのだろう。
「あかちゃ、ここ?」
郁に手を引かれ、美守は郁のお腹をそぉっと触れた。
「うん、美守ちゃんもちょっと前までは、ママのお腹に居たのよ? 覚えてる?」
「うん、まっくら」
郁と目を合わすことなく、そのお腹に夢中な美守が気もそぞろに頷き答えた。
「ち、小さい子ってお母さんのお腹に居た頃の記憶を持ってるって聞いた事あるけど、本当なんだ……」
たくさんの布団と枕を抱えた瞳が、美守の言葉に目を丸くしている。
「ふふっ」
郁はそんな瞳と美守、そしていくみを見ながら、おかしそうに優しく笑った。
さっきまでの最悪な気分が、一気に吹き飛んだ。
未だ体調は最悪で、水以外の物を口にした瞬間に吐きそうになるほど辛い。
辛いが、しかし。
これが新しい命を授かった代償となれば、幾らでも耐えられる。
中野で悪党どもに、良いように弄ばれたこの身体。
手ひどい扱いを受けた事もある。
それでも、愛する男の子をこの腹で育てる事ができた喜びを味わえた。
果たしてそれは、どんなに幸福な事なのだろうか。
「あの人が帰ってきたら……伝えなきゃ」
遠い地へと、言わば出張している建栄の顔を思い出しながら、郁は美守といくみの頭を撫でる。
その目尻に、世界で一番綺麗な涙が一粒。
頬を伝って落ちたその粒が、真っ白なベッドシートを滲ませた。




