創世の女神⑤
「……修正って、なんだよ」
悠理の身体をできるだけ庇いながら、大河は〝ソレ〟をキツく睨む。
白烏とのレベル差はもうすでに理解している。
ここで戦闘を始めてしまえば、自分だけではなく、悠理も、そしてケイオスのメンバーや子供達もただでは済まない。
だけど目の前の親友の仇に対して、怯んだ姿だけは見せたくなかった。
「キミの廃都攻略の難易度を、少しだけ調整したんだ。スタート時点からこの世界に対して予備知識を有しているキミの|生存確率を、他の巡礼者達の生存と同じレベルにまで下げないと幾らなんでも不公平が過ぎる。チュートリアル時点ではまだこの世界の正体に気づいていなかった様だけど、聖碑に書かれている文章を読めばいずれ絶対に気づく。だから『僕ら』は『僕ら』の主義──鑑賞者に徹するというスタンスに反してまで、ようするにキミに対するテコ入れを行ったのさ」
「テコ入れ……?」
白烏の頭部に立つ、偉そうに腕を組む〝ソレ〟は、訝しむ大河に対してなぜか勝ち誇ったような表情を見せる。
「疑問に思わなかったのかい? この吉祥寺に至るまでに、キミに関するとても不思議な事が数回あった筈だよ? 偶然と呼ぶにはあまりにもできすぎている、キミにとって都合の悪い事がさ」
「……なん、だ?」
思わず、隣に立つ悠理と顔を見合わせる。
悠理はふるふると顔を横に振り、困った様に眉を顰めた。
再び〝ソレ〟の顔を見る。
ニヤけた口元が、より厭らしく歪んだ。
「まずは──新宿、あの無限回廊だ。キミらは本来出口となるべき場所から回廊へと侵入し、ヒントを見つけられずずっと彷徨い続けていたね?」
今はもう一年と少し前、忘れたくても忘れられない、大河と悠理のトラウマとも言うべき場所。
あの時の狂いそうになるほどの閉塞感を思い出し、悠理は思わず口元を右手で覆った。
「あのダンジョンは、定められた順番で回廊の曲がり角を十数回曲がらなければ、目的の場所に辿り着けない──という、極めてシンプル、かつ難易度の高いダンジョンだ。その分出現するモンスターのレベルはそれほど高くないが、途中にある地下庭園──新宿大聖堂の地下部分の聖碑までキミらが辿り着くのに、二週間と少しの時間が必要だった」
大河は必死に思い返す。
確かにあの時、途中から曲がった順番や方向をメモするようになったが、その法則性が見つけられず、ひたすらに迷い続けていた。
あの『強靱な蜘蛛糸』という脱出用アイテムの存在に気づくまで、文字通り攻略の糸口はさっぱり見えなかったのだ。
「ふふふ……やっぱり、毛ほども違和感を感じていなかったみたいだね。確率で考えれば天文学的数字になるって言うのにさ」
「なっ、なんだってんだよ! もったいぶってないで、さっさと──」
「──あの場所で、キミらが死にかけた嘉手納未羽や斉藤真司に出会うなんて、そんな奇跡的なタイミング。あるわけないだろう?」
「──は?」
フラッシュバックする記憶。
血塗れで地面に伏す、大河を助けてくれた二人の姿。
一人は強気な女性だった。
チュートリアルの時、大河の呼びかけに応えてくれた中でも、皆を鼓舞してくれて、そして悠理や大河に対して優しく接してくれた女性だった。
もう一人は、見た目で言えば決して大河と混じる事なんか無さそうな、ホスト風の出で立ちの男性だった。
同じくチュートリアルの時、ゴールデンスパイダーとの戦いに真っ先に助力してくれた二人組の内の、一人だった。
「どんな偶然さ! 彼らだってキミらと同じ条件であの回廊を彷徨ってたんだよ!? それがちょうど! キミらが大聖堂に辿り付いたと同時に! あそこで出会う!? あるわけないだろう! そんな奇跡!」
「な、え、あ……」
考えてみれば、そうだ。
大河と悠理はあの無限回廊を、なんの確証も無くデタラメに歩き回っていたに過ぎない。
それはきっと、先に回廊に侵入し大河達よりも歩き回ったであろう未羽達も同様だ。
本来見ておくべきヒントは、新宿駅東口の──アルタ前広場にしか無かったのだから。
「まず『僕ら』が最初にしたのは、笠間源二の精神を壊すことさ!!」
愉快そうに大きく口を歪ませた〝ソレ〟が、両手を拡げて嗤う。
その名前もまた、忘れられない。
名字こそ始めて聞いたが、源二と言う名前は大河の脳裏に強くこびり付いている。
なぜなら、大河がその手で始めて殺した相手の名前だから。
「回廊を彷徨い疲弊した笠間源二に、こう囁くんだ! 『もしかしたら、このダンジョンを出られるのは、たった一人だけかも知れないね?』ってさ!! 寝ている時や、意識が朦朧としている時にね!? 何度も何度も執拗に、彼の精神にその呟きが浸透するまで! 徹底的に!!」
両手を拡げたまま、〝ソレ〟はくるりとその場でターンする。
「夢に語りかける『僕ら』という存在を認知できない彼は! やがてその考えを天啓か何かだと錯覚する! 自分で導き出した答えだと! 他の巡礼者を出し抜かなければ! 自分は生きてこの回廊から抜け出せないと!!」
「あ、あぁ、あぁぁぁ」
大河の口から、意味の成さない音が漏れ出る。
その腕を抱きながら悠理はその時の光景を幻視していた。
母への謝罪を呟きながら、悔し涙で歪んだ顔のまま息を引き取った未羽を。
そして親友の身体を剣で貫きながら、笑って死んでったあの男の顔を。
「後は簡単だよねぇ! あの一団の中からキミらと縁が深そうな人物を選び、ソレ以外を笠間源二に殺させながら! その逃げるルートをダンジョン管理を司るシステム天使に命じて操作する!! キミらと丁度同じタイミングか、少し前に到着するようにね!! キミらのルートもちょっと操作したかな!? まぁ、概ねそんな感じで、キミらはあの場所で彼女らと出会い! あの狂人と対峙した!!」
「あぁぁぁぁ、うあ、うあぁあああああっ」
「あわよくばキミらを殺してくれないかなって期待したんだけど、新條綾の精神を取り込んで居ても、やはり『僕ら』にキミら人間の非効率な感情は理解できていなかったよ!! まさかあそこで! 斉藤真司が自分の生存確率を無視してまで友人を殺すなんてさ!!」
「お、ああ、お、おまえええええっ」
わなわなと嘶く身体。
震える声。
つまりあの時、あの場所で。
未羽と真司、そして源二は。
大河を殺すために、狂わされた事になる。
利用され、使い潰された事になる。
「池袋ではさ!! ノーム達のテイムモンスター、あのイッカクジュゴンの行動AIを操作して!! キミらをあのパークレジデンスへと誘導した!! キミはすぐに池袋から逃げ出したから知らないだろうけどさ!! ノーム達の湖畔の小屋から一番近いコミュニティは他にもたくさんあったんだよ!! でもあそこなら!! 子供達しか居ないあそこなら!! キミはきっと水野陽子を殺すことに躊躇するだろうと思ったんだ!! 苦しんでくれると思ったんだ!!」
「うぅううう、ぐぅううううううううっ」
口から漏れるうめき声が、止まってくれない。
目の前で〝ソレ〟が口を開く度に、限界まで高まっていたと思っていた憎しみの炎が更に更に燃え上がっていく。
「中野は池袋の保険だった!! 地雷天使レナの余計なアドバイスを聞いたキミなら、きっと池袋を通り中野を経由してここに辿りつくだろうと想定して!! 合馬尊仁──キミらが祐仁と言う名で良く知る僕のお気に入りの人間を、テストプレイの時よりももっと強化しておこうと思ったんだ!!」
ざわつく。
大河だけでなく、海斗も、廉造も、建栄も愛蘭も香奈も、そして子供達も。
中野を知るケイオスのメンバーらは、その初めて聞く名前が自分らが良く知る人物だと言う事実に、ざわつく。
「悲劇が人を強くするのは、テストプレイの時に学んだことさ!! だから合馬尊仁に相応しい悲劇を作り上げ、そしてもっとも面白そうな『剣』の成長フラグを与えた!! 合馬尊仁が取り仕切るクラン内部に不信感を拡げ、愚かな中年女を夢で誑かせて!! そして少しばかり欲望と凶暴性を増加させた敵対クランを仕立てあげれば!!」
まるで自分の手柄だと言わんばかりのその声は、更に更に弾んでいく。
「キミの宿敵に相応しい──テストプレイの時よりも更に強く、そして歪んだ最強の【征服者】の誕生さ!!」
「──このっ、クソ野郎がぁあああああああああああっ!!」
「大河ぁああっ!!」
飛びかかろうとする大河の身体を無理矢理押さえつけたのは、海斗だった。
勢いよく振りほどかれた悠理は、涙を流しながら口元を押さえ地面にへたり込む。
廉造は目を見開き、動けない。
建栄も、愛蘭も、他の誰も。
大河と海斗以外の誰もが、明かされた事実に心が追いついていない。
「海斗さんっ!! 離せ!! 離してくれっ!!!」
「ダメだ!! 今のお前じゃ!! 今の俺らじゃコイツに勝てない!! 頼むから落ち着いてくれ!! お前だけが!! お前だけが希望なんだ!!」
「コイツはっ!! コイツはみんなを弄んだ!! 俺だけじゃないんだ!! 今まで死んだ人達だって全部コイツのせいだ!! 未羽さんも真司さんも陽子さんも!! 許しちゃいけないんだ!! うぁああああああああああっ!!」
「わかってる!! 俺だってお前と同じ気持ちだ!! このクソ野郎はいつか絶対に俺らの手で殺すべきだ!! だから今お前が死んだらダメなんだよ!! わかってくれ頼む!!」
大河と同じレベル30台の海斗の持てる全ての力を振り絞り、その暴れる身体を押さえつける。
理解が追いついていないとは言え、今〝ソレ〟が述べた言葉は海斗ですら到底許せる言葉じゃない。
当然の事ながら頭に来ている。
憤慨している。
だがしかし、この場で一番レベルが高い大河の攻撃がまったく通用しない相手が、二体居る。
今〝ソレ〟と白烏を刺激し、大河を失う事だけはあってはならない。
それ以前に、兄貴分として、勝てない戦いに弟分を向かわせるわけにはいかなかった。
「アイツの!! 綾の夢を!! 心を!! 身体を!! お前は全て踏みにじった!! 殺してやる!! 絶対に!! 俺がぁああああっ!!」
「おやおや!! 踏みにじる!! おかしな事を言うな常磐大河!! ソレは『僕ら』だけじゃないだろう!? 新條綾の精神の半分を取り込んだ『僕ら』はキミよりも新條綾の事を知っている!!」
「何を言ってやがる!! お前にアイツの!! 何がわかるって言うんだ!!」
海斗に羽交い締めにされながらもがく大河が、声を張り上げる。
そんな大河を見下ろして、〝ソレ〟は自らの身体に纏う白い布──法衣の襟元をぐっと掴んだ。
そこに留め金があったのだろう。
軽くパチンと音が鳴り、法衣ははらりとはだけていく。
「──わかるさ!! 『僕ら』が新條綾を見つけるずっと前から!! その精神を踏みにじっていたのは、間違いなくキミなんだよ常磐大河!! この身体を見たまえ!!」
法衣の下は、何も身につけていなかった。
肌着も下着も無く、肌を全て曝け出して〝ソレ〟は白烏の頭上で両手を拡げる。
「キミが見て見ぬフリをし続けてきた! 新條綾の精神の本当の姿がコレさ!! 知っていたんだろう!! 親友と思っていた相手から向けられる視線に!! 友愛や親愛では無く!! 性愛の歪んだ感情が含まれていた事を!! キミは幼い頃から気づいていたはずさ!!」
膨らんだ胸に、しなやかなで瑞々しい肌。
丸みを帯びた腰。
そこに男性を象徴する性器は存在しない。
今目の前に立つ、新條綾の姿を模した〝ソレ〟は──まさしく、女性の身体を持っていた。
「男性の身体に女性の思考を持ち!! 親友を親友では無く性の対象として見続け!! そしてそれが許されざると己を罰し偽り続け!! 更には一つの世界を想像し創造できるほどの発想力!! 愛くるしい見た目のその胸に秘めた悍ましいほどの他者への憎しみとキミへの依存心!! それこそが『僕ら』が新條綾を見つける事が出来るほど強い歪み!! ソレを育んだのは環境!! そしてキミなんだよ常磐大河!!!」
どこかで誰かが、大声で泣いている。
きっと、秘していた内面を期せずして曝け出された、本来の新條綾が──その魂が、泣いている。




