椿油工場を作りましょう
「リヒト!」
「はい。奥様」
お母様に呼ばれ、リヒトがやって来る。
「この椿の油と石鹸の作り方を説明して!」
「はい?」
「作り方よ」
「ああ……」
リヒトは少し考える。
「乾燥させて、蒸して、絞って……ですね」
「んー……」
お母様が首を傾げる。
「それだけ?」
「はい」
「それ程、難しくないのね」
「まあ、あとは絞るのに腕が痛くなるくらいかな?」
「…………」
お母様が椿油の入った容器を見る。
「となると……」
何か考えている。
「ちゃんとした搾り機があると良いかしら?」
「そうですね」
リヒトも頷く。
「今使っている果物用の搾り機では、量を作るのは大変でしょう」
「どんな物がいいの?」
「あのー……ぶどうを絞る、二人で使うやつです」
「ああ」
お母様が頷く。
「見たことがあります」
「なら、それを大きくした物があれば、かなり楽になると思います」
「となると……作ってもらわないと無理か」
「まあ、この領地にはありませんからね」
「そうね……」
お母様は再び考え始める。
そして。
「なら、私から指示しておくとして……」
「はい?」
「それなら、ここまで椿の種を運ばせるのは効率が悪いから……」
「……?」
「椿の種を拾える所に、簡易な工場を作りましょう」
「…………」
リヒトが固まる。
「奥様?」
「何?」
「工場……ですか?」
「ええ」
お母様は何でもないことのように答える。
「だって、種を拾って、ここまで運んで、それから油を絞るのでしょう?」
「はい」
「だったら、最初から拾った場所の近くで絞った方がいいじゃない」
「……まあ、確かに」
「油にしてしまえば、種より運びやすいでしょう?」
「それは……そうですね」
「なら決まりね」
「え?」
お母様は満足そうに頷く。
「工場を作りましょう」
「…………」
話が大きくなってきた。
「まあ、作り方は分かったわ! ありがとう!」
「いえ……」
リヒトはその場を離れようとする。
「…………」
数歩歩いたところで、ふと立ち止まる。
「……なんだ?」
さっきまで椿油の作り方を聞かれていただけだったはずだ。
それがいつの間にか――
工場を作る話になっている。
「……奥様もクルークお嬢に似てきたな」
リヒトは、小さく呟いた。
一方その頃。
当のクルークは――
「次は何を探そうかな?」
まだ別の資源を探すことしか考えていなかった。
そして。ストラグルの父は、麓の集落で商談を行っていた。
「ほぅ。新しい燃料と?」
「ああ」
商人の目の前には、円筒形に成形された固形炭が並んでいる。
「使った感じだと、火持ちも良い」
「それに、この形なら輸送も容易ですね」
商人が手に取って確認する。
「そうだ」
「なるほど……」
商人は固形炭を眺めた後、もう一つの商品へ目を向ける。
「それと、こちらのペン」
「これは素晴らしい発想ですな!」
炭ペンを手に取る。
「壊れにくい。それに、手も汚れにくい」
「うむ」
「それでいて、紙に書ける」
商人は何度か試し書きをする。
「これは売れるでしょう」
「どうじゃ?」
「……分かりました」
商人は少し考える。
「で?」
「ん?」
「どれほど生産出来ますか?」
「…………」
ストラグルの父が固まる。
「しまった……」
「はい?」
「聞くのを忘れた」
「…………」
商人が苦笑する。
「そこは一番大事なところなのですが」
「まあ……そこそこだ」
「そこそこ……」
商人が頭を抱える。
「では、次回こちらへ来た時に、引き上げるということでいかがでしょう?」
「うむ」
「それまでに、可能な限り準備をお願いします」
「分かった!」
商人は改めて商品を見る。
まだ小さな取引。
だが。
これまで木材と竹に頼るしかなかったパンパ領にとっては――初めて、自分たちで作った商品を継続的に売るための商談だった。
「……これは面白くなりそうですな」
商人はそう呟いた。
そしてパンパ領は少しずつ、山の中だけで完結する暮らしから――外へ商品を売る領地へと変わり始めていた。




