吉祥寺ディフェンダーズ①
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まさかあんな堂々と待ち構えているなんて思ってなかった」
「敵意満々じゃない……勘弁してよもう」
旅団の先頭、大河と愛蘭は苦虫を噛みつぶした様な表情で前方の光景に呆気に取られている。
その視線の先には、ケイオスの行く手を遮るようにバスロータリーを横一列に塞いでいる、剣を構えた一団が居る。
「リーダー、ワシは子供達の車両に付くぞ」
「うん、念のためバスのカーテンは全部閉じさせて欲しい」
そうならないよう努力はするが、話がこじれて戦闘に発展してしまった場合、子供達に凄惨な殺し合いを見せたくはない。
「了解した」
単身で強力な防御スキルを展開できる建栄が、大河の言葉に頷き、そのままバスの車列の中程、子供達が乗る三台の方へと息を切らせて駆けていった。
ちなみになぜ建栄がチュンチュに乗っていないかと言うと、建栄自身の体重とビッグシールダーの重量を合わせると、どのチュンチュでも耐えきれなかったからだ。
普通に歩くだけならまだしも、戦闘行動には到底無茶な過重だったのだろう。
「リミさん、何人ぐらい居る?」
大河は先頭のバスの天井、そこにチュン太郎に跨がって双眼鏡を覗き込んでいるリミにたずねた。
ケイオスで一番背丈が高いリミならば、バスの上に乗ればより遠くを見渡せる。
「えーっとねー……うーん、たぶん見える範囲で30人くらいかなぁ」
「その中でリーダーっぽいヤツが居たら教えてくれ。一番偉そうにしてるヤツ」
「それはもう分かりやすく偉そうなヤツがど真ん中に居るよぉ。灰色のスーツにネクタイ締めて眼鏡かけた、インテリっぽい人。ちょっと顔が私の好みでは無いなぁ」
「いや、別にリミさんの好みは……」
聞いていなかった。
最後まで突っ込むのはリミの思う壺だと、大河はあえて言葉を切って前方に意識を集中する。
「あれか……」
大河の視力では顔までははっきりとしないが、灰色のスーツ姿の人物はおぼろげに確認できる。
「大河、愛蘭さん」
背後から廉造に呼び止められて、二人は振り向く。
「一応僕も側に控えているけど、もし交渉になるんであれば敬語とか使わない方が良いかも知れない」
「なんで?」
愛蘭の問いに、廉造は右手の人差し指をピンと立てた。
「いっちゃ悪いけど、大河と愛蘭さんは向こうからしたらただの女子供だ。リーダーが未成年ってウチみたいな構成のクラン、余所じゃあんまり見なかったからさ。下手に謙った態度で接しちゃうと、格下と見なされて色々ふっかけられるよ」
「確かに」
愛蘭がうんうんと頷く。
ケイオスのリーダーは名実共に大河で皆異論は無いが、生活面でトップに立つのは愛蘭だ。
姉御肌で面倒見が良く、男相手に物怖じせずに言いたいことをはっきりと言い、かと言って言わなくて良いことはしっかり黙る。
中野を出発する際に余所のクランから身よりや頼る人の居ない女性や子供を十数名引き取り、今やクラン単体だけで七十名弱にも膨れ上がったケイオスだが、その指揮系統の上位に間違いなく愛蘭が立っている。
それほどこの女傑は有能かつ頼りになる存在なのである。
「最初の接触からあんな殺気むき出しなんだ。いきなり無茶を言われる可能性はかなり高いと思うよ」
「全く、どこに行ってもそういう話ばっかりで嫌になるわね」
「言えてる」
げんなりと肩を落とす愛蘭に、廉造は苦笑する。
「まぁ……少なくとも向こうは、戦闘経験はあんまり無さそうだな」
再び目の前で待ち構えている一団を見て、大河がボソリと溢した。
「なんで分かるの?」
大河の言葉にきょとんと小首を傾げる愛蘭、そして廉造。
「この距離で全員『剣』を構えているからだ」
そんな二人の背後から、海斗がハヤテマルを肩に乗せてやってくる。
「兄貴」
「海斗」
「おう、戦闘班全員の配置は終わったぜ」
振り向いた廉造と愛蘭の頭を交互にポンポンと叩き、海斗は大河の横に並び立った。
「こっから見た感じでも、殆どが『咎人の剣』の初期状態のままだし、ハードブレイカーやルナアーチも何本かあるみたいだが、数が少なすぎる」
「今の廃都じゃ、相手の剣を見ただけである程度相手の情報が筒抜けになるんだ。あの様子だと、モンスター相手の戦闘はそこそここなしてるみたいだけど、巡礼者戦闘には慣れてないんじゃないかな」
海斗の言葉に補足するように、大河が続けた。
「なるほど、確かに」
愛蘭はその言葉を聞いて、顎に右手を当ててうんうんと頷いた。
「遠くから俺らを監視している奴らが向こうの精鋭かも知れないから、まだ安心はできないけどね。『快刀・乱麻』って剣のスキルには息と動きを止めると敵の感知能力に引っかかり難くなるのもあるし」
大河の脳裏に、圭太郎の姿が浮かぶ。
剣やジョブを完全に密偵向けにビルドしていた圭太郎であるならば、監視行動にさえ集中すれば今の大河のレベルをもってしても見つけるのは難しい。
スキルで気配を希釈させつつ、『ぼうけんのしょ』アプリのメッセージ機能を活用すれば、大河や廉造の感知範囲外からの監視や伝達も容易い。
「集団戦闘をするってんなら、武器構成を晒しちまうと敵に対応策を練られちまう。少なくとも相手が来るって分かってんのに、この距離から完全武装で待ち構えているのは最悪だわな」
そう言って海斗は人の悪い笑みを浮かべた。
「んで、アンタらから見てアイツらはどう見えるわけ?」
『余裕』
愛蘭の問いに、大河と海斗は声を揃えて答えた。
「俺か大河、どっちか一人でも完勝できるんじゃないか?」
「ああ、そう。本当に頼もしい限りだわ」
血なまぐさい話は中野ですでにたっぷりと味わった。
なので愛蘭は嫌悪感を隠そうともせず、大河の隣へと移動する。
「俺と愛蘭さん、廉造で先行する。海斗さんは皆と一緒に、俺らから距離を取りつつゆっくり前進して、良い感じの所で待機してくれ」
「了解っと。頼んだぞ」
大河の指示に頷いて、海斗は車列の方へと戻っていった。
「じゃあ、行こっか」
廉造と愛蘭にそう促し、大河は率先して歩を進める。
その一歩を踏み出すと同時に、ケイオスを待ち構えている一団に静かな動揺が走った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「と、止まれ!!」
一団から大きな声が響く。
横に目一杯拡げた陣形の丁度真ん中、リミがリーダーと目星を付けた男の横に立つ中年男性が、可哀想になるぐらいに冷や汗をかきつつ目を泳がせている。
「こ、ここは我ら『吉祥寺ディフェンダーズ』がおおお、治める土地である! よよよ、余所者が一体なんの用だ!!」
これまた可哀想になるぐらいどもったその声は、緊張からかそれとも恐怖からか。
「安全な土地を探して、リーダーである俺の故郷の吉祥寺にやってきた。『東京ケイオス』のクランリーダー、常磐大河だ」
大河はゆっくりと歩を進め、右手を差し出した。
その距離はおよそ5メートル。
友好を示そうと先に名前と所属を名乗り、そして誰かが手を取ってくれる事を期待して伸ばした右手だが、目の前の一団──『吉祥寺ディフェンダーズ』なるクランからは誰も出てこなかった。
「お、おおお、お前がり、リーダー? ははっ、はははっ」
中年男性の無理矢理な笑い声に呼応するように、一団は一斉にざわつき始めた。
その声に含まれているのは、嘲笑と侮蔑。
(感じ悪いどころじゃないなこりゃ……)
接触早々に交渉失敗の予感を感じながら、大河は虚しく空を掴んだ右手を引っ込める。
「誰かと思えば、常盤君じゃないですか」
一団の中から、一人の男がゆっくりと抜け出てきた。
それはリミが報告してくれた眼鏡にスーツ姿の、偉そうな男性。
「キミが転校してからですから……大体三年ぶりくらいですか。元気そうでなによりです」
「……?」
改めて、まじまじとその顔を観察する。
相手はどうやら大河を知っているようだが、大河には覚えがない。
地元であるため顔見知りが居ても何もおかしくは無いが、この土地に住んでいた頃の大河は控えめに言っても地味な男だった。
それは見た目の話に限らず、普段の生活でも。
なので日常的に名前を呼ばれるほど成熟した人間関係を構築できた相手は、かなり少ない。
「おや、覚えていませんか? まぁ無理も無い。キミが転校した当時は、僕はまだ新任でしたからね」
「新任……教師?」
転校、新任。
そのワードから導き出されるのは、学校。
つまるところ、大河が精神を病んで田舎に逃げる前まで通っていた中学校。
そこに勤めていた教師。
「ご挨拶が遅れましたね。私は時任要。今はこの街の安全を守る為に結成された自警クラン、『吉祥寺ディフェンダーズ』のクランリーダーを勤めています」
その細く四角い眼鏡に反射した日光が、ギラリと嫌らしく輝いた。




