お祖父様、帰り方が普通じゃありません!
「まあ、ちょうど良かった」
お祖父様は、思い出したように口を開いた。
「手紙にも書いたが、奴隷が数十名ずつ、第三集落に到着しておる」
「そうなんですか?」
私は、思わず頷いた。
お祖父様から届いた手紙。
その内容は、まだ読んでいない。
けれど、以前から奴隷たちが移送されてくる話は聞いていた。
「体力が落ちている者も多い。怪我をしている者もおるのじゃ」
「そう……」
やっぱり、そうなのか。
長い移動をしてきたのだから、体調を崩している人がいても不思議ではない。
それに、奴隷として扱われてきた人たちだ。
十分な食事を取れていなかった人もいるだろうし、怪我をしていても治療を受けられなかった人もいるかもしれない。
そんな人たちを、到着したからといって、すぐに開拓地へ送り込むわけにはいかない。
「なので、こちらへ向かわせるには休息が必要じゃ。体力的に大丈夫そうな者から開拓地に送り出すつもりじゃ」
「はい! 助かります!」
開拓地には、人手が必要だ。
木を伐採し、土地を整え、住居を作る。
水路も必要だし、道路だって整備したい。
今後、移住者を受け入れることを考えれば、やるべきことはいくらでもある。
だからといって、体調の悪い人に無理をさせるわけにはいかない。
まずは休息。
そして、働ける状態になった人から、少しずつ開拓地へ来てもらう。
それが一番だろう。
「よしよし! 流石わしの孫じゃ! 立派じゃのう!」
お祖父様は、満足そうに笑った。
「……えへへ」
褒められると、ちょっと嬉しい。
まあ、私は当然のことを言っただけなのだけれど。
「開拓地には、住む場所も必要になるでしょうし、食料も確保しなければなりません。無理のない人数から受け入れていきたいです」
「うむ! その辺りは任せておけ!」
お祖父様は、力強く頷いた。
……うん。頼もしい。
頼もしいのだけれど、この人の場合、どこまで任せていいのか分からないところがある。
移動速度もそうだし。
いや、今は考えないでおこう。
せっかくお祖父様が来ているのだから、別のお願いをしてみよう。
「……そうだ!」
「ん? どうした?」
「お祖父様。書庫にある本を読んだんだけど、新しい本が欲しいの!」
「ほう!」
お祖父様の目が輝いた。
「勉学にも励んでおるのか! よしよし! どんな本が欲しい? 注文してやろう!」
おお!これはありがたい。
お祖父様の書庫には、いろいろな本がある。
でも、古い本も多い。
前世の知識があるとはいえ、私は専門家ではない。
それに、この世界の技術や知識だって、もっと知りたい。
「それなら、植物や虫についての本が欲しいわ!」
「植物と虫か!」
「ええ。それから、建築や土木についての本も!」
「建築と土木じゃな!」
「あと、開拓に役立ちそうな本があれば、いろいろ欲しいです!」
私は、指を折りながら希望を伝えた。
新たな植物の本があれば、食べられるものや薬になるものを更に、調べられるかもしれない。
虫の本があれば、農作物に害を与える虫や、役立つ虫について知ることができる。
建築や土木の本があれば、住居や道路、水路の整備にも役立つはずだ。
もちろん、全部をすぐに理解できるとは思っていない。
でも、知らないことを知るための手がかりにはなる。
「そうか! 確かに、わしの時代の本では古いかもしれんからな!」
お祖父様は、豪快に笑った。
「よし! 新しい本を頼んでおいてやろう!」
「ありがとうございます!」
やった!これで、情報を更新できる。
前世の知識だけでは分からないことも多いし、この世界独自の技術や事情もあるだろう。
本を読めば、今まで思いつかなかった方法が見つかるかもしれない。
……うん。
これは大きな収穫だ。
「ふふふ……」
「何じゃ、クルーク?」
「いえ! 新しい知識が手に入ると思うと、楽しみで!」
「よしよし! 勉強熱心なのは良いことじゃ!」
お祖父様は、嬉しそうに私の頭を撫でた。
よし。これで、人手の確保と知識の補充が進む。開拓を進めるための準備が、少しずつ整ってきた。
……ただし。
本を読んで新しいことを思いついたら、また仕事が増える可能性もある。
そこは、考えないことにしよう。
「さて!」
お祖父様が、勢いよく立ち上がった。
「伝えたいこともクルークに話せたし、帰るとするか!」
「えっ!? もう!?」
早い!来たばかりじゃない!
「クルークに頼まれた本も、早く注文してやりたいからな! はっはっは!」
「そ、そうですか……。ありがとうございます!」
確かに、本を早く手配してくれるのはありがたい。でも、もう少しくらいゆっくりしていってもいいのでは?
そんなことを考えているうちに、お祖父様は玄関へ向かって歩き出した。
……と思ったら。
「では、またな!」
颯爽と外へ飛び出していった。
いや、走っていった……?
いやいや。違う。あれは……。
「…………」
崖から飛び降りた。
「…………」
お祖父様の姿は、すでに見えない。
……本当に、何なの?
普通に帰るという選択肢はないのだろうか。
「…………はぁ」
まあ、お祖父様のことは今さら考えても仕方がない。それよりも、奴隷として到着した人たちの受け入れ準備を進めなければ。
住む場所を作り、食料を用意し、怪我をしている人には休んでもらう。
開拓地に来てもらうのは、そのあとだ。
やることは、まだまだたくさんある。
私は机に戻り、地図を広げた。
……でも。ふと、机の上に置いたままの手紙が目に入った。
「…………」
そういえば、この手紙。
お祖父様が昨日の朝に出したと言っていた。
それなのに、本人はもう屋敷に来て、話をして、帰ってしまった。
手紙を届ける人は、第三集落から山道を歩いてきたというのに。
「……この手紙、意味あるのかしら?」
いや、もちろん、連絡手段としては必要なのだろう。私だって、手紙がなければ、お祖父様が何を伝えたかったのか分からない。
でも……。
「…………」
手紙より本人が先に来る。
そして、本人が先に帰る。
……うん。やっぱり、よく分からない。
私は手紙を手に取り、もう一度ため息をついた。
パンパ領の常識。本当に、奥が深いわね……。




