遊びを知らない領民に、遊びを広めよう!
「お嬢様! 少しよろしいでしょうか?」
「……ツーシュさんか」
開拓地で地図を眺めていると、ツーシュさんが声をかけてきた。何か報告があるのだろう。
でも、その前に……。
「ツーシュさん! ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「はい。何でしょうか?」
「休みたいと思うことはある?」
「……休みたいと思うこと、ですか?」
ツーシュさんは、不思議そうに首を傾げた。
「うーん……。休んでいますし?」
「…………」
またか。また、この反応か!
「えっと……。仕事をしないで、好きなことをして過ごしたいと思うことはない?」
「好きなこと、ですか?」
「そう。例えば、仕事を忘れて一日中のんびりするとか!」
「……仕事が終われば、休みますが?」
「…………」
駄目だ。やっぱり、噛み合わない。
ヴァイプさんのときと同じだ。
この領地では、仕事が終われば休む。
疲れたら休む。
でも、仕事があっても定期的に休む、という発想がない。
「……じゃあ、小さい頃は何をして遊んでいたの?」
「小さい頃ですか?」
「ええ!」
「そうですね……。山菜採りや木の実拾い、それから魚釣りでしょうか」
「…………」
私は、思わず顔を覆った。
「……分かったわ! ありがとうね!」
「……はぁ?」
ツーシュさんが、きょとんとした顔をしている。
しまった。また、途中で話を遮ってしまった。
でも、もう分かった。
これ以上、聞く必要はない。
「それで、何か報告があったんでしょう?」
「ああ、はい。建物の件ですが……」
ツーシュさんは、気を取り直して報告を始めた。
私は、その話を聞きながらも、頭の中では別のことを考えていた。
……やはり、これは単純に「休日を作りましょう」と言っても駄目だ。
そもそも、仕事をしない時間を積極的に作るという考え方がないのだから。
◇
「……うーむ」
私は、屋敷に戻ってからも考え続けていた。
休日。休息。遊び。
この三つを、どうすれば領民たちに理解してもらえるのだろう。
いきなり領地全体の働き方を変えるのは難しい。
それなら、少しずつ考え方を変えていくしかない。
「……そうだ!」
私は、ぽんと手を打った。
「小さい頃から、遊ぶことを習慣にすればいいんじゃない?」
そう。大人になってから、突然、仕事をしない日を作りましょうと言われても、戸惑うだけかもしれない。
でも、子供の頃から遊ぶことが当たり前になっていれば?
遊ぶ時間があるのが普通。
好きなことをして過ごすのも普通。
そういう感覚が身につけば、大人になってからも、休むことに抵抗が少なくなるのではないだろうか。
「……うん。悪くないかも!」
まずは、子供たちが遊べる環境を作る。
そこから、少しずつ広げていく。
いきなり領地全体を変えるより、ずっと現実的だ。
……でも。
「…………」
そもそも、この世界の遊びって何だろう?
ヴァイプさんたちは、山菜採りや木の実拾い、魚釣りをしていたと言っていた。
もちろん、それが楽しくないとは思わない。
家族や友達と一緒に出かければ、楽しい時間になるだろう。
でも、それって……。
「仕事してるじゃないかーい!」
思わず叫んでしまった。
いや、正確には、遊びと生活が一緒になっているのだろう。
山菜を採る。木の実を拾う。魚を釣る。
楽しみながら食料を手に入れる。
それ自体は、合理的だ。
でも、そうした経験ばかりをしていれば、遊ぶことと働くことの境目が曖昧になってしまうのかもしれない。
そして、大人になれば、生活のために働く。
仕事が終われば休む。
仕事があれば働く。
……うん。
これが普通になっているのだ。
「……こりゃ、どうすればいいのかしら」
私は、椅子にもたれかかった。
前世での遊び。
小さい頃は、何をしていたっけ?
ネット?
本を読む?
スマホゲーム?
……そんなもの、ここにあるわけないじゃん!
「…………」
いやいや。落ち着こう。
前世の遊びを、そのまま持ち込む必要はない。
大事なのは、仕事や生活とは関係なく、楽しむためだけに遊べるものを用意することだ。
そう考えれば……。
「……ホームセンター!」
私は、前世の職場を思い出した。
ホームセンターには、いろいろなものがあった。
積み木。パズル。リバーシ。ボードゲーム。
野球用品。テニス用品。
ほかにも、子供が遊ぶための道具がたくさんあった。
「……そうよ!」
別に、同じものを全部作る必要はない。
まずは、木材を使って簡単な玩具を作ればいい。
積み木なら、木を切って形を整えるだけでも作れる。
パズルだって、木の板を切り分ければできるはず。
リバーシのような遊びも、石や木片があれば作れるだろう。
ボードゲームも、工夫すれば作れそうだ。
この領地には、木材が豊富にある。
職人だっている。
材料には困らないはずだ。
「……ふふふ」
これは、いけるかもしれない。
まずは、子供たちが集まって遊べる場所を作る……と言いたいところだけど。
「…………」
広場がない。
そもそも、パンパ領は山の中だ。
平らな土地は貴重。
建物を建てる場所を確保するだけでも大変なのに、遊ぶためだけの広場を作るとなると、場所の確保から考えなければならない。
「……うーん」
また問題が出てきた。
でも、広場がなくても、遊び道具は作れる。
家の中でも遊べるものなら、場所を取らない。
積み木やパズル、リバーシのようなものなら、机の上でも楽しめる。
まずは、そういうものから始めればいい。
そして、子供たちが遊ぶようになれば、親たちもその様子を見ることになる。
「遊ぶのって、こんなに楽しいんだ」
そう思ってもらえれば、少しずつ考え方も変わるかもしれない。
もちろん、それだけで休日が定着するとは限らない。
でも、何もしなければ、何も変わらない。
「……よし!」
私は、紙を取り出した。
まずは、作れそうな玩具を書き出してみよう。
積み木。木製パズル。リバーシ。それから……。
「……あれ?」
気がつけば、また仕事を始めていた。
「…………」
遊びを広めるために、遊び道具を作る仕事。
休日を作るために、仕事を増やしている。
「……何やってるんだろう、私」
思わず、ため息が出た。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
いつか、パンパ領にも休日を。
そして、子供たちが心から楽しめる遊びを。
「……よし!」
私は、再び紙に向かった。
……ただし。
遊び道具を作る職人さんたちには、ちゃんと休んでもらおう。そう心に決めた。
自分が休めていないことは、ひとまず棚に上げておく。
……うん。
まずは、そこからね!




