森の中に、木が育たない場所がある?
木の上通勤を始めて、数日が過ぎた。
悲しいことに、私も大分慣れてきてしまった。
毎日体験していると、不思議なもので、最初はあれほど怖かったことにも慣れてしまうらしい。
今では、移動中に目を開けられるようになった……いや、別に嬉しくはない。
できることなら、地面を歩いて通勤したい。
でも、毎日片道三時間も歩くのは大変だし、ヴァイプさんに運んでもらえば早い。
結局、私は今日も木の上を移動している。
「……はぁ」
目を開けてみると、周囲には木々が広がっていた。
まあ、景色といっても……。
ザ・森!
以上!パンパ領は山深い土地だ。
どこを見ても木、木、木。
時折、斜面や岩場が見えるくらいで、代わり映えのしない景色が続いている。
……まあ、木材が豊富なのは良いことなんだけどね。
そんなことを考えながら周囲を眺めていると、ふと、気になる場所が目に入った。
「あれ?」
開拓地から少し離れた場所。
森の中に、一部分だけ茶色くなっている場所があった。
周囲は緑に覆われているのに、そこだけ色が違う。
最初に見たときは、地滑りでも起きたのかと思った。
山の斜面が崩れて、土がむき出しになったのだろう、と。
でも……。
「あそこ、ずっと茶色いままなのよね」
何日も見ているのに、景色が変わらない。
普通なら、時間が経てば雑草くらい生えてきそうなものだ。
ところが、あの場所には緑がほとんど見えない。
周囲には木が生い茂っているのに、そこだけ植物が育っていないように見える。
「……気になるわね」
ただの地滑りなら、時間が経つにつれて植物が生えてくることもあるはず。
もちろん、斜面の状態や土質によって違うだろうけど。
それに、地滑りなら地図にも何か記録されているかもしれない。
私は、開拓地に着くと、さっそくツーシュさんを探した。
「ツーシュさん!」
「はい、お嬢様。どうされました?」
「開拓地の近くに、茶色くなっている場所があるでしょう? あそこには何があるの?」
「茶色い場所……。ああ、あれですか」
ツーシュさんは、すぐに思い当たったようだった。
「地滑りでも起きたのかと思ったんだけど、地図を見るとバツ印が付いているのよね」
私は地図を広げ、該当する場所を指差した。
「何かあるの?」
「ああ。あれですか。実は、領地内に何か所もあるんですよ」
「……何か所も?」
「はい。この辺りを調べていたときにも見つかりまして」
私は、思わず地図を見直した。
一か所だけではない?
領地内に何か所も?
「それで、あそこには何があるの?」
「いや……何もありません」
「……何も?」
「はい。木々も育たないんです。周りはあれだけ森が広がっているのに、あの場所だけは植物がほとんど生えてこないんですよ」
「…………」
何それ。
ますます気になるじゃない!
「それで、どうしてバツ印が付いているの?」
「皆、気味悪がって近づかないんです。何も育たない場所ですし、わざわざ行く理由もありませんから」
「それだけ?」
「はい」
……うーん。
確かに、森の中でそこだけ植物が育たないのは不気味かもしれない。
でも、それだけで立ち入りを避けているのだろうか。
「ほかに、気になることはないの?」
「うーむ……」
ツーシュさんは腕を組んで考え始めた。
「そうですね。たまに、変な匂いがするくらいでしょうか」
「変な匂い?」
「はい。何とも言えない匂いです。近くを通ったときに感じることがあるんですが……。それもあって、皆、あまり近づかないんですよ」
「…………」
植物が育たない。地面は茶色いまま。
そして、妙な匂いがする。
「ほかに危険なことは?」
「いや、特には。いつもどおり、獣がいるくらいですかね」
「分かったわ。教えてくれてありがとう」
「いえいえ。何か気になることでも?」
「ちょっと調べてみたいの」
私は地図をたたみながら答えた。
ツーシュさんは不思議そうな顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。
……さて。どう考えても、気になる。
これだけ山深い森なのに、植物が育たない場所がある。
しかも、地滑りではなさそう。
周囲の土地には木々が生い茂っているのだから、単純に日当たりが悪いという話でもないだろう。
土に原因があるのか?
それとも、地中から何かが出ているのか?
前世の知識で考えるなら、土壌の性質が周囲と違う可能性はある。
植物の成長を妨げる物質が含まれているのかもしれないし、地下から何らかのガスが出ている可能性だってある。
ただ、今の情報だけでは何も断定できない。
「……うーん」
考えても、答えは出ない。
こういうときは、実際に現場を見るのが一番だ。
「ヴァイプさん!」
「はい、クルークお嬢様!」
「ちょっとお願いがあるの」
「何でしょう?」
「この地図に印を付けた場所へ、連れて行ってくれる?」
私は、さっき確認した場所を指差した。
「もちろんです!」
ヴァイプさんは、いつものように元気よく答えた……いや、待って。
「ただし、できるだけ安全な道を通ってね。あと、あまり高いところは避けてほしいわ」
「承知しました!」
本当に分かっているのだろうか。
少し不安になったけれど、今は頼るしかない。
私は地図を持ち直した。
森の中に、植物が育たない場所。
妙な匂いがする場所。
領地内に何か所も存在するという、不思議な土地。
一体、何があるのだろう。
もしかすると、ただ土質が悪いだけなのかもしれない。
あるいは、何か特別な資源が眠っている可能性もある。
……いやいや。
さすがに、都合よく新しい資源が見つかるとは限らない。
でも、調べる価値はあるはずだ。
「よし。現場を見てみましょう!」
「はい!」
こうして私は、ヴァイプさんと一緒に、謎の茶色い土地を調べに行くことにした。
……もちろん。
移動中に目を瞑るかどうかは、まだ決めていない。できれば、最後まで目を開けていたい。
せっかく周囲を見る余裕が出てきたのだから。
そう思いながら、私はヴァイプさんに手を差し出した。
「……お願いね」
「お任せください!」
……うん。やっぱり、ちょっと怖いわ。




