セメントの説明をしたら、あとは丸投げです!
さて。セメントの件は、ツーシュさんに丸投げっと。
……うん。
何も問題はない。
私は石灰をどう加工すれば建築資材になるのか、前世の知識を思い出しながら説明した。
もちろん、細かい製造方法までは分からない。
温度管理も、原料の配合も、実際に試しながら調べてもらうしかない。
でも、完成したら何ができるのか。
それくらいなら説明できる。
「まず、石灰を加工して、セメントに近いものを作るの」
「はい」
「それから、砂や砂利を混ぜるのよ」
ツーシュさんは、真剣な顔で話を聞いている。
「砂や砂利の量を変えたり、ほかの材料を混ぜたりすることで、強度や使い道が変わるの。建物に使うものと、橋などに使うものでは、必要な強さも違うはずよ」
「なるほど……。用途によって配合を変えるのですね」
「そういうこと!」
実際には、セメントだけではなく、砂や砂利などを混ぜてコンクリートを作る。
砂を中心に混ぜたものは、モルタルと呼ばれる。
……だったはず。
ホームセンターで働いていた知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
もっとも、私は専門家ではない。
細かな配合比率を聞かれても、答えられない。
「それと、最後に水を混ぜるの」
「水を、ですか?」
「ええ。材料を混ぜて水を加えると、時間が経つにつれて固まっていくのよ」
「ほう……。乾燥させるのとは違うのですか?」
「そうね。単に水分がなくなって固まるのとは違うの。材料そのものが反応して固まるのよ」
詳しい化学反応までは説明できない。
でも、セメントは水と反応して硬化する。
そこは覚えている。
「まずは、小さな試作品を作って、きちんと固まるか確かめてちょうだい。いろいろな配合を試して、どれが丈夫なのかも調べてほしいの」
「承知しました。記録を残しながら、条件を変えて試してみます」
おお!さすが、ツーシュさん。
私が言いたかったことを、ちゃんと理解してくれた。
これなら、実験の結果も比較できるだろう。
「それから、もう一つ大事なことがあるわ」
「まだ何かあるのですか?」
「ええ。鉄筋よ!」
「鉄筋……ですか?」
「そう。セメントを使った建築資材の中に、鉄の棒を入れるの!」
私は地面に棒で簡単な絵を描いた。
四角い枠の中に、何本かの棒を並べる。
「こういう感じで鉄筋を配置して、針金で固定するの。そして、その周りにコンクリートを流し込むのよ」
「鉄を、中に入れるのですか……」
「そう! 鉄筋コンクリートというものになるわ!」
これも、前世の知識だ。
コンクリートは圧縮する力には強いけれど、引っ張る力には弱い。
そこを鉄筋で補えば、構造物をより強くできる。
もちろん、鉄筋を入れれば何でも頑丈になるわけではない。
鉄筋の配置や量、コンクリートとの相性など、考えることはいろいろあるはずだ。
でも、木材だけでは難しい建築が可能になるかもしれない。
「鉄筋を作る技術も必要になるわね。まずは、鉄の棒や針金を加工できるか調べてみてちょうだい」
「分かりました。セメントの研究と合わせて、鉄の加工についても調べてみます」
「お願いね!」
よし。これで説明は終わり。
あとは、職人たちに頑張ってもらおう。
私は知識を伝えた。
ツーシュさんは、それをもとに実験を進める。
役割分担は完璧だ。
「……うん。これだけ説明しておけばいいっしょ?」
「……お嬢様。最後の言葉は、よく分かりませんでしたが」
「気にしないで!」
危ない、危ない。
つい前世の口癖が出てしまった。
「では、私は別の仕事に行くわね。実験の進み具合は、分かったことをまとめて報告してちょうだい」
「承知しました」
ツーシュさんは、さっそく職人たちを集めて話し合いを始めた。
石灰をどう加工するのか。
どんな材料を用意するのか。
どうやって配合を記録するのか。
すでに、いろいろと考え始めているようだ。
……うん。頼もしい限りね。
私は、その様子を確認してから、ヴァイプの方へ向かった。
「ヴァイプさん。ちょっと付き合ってくれる?」
「はい、クルークお嬢様!」
「この辺りの地形を、もう少し詳しく把握しておきたいの」
開拓地の周辺には、まだ調べていない場所がたくさんある。
水源の位置。
斜面の傾き。
平らな土地がどこまで続いているのか。
将来的に道路を通せそうな場所があるのか。
新しい集落を発展させるには、そういった情報が必要になる。
地図だけでは分からないことも多い。
実際に歩いて、地形を見ておくのが一番だろう。
「承知しました! では、いつものようにお運びしますね!」
「……いいえ」
私は、きっぱりと答えた。
「今日は歩くわ」
「歩く、ですか?」
「ええ。自分の足で、地面を歩くの!」
大事なことなので、念を押しておく。
木から木へ飛び移るのではない。
木の上に作られた遊歩道を歩くのでもない。
地面を歩くのだ。
普通に。ごく普通に。
「分かりました! では、私もご一緒します!」
「ありがとう」
よかった。
ようやく、普通の地形調査ができそうだ。
私は地図を持ち、ヴァイプと一緒に歩き始めた。
道の脇には木々が生い茂り、少し先には緩やかな斜面が見える。
足元の土の状態も、場所によって違う。
水が流れた跡もあれば、木々の間に平らな場所が広がっているところもあった。
「ここは、家を建てるには少し狭いわね……」
「そうですね。ただ、あちら側なら、もう少し平らな場所が続いています」
「本当? ちょっと見てみましょう」
私たちは、地形を確認しながら進んでいく。
こうして歩いてみると、地図だけでは気づかなかったことが分かる。
道を作るなら、どこを通すのがよいのか。
水を引くなら、どこからなら流せるのか。
家を建てるなら、どこが安全なのか。
一つずつ考えていく必要がある。
……うん。
やっぱり、現地調査は大事だ。
「クルークお嬢様。あちらにも道が作れそうな場所がありますよ!」
「本当ね。あとで地図に書き加えておきましょう」
こうして、私たちは地形を調べながら、ゆっくりと歩いていった。
もちろん、地面の上を……大事なことなので、もう一度言っておこう。
地面の上を、である。木の上ではない。
空を飛んでいるわけでもない。
私は、普通に歩いているのだ。
「……ふぅ」
ようやく、パンパ領の常識に振り回されずに済む時間がやってきた。
このまま、平和に調査を続けられますように。
私は心の中で、そっと願った。
……もっとも。
パンパ領で、そんな願いが通じるかどうかは分からないのだけれど。




