地震はないけど、地滑りはあるらしい!
ヴァイプさんと一緒に、地図を見ながら開拓地の周辺を調べていた。
この辺りは、山と木ばかり。
平らな土地を探すのも大変だし、道を作るにしても、どこを通せばよいのか考えなければならない。
水源の位置も確認したいし、家を建てられそうな場所も見つけたい。
地図に情報を書き加えながら、少しずつ調査を進めていた。
「ここは、斜面が急ね……」
「はい。こちら側は木が多いので、道を作るなら少し迂回した方がよさそうです」
「なるほど。あとで印を付けておきましょう」
そんな話をしながら歩いていると。
「ありゃ。クルークお嬢様か?」
声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのはお婆ちゃんだった。背中には籠を背負っている。
中には、いくつもの山菜が入っていた。
「こんにちは! こんなところで何をしているの?」
「山菜採りだよ。そろそろ食べ頃のものが増えてきたからね」
「そうなのね!」
山菜採りか。
この領地では、山に入れば食べられるものがいろいろ見つかる。
もちろん、食べられる種類をきちんと見分ける必要はあるけれど、山の恵みは貴重な食料だ。
「……そうだ!」
私は、ふと思い出した。
ちょうど、聞いてみたいことがあったのだ。
「お婆ちゃんは、パンパ領にずっと住んでいるの?」
「そうじゃよ。私はここで生まれてから、ずっと住んどる」
「それなら、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんじゃ?」
私は、少し考えてから尋ねた。
「この辺りで、地震ってあった?」
「じしん? なんじゃ、それは?」
……あれ?
私は首を傾げた。
地震という言葉を知らない?
それとも、地震そのものがない?
「えっとね。本で読んだんだけど、地面がグラグラ揺れるの。立っていられないくらい揺れることもあって、とっても怖いのよ」
「うーむ……」
お婆ちゃんは、腕を組んで考え始めた。
「地面がグラグラ揺れる、か。そんなことはないなあ……」
「一度も?」
「私が生まれてから、そんなことは経験したことがないねえ」
ふむ。
長年この領地に住んでいる人が知らないのなら、少なくとも、この辺りでは地震は珍しいのかもしれない。
「地面が動くというなら、地滑りのことを言っとるのかのう?」
「地滑り?」
「そうじゃ。雨が続いた後なんかに、斜面の土が崩れて下へ流れることがあるじゃろう?」
「ああ……!」
それなら分かる。
山の中なのだから、地滑りが起こること自体は不思議ではない。
むしろ、斜面が多い土地で地滑りがまったく起こらない方が不自然だろう。
「なるほど……。ありがとうございます!」
「なんじゃ、急に?」
「ちょっと、地形のことを調べていたの!」
私は、手に持っていた地図を見下ろした。
地震がほとんどないのなら、建物や橋を作る際に必要となる対策も、私の前世の常識とは違ってくるかもしれない。
地震への備えをどこまで考えるべきか。
それは、今後の建築を考える上で重要な情報だ。
……とはいえ。
地震がないからといって、建物や橋の強度を下げてよいわけではない。
強風もあるだろうし、雨も降る。
木材は腐ることもあるし、橋には人や荷車の重さがかかる。
それに、地滑りだってある。
「……地滑り対策は、ちゃんと考えないといけないわね」
「ん? 何か言ったかい?」
「ううん! 何でもない!」
私は笑って答えた。
それにしても、地震について知っている人がいないというのは、少し気になる。
本当に、この辺りでは起きないのだろうか。
それとも、地震という言葉が存在しないだけなのだろうか。
今のところ、私には判断できない。
まあ、すぐに結論を出す必要もないだろう。
今は地形を調べて、危険な場所を把握することが先決だ。
「お婆ちゃん、いろいろ教えてくれてありがとう!」
「いいんじゃよ」
お婆ちゃんは、にこにこと笑った。
「それより、私からもお礼をしたいくらいじゃ」
「……お礼?」
私は首を傾げた。
何かしただろうか?
山菜採りの邪魔をした覚えもないし、特別なことをしたつもりもない。
「ほら、あの遊歩道っていうやつじゃよ!」
「ああ、遊歩道ね!」
……うん?
嫌な予感がする。
「最近は、歳のせいで木から木へ移るのも控えておったんじゃが、あれのお陰で、また移れるようになったんじゃ!」
「…………」
やっぱり、そっちか!
「しかも、手すりまで付いておるじゃろう? あれはよい! 足を踏み外しそうになっても、つかまれるからのう!」
お婆ちゃんは、楽しそうに笑った。
「いやあ、本当に助かるぞ! ありがとうなあ!」
「あ、うん……。どういたしまして?」
一応、お礼は言われている。
言われているのだけれど……私が考えていた遊歩道とは、やっぱり違う。
地面を歩くための道を作ろうとしたはずなのに、いつの間にか木の上の通路が領民たちの役に立っている。
しかも、お年寄りの移動まで助けているらしい……結果だけ見れば、良いことなのよね?
「さて、そろそろ帰るとするかのう。じい様の飯を作らにゃならんからな!」
「うん。またね、お婆ちゃん!」
「クルークお嬢様! 本当にありがとうなあ!」
そう言うと、お婆ちゃんは身軽に木へと飛び移った。
シュッ!
「…………」
そのまま、木の上に設置された遊歩道へ。
板の上を軽快に進み、あっという間に木々の向こうへ消えていった。
「…………」
私は、しばらくその場に立ち尽くした。
……えっと。
今のお婆ちゃん、かなり素早くなかった?
歳だから移動を控えていたと言っていたのに、木に飛び移る動きは軽やかだった。
手すりがあるとはいえ、あの高さを普通に移動していくなんて。
「……ヴァイプさん」
「はい、クルークお嬢様!」
「お婆ちゃん、すごく身軽だったわね……」
「はい! ここのお婆ちゃんは、昔からお強いですよ!」
「……そうなの」
なるほど。
パンパ領のお年寄りは、元気らしい。
いや、元気という言葉だけでは足りない気もするけれど。
「……はぁ」
褒められた。
遊歩道が役に立っていることも分かった。
お年寄りの移動にも便利らしい。
それは、素直に嬉しい。
でも……。
「私、地面を歩くための道を作りたかったんだけどなあ……」
ぽつりと呟いた。
もちろん、誰にも聞こえないように。
……いや。
今さら、そんなことを言っても仕方がない。
実際に役立っているのなら、まずは良しとしよう。
私は地図を持ち直し、再び歩き始めた。
地震のことも、地滑りのことも、これからの開拓に関わる大事な情報だ。
調べることは、まだまだたくさんある。
「よし! 次の場所へ行きましょう!」
「はい!」
ヴァイプさんと一緒に、地形調査を再開する。
もちろん、地面を歩いて。
……本当に、地面を歩いているのよ?
木の上ではないからね!
私は心の中で、念を押しておいた。
それにしてもこの領地では、普通の道を作るだけでも一苦労しそうだ……先が思いやられるわね。




