厚かましい依頼①
「悠理……だよね……?」
雑踏の中から他の人より一歩踏み出して、その少女はおどおどしながら悠理へと話しかけた。
「……は、はい。成美悠理……ですけど」
大河の付き添いとしてこの『リピア吉祥寺』へと訪れ、建物名と同じ名前を冠したクランの代表との話し合いへと向かう為に一階の飲食店街を歩いている最中、そこで足を止める。
少女の顔を遠慮がちに見つめ、不思議そうな表情で固まった。
「あ、あの……玲奈、なんだけど……」
「──っ!?」
その名前を聞いた瞬間、悠理の身体がビクンと強張る。
並んで歩いていた大河の手をきゅっと握り、その身体を盾にして自身の姿を隠すように動いた。
「あ、あの、か、髪型が、変わってたから……すぐに気づかなかったの……」
「う、うん……もう一年くらい、ちゃんと整えてないから……玲奈ちゃんも、髪……伸ばしたんだ」
お互いがお互い、気まずそうに。
話しかけてくる玲奈と違い、悠理はまともにその顔すら見ようとしない。
「生きてたんだね……良かった……」
「た、大河が……守ってくれたから……」
玲奈も、そして悠理も、愛想笑い以上に無理矢理な笑みを顔に貼り付けて、相手の出方を伺うような会話を続けている。
「大河って……常磐くん?」
そこで初めて、玲奈は大河の顔をちゃんと見る。
この一年で伸びきった髪は、たまに悠理が梳き鋏で梳いてくれるくらいで目元にかからない程度。
大河の名前を知っていると言うことは、おそらくは中学の同級生。
悠理と大河の昔の共通点と言えば、それくらいしか無い。
「えっと、悪い。誰だっけ」
悪びれもせず、大河は言い放つ。
そうでなくても悠理がまるで怯えているかのような反応を見せたのだ。
その顔と名前を覚えていない事を申し訳なく思う必要性は、その時点で失われている。
「あ、あの。同じ中学の……佐藤なんだけど……」
「んー、やっぱり思い出せない。話したことあったっけ?」
「あんまり……無いけど……」
「そっか。あの頃の俺って他人にかなり興味無かったからさ。悠理ですら再会した時は名前を言われるまで思い出せなかったくらいだ」
「う、うん……」
その淡々とした冷たい声に、玲奈はその身を少しだけ後ずさりさせる。
同郷の同じ学校の同級生。
関係性としては充分だ。
それだけで話が弾んでもおかしくない筈なのに、大河には一切取り付く島が無い。
「じゃあ、俺ら呼ばれてるから」
悠理の肩を優しく抱き寄せ、大河は玲奈へと手を振った。
「じゃ、じゃあね……玲奈ちゃん……」
「あ……、あの……」
言い淀む玲奈に一瞥もせず、大河は悠理を連れてリピア吉祥寺の通路を先へと進んだ。
その後ろから愛蘭、そして護衛として同行していた戦闘班のメンバーが数人続き、玲奈からは悠理の姿が見えなくなる。
「……大河、ありがとう」
大河の胸に抱かれたまま俯いて、悠理が小声でボソリと呟いた。
「ん? 何が?」
わざとらしく、大河はきょとんとした表情を浮かべる。
「ううん……ちょっと心の準備ができてなかっただけ……後で、ちゃんとあの子と話をしないと……」
「……前に言ってた、上級生から虐められてた時の?」
新宿を発つ前、まだ二人きりだった時に悠理が語ってくれた、幼少期や中学時代の思い出や事件。
それらを思い出し、大河は心配そうに悠理の頬を撫でる。
「うん……二年生に上がる前までは、良く一緒に遊んだ子……」
悠理が中学一年生だった頃、三年生の男子に半ば無理矢理交際を求められた事件。
その仕掛け人とも言うべき同級生が、彼女だ。
そしてその男子をフッた後、悠理はなぜか三年女子から酷い虐めを受けた。
直接的な暴力。間接的な嫌がらせ。
嫉妬からか被害妄想からか、言いがかりのような理由で先輩から虐げられていた悠理に対して、あろう事か佐藤玲奈を含めた当時悠理と仲の良かった友人たちは、距離を取るという対処法を選択してしまった。
おそらく巻き込まれる事が怖かったのだろう。
中学一年生にとって三年生──最上級生と言うのは大人に近い恐ろしい存在だ。
彼女達が居たからと言って虐めが無くなる訳は無かったが、それでも味方が居るという事は悠理にとってなによりの励みになった筈だ。
だけどそうはならなかった。
彼女たちは、悠理を一人置き去りにして、自分たちは安全圏に逃げ込むという道を選んでしまったのだ。
だから悠理にとって虐めをしてきた張本人達と同じくらい、あの佐藤玲奈を初めとするかつての友人達は、恐怖の対象だった。
人とはああも簡単に、人を見捨てる事ができると言うことを知らしめたのだから。
「話し合う必要、あるのか?」
「……わかんない。だけど、何か言いたそうにしてたから」
大河の言葉にふるふると頭を振って、悠理は答える。
その身体が小刻みに震えているのは、当時を思い出して心が拒否反応を起こしているからだろう。
大河にも覚えがある。
どんなに乗り越えたと思っていても、心的外傷は消えてくれない。
当時の悠理にとって上級生からの虐めと言う物は、恐怖と絶望を心に刻みつける物だったのだ。
「……怖かったら、無視して良いんだぞ?」
その肩を抱く手に少しだけ力を込めて、悠理の身体をより密着させる。
そんな大河の気遣いが嬉しくて、悠理はぎこちないながらもいつもの柔らかい笑みを浮かべて顔を上げた。
「ううん……私の大好きな人は、怖い事からいつも逃げてくれないから……私も少しだけ……頑張ってみるよ」
「うっ」
自分の行いを引き合いに出されてしまっては、もう大河には何も言う事は無い。
どれだけ普段から悠理を心配させ、泣かせてしまっているのか。
他でもない、大河がそれを一番知っているからだ。
「……ごめん」
「謝らないでよ。大河のそういう所が大好きなんだから」
悠理はそう言って、大河の胸元に頬を添える。
歩幅は小さく進行はゆっくりとは言え、胸の中に悠理を抱いたままではやはり歩きづらい。
だけど大河は頑張って、悠理を離さないよう気をつけながらリピア吉祥寺の通路を歩く。
「ていうか、そもそもなんで俺ら呼び出されてるんだろうな。話があるなら向こうから来りゃ良いのに!」
「本当よね!! 舐められてるのかな!?」
列の後方から秋也とリミのわざとらしい文句が聞こえてくる。
(あの人らは……本当に……)
あれほど無駄に威嚇するのはやめようと話し合ったのに、もう我慢できなくなったのか。
大河は呆れの混じったため息を漏らす。
(まぁ、仕方ないか。まさかこんなに、感じが悪いとは思ってなかったもんな)
リピアの通路を歩く大河らを、通路脇に並ぶ住人達がじろじろと見てくる。
その表情は皆一様に暗く、そしてあからさまに敵意を向けられているとあっては、あの二人が我慢できなくなるのをある意味仕方が無い。
(話し合いの内容次第では、ここのクランとも敵対する事になるかなぁ……)
相変わらず綺麗に事が納まらない。
これが廃都の、今の東京の常になりつつあって、大河はげんなりと肩を落としながら通路を先へと進んでいった。




