創世の女神④
「えー? 良いんですかぁ? ネタバレはお嫌いなんでしょう? 少しでもこの世界を楽しむ為に、あえてストーリーの先を知らないまま観察者の立場を貫いていたんじゃ無いんですかぁ?」
地雷天使レナは〝ソレ〟に対して明らかな侮蔑と嫌みを込めて言葉を返した。
おどけた態度の裏に、隠しきれない嫌悪が見え隠れしている。
「ふぅーっ! ふぅううっ!!」
昂ぶった怒りの感情を堪えきれず、荒い息を吐きながら立ち上がった大河は、レナと〝ソレ〟の表情を交互に見やる。
「大河っ! お願い大河落ち着いてっ!」
涙目の悠理が、大河の腕を抱え必死に制止する。
大河も悠理も、そして海斗や廉造、他のケイオスのメンバーも既に理解している。
さっきの大河の一撃。アレを無傷で返されてしまった以上、現状目の前の正体不明の人物や白烏にはどう頑張って勝てない。
大河以外、今の状況に理解が追いついていない。
わかるのはただ一つ、大河がこの世界に関わる重要な何かに触れているという事だけだ。
だから皆、緊張し強張る身体で必死に警戒し続け、この場を生きて切り抜けることしか考えていない。
大河以外は。
「地雷天使レナ、キミが『僕ら』の事を嫌っているのは勿論承知しているけど、それでもキミの事を『僕ら』は高く評価しているんだ。キミは自分の役割を逸脱するような行為は絶対にしない。できない。全ての巡礼者に公平に、等しく在ろうとするのは、キミを筆頭にしたシステム天使達の本能の様なモノだからね?」
未だ恭しく頭を垂れる白烏の上で、〝ソレ〟は不敵に笑う。
「だからここで彼がどんな質問をしたとしても、それが世界の根幹に触れる事や攻略に関わる類いであるならば、キミはきっと答えない。だってそれは、キミらの本能に反するから」
顎を持ち上げレナを見下しながら、〝ソレ〟は頷く。
「……全ては大河の質問次第です」
初めて聞く、トーンが落ちたレナの真剣な声色。
その低い声に、大河の茹だった思考が徐々に熱を失っていく。
(……落ち着け、今じゃない)
「ふぅううううう……」
大きく息を吐いて、真っ赤に染まった思考の端から冷静さを見つけ取り戻そうと努める。
「──レナと落ち着いて話すのに、アンタが邪魔だ」
小刻みに震える左手の人差し指で、大河は〝ソレ〟を示した。
右手に握られている災禍の牙に込められた力は、少しも緩められていない。
「なるほど、一理あるね? キミの親友の死の原因である『僕ら』がここに居ては、キミが冷静で居られない。うん、未成熟な精神に対する配慮に欠けていたよ」
人を小馬鹿にしたような態度と、所作。
その全てが、大河の中にある親友の姿を愚弄している。
「じゃあちょっと惜しいけど、『僕ら』はここで退席するとしようか──いや」
芝居がかったわざとらしい大袈裟な仕草で、〝ソレ〟はピンと指を立てた。
「せっかくここまで来たんだ。ちょっとしたネタばらしをしようじゃないか。常磐大河」
「……ネタバラシ?」
「そう、キミがここまで来た道のりで僕がどんな修正をしてきたか──いやその前に、この世界に於いてキミはどんな立ち位置で、『僕ら』はキミをどう思っているかを説明した方が良いかな?」
嬉しそうな顔のまま、〝ソレ〟は右足でトンと白烏の頭を叩いた。
白烏は即座に動き、匍匐するように大河に、そして大河の周りを取り囲むケイオスのメンバーらへと近づいてくる。
「俺の……立ち位置?」
「そう、キミは言わば──チートだ」
やがて大河との距離を2メートル程度まで寄せた〝ソレ〟は、目を閉じて何度も頷きながら答えた。
「俺が一体、どんなズルをしたって──」
「──してるじゃないか。この世界の創作者の思考をメタ読みして、他巡礼者よりも数段優位に立ち回っている。それがズルと言わず、他になんと言うんだい?」
大河の言葉に割り込むように、立てた指を大河にビシッと向けて、〝ソレ〟は薄ら笑いを浮かべながら指摘する。
「こう見えてね。僕だってシステム天使達と同じように、この世界と巡礼者にとって中立の立場であるよう努めているんだ。高次予測ができない現状、巡礼者達の行動によって起こるランダム性とその末路こそがこの世界の醍醐味だからね? 僕が恣意的に手を加えてしまえば、ソレが無くなってしまう」
大河を差していた指をグルグルと、空気を攪拌するように回す。
「現にキミは、あの新宿の無限回廊をノーヒントでクリアした。池袋のNPCの正体を勘だけで追い詰めた。中野の支配者争いの意味を誰よりも早く察知し、そのクランのリーダーポジションに収まり、勝利に導いた。その結果、キミは誰よりも高いレベルを有し、他のプレイヤーが持ち得ない称号を持ち、そしてその剣を手にしている。違うかい?」
「──ぐっ」
指摘され、思い当たる。
確かに大河は、この世界が『東京ケイオス・マイソロジー』の世界であると知ったその日から、その創作者である綾の思考を読む事で行動を決めてきた。
新宿の無限回廊では、本来想定されていたルートとは真逆の侵入口から入ったにも関わらず、かつて綾と交わした会話から脱出アイテムの存在に気づけた。
池袋ではイベント内容とダンジョンの性質から制作者の意図を読み取り、他の巡礼者が感じ取れなかった違和感を発端として陽子の正体に辿り着いた。
中野のクラン・ロワイヤル。
それすらも他者より多くの情報を、綾の思考をメタ読みする事で多く取り込み、結果的に勝ち進む事が出来た。
だから、何も言い返せない。
確かに大河は、この世界を作った人物を良く知っていたからこそ、今の力と地位を手にしているから。
「気にくわないんだ。『僕ら』はキミと言う異物の存在がとても気にくわない」
言葉とは裏腹に、〝ソレ〟はとても楽しそうな表情で大河を見つめている。
「異物……?」
引っかかる。
この世界を現実化させ、解釈を拡大させ、ねじ曲げる。
そんな芸当が出来るほど人知を超えた存在である〝ソレ〟が、大河の事をまるで予想外の事の様に語る事に、何かが引っかかる。
「そう異物だ。エラーとも言える。だってキミは、本当ならこの東京に居る筈が無かった」
その瞬間だけ、〝ソレ〟の表情から一切の彩が消え失せた。
だがすぐに、元の薄ら笑いに戻る。
大河は、そして地雷天使レナは。
その瞬間を見逃さなかった。
「居る筈が無いって、なんだよ」
割り切る。
ここは、この場は。
より多くの情報を、目の前の親友の仇から得る為に場。
だから今にも飛びかかりそうなほどの憎しみと怒りを腹の下にぐっと堪え、大河は必死に思考を回す。
レナが言った、『剣が届きうる』状況へと辿り着くために。
「キミのお友達の脳みそを全て使用して行った過去の──そうだな……テストプレイとでも言うかな? 延べ49回、総プレイ年数140年と二ヶ月も行ったそのテストプレイに於いて、キミは一度足りともこの廃都に存在していなかった。ただの一度もだ。なぜだか、わかるかい?」
「……俺が東京に、住んでいないから」
「そう!!」
パンと両手を叩き、〝ソレ〟は声を荒げる。
「本来ならキミは! 長年の虐待に耐えかねて実父の腹を包丁で抉り! 半身不随の再起不能にさせた罪の意識から! この都市では無く遠方の田舎に逃げ落ちたままの筈なんだよ!!」
「──っ!」
突如揺り起こされる、過去のトラウマ。
だがその言葉に心乱される事は、〝ソレ〟に踊らされる事になると、キツく歯を食い縛って耐える。
「弱く未熟なキミの精神は、未だその時の罪悪感から脱し切れていない! だからキミはここに居ない筈だった!! 父親の弟──叔父に過保護に守られて! うじうじと遠くの地で時間を浪費するだけの、そんな差し障りの無い矮小な存在! ソレがキミだ!! 『東京ケイオス・マイソロジー』と言う原作を知る人物は、この廃都に存在する筈が無かったんだ!!」
綾の妄想の産物であるあのノートは、実の家族すら存在を知らない秘密のノート。
執筆者である綾を除けば、幼馴染みである大河しかあのノートの中を見た者は居ない。
「だけど!!」
ばっと両手を拡げ、まるでミュージカルの様な仕草で。
薄ら笑いをどこか無理矢理貼り付けているように見える〝ソレ〟の声が更に声量を増す。
「だけどキミは現れた!! あの妄想の中身を多少知っていて、そして制作者の性格や癖を熟知しているキミは!! 他の巡礼者よりも有利にこの廃都を攻略している!! ズルをしている! それは何故か!?」
拡げた腕、伸ばした手をパンと甲高い音を立てて合わして、〝ソレ〟は自らの身体を抱いた。
「新條綾が──死んだからだ」
噛み締めた唇から、血が滴り落ちる。
目の前で親友が馬鹿にされる度に、その死を愚弄される度に、再び思考が真っ赤に染まりかける。
だが大河は耐える。
「自らの命を絶って『僕ら』に抗おうとしたその無駄な行為は、結果としてキミをこの地に呼び寄せた。本来の想定通り、その心も身体も『僕ら』が手に入れていれば、キミと言う異物はここに存在する筈が無かった」
あの日、あの新宿に大河が降り立ったのは、遅れて知らされた綾の死を確かめる為。
たった一人の親友の死。
それが無ければ、辛く苦しい思い出が多いこの地に再び訪れようなどと、思うわけも無かった。
大河の精神には、未だにあの時のトラウマが深く根付いているのだから。
「その精神の半分を『僕ら』に食われていた弊害だった。本質的に『僕ら』と同格に成り上がっていた新條綾の行動結果を読み取ることは、『僕ら』と同格の生命体の未来を予測するに等しい。ソレは『僕ら』を持ってしても困難だ」
身に纏った法衣の布をギュッと握り、〝ソレ〟は身をよじる。
「そしてキミは来た。チュートリアルで死ねば良かったものを、偶然にも生き延び、新條綾の思考を読み解き、不快にもこの世界を順調に攻略していく。それはあまりにも不公平と思わないかい? マトモに生存している他の巡礼者にとって、あまりにも失礼とは思わないかい?」
「──大河がここまでどれだけ苦しんできたか知らないくせに!!」
叫んだのは、悠理だった。
たとえこの世界を綾の思考や言動からメタ読みしていたとは言え、大河は必死に今日までを生き抜いてきた。
誰よりも傷つき、誰よりも血を流して、誰よりも多くを救ってきたのは、間違いなく大河だ。
だから悠理は、〝ソレ〟の言葉が許せない。
「──キミもだよ成美悠理!!」
「──っ!?」
初めて合わせた〝ソレ〟の視線に、悠理の身体に冷たく鋭い怖気が走る。
思わず肩を竦め、大河の腕をギュッと強く抱えた。
「常磐大河と言う異物が与えた影響は、彼に与する他の巡礼者にも波及している!! 成美悠理、過去49回のテストプレイに於いて、キミが今日まで生存している可能性はゼロだった!!」
「ぜ、ぜろ……」
再び震え始める身体に力を込めて、悠理は〝ソレ〟を睨む。
「そうだ! テストプレイでキミがチュートリアルを生き残れた回数はたったの5回!! その5回とも、ゲーム開始から数日以内に新宿で、巡礼者の手によって無残な死を迎えている!! どの様にして死に至るか聞きたいかい!? とても愉快で、残忍で、屈辱的な死だったよ!!」
「──っ!!」
悠理は言い淀む。
大河が居なければ迎えていたであろう自分の死に方など、容易に想像ができてしまう。
それはとても悍ましく、虫唾が走るような、そんな死に方なのだろう。
「他にもそこの加賀屋廉造と飛嶋海斗は、多くの場合中野で【征服者】に敗北し死亡する! 真志喜建栄は他者を守ろうとした結果首を落とされ晒されて死ぬケースが二回あった! アンダードッグのメンバーらは大体にして、巡礼者に使い潰されて惨めに死んでいく!!」
くるりくるりと、踊るように回って。
大河以外のメンバーを一人一人を指し示しながら、〝ソレ〟は嗤う。
「ほうら、キミと言うチートは、キミに味方する巡礼者にとっても有利に影響を与えてしまう。他の巡礼者にとってこれほど不公平な事が許されると思うかい?」
最後に大河を見下ろして、〝ソレ〟は再び自らの身体を抱きしめた。
「だから僕は、コレまでに三回だけ……キミにとって不利になるよう修正を加えたんだ」
新條綾の姿を模した、大河──いや、全ての巡礼者の敵。
〝ソレ〟は恍惚の表情を浮かべて、ゆっくりと目を閉じた。
地雷天使レナは、その様子をどこか期待しているかのような目で見ている。




