麓の商談窓口
「はぁ……」
山道を歩きながら、リヒトが大きく息を吐いた。
「山を降りるのも一苦労ですね」
「まあ、そう言うな……」
私も苦笑する。
パンパ領は山の中にある。
当然だが、移動するだけでも一仕事だ。
特に領主館から麓までとなると、毎回気軽に往復できる距離ではない。
「しかし……」
リヒトが持っている荷物を見る。
「商品の件で、わざわざお父上殿と話をするって……」
「この商品は、それほどの物だ」
「お前もそう思うだろ?」
「まあ、そうですね」
リヒトが頷く。
この日。
私、ストラグル・フォン・パンパは、固形炭と炭ペンを売るため、山の麓にある集落へ降りてきていた。
目的は一つ。
前領主である父に、この二つの商品を見せるためだ。
私の父は、すでに領主の座を私に譲っている。
年齢もあり、今ではこの麓の集落で暮らしていた。
だが、隠居して何もしていないわけではない。
ここはパンパ領の商人との窓口。
商人が領地へ来た時の対応や、商品の売買などを任せている。
山の上にある領主館まで毎回商人を呼ぶより、麓で対応した方が何かと都合がいい。
「お邪魔します」
「おう」
部屋に入ると、父が迎えてくれた。
「どうした?」
「新しい商品を持ってきました」
私は持ってきた固形炭と炭ペンを机の上へ置く。
「ほう」
父が興味深そうに手に取る。
「新たな商品か」
「はい」
私は頷く。
「うちの子供たちが考え、職人が改良しました」
「子供たちが?」
父が驚いた顔をする。
「ええ。実際に使える物になったので、商品となりうると判断して持ってきました」
「ふむ……」
父は固形炭を手に取り、炭ペンも眺める。
「なるほどな」
しばらく二つの商品を見たあと。
「わしに任せとけ」
父が笑った。
「次に商人が来た時に、話してみよう」
「お願いします」
これで、商人との商談まで任せられる。
あとは売れるかどうか。そこだけだ。
「しかし……」
父がふと顔を上げる。
「孫に会いたいな……」
「……」
やっぱりそこか。
「一番下は、まだこちらまで来るほど体力がありません」
「そうか……」
「来年まで待ってください」
クルークはまだ四歳。
あの山道を連れてくるのは、さすがに危険だ。
すると。
「ならば」
父が真顔になる。
「わしがそっちへ行こうかな」
「窓口が離れてどうするんですか!」
思わず声が出る。
「ここを誰が守るんですか!」
「はいはい!」
父が笑う。
「お前は口うるさいな」
「誰のために言っていると思ってるんですか!」
「孫に会いたいだけだ」
「それは分かっています!」
父と私。しばらく睨み合って――
「ふっ」
「ははは」
二人とも笑ってしまった。
まあ。
父も孫に会いたいのだろう。
クルークはまだ小さい。
山の上に住んでいるから、簡単には会いに来られない。
「……来年には連れてきますよ」
「本当か?」
「ああ」
父が嬉しそうに笑った。
「楽しみにしておくか」
その横で、リヒトが苦笑している。
「仲の良い親子ですね」
「どこがだ」
「どこがですか?」
私と父の声が重なる。
「ははは!」
リヒトが笑う。
こうして。固形炭と炭ペンは――初めて、商人へ売り込まれることになった。
そしてパンパ領の小さな商売が、静かに動き始める。




