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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
死否谷《シブヤ》

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攻略開始②

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「大河、本当に大丈夫……?」


 吉祥寺駅に設置されている聖碑の前、神妙な面持ちの大河を気遣う悠理が、その右手をそっと両手で掴んだ。


「ああ……大丈夫。行くしか無いんだ。今更ビビっても仕方ない」


 無理矢理作った痛々しいその笑顔に、悠理の心臓がきゅっと痛んだ。


「大河が無理に行かなくても、私一人だけでも愛蘭さんと香奈さんを案内できるよ?」


「いや、幾ら前より安全になったからって、やっぱり女の人だけで池袋に行かせる訳にはいかないだろ? 何があるか分かんないんだし。池袋と一番縁があるのは俺とお前の二人だけだ。じゃあ、やっぱり俺が行かないと」


 大河はそう言ってちらりと後ろを見る。


 そこには若干緊張気味の愛蘭と香奈が立っていた。


「一回のファストトラベルで跳べるのは1パーティの四人まで。拠点(がっこう)を守る面子を確保しつつも短時間でできるだけメンバーが効率的に、可能な限り分散して行動できるように廉造がせっかく考えてくれたんだ。じゃあ、俺も頑張らなきゃな」


 大河の作り笑いに、悠理だけでなく愛蘭や香奈も困ったような笑みを返した。


 分かりやすく、無理をしている。


 女神アウロアの襲来からもう三日目。

 ケイオスに──いや、廃都に残されている時間はそう多くない。

 

 なので大河の口から説明を受けた翌日に、廉造を中心とした頭の回転が速そうなメンバーで一日かけてタイムスケジュールとパーティー編成を組み、ケイオスはすぐに行動を始めていた。


 拠点や子供達、そして非戦闘メンバーを守る人員を残しつつもできるだけ多方面に、そして迅速に行動できるように。


 大河をリーダーとしたこのパーティーの役割は池袋、そして新宿の信用が置けるクランへの訪問。


 つまり、旧『パークレジデンス池袋(仮)自治組合』──現『太陽の家(サンズハウス)』のクランリーダーである瑠未と、『東新宿共同生活会』のクラン長である島。


 この二人に事情を説明し、クラン単位での助力を要請する事だ。


 他のパーティ、例えば海斗と廉造と千春のパーティーは練馬に居た頃の知り合いを訪ねながら、そのまま徒歩で吉祥寺まで戻る予定。


 建栄とリミ、秋也や他の戦闘班で組まれたパーティーは、元中野の住民で中野から脱出した後もメッセージなどで交流可能だった巡礼者(プレイヤー)を訪ねて回る予定だ。


「その様子だとアンタ、池袋でもそうとう無茶して来たみたいね」


 大河のぎこちない笑顔に心配しつつ、愛蘭は呆れたようにため息を漏らす。


「愛蘭さんってば、言い方……」


 香奈の気まずそうな声に、大河は思わず苦笑した。


「まぁ……無茶した覚えもあるし……気まずさとか、心苦しさの方が強いかなぁ……」


 一体どんな顔をして、瑠未やパークレジデンスの子供達に会えば良いのか。

 朱音と共に池袋を飛び出した圭太郎や椎奈が不在だったのがせめてもの救い。

 ただそれでも、大河は池袋と言う街その物に負い目を感じている。


 あの街が未だ健在という事は、大河が陽子の命を奪った証なのだから。


「たくっ、じゃあその渡辺さんって人との話し合いは主にウチと悠理でするから、アンタは上手いこと隠れてなさいな」


 口では悪態を吐きつつも、結局愛蘭は大河が心配なのだろう。


 共にケイオスを取りまとめてきたリーダーとサブリーダーとして、大河と愛蘭にはある種の特別な信頼関係がすでに出来上がっている。


 だから大河はその言葉の裏に隠された愛蘭の本音など、誰に言われるまでも無く理解している。


 そこに信頼以外の感情は込められていないので、悠理も特に嫉妬などはしない。


 その段階は中野に居た頃にすでに通り過ぎているのだ。


「んじゃ、ちゃっちゃと行ってパパッと終わらせましょう」


「そうだね。予定だと長くても二日くらいで戻ってくる事になってるんでしょう?」


 香奈の言葉に悠理が頷いた。


 各パーティの戦力バランスを均等にする為に、前衛(アタッカー)を大河、補助(サポート)を香奈、回復役(ヒーラー)として悠理。

 この三人が有事の際の戦闘を担う。


 愛蘭はまだレベルを10に上げたばかり。

 それも戦闘経験を積まずに無理矢理上げただけなので、まだ初期職のジョブオーブすら一つもマスターしていない。


 どんなに贔屓目に見ても戦力として計算には入れられない。


 それでも大河が一人居れば、シティフィールドでエンカウントするモンスター程度ならなんの問題も無く対処できる筈だ。


「──ふぅううっ。よし、じゃあ三人とも、準備は良いか?」


「うん、大丈夫」


「いつでも」


「ゆゆゆ、悠理、今まで隠してたけど、私と愛蘭さんは聖碑で跳ぶの初めてだから、ごめんちょっと手を握ってて」


 香奈の情けない告白に、思わず自然な笑い声が上がった。


「ちょっと香奈、ウチはなんも怖がってないってば」


「う、ううう、嘘だ! 愛蘭さんだって実はちょっと不安だから、昨日海斗さんや廉造に『ファストトラベルってどんな感じ? 酔う? ウチ、ジェットコースターとか苦手なんだよね……』って──あだっ!」


「うるさいな!」


 一瞬で耳まで真っ赤に染まった愛蘭が、香奈の頭を拳骨で軽く小突いた。


「は、恥ずかしいからって殴ることないじゃない!」


「二人とも大丈夫だよ。私たちは慣れてるから『跳ぶ』って行っちゃってるけど、実際は移動した感覚も無いぐらい一瞬で目的地に着くから」


「ほ、本当? あ、でもやっぱりちょっと怖いからウチも手を……」


「ほら! 怖がってたじゃん! 愛蘭さんの見栄っ張り!」


「ほらほら、香奈さんも手を握っててあげるから落ち着いて」


 そういえば女性三人に男一人という構成だった事に今更気づき、その(かしま)しさに苦笑しながら、大河は慣れた手つきでスマホを操作する。


「あ、大河ちょっと待っ──」


「ちょ、おま、いきな──」


「大河! アンタ──」


 意地の悪い笑みを浮かべる大河の意図に気づくのが遅く、なんの心構えも無く一行を青白い光が包んだ。


 そうして四人は、吉祥寺から池袋という長い距離を一瞬で移動したのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「相変わらず、辛気くさい街だなぁおい……」


 巨大な聖碑を背中側に、海斗は練馬駅を眺めながら顔を(しか)めた。


「この毒の雨……改めて考えてみると都市解放イベントなんだろうねきっと」


 大きめの黒い傘をバサッと音を立てて拡げ、廉造は目の前の階段を一歩降りる。


「つまりここでなんらかのイベントをクリアしたら、この雨が晴れるって事か?」


 同じように大きな黒い傘を拡げて、海斗は廉造の後に続いた。


「え、きょ、今日はそのイベントもクリアしちゃうんですか……?」


 黄色いおしゃれなレインコートに身を包んだ千春が、キョロキョロと周囲を見渡しながら情けない声を上げた。


 今三人が歩くここは、『練馬文化センター』。

 コンサートホールや集会所、ギャラリーなどが収まった、主に音楽イベント等に用いられる区の運営する施設だ。


 練馬駅に隣接した少し大きな自然公園に併設されており、少し歩いて駅の反対側へ

赴けば飲食店などが立ち並ぶ歓楽街がある駅前へと辿り着く。


「心配すんな。今日は知り合いと顔合わせするだけだ。もし本気でイベントを攻略しようとすんなら大河──いや、少なくとも建栄さんくらいは居ないと心許ない」


 海斗は二人と歩幅を合わせようと足早に歩く千春の背中を軽く叩く。

 

「そ、そうですか……良かったぁ。ところで、廉造くんはなんでそんな暗い顔しているんですか?」


 ほっと胸を撫で下ろした千春が、隣を歩く廉造の顔を見上げた。


「うーん、兄貴はあの人の事を信用してるみたいだけどさぁ……僕はあんまり良いイメージ持ってないんだよねぇ」

 

 降り止まない薄紫の雨を仰ぎ見ながら、廉造は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。


「俺だって言うほどあの人の事を信じてるわけじゃねーよ。ただ、俺もお前も異変が起きた当初はあの人のお陰でこの街で食いつなげたんだ。少なくとも、避難民を纏めあげる手腕は確かな筈だ」


 ぬかるむ芝生に足を取られて歩きづらそうにする千春の為に、海斗は歩幅を狭くしながら応える。


「西東京、特に練馬から埼玉寄りの水道関係に顔が効く人だからな。多少顔見知りではあったけど、俺だってあの人の事を詳しく知っている訳じゃ無い。俺の働いてた会社の上司や先輩の何人かは、あの人の世話になってたらしくてよ。下っ端の俺の顔まで覚えていたんだから、経営者としてはかなり優秀だったらしいぜ?」


「海斗さんの働いてた会社って、水道工事のお仕事でしたっけ?」


 千春の言葉に、海斗が頷く。


「おお、会社自体は大田区にあるんだけどな。たまーに千葉とか神奈川とか、中野とか池袋とかここらの遠い場所でも現場があって、あの人とはそこで知り合ったんだ。まぁ、俺もまだ勤めて四年目のペーペーだったから、さすがに名前までは覚えて貰ってなかったがな。特に俺は、飲みに誘われてもずっと断ってたから」


「意外です。なんか海斗さん、お酒好きそうなイメージなのに。前に中野の駅前で酔い潰れてたし」


「いや、まぁ嫌いではない──つか、酒は飲む方なんだが……良く知らんお偉いさんと飲むくらいだったら、嫁の顔見て飲んでた方が断然気分が良いし……」


 自分の言葉に照れたのか、海斗は千春から顔を逸らしてあさっての方を向いた。


「まぁ、新婚だからって言えば大抵の用事は断れるもんね」


「ガキが何を知った風に……」


「有名なタレントさんや役者さんでも、結婚報道が出てしばらくは食事とか断りやすいって良く聞くし。僕はそういうスキャンダルは御法度だったから事務所とマネージャーが断ってくれてたけど、同じグループの成人してる人はいつも誘われてて断りづらそうにしててさ。そういう愚痴かなり聞いてたんだよね」


「……人生経験ってだけ見れば、お前の方が俺より豊富かも知れねぇな」


 生意気そうにこまっしゃくれたこの弟分が、幼少期よりテレビで引っ張りだこだった国民的知名度を誇るアイドルだった事を思い出し、海斗は少し複雑な心境になった。


「とりあえず、まずは練馬区役所に行かないと。メッセの返事は返ってきたんでしょ?」


「ああ、なんかやたらと長文なヤツがな。めんどいから全部読んでねぇけど、今から行くとは伝えてある」


「えぇ……なんて失礼な奴なんだこの人は……到着する前に読んどいてよねソレ。千春、この毒の雨自体はかなり弱いから、僕らや千春のレベルなら平気だとは思うけど、あんまり肌に当てないようにしなよ?」


「はい! リーダーが買ってくれたこのレインコート、【防水(中)】って言う装備効果があるんです! 毒の雨もほとんど弾き飛ばしてくれてますよ!!」


 千春はそう言って、レインコートの袖をつまみながら両手を拡げた。


 足下までをすっぽり覆う、少し大きめの黄色いレインコート。

 確かにそこら辺の水溜まりの様な紫色に染まる事無く、その目に鮮やかな黄色を保っている事からも、その防水効果の強さが窺える。


「俺らの傘より効果が高いじゃねぇか。大河(アイツ)、贔屓しやがったな?」


「兄貴と千春のレベル差から考えたら当然だろ? まぁ、僕はどうなるんだって話になるけど……」


 そう言いつつも、二人は大河が千春の事を過剰に心配している事を知っている。

 こうやって軽口を叩きながら歩けるのも、ここに居ない大河を含めてケイオスの誰も彼もを信頼している証だった。


 練馬に降り続ける毒の雨は、街全体を薄暗く染め上げたままだ。

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