帰郷②
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「朱音さんと連絡が取れない?」
瞳と悠理が独学で仕上げた食パンにベーコンとポーチドエッグを挟んだサンドイッチを食みながら、大河は悠理の言葉に首を傾げた。
中野を出てから二ヶ月と四日目、その朝食時間。
場所は電柱の住居表示を見るかぎり、すでに杉並区の外れ──久我山駅の近くだと予想される。
「うん……先週まではメッセしたらちゃんと返信してくれたんだけど……」
これまた瞳と悠理が仕上げた自家製のイチゴジャムをパンに塗りながら、悠理は暗い表情で頷いた。
「フレンドリストの名前は普通に表示されてるの。もしかしてこれって、私たちの時と同じなのかな……」
「なんかのイベントに巻き込まれてるって事か……」
マグカップからカフェオレを啄んで、大河は考え込んだ。
状況から見るに、中野に閉じ込められていた頃の自分たちと同じ。
条件を満たさなければ外部に出る事が出来ないイベントに遭遇し、その対処に当たっている可能性が高い。
「……大河には、言ってなかったんだけどね?」
「ん?」
「朱音さん、今は池袋じゃなくて……新宿に居るみたいなの」
「新宿? そりゃまた、なんで」
二人が顔を付き合わせて朝食を取っている場所は、そこそこの広さを持つ公園のベンチだ。
その周りでは寝起きの良い子供達がガヤガヤと騒ぎながら、遊具に腰掛けたり車道に停車してあるバスの中だったりと、思い思いの場所で朝ご飯を済ませている。
みんなまだ寝間着姿なのは、身支度用の身体を拭くお湯がまだ沸いていないからだ。
近くに銭湯や宿などの、入浴が出来る施設が見当たらない場合。
ケイオスはこうして公園や空き地で一泊し夜を凌ぐ。
二ヶ月もそんな旅を続ければ、大人よりも順応性が高い子供たちの方が慣れが早かった。
「椎奈ちゃんと、圭太郎くんが……池袋を飛び出しちゃったみたいで……瑠未さんに頼まれたみたい」
「──あぁ、そっか」
悠理のその言葉に、なぜ今まで自分に教えてくれなかったのか、どうして池袋を出たのかをなんとなく察した大河は、言葉に詰まる。
きっとそれは、あの場所を抜け自分を追いかける──もしくは自分と戦い勝つ為の力を付ける為に、椎奈が暴走した結果なのだろうと推測できた。
圭太郎はそんな椎奈が心配で、そして朱音は持ち前の面倒見の良さから見捨てられず、旅に同行しているのだろう。
「……心配すんなって。朱音さんと圭太郎が居れば、大体のイベントは問題なくクリア出来る筈だ。朱音さんはちょっとアレで心配だけど、圭太郎は頭が良いしゲームの知識は俺なんかより持ってるからな」
「そうだね。朱音さんだけだとちょっとアレだけど、圭太郎くんが居たら大丈夫だよね」
朱音の壊滅的な雑っぷりを知っている二人は、そう言って笑う。
あえて椎奈の事に触れないのは、お互い違う意味で思うところが含まれているからだ。
『お湯の準備ができたから、男の子はあっちの滑り台の方! 女の子は向こうの建物の方に集合してくださーい!!』
『はーい!!』
瞳の声に元気良く、子供達が応える。
「おっと、さっさと食って子供達の身体拭いてやらねぇとな。あのやんちゃ共、放って置いたらお湯で遊び始めちまうから」
「そうだね。私も女の子たちの手伝いしてくる」
そう言って二人は急いでサンドイッチを食べ終え、手早く食器を重ねて簡単に片付けを終わらせた。
『よーくん!! ここで全部脱がないでってば!!』
『こらー!! お洋服脱いだまま畳んでないのは誰ー!?』
『お姉ちゃんお兄ちゃんは小さい子のお手伝い先にして貰っていいー?』
『はーい!』
『いくみちゃん、みぃちゃん起きてるー?』
『ん、おねむそうだけどまだ起きてるよ』
今日もケイオスの朝は、騒がしい。
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「大河、あれ」
「ああ、井の頭公園だと思う」
車列の一番先頭を行くバスの中から窓越しに、廉造に声を掛けられた大河はチュンリッヒの背に跨がりながら眼前の自然と人工物で構成された景色に頷く。
久我山駅を出発しておよそ三日。
本来この当たりは、杉並区と三鷹市、そして吉祥寺が存在する武蔵野市が隣接する住所的に少し込み入ったエリアだ。
その市境を区分する形で、かの有名な井の頭恩賜公園は存在する。
通称は井の頭公園。
その中心に巨大な湧き水である井の頭池を抱え、更には公園を縦断する形で流れる玉川上水の近くには、とある世界的アニメスタジオの名を冠した美術館などもあり、家族連れからカップルまで幅広い年代に愛されている東京でも有数の観光スポットでもあった。
「この住宅街もう少し行ったら井の頭公園駅が見えてくるはずだ。あっちの広場、昔行ったことがある」
「一か八か、大通りから外れて住宅街に入って正解だったな。線路を沿っていけば……」
「ああ、吉祥寺だ」
バスの通行に難儀こそすれ、このまま何の目印も無く歩き続けるのは皆の精神的にも辛いだろうと、地元民である大河と悠理の勘を頼りに路地に入ったのが功を奏したようだ。
「長かったなぁ」
ようやく目的地に辿りつけると言う実感に気が緩んだのか、廉造はバスの窓枠にへにゃりと身体を預けた。
「俺と悠理の住んでた所は駅を越えた先だから、もう少しかかるだろうけど……どうする? ここらへんでいくみの学校を探して先に拠点を決めた方が良いか?」
「んー……いや、聖碑が見当たらないのが気になる。もしかしたら井の頭公園がダンジョン化しててもおかしくないし、なによりここらへんに人が居ないのが一番気がかりだ。もしかしたら厄介な場所かも知れないだろ?」
「確かに……ダンジョンになってもおかしくない広さだもんな。井の頭公園は」
廉造とそんなやりとりをして、大河はチュンリッヒの足を速めた。
「海斗さん、とりあえず井の頭公園からはある程度距離を取ったまま進もう。廉造とも話し合ったんだけど、ダンジョンになってる可能性がある」
先頭集団の海斗に追いつき、お互いのチュンチュを並べる。
「だな。さっき何体かモンスターが襲ってきたが、明らかにフィールドモンスターとは毛色が違ってた。ありゃダンジョンに出る系統だ」
そう告げる海斗のハヤテマルには、まだ新しい血が滴っている。
おそらく今述べたモンスターの血なのだろう。
「強かった?」
「さっきまでの奴らに比べたらな。と言っても、今の俺らにとっちゃ雑魚も良いとこだったが。ヘタしたらボス級のモンスターを呼び寄せるギミックに触れちまう可能性もあるから、距離を取るのは賛成だ」
海斗はそう話しながらハヤテマルを素早く振って血を振り払い、チュンバレンの鞍に挟んで置いたタオルを手に取り刀身を拭く。
「ちゅん」
「おう、よくやったな。お前の方が気づくのが早かったな」
この二ヶ月を共にしすっかりと戦友となった海斗とチェンバレンはその短いやりとりでお互い頷いた。
他の良く鳴くチュンチュと違い、チュンバレンはかなり無口だ。
一日に一回、その鳴き声を耳にするかしないか。
その寡黙さが、海斗とウマが合うらしい。鳥なのに。
「それで、今日はどこまで行くんだ?」
チュンバレンの背中をわしわしと荒々しく撫でながら、海斗は大河に問う。
「これはもう俺の憶測でしかないんだけどさ。もしかしたらこのまま進めば今日中に吉祥寺駅に着く気がするんだ」
「土地勘のある地元のヤツがそう言ってんだから、それを信じるしかねぇな。分かった、今日は行けるとこまで行ってみようか」
「うん、よろしく。俺は愛蘭さんと打ち合わせしてくるよ」
「おう」
海斗とチュンバレンに手を振って、大河はチュンリッヒを転回させた。
『野郎共! もうすぐ目的地だ! 気を抜くんじゃねぇぞ!!』
『うぃーーっす!!』
背中の方から海斗と戦闘班の体育会系な声が聞こえてくる。
「ちゅっ!!」
その声に触発されたのか、大河の愛鳥であるチュンリッヒが首を器用に回してやる気に満ちあふれた目を向けてくる。
「ん? ああ、お前ももう少し頑張ってくれよ? 頼りにしてるんだからな」
「ちゅーんっ!!」
首を撫でられたチュンリッヒは、気合いの入った鳴き声で一声嘶くと、その歩を少しだけ早める。
もうすぐ、長かった旅が終わろうとしていた。




