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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
インターミッション

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238/283

深夜の誓い


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 静まりかえる夜の図書室。

 窓から差し込む月明かりと星明かりだけが、眠りに就く書架を優しく照らしている。


 ここはクラン『東京ケイオス』の拠点、東中野第二小学校の二階。

 

 昼間は多くの子供達が絵本や小説、図鑑などを楽しそうに開く憩いの場だ。


 主に運動が苦手だったり、自主的に知的好奇心を高めようと励む子供たちが利用している。

 ごく稀に大人達も来室する事があるが、今の廃都では知識よりも実務が優先されてしまうので、じっくり腰を据えて本を読むと言う習慣が失われて久しい。


 この第二小と完全リンクしている生体管理核のいくみの懇願で、多めのオーブを消費してまで図書室の換気は適宜過ごしやすい環境に整えられている。


 湿気を天敵とする書物が多く、また書架の量が膨大な為に通気に少し難があるからだ。


 いくみの持つ室内環境を適温に整える機能は、他には子供部屋や調理室の冷房に使われている。

 全ての部屋で冷房を稼働させれば、ケイオスが保有するオーブ貯蓄はあっと言う間に底を尽いてしまう。


 つまり巡礼者(プレイヤー)にとって過ごしやすい環境と言う物は、この廃都に於いてそれほどのコストが必要となる贅沢な物なのだ。


 子供達の生育に知識は必要不可欠と考えるいくみと、それに同調した幾人かの高学歴のメンバー達が大河と愛蘭に頼み込んだ形で、この図書室は今の環境を保っている。


 大河と愛蘭としても、特に異論は無い。


 夜間の第二小は、生活スペースである三階フロアを除いて、一階フロアと二階フロアは全て中難度のダンジョンと化す。


 それは防犯に都合が良く、就寝中のいくみを管理から解き放つ事で負荷を軽減させる目的もあった。


 だから校舎正面玄関前で夜番に就くメンバー以外は、深夜に三階から下のフロアには降りてはいけないと言うルールが存在した。


 その禁を、今正に破っているのが廉造である。


(エコーの派生や成長条件に関する本……絶対にあると思ったんだけどなぁ……)


 貸し出しカウンターの前に並ぶ、八人掛けの広い木製テーブル。

 そこに本を山と積んだまま、廉造は頬杖をついてだらしなく座っている。


(あの最終決戦……僕のスキルはほとんど役に立っていなかった……いや、大河や兄貴の身体能力(ステータス)を僅かでも底上げできていたから、そういう意味は有ったんだろうけど……気休め程度にしかなっていなかった……)


 クラン・ロワイヤル最終戦。

 あの凄惨で激しい戦闘を俯瞰して考えた時、廉造は自分の貢献度に納得ができない。


 自分の性格と完璧に合致していて、有用だとばかり思っていた『集音小剣(マイクナイフ)エコー』と【ダンサー】のジョブ。


 使いこなせているとは思う。

 他の誰かが同じ剣やスキルを使ったとしても、今の廉造の練度を越えられはしないだろう。

 しかし、あの戦闘に関しては──完全に、蚊帳の外だった。


 もし廉造が大河、いや海斗と同じレベルだったとしても、あのような神経と精神をすり減らすようなギリギリの戦いを行えなかった筈だ。


(僕の戦闘スタイルと気質は、前衛向きではない。仮に無理をして前線に出たとしても、大河や兄貴のようには振る舞えない)


 廉造は賢い。

 

 それは勉学の面ではなく、人と違った特殊な環境で育った経験から来るモノ。


 だからこそ、自分や他人の事を柔軟かつ客観的に分析できる。

 決して驕らず、贔屓せず。


 自分を一切甘やかす事の無いそのメンタルこそが、あの厳しい芸能界で長年トップランナーで居続ける事が出来た要因だった。


 普段こそ眠たげだったりやる気が無いそぶりを演じているが、実は誰よりも向上心が強いのが、加賀屋廉造という男である。


(仮にエコーをこのまま成長させたとして、どういう風になるのか……)


 身を起こし、腕を組んで。

 椅子の背もたれに身を委ねて廉造は思案する。


(最初期の『咎人の剣』と、ハードブレイカーやルナアーチみたいな通常の成長ツリーは除外して、いろんな隠しフラグを見つける事で成長できた剣の特性は、多分そのまま発展していくんだと思う……)


 巡礼者(プレイヤー)が持つ成長する剣である『咎人の剣』は、成長した先の姿それぞれに一芸に秀でた特性を備えている。


 大河の『赤晶剣ファングオブカラミティ』は、単騎での殲滅力。

 範囲攻撃とリーチと威力に特化する代わりに、集団戦闘に向いていない。


 海斗の『サムライソード ハヤテマル』は、完全にカウンター。

 相手の攻撃を誘い込んでからの攻撃、つまり『後の先』に秀で、攻撃速度に特化している。

 他にも『ハードブレイカー』は盾スキルと防御力、その発展系である建栄の『大盾剣ビッグシールダー』は更に極端な範囲防御スキルと防御力を有していた。


 現状唯一の魔法職向けの剣である『儀礼剣ルナアーチ』は、保有する魔法スキルが全て中級である以上、成長先では上級魔法を使えるようになるのが自然な考えだ。


(じゃあ、エコーは……?)


 小声で詠唱を唱え、その手にマイク型ナイフである集音小剣(マイクナイフ)エコーを顕現させた。


 すっかり馴染んだ、廉造の相棒。


 持ち手の下部に申し訳程度に刃物が付属したその姿は、見るからに攻撃力に乏しい。


(考えられるのは、より強力なバフ付与……もしくは、あのノイジーピンキーのような敵に対する行動阻害……)


 この廃都で初めて出会った、自分と同じ系統の剣を持つ敵。

 DJカノーのメガホン型の剣『ノイジーピンキー』は、どんなにレベルが高い相手でもたった一度だけ、その行動を完全に制止できる使いようによってはかなり効果の高いスキルを有していた。


 同じ音を扱うスキルだ。

 もしかしたら今後、似たような効果のスキルを持つ剣に成長してもおかしくは無い。


(でもそうなると……ますます僕は……)


 直接的な戦闘に関われなくなる。


 あの時、海斗が助けに来なければ廉造は間違いなく敵──カネに対して有効な打開策を見いだせずそのまま殴られ昏倒していた筈だ。


 バフ付与(バッファー)は居れば便利だが、居なければ成り立たない等という事態はあってはならないポジション。


 一人欠けるだけで戦闘で不利になるような、そんなパーティーはコンセプトから間違えている。


(僕に今必要なのは、明確なダメージソースを持って前線を──大河を補助できる立ち回りとスキル……)


 理想的なのは大河を一切傷つかせずに、その攻撃力と比肩しうる攻撃手段で戦闘に貢献できる事。


 しかしそんな都合の良い剣やジョブがあるとは思えない。

 もし存在していれば、それは間違いなくゲームブレイカー。

 

 少なくとも今の廃都のレベル分布では、存在してはいけない類いの力だろう。


(せめて次の成長のヒントになるような……もしくは【ダンサー】よりも攻撃的なジョブを……)


 煮詰まってきた考えを振りほどくように頭を振って、廉造は再び本を開いた。

 

 この図書室にある剣やジョブに関係するような文献は、昼の内にいくみにお願いしてピックアップして貰っている。


 ちゃんとした司書では無いいくみの記憶を頼りにしているので、多少心許ないラインナップではあるが、自分で1から探すよりも確かだろう。

 

「おい」


「うわぁああっ!」


 突如背後から掛けられた声に驚き、両膝で思いっきりテーブルを持ち上げてしまった。


「──っつーーー!!」


 身体が瞬間的に反応した事によって肩や腰を痛め、重たいテーブルを蹴り上げた事で膝も痛い。


 苦悶の表情を浮かべながら振り向くと、そこには海斗の姿。


「こんな夜遅くになにやってんだお前」


「あ、兄貴こそ!」


 時刻はもう深夜3時を回っている。


 夜番のメンバー以外は全員就寝していた筈だ。


「小便で起きたら寝床にお前の姿が無かったからな」


「べ、別に探しに来なくても良いじゃんか……」


 海斗と廉造は同室で寝泊まりをしている。

 他にも数名の男性メンバーが居て、最低限のプライバシーを保ちながらの雑魚寝部屋だ。


「……お前があの日からずっと、なにかに悩んでいるの知ってたからな」


「──っ!? え、えっと」


 廉造の隣の席の椅子を引いて、海斗はドカッと腰を下ろした。


「俺──いや、大河に知られたくなくてコソコソしてんのなんざお見通しだっての。意地っ張りめ」


 ふんっと鼻息を一つ。

 呆れた様な口調で、海斗は廉造を軽めに茶化した。


「お前アレだろ。テスト前は『全然勉強してなかったわー』とか言って本当はめちゃくちゃガリ勉してたタイプだろ」


「あいにくだけど、僕は仕事が忙しくて普通の学校には通ってなかったし、テストとかそういうのは特別なカリキュラムが組まれてたからみんなと時期が違ったんだ。それに、学校で僕とそういう話をしてくれるようなヤツ、居なかったしね」


 異変前の廉造──国民的アイドル『三宮憐』は、テレビやネットでその顔を見ない日が無いほど多忙で売れっ子だった。


 当然、長丁場の撮影や海外ロケで一年中動き回っていたせいで、普通の高校の学習日程通りに行くわけが無い。


 なので実はこの中野に存在する、所謂『芸能関係の子供達に理解のある高校』に就学していたのだが、実際廉造はほとんどその高校に行った事が無い。


 入学から異変が起こる夏休みまでの半年、校門を潜ったのは片手で数えられる程度だ。


 マスコミへの『未成年でもちゃんと通学させてます』アピールが必要だったので、同じ事務所の同世代と共に入学式には参加したが、それ以外は忙しさと無関心を理由に積極的にずる休みを決め込んでいた。


 幼い頃から大人と同じ環境で育ち、結果だけを求められるプロの世界に浸かりきってしまった廉造は、同世代と自分との精神の成熟度合いの差がありすぎて、クラスの輪に馴染めなかったのだ。


「なんだお前、ぼっちだったのか」


「そ、その言い方はやめてくれないかな」


 ヒクヒクと唇の端をヒクつかせて、廉造は海斗を半目で睨む。


「まぁ、俺も高二の夏まで似たようなモンだったからあんま強く言えねぇけどよ。あんまり一人で考えすぎんのも良くねぇぞ。ちなみにコレ、お前が大河に言った言葉だからな?」


 海斗はそう言いながら寝間着のポケットからスマホを取り出し、アイテムバッグから缶コーヒーを二本取り出してテーブルの上に置く。


 一つは微糖。一つはカフェオレ。

 外回りが多い海斗や建栄、それに他の戦闘班のメンバー達は、異変前の習慣から抜け出せず休憩を挟む時は缶コーヒーを欲しがる。

 なので戦闘班の多くのアイテムバッグの中には、中野の道に点在している自動販売機で購入した冷たい飲料がかなり入っていたりする。

 

 一応、あまり無駄遣いをしないなら好きにしていいと愛蘭から許可は得ていた。


「ほら、好きなの取れや」


 そう促しながらも、廉造がカフェオレを好んで飲むのを海斗は知っている。


「……ありがと」


「どういたしまして」


 白いプリントの缶──やはりカフェオレを手に取って、プルタブを開ける廉造。


 海斗はすぐに微糖の方を持ち、おなじくプルタブを開ける。


「相談ならこの兄貴がいつでも乗ってやる。だからこんな悪いことしてるみたいにコソコソと動くな。案外そういうの、ガキ共の方が敏感なんだからな。あと単純に、お前が寝不足でふらふらしてたら、愛蘭と建栄さんが困る」


「……ご、ごめん」


「いや、謝るほどじゃねぇよ。お前の気持ちも分からないわけじゃないしな。アイツに負担をかけたくなかったんだろ?」


 ちびちびとコーヒーを含みつつ、海斗は窓の外を眺めながら話した。

 起き抜けに見る廃都の月明かりは、なんだかとても眩しくて目に優しくない。


「……ていうか」


「ていうか?」


 カフェオレの缶を両手で握り、廉造はやけに自虐的な笑みを浮かべて顔を伏せた。


「ぼ、僕はアイツに……期待外れだって……思われたくないんだ……」


「……そっか」


 絞り出すように発したその言葉に、海斗は一言だけ返事をする。


 年相応の無邪気さや愚かさを持たないこの愛すべき弟分は、多分ずっと、自分と本音で語り合えるような友人に飢えていたのだろう。


 それは海斗も経験があって、すでに通り過ぎていった懐かしい感情だ。


 だから馬鹿にしたり、否定したりは決してしない。


 それに海斗も、今の自分では大河──自分の身を犠牲にして皆の期待に応えようと必死にあがくもう一人の弟分──の、真の意味での助けになれていない気がして堪らないのだから。


「……」


「……」


 しばらく、無言が続く。


 だからと言って、別に気まずさは感じない。


 廉造は海斗の優しさを知っているし、海斗は廉造の苦悩を知っている。


「……俺らはよ」


 やがて口を開いた海斗は、一拍開けてコーヒーを全て飲み干し、空いた缶を握り潰した。


「この中野に来るまでは、あんまり他の奴らの事を気にした事は無かったよな」


 海斗と廉造が旅の出発点とした微毒の雨が降り続ける陰鬱とした街──練馬では、誰も彼もが毒に侵されないよう引きこもり、自分の事で精一杯で、クランが結成されたり協調したりといった空気は造成されていなかった。


 だからこそ、誰に対しても気兼ねすることなく、後ろ髪引かれることもなく、あっさりと二人はあの街を出る事が出来た。


「うん」


「だけど、あのクラン・ロワイヤルを経験して、このケイオスのみんなと生活していく内に、自分(てめえ)の事よりも、メンバーの事を気にするようになっちまった」


 海斗は自嘲気味に笑い、椅子の背もたれに限界まで背中を預け、天井を見上げる。


「あの馬鹿があまりにも必死に頑張るからよぉ。兄貴分として──そしてダチとしても、放っておけねぇよなぁ」


「……うん」


 廉造の口元が、優しく歪む。


「お前が強くなりてぇってんなら、俺ぁいくらでも手伝ってやる。んで、あの馬鹿がお前の事でがっかりする事なんざ、絶対無ぇって断言してやる。だから、一人でなんもかんもやろうとすんな。俺も噛ませろ。俺だって──」


 海斗はいきなり、潰した缶を天井に放り投げた。


 瞬間、小声で唱えた詠唱により顕現したハヤテマルが、その缶を二分・三分割する。


 その剣閃は、廉造の目では追い切れないほどの速度。


「──俺だって強くなりてぇんだよ。お前と大河に、いつまでも兄貴って思われたいからな」


 床に落ちた缶の残骸が甲高い音を出すのと、海斗の照れくさそうな台詞は、ほぼ同時だった。


「……うん」


 深夜の図書室。


 開け放たれた窓から吹く心地の良い風が、静かな闘志に燃える男二人の髪を、そっと揺らした。

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