椎茸栽培の準備
「リヒトさん!」
「はい!」
私は急いでリヒトを呼び止める。
「木工師の所へ行って!」
「木工師ですか?」
「そう!」
私は必要な物を頭の中で整理する。
「二、三センチくらいの、三角状の杭みたいなのを切ってもらって!」
「三角状の杭……?」
「うん!」
椎茸の菌を移すために使う。
それから――
「私くらいの背の高さのクヌギやコナラの切り株!」
「切り株ですか?」
「そう!」
「どれくらいの太さです?」
「直径二十センチ以下!」
私は少し考える。
「……あるか無いかだけ聞いて!」
「分かりました」
「それを後で使うから!」
「はい!」
リヒトは頷く。
「では、行ってきます!」
そう言うと――
「待って!」
「はい?」
「急いでね!」
「分かりました!」
リヒトは、そのまま走っていった。
「…………」
私は遠ざかっていく背中を見送る。
さて。これで原木栽培の準備ができる。
上手くいけば、山に生えている椎茸を採るだけじゃなく、こちらから育てることができる。
そうなれば。
「椎茸が特産品になるかも……」
パンパ領には山がある。
木も大量にある。
つまり――材料だけなら、いくらでもある。
「……あれ?」
ふと、瓶の中を見る。
白い菌糸が、思っていた以上に広がっている。
「うーむ……」
本来なら菌糸がここまで広がるには、もっと時間が掛かるはず。
少なくとも、私の知っている知識ではそうだった。
「……やっぱり、この世界は地球とは違うのね」
竹の子もそうだった。椿もそうだった。
松茸もそう。
そして今度は――
「菌糸まで早いのか……」
私は頭を掻く。前世の知識は、確かに役に立つ。でもその知識を、そのまま当てはめるのは危険だ。
「私の常識に気を取られないようにって思ってはいるんだけど……」
どうしても、前世の常識で考えてしまう。
「……やっぱり抜けるわね」
この世界には。この世界の常識がある。
だからこそ――
「ちゃんと観察しないとね」
私はもう一度、瓶を覗き込む。
白い菌糸は、今日も静かに広がっていた。
「お嬢!」
「ん?」
振り返ると――
「もう戻ってきたの?」
リヒトが立っていた。
「随分と早いわね」
「木工師の所は、近いですから」
リヒトは手に持っていた袋を差し出す。
「これでいいですか?」
「どれどれ……」
中を覗く。
「いいわね!」
二、三センチほどの三角状の杭。
これなら使えそう。
「でも、これは本来何に使うの?」
「椅子の材料って言ってましたかな」
「椅子?」
意外と身近なところに使われている物だった。
まあ、今回は別の用途に使わせてもらう。
「さて!」
私は杭を並べる。
「これを茹でて殺菌よ!」
「…………」
リヒトが無言になる。
「どうしたの?」
「いえ……」
「何?」
「もう慣れました」
「何に?」
「お嬢様の実験にです」
「失礼ね!」
そんな会話をしながら、杭を鍋へ入れる。
しばらくして――
「茹で終わりましたぜ」
「よし!」
私は冷ました杭を取り出す。
そして。
「これを、この実験の瓶の中へ!」
「瓶の中に?」
「そう!」
私は菌糸が広がっている瓶を指差す。
「これで菌を移すの!」
「なるほど……?」
リヒトが慎重に杭を入れる。
「そして!」
私は杭を眺める。
「この杭が白くなったら、次よ!」
「次?」
「うん!」
ここからが本番。菌を原木へ移す。
そのためには――
「さっきのクヌギやコナラを……」
私は少し考える。
「そうね。十本ずつ!」
「十本ずつ?」
「うちの裏庭へ運ぶように手配して!」
「分かりました!」
リヒトが頷く。
「伝えておきます」
「お願い!」
これで準備は整っていく。
小さな杭。一本の瓶。そして二十本の原木。
「ふふふ……」
上手くいけば、この山にある木を使って――椎茸を作れる。採るだけだった山の恵みを今度は、自分たちの手で育てるのだ。
「……楽しみになってきたわね!」
私の椎茸栽培実験は、いよいよ次の段階へ進もうとしていた。




