見渡す限り、全部うちの領地でした
いよいよだ。
私はお母様と一緒に、屋敷の敷地の端までやってきた。
目の前には、私の背丈よりも高い垣根。
この垣根より先には、絶対に行ってはいけない。物心がついた頃から、お父様やお母様に何度も言い聞かされてきた。
まあ、確かにね。
今まで屋敷の周りから見えるのは、ほとんどが森。こんな所で四歳児が一人で森に入ったら、即遭難だ。だから外に出るなと言われていたんだろう。
そう思っていた。
「クルーク、こっちよ」
「はい!」
お母様について垣根の切れ目を抜ける。
いよいよ初めてのパンパ領探索!
どれどれ――。
「…………げっ」
私は思わず足を止めた。
垣根。確かに垣根だった。
問題は――その先だ。
「崖じゃん……」
「クルーク?」
「なんでもないです!」
危なっ!
垣根のすぐ先から急斜面になっている。
その斜面に沿うように、石造りの階段が下へと続いていた。
しかも真っ直ぐじゃない。
右へ行って、折り返して左へ。
また折り返して右へ。
何度も何度も折り返しながら、遥か下まで続いている。
「…………」
そりゃあ、絶対に出るなって言うわ。
垣根を越えたら即大怪我――。
いや。場所によっては大怪我じゃ済まない。
普通に死ぬ。
「…………」
でもさ。一つだけ言わせてほしい。
柵を作れよ!なんで垣根なんだよ!
貴族だろ!男爵家だろ!
……いや。
屋根の穴すらなかなか直せなかった家だった。
その穴すら、雑多な修理で雨は凌げている。
柵を作るお金なんてないのかもしれない。
「クルーク。階段は危ないから手を繋ぎましょうね」
「はい」
お母様の手を握りながら、ゆっくり階段を下りていく。
しかし――。
「わぁ……」
思わず声が出た。すごい。絶景だ。
屋敷の周りにいる時には木々に遮られて分からなかった。
少し下っただけで、一気に視界が開けた。
山。山。その向こうにも山。
遥か遠くまで山々が連なっている。
その間を縫うように川が流れ、所々に木々の色が違う場所も見える。
前世でも、こんな景色はなかなか見たことがない。
「すごい……」
「綺麗でしょう?」
「はい!」
これは素直に感動する。
空気も美味しい。景色も最高。
観光地だったら人気が出そうだ。
……まあ。問題は。
「お母様」
「なあに?」
「私の家の土地は、どこですか?」
「土地?」
「はい。パンパ領です」
お母様は少し考えてから、周囲を見渡した。
「うーん……」
そして、さらっと言った。
「今見えている所は、ほとんど全部かな?」
「…………」
はい?私はもう一度、景色を見る。
山。山。山。山。山。
「…………」
めちゃくちゃ山しか見えないんだけど。
普通、異世界転生っていったらさ。
穏やかな田舎の村とか。広大な農地とか。
草原の向こうに街が見えたりとか。
そういうものじゃないの?
何なの、この山岳地帯。いや、待てよ。
それよりも――。
「お母様」
「なあに?」
「どうして私たちの家は、山の上にあるんですか?」
これが分からない。
領主なんだから、普通は領地を管理しやすい場所に屋敷を建てないか?
街の近くとか。主要な街道沿いとか。
それこそ領地の中心とか。
こんな山の上に屋敷を建てたら、どこへ行くにも大変じゃないか。
すると、お母様は不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあ、領主のお屋敷は領地のだいたい真ん中に建てるものだからよ?」
「…………」
え?
「ここが真ん中?」
「そうよ」
「…………」
私は再び周囲を見渡した。
山。山。山。やっぱり山。
「…………」
げっ。ここが領地の中心なの?
つまり。山の上に屋敷を建てたんじゃない。
領地の中心がたまたま山の上だった。
「…………」
思っていた以上だ。
パンパ領。
想像以上にヤバい土地かもしれない。
「じゃ、じゃあ……」
私は恐る恐る尋ねた。
「村の人たちは、どこに住んでいるんですか?」
これだけ山ばかりだと、領民がどこにいるのか全く分からない。
見渡しても村らしいものは見えない。
「村というより、集落ね」
「集落?」
「そう。大きな集落が三箇所あるのよ」
「三箇所!」
ちゃんと人が住んでいた!
いや、領民がいるんだから当たり前なんだけど。
「今日は、そのうち一番近い集落へ行きましょう」
「はい!」
やっと領民の暮らしが見られる。
どんな家に住んでいるんだろう。
何を作っているんだろう。
木材や竹は、どうやって加工しているんだろう。俄然楽しみになってきた。
「一番近いなら、すぐですか?」
「そうねぇ」
お母様は考えるように空を見上げる。
「お昼までには着くと思うわ」
「…………」
ん?今、何時だ?
朝ご飯を食べてから出てきたから……。
「一番近いんですよね?」
「そうよ?」
「……一番遠い所は?」
「一日掛かりね」
「…………」
はい?一日?
四歳児の私は、まだパンパ領という場所を分かっていなかったらしい。
人口が少ない。山しかない。
大きな集落は三つ。
そのくせ――領地だけは、やたらと広い。
私は遥か彼方まで続く山々を見つめた。
「…………」
これ。領地を発展させる以前に――移動するだけでも大変なんじゃないか?




