そして……①
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クラン・ロワイヤルの覇者に与えられる『三つの政令』の制定。
この特権を、クラン『東京ケイオス』はあえて放置している。
前任である『覇王』が定めた三つの政令である『税の徴収』・『都市外への移動の制限』・『征服者たちへの危害の禁止』という全てを破棄し、現在の中野にはなんの強制力も働いていない。
いわば無政府状態。
大河が廉造と相談した上で行った征服者としての仕事は、狩り場の拡張ぐらいだ。
溜まりに溜まっていた税の5分の1ほどを贅沢に使用し、今の中野は一ヶ月半前と比べて2.5倍まで面積が拡大している。
これはケイオスと同盟関係を結んでいるクラン以外の食糧難を解消する為の施策であり、ケイオスが中野を発つ為の食料備蓄をやりやすくする為でもある。
あの激しくも凄惨だったクラン・ロワイヤルを制した覇者としては、パッとしない。
なにせ大河も、そしてケイオスや同盟クランのメンバー誰一人とっても、この中野に愛着が無いのだから仕方ない。
中野を生まれとする者ですら、この一年余りの生活を経てこの土地に愛想が尽きたのだ。
そしてもう一つ、ケイオスが新たな征服者として行っている施策──事業が存在する。
それが──。
「はいはーい!! 目白荒野行きはもうすぐ出発しますよー!!」
千春の大きな声に、多くの巡礼者が歓声を上げた。
場所は大河と祐仁が死闘を繰り広げたあの『征服者の祭壇』。
本来は中野駅前と呼ばれていた場所だ。
「解放同盟のメンバーの指示には絶対に従ってくださーい! 指示を聞かずに一団からはぐれてしまっても、私たちは責任が取れませーん!!」
続いた郁の言葉に、巡礼者たちは多少のざわつきを見せる。
「じゃあリーダー、行ってくるね」
そう大河に声をかけたのは、リミだ。
隣には秋也と、チュンチュの成体が二体並んでいる。
「うん。俺は第二団の方に着くけど、メッセ飛ばしてくれたらすぐに追いつける距離に居るから。なにか異変があったら必ず報告してくれ」
「はいはーい! ほらいくよシュウ! チュン太郎ちゃん!」
「了解っと。よろしくなチュン三郎」
「ぢゅーん!!」
「ちゅん!!」
それぞれチュンチュの背中に跨がり、リミと秋也は祭壇の階段を軽快に駆け下りていく。
チュンチュのテイムが成功して、もうすぐ一週間。
多少の訓練こそ必要だったが、戦闘班のメンバーならチュンチュを騎馬──いや、この場合は騎鳥として扱えるまでになっていた。
元々人懐っこい気性のモンスターだったのが功を奏したのか、それとも子供達と千春の献身的な世話のお陰か。
今となってはケイオスの活動にチュンチュは必要不可欠の存在へとなりつつある。
リミが愛馬──いや、愛鳥とするチュン太郎はどこかから自分で拾ってきたテンガロンハットを被っていて、秋也のチュン三郎はなぜか捻り鉢巻きを巻いている。
ドワーフの職人に協力して貰って作成した鳥系モンスター用の背乗り鞍も、なんだか当たり前に元から着いていたかのような自然さだ。
「大河、リミさん達が出発したら向こうの人たちをこっちに移動させるね」
「ああ、甲州街道行きの海斗さん達からは何か連絡あったか?」
「うん、今のところは問題なしだって」
「良し、順調だな」
祭壇の中腹から見下ろす巡礼者達の表情は、不安と期待とで様々だ。
「今考えてみたら、やっぱり廉造の言うとおりにして正解だったな」
「そうだね。この数の人を他の街に直接跳ばすなんて、元から住んでた人にとっては迷惑なだけだったし」
大河が元々考えていた、同盟の巡礼者達の帰還事業。
それは行った事のある街に聖碑によるファストトラベルでそのまま送ると言う物だった。
つまりは大河と悠理が通過した新宿・高田馬場・目白・池袋・要町。
海斗と廉造の場合は練馬。
ファストトラベルの使用条件は『目的地の聖碑に触れた事がある』事と、『一度に跳べるのはパーティー単位の4人まで』、そして『一度跳ぶと1時間は再び跳べない』事だ。
つまりその都市に行った事が無いと跳べないし、最大で四人までしか移動できない。
最初は大河と悠理がそれぞれ3人づつパーティー登録をした者を連れて別の都市まで跳び、ファストトラベルの再使用が可能になるまでの1時間を待機させ、また戻す。
そうすればその六人がまた、それぞれ三人づつをパーティー登録し、1時間後にファストトラベルで跳ぶ──を繰り返せば、ねずみ算の要領で巡礼者を中野から脱出させる事ができる。
多少面倒な手順ではあるが、数をこなせばこなすほど送り込める巡礼者が増えるし、なにより途中からケイオスが面倒を見なくても良くなる。
この方法が最良だとずっと準備を進めてきていたが、そこに廉造がストップをかけた。
『跳ばした先の街で、大混乱が起きる可能性が高い』
『もし中野からの巡礼者がその土地の者と揉めたら、最終的にケイオスが恨まれるかもしれない』
『ていうか、そもそも僕らはそこまで責任が持てないし、持ちたくない』
その言葉に、大河の脳裏に真っ先に浮かんだのは池袋の子供達の姿だった。
なるほど、一理ある──と言うより、なぜそこまでの考えに至れなかったのか。
と大河が半日ほど落ち込んでしまったのは、完全なる余談だ。
今大河の目の前に見える多くの巡礼者たちは、本来ケイオスが同盟と約束していた『中野からの安全な脱出』にタダ乗りしようとしている者達だ。
曰く──『自分たち低レベル巡礼者では安全に中野から脱出できない。小さな子や女性が多く、慈悲を与えてくれても良いのではないか』。
勝手な言い分である。
彼らはそんな内容の事を叫びながら、ケイオスの拠点である第二小の周りをぐるりと取り囲み、子供達が怯えるほどの騒ぎを起こした。
ケイオスとしては同盟への参加要請に応えなかった時点でなんの義理も義務も無い連中だが、このまま騒動が続けば子供たちへの悪影響となりかねる。
そこでケイオスのブレーン陣──廉造と愛蘭と相談し、『所持オーブを確認した上で半分を徴収し、一日だけケイオスと同盟が護衛として同行してまとめて熱帯雨林を抜けさせる』事にしたのだ。
集団を大きく6つに分け、甲州街道向けと目白荒野向けに三回だけ輸送団が出発する。
最低限の身の守りだけを保証し、そこから先の食料などは一切提供しない。
中野を取り囲む熱帯雨林さえ抜ければ、ある程度のレベルさえあればそこまで苦労せずに旅を続ける事が可能だ。
その説明を集団のリーダー格に告げ、数日の準備期間を開けて、そして今日である。
すでに甲州街道向けの第一団は出発し、今は目白荒野向けの第一団が列を形成して進み始めた。
(納得はいかないけど、放置すれば俺らへの逆恨みになりかねなかったし……子供達の安全には換えられないよな……)
ぞろぞろと歩き始めた一団を見ながら、大河は考え込む。
本来はケイオスの呼びかけに応えた同盟メンバーだけが得られたであろう、中野からの安全な脱出。しかし今目の前を歩く弱者達は、なんの義務も負わずに権利だけを主張し、被害者ぶった。
この身勝手さ。
これこそがあの祐仁が嫌い、見下していた──弱者の思考なのだろう。
「大河、どうかした?」
ぼうっと人の群れを見ていた大河の視界の端から、悠理が顔を出す。
「──ん? ああ、大丈夫。俺らも準備しようぜ」
そう言って大河はひらひらと右手を振りながら、祭壇を地上へと降りていく。
「……うん」
悠理はそんな大河の後ろ姿を、心配そうに見つめていた。
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