吉祥寺ディフェンダーズ②
「自警クラン?」
「そう、ほら。あの日から警察は機能しなくなったでしょう? 噂によると自衛隊や米軍の基地は大きなモンスターの出現で壊滅的被害が出て、戦闘機どころか車両一台すら出動できなかったっていうし」
大河の疑問に、時任は何故か嬉々とした表情で語り始めた。
「だからこの吉祥寺に住む住民で自警団を結成しました。ゲームに詳しい私の生徒達の知識も借りて、この吉祥寺駅前に4つある聖碑を中心にして、生き残った人々の手を取り合い、助け合いながらね」
時任のその言葉に、後ろに控えている一団──おそらく、『吉祥寺ディフェンダーズ』のクランメンバーらが大袈裟にうんうんと頷いた。
「若輩の身ですが、自警団創設を最初に提唱した私がクランリーダーを拝命しました。この一年と少し、私たちは私たちの手でこの街の安寧を守り抜いてきたんです」
「へぇ……」
まだ大河はこの時任と言う男の事を思い出せていない。
三年前、中学時代の大河は自分の事で精一杯で、あまり学校生活に本腰を入れていなかった。
いや、興味が沸かなかったが正しいかもしれない。
そのお陰か、あの頃の記憶と言う物がかなり朧気だ。
同世代の学友の名前も殆ど覚えていない。
唯一の例外は親友の綾だけで、その他の人間は皆等しくただの他人であり、自分の生活に一切の関係が無いモノと認識していた。
同学年でかなりの人気者だった悠理の事すら、新宿で再会した時に名前を言われるまで思い出せなかったほどだ。
そんな大河が教師──しかも新任の関係が薄い先生の事など覚えている筈が無かった。
「──ん?」
ズボンの右ポケットで、スマホがぶるっと震える。
愛蘭の陰に隠れるように移動し、手早くスマホを取り出して画面を起動した。
待機画面に表示されているのは、新規メッセージの着信通知。
差出人は悠理だ。
簡易表示のウインドウには、短い文章が綴られている。
『そのしとを信用してあダメ』
急いで打ったであろうそのメッセージは、悠理にしては珍しく打ち間違えた文字がそのまま送られてしまっている。
(──その人を信用しちゃダメ……かな?)
スマホの画面を覆うように右手で持ち、後方で待機しているバスをチラリと見る。
一番先頭の車両の、運転席付近。
目隠しのために設置したカーテンをめくり、スマホを両手で握っている悠理が神妙な面持ちで大河を見ていた。
一度大きく頷いて、大河はまた時任へと顔を向けた。
「それでその自警団の人達が、俺らになんの用?」
言葉と共に一歩踏み出して、愛蘭の前に出る。
背中に隠した右手のスマホを、愛蘭と廉造に見えるように位置を調節した。
「いえ、私たちは井の頭公園からこの駅までを安全の為に見張っていましてね。ほら、あの地震があった日、多くのモンスターが井の頭公園から街に攻めてきたでしょう?」
眼鏡のレンズ部分を繋ぐ箇所──ブリッジを左手の中指でくいっと押し上げて、時任は不敵に笑う。
「見張りのメンバーから連絡があったんですよ。大量のモンスターにバスを引かせた一団が、吉祥寺駅に向かっているってね。今までも数回、余所の街から吉祥寺に流れてきた事はあったのですが、さすがに貴男方は人数が多すぎる。警戒するのも当然では無いでしょうか」
言っている事は至極真っ当に『聞こえる』。
しかしそれだけでは、先ほどのこちらを馬鹿にするような嘲笑の意味は通らない。
「そっか、うん。それは申し訳ないと思うよ。俺らもここにこんな人がいっぱい居るとは思ってなかったんだ。アンタらの縄張りだって分かってたら、迂回ぐらいはしてた」
「いえいえ、あくまでも警戒──ちょっと身構えただけですから。お気になさらずに。えっと、後ろの方々を紹介しては貰えないんでしょうか?」
時任の視線が大河の後ろの二人──特に愛蘭に向いた。
気づけば時任の背後に控えるディフェンダーズのメンバーらの視線も、一斉に愛蘭へと集中している。
それはまるで品定めでもしているかのような、不快感しか無い穢れた視線だ。
(うわぁ……)
その視線に、覚えがある。
新宿で、目白で、そして中野で。
性欲に脳が支配された浅ましく愚かな、そんな視線だ。
その視線に本能的な嫌悪感を抱く大河は、思わず身体を少しだけスライドさせて、愛蘭の身体を時任の視線から隠した。
殆ど無意識下での行動だったが、それはどうやら廉造も同じだったようだ。
二人で愛蘭を守るように位置取った。
「僕はかが──えっと、三宮憐。ケイオスのメンバーだよ。こっちは──」
「佐上愛蘭よ。リーダーの補佐みたいな事をしているわ」
大河と廉造の意図を汲み取り、愛蘭は後方から少しだけ大きな声で、しかしはっきりとした声で応える。
(愛蘭さん、強いなぁ……)
後ろを振り向く事無くしっかりと時任の顔を見ながら、大河の胸中は愛蘭への尊敬の念でいっぱいだった。
ケイオスの前身であるクラン『アンダードッグ』時代、愛蘭はクランの為に悪党共にその身を差し出した経験がある。
きっとそれは、男である大河では永遠に理解できないほどの苦痛と屈辱だっただろう。
しかしこの女傑は、そんな過去の痛みに負けず、こうして毅然とした態度で男性に張り合える。
この強さが、愛蘭がケイオスの皆から頼られ、愛される理由の一つだ。
大河はそんな愛蘭の強さを、心の底から尊敬している。
(廉造は、なんで本名じゃなくて芸名の方を……?)
ちらりと、横目で廉造の顔を見る。
普段は纏めるのも面倒だと下ろしている前髪が、綺麗に分けられていた。
そのせいで額と顔が堂々と露出されている。
「へぇ……キミは、あの……」
眼鏡の奥の細い目を見開いて、時任は廉造の顔を凝視した。
その背後では、ディフェンダーズのメンバーがざわざわと騒がしい。
『お、おいおい。アイツほら! あの!』
『SA・RA・RAのレンだよあいつ』
『うぉ、有名人じゃん』
『顔ちっさ! 腰ほっそ!』
『俺ガキの頃良く観てたなぁ。キミ街探偵団』
『なっつ。あの助手役の女の子好きだったわぁ』
『アイドルやん。知らんけど』
『いけすかねぇ顔してんなぁ』
『んだよ、俺より背ぇ低いじゃん。元カノがさぁ、アイツらのグッズ買うっつって、俺のバイト代使い込みやがってさぉ』
『俺の元嫁はアイツらの大ファンでさぁ。名古屋コンサートに行くっつって、ホテル代や旅費まで俺が出したんだよ。なんでわざわざ名古屋まで』
そのざわつきの内容は、正直聞いていてあまり気分が良い物では無い。
(ああ、なるほど。愛蘭さんへの視線を自分に集めたかったのか)
またちらりと廉造の顔を見ると、ふてくされたような、不満そうな表情をしている。
きっと騒がれている内容が気にくわないのだろう。
ここに居るディフェンダーズのメンバーは、全て男性。
アイドル時代に聞いていた女性からの歓声と違い、どこかやっかみや嫉みが含まれている。 それが気にくわないのだろう。
「驚きましたよ。こんな美しい女性ばかりか、国民的アイドルの三宮さんまで一緒とは」
時任はゆっくりと表情を戻して、その視線を大河へと向けた。
「それで、貴男方はどちらに向かうつもりですか? 安全な土地を探していると仰ってましたが」
「……一応ここ俺の地元だから、安心して暮らせるような土地だったら良いなぁとは思っているんだけど」
時任と、その背後の未だに騒がしいディフェンダーズの面々を眺め、大河は声を低くして質問に答えた。
この短い時間と短いやりとりで、すでに彼らへの嫌悪感と不信感はかなり高まっている。
このまま交渉を続けていても、満足行くような成果は得られないと半ば確信していた。
「なるほど。定住の地でしたら今の吉祥寺はかなりおすすめですよ。井の頭公園は食料ドロップも豊富な絶好の狩り場ですし、駅周囲に4つある聖碑の加護範囲は全て合わせるとかなり広大だ。良ければ私が住まいを見繕いましょうか?」
「その申し出はありがたいんだけど、もう少し先の方までちゃんと見て回りたいんだ。僕らは見ての通り人数が多いし、テイムモンスターもかなり居る。貴方達のコミュニティを混乱させるのは僕らだって嫌だしさ」
時任の言葉に続いて答えたのは廉造だった。
その言葉に嘘偽りは何も無い。
彼らから見ればケイオスは完全に余所者。
この大所帯が元々在ったコミュニティとそのエリアに加われば、良くも悪くもその生活に大きな影響が出てしまう。
ケイオスはそれを、あのクラン・ロワイヤルの狩り場争いで学習済みだ。
当時はそれしか生存する術が見いだせなかったが、中野の外に来てまで余所のクランと狩り場や縄張りで事を構えたくは無い。
「ふむ……では、私から一つ提案なのですが」
時任は右手の人差し指をピンと伸ばす。
(廉造、これは……)
(大河、分かってるな? 多分ここからがこいつらの本音だぞ)
二人で短いアイコンタクトを交わす。
黙っていれば通り過ぎたであろうケイオスを、わざわざ道を遮るように待ち構えていたのだ。
可能性としてはこの先に彼らの拠点があり、そこに到達させないよう防衛を図ったとも考えられる。
だがその可能性は、今のやりとりでやんわりと否定されている。
この不快で横柄な態度は、護る者のソレでは無い。
「提案?」
警戒しているの隠そうともせず、大河は時任に言葉を返した。
時任はにっこりと──しかしどこまでも胡散臭い、そんな笑顔を顔面に貼り付けて言葉を続ける。
「貴男方の吉祥寺エリアの居住を認める代わりに、ディフェンダーズに加入して貰いたいのです。一緒にこの街を護ってくださいませんか?」
一見丁寧に聞こえるその言葉の端々に、傲慢が見え隠れしている。




