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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
吉祥寺《はじまりのまち》

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帰郷①


 バスが無理なく通れるような太い車道を選んでいるとは言え、ケイオスの吉祥寺への旅路はかなり長くなった。


 もうじき二ヶ月、車列の形成や護衛の陣形を整えるのにも、もうすっかり慣れが出始めている。


 大河や海斗を筆頭に、愛蘭の檄の声もあって決して油断せず進んでいる筈なのだが、ふとした瞬間に空気が緩む場面が日に何度も出始めている。


 疲労から来るモノか。

 はたまた、中野での日々の経験とのギャップから来るモノか。


 廉造などはそう分析しているが大河は一人、別の視点からこの原因を考えていた。


(気のせいじゃ……ない……)


 愛鳥チュンリッヒのたずなをやさしく操り、車列の先頭へと向かう。


「海斗さん」


 クラン『東京ケイオス』という、今はすっかり旅団となった一団の先頭は、もちろん戦闘班の班長である海斗が陣取っている。


 その責任から四六時中気を張っているせいか、最近の海斗は少し不機嫌が隠せなくなっていた。


「なんだ」


「今日の戦闘、何回あった?」


「……まだ、二回くらいだな」


 昨夜のキャンプ地を出発したのが2時間前。


 基本的にフィールドモンスターは巡礼者(プレイヤー)の力量をある程度察知し、あまりにもレベル差がある場合は滅多に襲ってこない。


 もちろん例外や不意の遭遇などはあるので、完全に戦いが起こらないわけではないが、それでも二時間で二回はあまりにも少なすぎる。


「後列の方も、今日はまだ一回しか戦ってない」


「……何が言いたい?」


 疲労が積もり考えるのが億劫(おっくう)になっているのだろう。


 海斗は自分の愛鳥──群れの中で一番スリムで足が速いチュンチュ、『チュンバレン』の背中であぐらをかいて頬杖を付いた。


「さっき、ちょっと列から離れて戦ってきたんだ。まだ五匹くらいしか斬ってないけど、吉祥寺に近づくにつれてモンスターが弱くなってるんだと思う」


「間違いねぇ。俺らも先週くらいから、モンスターと戦った時の手応えがだんだん無くなってきてる。そのせいでなんつーかこう……フラストレーションみたいなのがよ」


 要するに、長く面倒な旅のストレスをモンスター討伐で解消していたのだろう。


 ここ数日の不機嫌は、戦闘に手応えが無さ過ぎてイライラが募っていたのだ。


 大河は周囲を見渡して、戦闘班のメンバーの顔を見る。

 旅団の先頭を担っているのは、ケイオス戦闘班の中でも精鋭メンバーだ。

 海斗との連携や、後方で有事が発生した場合すぐに対応できるメンバーが選抜されている。

 その誰しもが、表情に緩みが含まれていた。


「……一週間くらい、俺が先頭に立つからさ。その間に皆をローテーションで休ませて欲しい」


 今になるまで全く気づかなかった、その緩み。


 普通に考えて、二ヶ月もの旅路をずっと気を張って警戒しろと言うのはあまりにも酷な話だったのだ。

 

 いや、この場合。

 大河よりも年上の海斗や戦闘班の面子が自主的に休めば良かっただけの話ではあるが、彼らもまた中野の生活を経て若干のワーカーホリックを患っていた。


 仕方がない。


 誰かがサボればその分のしわ寄せが子供達の生活に響くような、そんな綱渡りを続けていたのだ。


 中野では自分達だけでなく、同盟クランの食料配給まで行っていた。

 休むと言う思考が頭から抜け落ちるほどに、皆必死に働いていたせいだ。


「悪ぃ、いや……情けねぇな」


 後頭部をぼりぼりと掻きむしり、海斗は頭を下げる。


「仕方ないよ。子供達も暇過ぎて我慢できなくなってるし、みんなそろそろ限界なんだと思う」


 ここ数日、子供達の小さな諍いが増えてきたように思える。

 そのたびに仲裁に入ったり、チュンチュの背に乗せて気分転換を促したりと頑張ってはいるが、それももう八方手を尽くしきってしまった感があった。


「今日の夕飯をちょっと豪華にして、明日は丸一日休養に当てよう」


「良いのか? こないだ休んだばかりだろ?」


「急ぎすぎて全員共倒れになるよりはマシだろ? 焦っているわけじゃないからさ。愛蘭さんや廉造と相談してくるよ。まとまったらメッセするから」


「おう、すまん」


「謝んないでよ。海斗さんやみんなには助けられてるんだからさ」


 そう言って大河はチュンリッヒを転回させて、車列の中央へと向かった。

 海斗はそんな大河の背中を、申し訳なさそうに見守っている。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


(俺の考えが正しいのであれば……吉祥寺はこの東京──『東京ケイオス・マイソロジー』の開始地点……)


 もうじき夕暮れ。

 オレンジ色に染まり行く空を見上げて大河は一人、小高い丘の上でたたずんでいる。


 その周りには放牧されたチュンチュ達が嬉しそうに草を()んでいて、時折大河の背中にスリスリと頭を擦り付けて甘えてくる。


(アイツが自分の住んでいる環境や知っている東京の知識を元にこの世界(ゲーム)を妄想したのならば、住み慣れた地元を所謂『はじまりの村』にしていてもおかしくない)


 チュンチュの頭を撫でながら視線を上方向からゆっくりと移動させ、これから向かうであろう方角へと向ける。


 まだ大河の記憶にあるような、吉祥寺の街並みに合致する景色は見えない。


(元々アイツの妄想は、小学一年の時に綾の父親(オジさん)が買ってきた昔のRPGをプレイしてから始まった……はず)


 身体が弱くインドア気質だった息子を不憫に思った、少々子供に甘すぎる綾の父親が、暇つぶしになればと昔自分が好きだったゲームのリメイク作品をハードごと買い与えた。


 おそらくそれが、綾がノートに『自分の理想のゲーム』を書き留めるようになったきっかけだったと、大河は記憶している。


 架空の東京都を舞台としたそのゲームは小学一年生がプレイするにはあまりにも残酷描写が多く、またシステムも難解でゲームの難易度も高いモノだった。


 だが生来の凝り性でオタク気質、そして負けず嫌いな綾は、そのゲームを半年近く根気よく続けてプレイし、果てには数年かけてやりこみ要素までコンプリートしてみせた。


 思い出の深いゲームとして、良く語ってくれたのを思い出す。


 嬉しそうに、楽しそうに。

 目をキラキラと輝かせて、どのイベントが一番エゲつなかっただとか、どのボスが一番手強いだとか、ゲーム中に描写されておらず他の媒体──小説や設定資料集でしか語られていない背景だとかを、聞いてもいないのにつらつらと語る、親友の顔が目に浮かぶ。


(そうだよな。あん時のお前は、あの街の事しか知らないもんな……)


 だからこそ、吉祥寺が『はじまりの村』に選ばれたのだろう。

 同じ東京を舞台として始めた妄想の、全ての起点。


 吉祥寺に向かうにつれてモンスターが弱まるのも納得ができる。


 本来ならば、巡礼者(プレイヤー)はあの街から冒険を始める──そんなゲームバランスの元で、今の廃都は設定されている筈だったのだ。


「大河!」


 丘の麓から悠理の声が響いた。


「リミさんがこの先に銭湯を見つけたんだって!! 愛蘭さんと廉造くんが銭湯に行くグループの班分けをしたいから降りてきて欲しいって!」


「わかった! すぐ戻るよ!」


 今回の旅路でも幾つか銭湯や宿を経由しているが、銭湯と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、池袋から中野へと向かう荒野にぽつんと立っていたあの妖精湯の事だ。


 建物型のモンスター『プリズンミミック』。

 自身の内部に入り込んだ巡礼者(プレイヤー)を飼い殺し、自分の世話をする妖精(フェアリー)に変容させて奴隷にする恐ろしいモンスターである。


 その銭湯ももしかしたらプリズンミミックかも知れないが、モンスターの襲撃に怯えず足の伸ばせる湯船に浸かってリフレッシュできる誘惑には勝てない。


(まぁ、一度妖精(フェアリー)が定着してしまったプリズンミミックは、殆ど無害だからなぁ)


 施設利用料と入湯料としてオーブさえ払えば、後は普通の施設となんら変わらない。

 それもこの旅で知った知識だったりする。


 先に囚われて妖精(フェアリー)になってしまった巡礼者(プレイヤー)は確かに可哀想だが、だからと言って元の姿に戻せるわけでもなし。

 外の世界に怯え銭湯内に篭もりきり、堕落しきってしまった巡礼者(プレイヤー)にも非が無いとは言い切れない。


「よし、じゃあ明日までここで大人しくしてろよ?」


「ちゅん?」


「ちゅちゅっ!」


「ぢゅんっ!!」


 すっかり懐いて大河に甘えてくるチュンチュの頭を順番に撫でながら、大河はゆっくりと丘を下っていく。


 チュンチュはあまり戦闘に長けていないモンスターだが、その分警戒心が強く、索敵能力が高い。

 

 バスの外には夜番が数人控えているので、こうして目に見える場所にさえ居てくれれば幾らでも放牧できる。


 チュンチュが異変を知らせる鳴き声を上げれば、すぐにでも駆けつけて対処できる筈だ。


「久しぶりの風呂だし……子供達にフルーツ牛乳やコーヒー牛乳くらいは飲ませてやりたいな」


 銭湯施設の多くに備わっているそれらの飲料水。

 刺激に飢えている子供達にとっては充分すぎるご褒美となるはずだ。


 そんな事を考えながら、大河はゆっくりと丘を歩く。


 悲しいかな。

 自分だってまだ子供と呼ばれる年齢であった事実を、大河はもう忘れていた。

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