吉祥寺ディフェンダーズ③
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「教え子に手を出した?」
「あくまでも噂なんだけどね……」
大河の言葉に応えた悠理の顔は、珍しく嫌悪感で染まっている。
「え、でも、だって……あいつ、中学校の教師なんだろ?」
「そうだよ。だから余計に問題なの」
ディフェンダーズとの交渉を一時中断し、ケイオスの主要メンバーは一台のバスの中で話し合いを始めた。
この交渉はもともと無駄な争いや揉め事を回避する為の物だったが、相手があそこまで胡散臭く、そして態度も悪いとなると話が変わってくる。
バスの中には大河と悠理、愛蘭と廉造に瞳や郁、そしてその他六名のケイオスの事務面を担当するメンバーが顔を突き合わせ、今後の事について語り合っている。
「噂になったのは大河が転校して行った後。私達の一個下の学年の子が、アイツと付き合っているって話が出回ったの。その子はテニス部で、アイツは女テニの顧問。私も後輩からその噂について相談を受けたりしたんだけど」
「きっしょ……」
悠理の言葉に、前の座席から顔を出していた愛蘭が顔を顰める。
「ロリコン淫行教師じゃん。なにアイツ澄ました顔してんの?」
「当時の悠理ちゃんの一個下って事は、中学二年生よね」
「最悪」
「リーダー、アイツ殺そう。子供達に悪影響だよ」
ケイオスのメンバー、とりわけ女性陣から次々と非難の声が上がる。
「んー、俺としてはもうめんどくさくなってきたし鬱陶しいから、アイツら全員始末して先に進むのも別に構わないんだけどさ」
「実は私も、卒業式の後に連絡交換しようって詰め寄られたの。すっごい気持ち悪くなって怖くてすぐに逃げたんだけど……」
「よし、殺してくる」
悠理の言葉に超反応を見せた大河が、席から身を乗り出した。
「落ち着け馬鹿」
廉造はすかさず大河のシャツの裾を掴み、席へと引き戻した。
「心配するな廉造。向こうから死にたいって言い出すまでは殺さないから。たっぷり苦しんで貰わないと」
「何も心配してないよ僕は。いいから座ってろ」
真顔で殺気を撒き散らす大河に、周囲のメンバーは苦笑する。
「まぁ、でもこのままじゃ間違いなく交渉は決裂するだろうな」
廉造の言葉に皆が頷いた。
交渉の際に見せた横柄な態度と上から目線の偉そうな言動に、誰しもが多少なりとも腹を立てているのだ。
そもそも駅前を通過するだけのケイオスが道を塞がれたり条件を提示される筋合いは無いし、なにより吉祥寺に住み着く許可をなぜ奴らから貰わなければならないのかが大河には納得できていない。
「アイツらは別にどうでも良いんだけどさ。他の住民の姿が見えないのがちょっと気になる。奴らは100%悪人で間違いないだろうけど、ディフェンダーズって自警団がこの吉祥寺でどういう風に機能しているのかを把握していない以上、他の住人達に恨まれるかも知れないし」
「確かに」
ディフェンダーズなる集団の振る舞いは、新宿や中野で腐るほど見た小悪党共の振る舞いとなんら相違無い。
しかしそんな奴らでも、もしかしたら吉祥寺の治安をちゃんと管理しているのかも知れない。
ケイオスは大河を初め、殆どのメンバーが自分たちの事を善人だとは思っていない。
これまで生きる為、そして自分らの尊厳を護る為にその手を汚し続けて来た。
かと言って、完全に悪人かと言えばそれも違う。
特にこのクランには女性とまだ幼い子供達が多い。
子供達の見ている所では、品行方正とまでは行かないが正しい姿を見せたい。
だからケイオスのクランとしてのスタンスは『積極的に奪ったり攻めたりはしないが、自分たちに害を及ぼすのであれば容赦はしない』と言う、捉えようによっては後ろ向きな考えだ。
これはクランリーダーである大河の思想がそのままメンバーに浸透した形になる。
「必要悪って言葉が正しいかは分からないけれど、例えばある程度奴らを野放しにする代わりに、本当にモンスターの襲撃や余所からの巡礼者の侵攻を食い止めているって可能性もある訳だし」
「ちょっと耳が痛い話だわね」
廉造の言葉に、愛蘭は頭を抱える。
それはかつて、アンダードッグ時代に自分たちが是としていた状況と何も変わらないからだ。
「んじゃどうする?」
「んー……大河、お前あの人数を相手にして、殺さないで無力化とかできる?」
「できるとは思うけど……」
加減が難しい。
ディフェンダーズの装備構成は、今の大河のレベルから見ればかなり低いと予測できた。
その殆どが咎人の剣の初期状態。
ハードブレイカーやルナアーチ装備している者も少数存在していたが、池袋と中野を経た今の大河にとって、脅威とはなり得ない。
「海斗さんと二人でやれば、確実に殺さず生かさずで制圧できるけど」
「例えば?」
「俺がアイツらのど真ん中で【渦動】ぶっぱなして、海斗さんがそれをスパスパ切り刻む」
「なるほど」
災禍の牙のスキルである【渦動】は、スキル使用者を中心として赤い水の渦を出現させ、含まれる水晶により微細なダメージを与えながらその中心へと吸い寄せる物だ。
その吸引力はかなりの物で、敵・味方の識別ができないと言う難点があるが、最近レベルを30に上げた海斗であるならば気にせず行動できる。
「んじゃそれで行こう」
「良いのか?」
「要は向こうの力では僕らを御しきれないって見せつければ良い話なんだよ。相手がもっと素行の良い人達ならこんな手を使う必要も理由も無いんだけど、どこからどう見ても僕らを従わせて酷い目に合わせようって魂胆が透けてるじゃん?」
「なんか、穏便に済ませようとしてた俺らが馬鹿みたいだな……」
「何言ってんのさ。ケイオスはこれで良いんだよ。まずは話し合って、それでダメなら実力行使。最初から喧嘩腰なんてそれはもう中野で嫌になるぐらい見てきた奴らと同じレベルだ。僕らはそうじゃないだろ?」
廉造のその言葉に、車内に居る全てのメンバーがしっかりと頷いた。
「もう平和だった頃の日本とは状況が違う。今の東京じゃ弱みを見せるとすぐに襲いかかってくる連中ばかり。暴力だって肯定しないと、すぐに殺されるか弄ばれるかなんだ。だけど僕らは人間だ。人間ってのは、最初はちゃんと話し合って解決しようとするから人間なんだよ。だって僕らには他の動物と違って、言葉があるんだから」
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少しだけ時は過ぎて、今ディフェンダーズの前に相対しているのは大河と廉造、そして海斗の三人。
ケイオスの戦力的なスリートップだ。
「と言うわけで、アンタらに協力はできない。ここも今すぐ通らせて貰うし、どこに住もうが僕らの自由だ。一応、面倒だからアンタらの縄張りの境界線だけは教えて欲しいな。僕らだって揉め事は嫌いだから、その境界線の外に拠点を設置してあげる」
あっけらかんと言い放つ廉造の挑発的な言葉と、態度。
見た限りで言えば、ディフェンダーズの年齢層は二十代後半から三十代後半。
つまりは大河や廉造は二回り以上も年下で、海斗ですらまだ若造に見えている筈だ。
廉造の不遜にも見えるその生意気な態度に、分かりやすく皆が気色ばんでいる。
『おい、小僧ぉテメェ……』
『何様のつもりだコイツ』
『これだからアイドルってヤツは嫌いなんだ。偉そうによぉ』
想定していた反応が、ディフェンダーズのメンバーから次々と返ってくる。
「あのさぁ。僕らは何もここに住まわせてくれなんて一言も言ってないわけ。アンタらが先に住んでいるなら普通に諦めるし、今の東京じゃ別にここじゃなくても探せば幾らでも土地はあるんだしさ。そっちからは何も貰わないし、何も指図しない。僕らのことを放っておいてくれればそれでお互いプラマイゼロで済むだろ?」
廉造のこの煽るような言動は、事前に打ち合わせた通りだ。
話を聞いてくれれば何も問題は無いし、この程度の煽りで突っかかってくるようならばそれはそれで話が早くて助かる。
大河と海斗はそんな廉造の後ろで、入念にストレッチを始めている。
すでに戦いは起こる物と断定しての行動だ。
「んじゃ大河、俺は向こうの方から大回りして行くから」
「うん、了解」
すでに海斗とは連携の打ち合わせは済んでいる。
ケイオスが中野を出て二ヶ月、海斗だけじゃなく戦闘班のメンバー誰と共闘しても、今の大河なら問題なく合わせられる。
「……キミたちは、我々はここに居るメンバーだけだと考えているのですか?」
時任はさっきまでのニヤけ面を止め、突き刺すような視線を廉造へと送っていた。
その表情からは、思っていた通りに動かない大河達への苛立ちが含まれている。
「いやぁ? 実はこっちもここに来るまでに何人か偵察に出しててさ。アンタらのお仲間が駅の反対側からこっちに来る事も、通りのビルの幾つかに監視要員を置いているのも一応把握しているんだ。僕らの感知能力外にまだ仲間が居るのならお手上げだけど、ざっと報告を聞く感じそうでは無さそうだし」
廉造の言うとおり、ケイオスに油断は無い。
ディフェンダーズがこのバスロータリーで待ち構えていると感知した後、即座に感知能力に優れている戦闘班を何人かバレないように送り出し、周辺の確認を行わせている。
先のバス車内での打ち合わせは、その報告を待っていたという一面もあるのだ。
「井の頭公園からここまでの道の、幾つかの大きめのビルの屋上に二人づつ。駅の反対側に潜ませてた伏兵が十五人。あとこれは確認なんだけど──」
廉造はポケットからスマホを取り出して、メッセ画面を開く。
「──これは本当についさっき上がってきた報告なんだけどさ。今アンタらが道を塞いでいる先の……向こう側の公園。そこに設置されてるギロチンや絞首台みたいなの。あれ何?」
その言葉に、時任は明らかに表情を曇らせた。
つまりわざわざこの道を封鎖しケイオスを足止めした理由は、その先にある見せたくない物を隠す為。
そうでなくても、おそらくケイオスが抱える女性メンバーに何かしらの穢らわしい感情を向けていたのもあるだろう。
あわよくばケイオスをディフェンダーズに取り入れ、男共の欲望を満たすのも目的の一つだったのかも知れない。
「……あれは、罪人を罰するための物です。今の東京では、殺人への忌避感が薄くなりつつある。それでは人間社会の規範は保てない。だから我々ディフェンダーズは機能しなくなった警察機構や司法の代わりに、法を作った。今の吉祥寺に即した、我々の生活の安寧を保つ為の法をね」
眼鏡のブリッジを右手の中指で持ち上げて、時任はつらつらと語る。
「ふーん……」
廉造は時任のその言葉に、全てを察する。
要は中野の支配構造、その劣化版が今の吉祥寺の環境なのだろう。
好戦的なチンピラを一つに纏めあげ、その欲望を可能な限り満たす事で制御し、他の戦えない住民を恐怖で支配する。
ディフェンダーズは間違いなく、今の吉祥寺を平和に治めているのだろう。
だがそれはディフェンダーズという武力組織にとって都合の良い法で、だ。
社会構造が破綻した先のディストピアとしては、想像に容易い自治行為。
世界でも未だに混乱が続く地域で、良く耳にする現実的な地獄。
「ありがち……かな……」
廉造のスマホに次々と送られてくる、主に秋也が中心となって偵察に出たメンバーからの報告。
殆どの住人は、駅近辺の商業施設の中で暮らしているのが確認できた事。
女子供の表情が暗い事。
どうやら食料の分配も公平では無さそうな事。
縄張りの境界らしき場所に数名の見張りが居る事。
それらの情報を知れば知るほど、目の前のディフェンダーズの存在が薄汚く思えてくる。
「大河、兄貴。たぶんもう話は通じない。さっさと行こう」
「おう」
「任せろ」
廉造の言葉を聞いて、大河と海斗がゆっくりと歩を進める。
「い、良いのか!? こっちはまだ沢山の構成員が居るんだぞ!!」
ここに来てようやく、時任は近づいてくる二人が纏う異様な空気に違和感を覚えたようだ。
今まで他に争う者が居なかった弊害。
自分達がこの吉祥寺に於いて最上位の存在だと言う驕りが生んだ、致命的な油断。
他者を数の暴力で支配していたからこそ考える事が出来なかった、圧倒的な力を持つ個と言う存在。
今時任が、そしてディフェンダーズが目にする二人の男は、ここに居るどの男よりも暴力と言う点で全てを凌駕している。
「抜剣」
大河の右手に、災禍の牙が顕現する。
「よし、いっちょ暴れてやるか」
海斗は腰の鞘から手慣れた動作でハヤテマルを抜いた。
「ぐっ、ぜっ、全員かかれ!! こうなったら男は皆殺しだ! 女子供は縛って後で本部に運べば良い!!」
ここで取れる行動の内、もっとも愚かな選択肢を選び取った彼らの末路は、想像に難くない。
全ては大河をかつての教え子であると言う理由で、そしてその過去を少しでも知っているが故に見下した事が、時任の全ての間違いの始まりだった。




