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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
吉祥寺《はじまりのまち》

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257/279

ここに至る①


 武蔵野市立 吉祥寺北町小学校。


 それがかつて大河と、親友の綾が通っていた学校の名称である。


 学区の都合で在籍していた生徒の数は近隣の小学校よりも少なく、近年の少子化も相まっていつかどこかと合併吸収されるのでは無いかとの噂も出たほど、小さい小学校だ。


 だが設立だけはやたら古い。


 校門を潜ると右手にグラウンド、左手に体育館とプールがあり、正面に三階建ての中央校舎。その左右に広がる形で同じ高さの建物が二つ。一年生から三年生までの教室のある第一校舎と、四年生から六年生までの第二校舎が連絡通路を通じて繋がっていた。


 基本的に各階層には一学年。

 低層階が数字の低い学年で、高層階が高学年の教室とフロア毎に学年が分かれている。


 職員室や校長室は本校舎一階の正面玄関のすぐ真ん前。

 その隣に図書館、反対側に保健室や宿直室。

 二階には理科室や調理実習室、三階は音楽室や視聴覚室。

 

 つまり本校舎に教室以外の設備を集中させ、左右の第一・第二校舎に生徒達の教室のみが納められている形だ。


「すぅううううっ」


 長い黒髪に白いロングワンピースを身につけた少女──いくみは、校長室の机の前で目を閉じて大きく深呼吸をする。


 その小さな身体から、いくつもの白い光の粒が飛び出して来て、勢いよく校舎の至る所へと飛んでいった。


「うん……うん。やっぱりここはすごい良い校舎(からだ)……元気出てきたよ……」


 二日前の到着直後から行っていた、いくみの新しい校舎(からだ)への適応(アジャスト)作業も最終段階へと入ってた。


「そっか、良かった」


 くるりと振り向いたいくみの頭を、大河は優しくポンポンと叩く。


「ただやっぱり、いろんなところが痛んでるから、全部直すのに時間がかかるかも……」


「直るだけで充分だ。必要な物があれば遠慮無く言えよ?」


「うん……あの、すごい言いにくいんだけど……結構多くのオーブがかかるかも……」


「まぁ、実際に建物を補修するとなると普通に大金がかかるからな。必要経費って事で愛蘭さんを説得するよ。心配すんな」


「わぁ……主人(あるじ)様、ありがとう」


 嬉しそうにふんにゃりと笑ういくみが、大河の腰に抱きついて頬ずりをする。


「よし、んじゃ今から愛蘭さんと郁さんがこっちに来るから、後は任せても大丈夫だな?」


「ん、あと一時間もここで深呼吸をしたら、この校舎(からだ)は私と全部いっしょになる。大丈夫だよ」


 わしゃわしゃと激し目に頭を撫でられたいくみが、気持ちよさそうに目を細めながら答える。


「おっけ。じゃあ、よろしく」


「はい、主人(あるじ)様」


 名残惜しそうにそっと大河の身体から離れ、いくみはまた大きく深呼吸を繰り返す。


 その姿に苦笑しながら、大河はドアノブを捻り校長室の仰々しい扉を開けて廊下へと出た。


「リーダー!! プールいつ使える!?」


「体育館は!?」


「グラウンドでドッヂしてもいい!?」


 長い旅を終えてようやく羽を伸ばせるようになった男の子達が、大河の姿を見つけるなり無邪気に笑いながら廊下を走ってやってくる。


「おいおい、廊下を走ると愛蘭さんや香奈さんに怒られちまうぞ?」


「だ、大丈夫だよ! 愛蘭姉ちゃんや香奈姉ちゃん、今三階の寝床の準備してるし!」


「リーダーしーだよ! チクったらダメだからね!?」


「も、もう走りません!」


 愛蘭や香奈への恐怖心がすっかり心の植え付けられた子供達は、顔を引きつらせながら大河に縋り付いた。


「一回は見逃してやるよ。えっと、プールはもうちょい待ってくれ。掃除から始めないといけないし、水溜めるのにも時間とオーブ(かね)がかかるらしいからな。近いうちに一回みんなで泳がせてやるから、それまで我慢しろ」


「ほんと! やった!」


「あ、でも俺水着持ってない!」


「僕も!」


 中野の拠点であった東中野第二小には無かったプールの存在に、男の子だけじゃなく女の子まで興味津々だった。


 旅をしている間にも、季節は夏の終わりを迎えている。


 この吉祥寺が本来の四季を備えているなら、今年中にプールを使用できる機会も僅かだろう。


 それまでにはなんとか、あの懐かしい場所を子供達にも味合わせてやりたい。


「ドッヂをするのも良いけど、誰か大人の人が一緒じゃないと校舎から出ちゃダメだからな? 今みんな忙しそうにしてるけど、もうじき手が空きそうな人が居ると思うから、お前らが自分で探してくれ」


「はい!!」


「秋也兄ちゃんは!?」


「シュウ兄か廉造兄なら暇してるでしょ!」


『探せー!!』


 まるで突風のような速さで、子供達はあっという間に廊下を駆けていく。


「走るなってば!!」


 見逃すと言った矢先にこれだ。

 

『ごめんなさーい!!』


 息のぴったりとあった返事が、廊下に木霊する。


「……なんでアイツら、秋也さんと廉造に対してだけあんなに扱いが雑なんだ?」


 ケイオスの大人メンバーは基本的に皆働き者で、子供達はそんな大人の言うことを大抵素直に聞いてくれるのだが、この二人だけやたらと軽く見られている節があった。


 おそらく性格的な気安さから来るものなのだろうが、あの二人だってケイオスに無くてはならない貴重な人材である。


 ちょっと可哀想に思えて来た。


「……さて」


 子供達が本校舎中央の階段を登り切る音を聞き終えて、大河の足は正面玄関へと向かう。


 記憶の中よりもどこか小さく感じるその光景は、きっと小学生だった頃より身長が伸び身体が大きくなったからだろう。


 かつては見上げていた下駄箱の天板が、今では目線とほぼ変わらぬ位置にある。


 毎年学年が変わる度に位置も変わっていた自分の下駄箱スペース。


 今では靴のサイズから教員用でないと、外履きの靴が入らない。


「全員分の水着かぁ……ちょっと、相談が必要だよなぁ……」


 室内用スリッパから外履きのスニーカーに履き替えて、トントンと右足のつま先で地面を叩く。


 旅をしていく内に靴なんてあっという間に履き潰れてしまうから、この靴ももうすぐ寿命だろう。

 ソールの厚みがほぼほぼ無くなりかけていた。


「リーダー、どこいくの?」


 玄関脇の水場からホースを伸ばしてチュンチュ達の水浴びを手伝っていたリミが、大河を見つけて蛇口を捻った。


 急に水が止まってしまって、一匹のチュンチュが首を捻って不思議そうにしている。


 周りにはチュンチュの成体が15匹ほど、自分の番が来るのを待ちわびていた。


「ちょっとそこまで」


「そっか……悠理は、大丈夫?」


「ああ、今は瞳さんと一緒に昼飯の準備をしてるよ。動いていた方が気が紛れて良いんだってさ」


 悠理が両親の死に直面し、悲嘆に暮れたのはたったの一日。

 その一日は大河に寄り添って離れなかったが、翌日にはいつものようにケイオスの生活作業をしていた。


「もう少し落ち着いたら、悠理の両親の墓を作りに行くんだ。そんときは手伝って貰っても良いか?」


「もちろん、なんでも言ってよ」


「助かるよ。チュンチュ達の事、よろしく」


「まかせろー」


 ひらひらと手を振って、リミと別れる。


 チュンチュ達の世話は基本的に子供達の仕事だが、今は子供達も小さな引っ越し作業を手伝っているので、動物好きのリミとしてはこの機会を逃したくないのだろう。


 仕事を取ってしまうと、子供達がうるさいのだ。


 両脇に今はもう雑草だらけの花壇が並ぶ、校門へと続く道。

 更には背の高い楓や紅葉、銀杏の木々がその道を上手く遮って、日が当たらないトンネルのような木陰ができている。


 異変からずっと放置されているせいで荒れ放題だが、数日くらい集中して手を加えれば、見れた姿になるだろう。


 到着した校門前には、本日の見張り番として海斗と建栄が立っていた。


「二人ともお疲れ」


 門柱にもたれて身体を休めている二人の背後から、そっと声をかける。


「よう、仕事はもう良いのか?」


「いや、愛蘭さんにいい加減休めって怒られちゃってさ」

 

「リーダーは仕事中毒(ワーカーホリック)気味だからな。たまには上が休んでくれんと、下が休めなくなってしまうだろうに」


「だな。もう少し偉そうにしろよお前」


 年上二人から唐突な説教が始まってしまい、大河は思わず顔を顰めた。

 ただ労いの言葉をかけただけなのに。


「……ご、ごめん」


「あ、いやいやすまん。つい説教臭くなってしまう。歳を取るのは嫌なもんだな」


「俺らが嫌ってた先輩に、俺らがなっちまってる感じか。悪いな大河」


 バツが悪そうに、二人は大河に頭を下げた。


「いいよ。二人や愛蘭さんがたまにこうして怒ってくれないと、自分が未熟だって忘れそうになるしね」


「……お前は、よくやってるよ」


「うむ。ワシらなんかより、ずっとな」


「……そうかな」


 少しだけ変な空気になりかけて、大河はボリボリと頭を掻いた。


 人一人が通れる分だけ開けられている門を潜り、学校の敷地から外へと出る。


 この門もまた、この学校に通っている時は高く分厚く重たい印象を持っていたが、今改めて見ると、その高さは大河の胸元程度しか無い。


「どこか行くのか?」


「うん、ちょっとね」


「リーダーの住んでた土地だものな。懐かしい場所がそこらにあるのだろう」


「すぐそこだから」


 校門の目の前の細い車道を横切って、右に進む。


 少し進むと昔ながらのパン屋と真っ赤な郵便ポストが立っている一つ目の角を、左。


 曲がってすぐ、左手から四軒目。


 そこが──綾の家。


 小学校から徒歩で五分もかからない場所で、そのお陰か綾は遅刻をしたことが無い。


 昔はそれが羨ましくて、たまにお泊まりをした時なんかは『ギリギリまで眠っていられるのずるい』と軽く喧嘩をした事もある。


 古びた(ひさし)付きの木の塀がぐるりと取り囲む、二階建ての木造家屋。


 築年数は既に六十年を超えていて、元々は綾の祖父の代から続く、年季の入った家だ。


 今では珍しい、(かんぬき)で施錠をするタイプの引き戸の門。


 その正面に立って、改めて周囲を見渡す。


 学校とは反対方向の道をまっすぐ二分ほど進み、突き当たりにある小さい公園を目印に左に曲がってまた五分ほどまっすぐ。


 そこに──大河が中学までを過ごした、実家が存在する。


 だからここまで。


 綾の家を超えてあの公園に辿り着けばすぐに見えてしまうその家を、大河は心の底から恐れている。


 だからここまで。


 ここまでしか、進めない。


「……ふぅ」


 小さい、短いため息を一つ。


 バクバクと拍動する心臓が、今にも口から飛び出てきそうになる。


 吉祥寺駅前やその周辺、そして悠理の家の周りと違い、この周辺はそこまで荒れてはいなかった。


 多少壊れていたり、燃えていた家こそあったものの、その大部分がそのままで残っている。

 だから綾の家も、あの頃の記憶のまま。


 その古びた威厳のある佇まいのまま、ここにある。


「ここまで来たぞ……綾」


 ぼそりとつぶやき、引き戸に手を掛ける。


 内側から(かんぬき)で施錠されていたら、災禍の牙で門ごと叩き割るつもりだったが、その手間はどうやら必要ないようだ。


 木と木がこすれ合い、歪んだ扉が門の枠に引っかかって、重く歪な音を響かせる。

 この音もまた、聞き慣れた音。


 まだ幼い頃はこの音がなんだかヤケに怖くて、自分では開けきれず道から大声を上げて綾を呼んだ。


 だけど今はいくら叫んでも、親友は出てこない。


「さぁ……何が待ってる……」

 

 期待か、恐怖か、それとも別の感情か。


 強張る身体に言い聞かせるように呟いて、大河は門を潜り、懐かしい匂いがする親友の家へと足を踏み入れた。

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