一つの種から二つの商品
数日後。
しっかり乾燥させた椿の種は、リヒトの元へ運ばれていた。
「クルークお嬢。今度は何を?」
リヒトが籠の中を覗き込む。
「この椿の種を蒸して、潰して、油を取りたい!」
「……この種に油が?」
「そう!」
私は前世の記憶を思い出しながら答える。
椿の種からは油が取れる。
この世界の椿でも同じなのかは分からない。
だからこそ――
「実験よ!」
「また実験ですか……」
リヒトが苦笑する。
「そしたら……」
私は辺りを見回す。
「果物搾り機で良いかな?」
「まあ……試してみましょうか」
「じゃあ!」
私は両手を上げる。
「実験開始!」
◇
「ところで」
リヒトが椿の種を蒸しながら尋ねる。
「なぜ種を蒸すんです?」
「油だから!」
「……?」
「熱を入れて、油を出しやすくするイメージかな?」
「なるほど……」
本当に分かったのだろうか。まあいい。
「もういいかな?」
「どうでしょう?」
「うんうん! たぶん大丈夫!」
「たぶん……」
リヒトが苦笑しながら蒸した椿の種を取り出す。
「熱っ!」
「大丈夫!?」
「あちっ……!」
「無理しないでね!」
「大丈夫です!」
そして。
「じゃあ、搾りますぜ!」
「はーい!」
果物搾り機へ椿の種を入れる。
リヒトが力を込める。
「フンッ!」
ギュウウウッ。
すると――
「おお!」
ジュワー。
「絞れてるね!」
椿の種から、油が流れ出している。
「本当に油が出ましたな……」
「すごい!」
「これは……」
「これを繰り返して!」
「全部?」
「そう! 全部!」
「分かりました!」
それからしばらく。
「はぁ……はぁ……」
リヒトが息を切らしている。
「搾りましたぜ……」
「よしよし!」
容器には、しっかりと油が溜まっている。
「椿油……完成!」
まず一つ。成功だ。
「しかし……」
リヒトが搾り終わった種を見る。
「この搾りかすも取っておいて、どうするんですか?」
「もちろん使うわよ!」
「これも?」
「うん!」
私は搾りかすを布に入れる。
「これで包んで」
「はい」
「口を縛って」
「……はい」
私は出来上がった二つを並べる。
椿油。そして、搾りかす。
「これで二つ完成よ!」
「油は分かりましたが……」
リヒトが搾りかすを見る。
「こちらは?」
私はニヤリと笑う。
「石鹸よ!」
「…………」
リヒトが固まる。
「……石鹸?」
「そう!」
椿の種から油を取る。
そして、その残りまで利用する。
「捨てる物なんて、もったいないでしょ?」
私は笑う。
パンパ領には木がある。
竹がある。椿もある。
そして――まだ誰も価値に気付いていない物が、きっと他にもある。
一つの資源から二つ、三つと商品を作れれば、山の中のパンパ領でも、十分に稼げるかもしれない。
「……これは面白くなってきたわね!」
私の領地開発は少しずつ、加速していくのだった。
そういえば――この世界にも、石鹸そのものは存在していた。
ただ。
「……臭いのよね」
動物性の油脂を使って作られているらしく、どうしても独特の獣臭さが残る。
洗った後まで、なんとなく匂いが気になる。
「だったら……」
私は搾ったばかりの椿油を見る。
植物から取った油で石鹸を作れば、少なくとも、あの獣臭さは減らせるかもしれない。
「試してみる価値はあるわね!」
そして。
「お母様!」
「どうしたの、クルーク?」
「これ、使ってみて!」
私はリヒトに作ってもらった椿石鹸を、お母様へ渡す。
「石鹸?」
「そう!」
「新しく作ったの?」
「うん!」
この世界には、湯浴みの文化がある。
つまり。
「お母様、今日のお風呂で使ってみて!」
「私を実験台にする気?」
「……はい!」
「ふふっ。まあいいわ」
お母様は笑いながら受け取ってくれた。
「それと、こっち!」
私は椿油も渡す。
「これは?」
「お風呂上がりに髪につけてみて!」
「髪に?」
「そう!」
「何のために?」
「……実験!」
「また実験なのね」
お母様は呆れながらも笑っている。
「分かったわ」
「お願いします!」
そして――
「どう!?」
湯浴みを終えたお母様のところへ駆け込む。
「どうって……」
お母様が髪を触る。
「まず、石鹸はいいわね」
「本当!?」
「いつもの石鹸より匂いが気にならないわ」
「よし!」
まずは成功。そして、もう一つ。
「椿油は?」
「これも……」
お母様が髪を撫でる。
「なんだか、いつもよりまとまっている気がするわ」
「おお!」
「ただ、少しつけすぎると重たいわね」
「なるほど……」
量の調整が必要か。
「でも、悪くないわ」
お母様が笑う。
「これは商品にできるんじゃない?」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間。
私の頭の中で、何かが弾けた。
椿油。椿石鹸。しかも。
「女性向けの商品……」
パンパ領の新しい商品になるかもしれない。
木材や竹だけじゃない。食べ物だけでもない。
生活用品まで作れる。
「……お母様!」
「なに?」
私は身を乗り出す。
「これ、売れると思う?」
「ええ」
お母様は、椿油の入った小瓶と椿石鹸を眺める。
「少なくとも私は欲しいわ」
「本当!?」
「ええ。それに……」
お母様が少し考える。
「この石鹸なら、今の物よりずっと使いやすそうね」
「やった!」
すると。
「なら」
お母様が、突然こちらを見る。
「この商品は、私の管轄にします!」
「……え?」
「石鹸も椿油も、女性が使う物でしょう?」
「まあ……そうね」
「なら、女性がどういう物を欲しがるのか、私が考えた方がいいわ」
「お母様……?」
なんだろう。目が妙に輝いている。
「香りも変えられるかしら?」
「え?」
「形も可愛くした方がいいわね」
「お母様?」
「容器も考えないと」
「……」
何かに火がついた。
完全に。
「リヒトにも協力してもらいましょう」
「え?」
「もっと使いやすくて、もっと喜ばれる物を作りましょう!」
お母様は楽しそうに笑っている。
「クルーク。面白い物を見つけたわね」
「……はい」
私は思った。もしかして。
椿油と石鹸の開発は――私より、お母様の方が本気になってしまったのでは?
でも、これはこれでいいか。私一人で全部やる必要はない。
お父様は商売と領地経営。
お母様は女性向け商品の開発。
職人たちは製造。そして私は――
「次の資源を探そう!」
こうしてパンパ領では、それぞれの得意分野を活かした、新しい商品開発が始まった。




