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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
吉祥寺《はじまりのまち》

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246/281

帰郷③


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……着いた」


「うん……うんっ!」


 大河の呟きに、目尻に大粒の涙を浮かべて悠理が何度も頷いた。


 目の前にそびえ立つのは、通学の際に何度も通り、休みの日には友達や家族と買い物にも訪れた事のある駅ビル。


 二つの沿線が通る吉祥寺駅では、それぞれの改札口に直結する形で二種類の商業施設が併設されている。


 その他にも駅周辺は大型家電量販店やショッピングモール、商店街に飲食店街と言った、地方から見れば充分すぎるほどに都会の様相を呈していた。


 ケイオスの右手には、渋谷から伸びる京王井の頭線の高架。その奥には新宿から中野を経由するJR線の線路が見える。


 二つの沿線が点で結ばれるこの吉祥寺は一日の利用者数が20万人を超える、数ある東京の駅の中でも上位のターミナル駅である。


「ようやく……帰って来れた……」


 生まれ育った街を目の前にして、悠理は大河の右腕に縋りながらふるふると震えて静かに泣いた。


 新宿や池袋、中野と言った全国でもその名を馳せる有名な駅。東京に定住していれば否が応でも利用するそれらの駅と違い、吉祥寺は比較的マイナーな部類に入る。

 もちろん井の頭線の終点であったり、JRのターミナル駅である以上ある程度の知名度は持っているが、新宿などと比べるとさすがにワンランク格が落ちるだろう。


 吉祥寺とはと聞かれ、パッと答えを言える者はそう多くない筈だ。


「かえっ、ぐすっ、かえって、これたっ」


 ついに堪えきれず、悠理は両手で顔を覆って泣き出した。


「悠理」


 大河はそんな悠理の頭にそっと手を添えて、自分の胸の中に抱く。


「たいがぁ、かえってきたよぉ……き、きちじょうじに……かえってっ、ふぅううっ」


「ああ、時間掛かっちまってごめんな。これで一番最初のお前との約束、ようやく守れた」


「う、ううんっ、あやまらないで、たいが、ありがとう……あ、ありがっ……ぐぅっ、うえぇえええええええ」


 まるで子供の様に泣きじゃくる悠理の頭を、優しく撫でる。

 指触りの良い黒い髪を梳き、首元を覆い、頭頂部に頬を添えて。


 あやすように、背中をぽんぽんと叩きながら。


 そんな大河と悠理の背中を、ケイオスのメンバーや子供達が、少し離れた場所から見守っている。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 悠理が泣き止むまでに、およそ30分ほどの時間が必要だった。

 その間ずっと側で慰めていた大河は、悠理と違ってこの懐かしい景色に感動していない。


 二年前──いや、もう三年前。


 大河はこの街から逃げ出した。


 辛い現実や苦痛から目を逸らして、自分のしでかした事の後始末すらせずに、ただ叔父に手を引かれるがまま、沢山の良い思い出と、それ以上の悪い思い出を残したままこの街を後にした。


 だからだろうか、感極まっている悠理に悪い気がするが、正直に言えばこの景色を見ているのが苦痛に感じる。


 あの日の新宿──この東京が廃都に変わったあの朝。

 

 長い間電車に揺られて降り立った新宿の景色に感じた事が、今またこの吉祥寺でリフレインしている。


(俺の知らない建物……知らない店……知らない看板……)


 記憶の中の吉祥寺駅と、今見ている吉祥寺駅を重ねても、ピタリとハマらない。


 昔からある建物のテナントが入れ替わっている。

 そこにあった筈のビルが無くなり、真新しいデザインのビルに建て変わっている。

 店名は同じはずなのに、店内の造りや配置が変わっている。

 道路脇の植栽の位置が違う。

 ガードレールの形が違う。

 こんな所に横断歩道などあっただろうか。

 いや、信号機がLEDに変わっているからか。

 角のコンビニは、確か別のコンビニチェーンだった筈だ。

 駅ビルのテナントを示す看板の、順番や色が変わっている。

 

 記憶を辿れば辿るほど、住み慣れた故郷の記憶が濃ければ濃いほどに、現在との差異が明確に浮き彫りになっていく。


 本来ならこの街で、この街と共に成長する筈だった。


 しかしやはり、逃げ出した者を東京は容赦なく置いていく。


 この一年と少し、日々を生き抜くのに精一杯で忘れかけていた筈の暗い感情が、精神の器の縁から溢れだしそうになる。


 吉祥寺の街をそんな思いで見つめ続ける大河の表情は、痛みを堪えているかのようだった。

 しかし、誰もその表情には気づけていない。

 

 廉造も、海斗も、大河の胸の中で泣き続けている悠理も、誰も。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「もう、大丈夫か?」


「う、うん……ごめんね大河」


 赤く腫らした目を擦りながら、悠理は優しく笑う。


「良いよ。気にすんな」


 ポンポンと悠理の頭を軽く叩いて、大河はもう一度ぐるりと吉祥寺の街を見渡した。


「……」


「大河?」


 その目つきは、剣呑。


 一つ一つの建物を睨み付けるように眺めながら、大河は悠理の肩にそっと手を置いた抱き寄せた。


 そして振り返り、停車していたバスに向かって手を振る。


「海斗さん、廉造。ちょっと」


 後方で待機していた二人を呼び寄せる。


「どうした」


「何?」


 廉造はバスから降りて、海斗はチュンバレンの背中に跨がったまま、大河へと歩み寄る。


「……多分なんだけど俺ら、見られてる」


 チュンバレンの身体に隠れるように移動した大河が、小声で呟いた。


「……気のせいじゃなかったか」


「俺が気づけなくてお前らが気づけたって事は、結構遠くから見られてんだな?」


 ピリッとした空気が、三人の間に流れた。


 身体能力(ステータス)の数字上、この中で一番感知能力が高いのが廉造で、次点が大河だ。


 大きく間を開けて海斗、そして悠理。


 レベルを上げる事で巡礼者(プレイヤー)に付与される身体能力(ステータス)は、基本的に『咎人の剣』を抜剣(アクティブ)状態にしない限りその身体に反映されない。


 そうでなければ日常生活に支障が出るからだ。


 ただし、『感知能力』の数字に関しては例外である。


 これは所謂、索敵──敵をいち早く見つける為の能力だ。


 どんなにレベルを上げた所で、剣を出しっぱなしにしなければ敵に気づけないとなれば、容易く奇襲されてしまう。


 感知能力はその数字が大きければ大きいほど、より遠くより正確に敵・もしくは近隣巡礼者(プレイヤー)の存在を感じ取れる様になる。


 海斗には察知できなかった敵の気配を廉造と大河が感じ取ったと言うことは、海斗の索敵範囲外にこちらを伺っている者が居ると言うことだ。


「どうする?」


「俺らから仕掛けるか?」


 廉造と海斗の言葉に、大河は軽く頭を振った。


「向こうからすれば、外から大人数でやってきた俺らの方が怪しく見えて当然だろ? この街を拠点にするかも知れない以上、むやみやたらに敵を作るのはあんまり良いことじゃないと思うんだ」


 クラン・ロワイヤルを経て中野では一大勢力となったクラン『東京ケイオス』だが、当然と言えば当然ながら中野以外の街では無名である。


 その結成理由がかなり殺伐としていたのもあって、ケイオスの有事への対処方法は真っ先に武力を選択しがちだった。


 他の街のクランを知っている大河は、そこに若干の懸念を抱いている。


 例えば新宿東口の大手クラン『東新宿共同生活会』。

 クランリーダーである島と言う男性は、かなり事務的にクランの運営を行っていた。

 異変が起きて間もなかった頃というのもあってか、島が他のクランやメンバーに対して暴力的に接しているのを、大河は見たことが無い。


 例えば池袋。

 かつては水野陽子、今は渡辺瑠未がクランリーダーを勤める『パークレジデンス池袋(仮)自治組合』──現在は『太陽の家(サンズハウス)』と名を改めたそのクランは、孤児達を保護する目的で結成されたからか、大河が知るクランの中でもとりわけ穏健派に思える。


 中野の殺伐とした日々がそうさせたとは言え、今のままだとケイオスは他のクランと衝突してしまう可能性が高い。


 中野からここ吉祥寺までの旅路で、通り過ぎた幾つかの街に暮らす他巡礼者(プレイヤー)やクランとの交流も積極的に行ってきた。


 戦闘班のメンバーの幾人かが喧嘩っ早いせいで、ちょっとしたいざこざが起こったりもしたが、これからはなんとか穏便に他のクランと外交できるようにならなければならない。


「とりあえず、向こうから近づいてくるまでは放置しておこう。でも警戒だけは怠らないように。廉造、愛蘭さんと建栄さんに報告しておいてくれ。接触してきたら俺と愛蘭さんで対応しようと思う」

 

「了解、もしアレだったらちょっとした食料ぐらいなら分けても大丈夫だからな」


「向こうが救援物資を求めてきたらな」


「俺は?」


「海斗さんは戦闘班のみんなに、絶対に先走らないよう注意してくれ。特に秋也さんとリミさん」


「ああ……アイツら思い込み強いからなぁ」


「戦闘班の皆でバス──特に子供達が乗っているバスを優先に守りを固めて欲しい。もし向こうが何かをしてくるんだとしたら、駅を抜けて東口のロータリー辺りになる筈だ。あそこが一番開けてるから」


「了解」


「んじゃ」


 手短に打ち合わせを済ませた三人は、一斉に行動を開始する。


「……大河」


 未だ大河の腕に抱かれたままの悠理が、不安そうに大河の顔を見上げる。


「大丈夫、心配すんな。揉めないように頑張るし、揉めたとしても負けるつもりは無いからさ。ほら、お前もバスに戻ってくれ」


「……うん」


 名残惜しそうに大河の身体からそっと離れて、悠理は待機しているバスの先頭車両へと歩を進める。


 大河はその後ろ姿を見送って、そして大きく背伸びをした。


「んぅうううっ、っと……さーて、どう出る?」


 その視線はついさっきよりも多く、そしてより近くから感じ取れる。


 この調子であればもう間もなく、向こうの方から接触してくるだろう。

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