石灰を焼けば、セメントができる……はず?
さて。
遊歩道のことは、いったん置いておこう。
考えれば考えるほど、頭が痛くなる。
私が普通の歩道を想像していたのに、なぜ木の上に板の通路ができるのか。
……まあ、移動が楽になったのは事実だ。
今は、それでよしとしよう。
それよりも、今日の本題は別にある。
「お嬢様。石灰の準備ができました」
「ありがとう」
開拓地には、すでに石臼が持ち込まれていた。
掘り出した石灰を砕き、粉にしている。
まあ、ここまではいつも通りね。
畑に撒くときだって、粉にした方が扱いやすいだろうし。
問題は、ここからだ。
「……さて」
私は、粉になった石灰を見つめた。
これを加熱する。
それが、今回の実験だ。
前世の知識では、石灰石を高温で焼くことで、生石灰ができる。
そして、セメントを作るには、石灰石だけではなく、粘土などの原料も必要だったはず。
……うん。
そこまでは、何となく覚えている。
でも、具体的な製法は?
必要な温度は?
原料の配合は?
「…………」
分からない。いや、待って。
私はホームセンターで働いていたのよ?
建築資材を扱っていたとはいえ、製造工程まで詳しく知っているわけがないじゃない!
セメントの袋を見たことはある。
コンクリートやモルタルの違いだって、何となく分かる。
でも、自分で作ったことなんてない。
「……まあ、仕方ないわね」
知識がないなら、試すしかない。
この世界で、どこまで再現できるのか。
それを確かめるのが、今回の目的だ。
「お嬢様。加熱するための道具ですが、こちらを用意しました」
ツーシュさんが持ってきたのは、大きな金属製の鍋のようなものだった。
「……これは?」
「石灰を加熱するためのものです。火にかけられるよう、台も用意してあります」
なるほど。
確かに、フライパンで炒るような方法しか思い浮かばなかった私より、ずっと実験らしい形になっている。
……いや、フライパンで炒るって。
料理じゃないんだから。
「それで、どのくらいの温度まで上げられそうなの?」
「それは、やってみなければ分かりません。まずは火力を上げながら、様子を見ていくつもりです」
「そうね。お願いするわ」
本当なら、温度を測る道具も欲しい。
でも、今はそんなものがない。
ならば、火力や加熱時間を変えながら、何通りか試すしかないだろう。
……うん。
実験の基本ね。たぶん。
「それと、石灰は少しずつ分けて試してちょうだい。一度に全部使ってしまうのはもったいないから」
「承知しました」
よし。これで準備は整った。
あとは、実際に加熱してみるだけだ。
「では、始めます!」
職人たちが動き始めた。
薪を運ぶ者。火を起こす者。
加熱するための道具を調整する者。
そして、粉にした石灰を少量ずつ準備する者。
みんな、手際がいい。
こういうとき、職人たちがいてくれるのは本当にありがたい。
私が思いつくのは、せいぜい「こういうものが作れたら便利そう」という程度だ。
実際に道具を作り、使い方を考え、問題点を見つけるのは、現場の人たちの仕事になる。
……うん。
適材適所って、大事よね。
私は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
もちろん、手伝うつもりはない。
いや、手伝いたくないわけではないのよ?
ただ、私は四歳児だ。
火を扱う作業に参加するのは、さすがに危ない。
ここは大人たちに任せるべきだろう。
「お嬢様、こちらから見ていてください。火のそばには近づかないように」
「分かっているわ」
……ちょっとくらい近くで見たい気もするけれど。
ここは我慢だ。
火傷でもしたら、何のための実験なのか分からなくなる。
やがて、火が強くなり、金属製の容器が熱せられていく。
中に入れた石灰の粉を、職人たちが慎重に加熱していた。
「……これで、どこまで温度が上がるのかしら」
「薪を追加します!」
「こちらの風送りも使いましょう!」
職人たちは、次々と工夫を始めた。
火を強くするために薪を追加し、風を送って燃焼を助ける。
ただ火にかけるだけではなく、どうすればより高温になるのかを考えているようだ。
……頼もしい。
私が一から説明しなくても、現場の人たちが自分で考えてくれる。
これなら、何かしらの成果が得られるかもしれない。
もっとも、石灰を焼いただけで、そのままセメントが完成するわけではない。
そこは分かっている。
分かっているけれど……。
「……できれば、セメントに近いものができてほしいわね」
もし成功すれば、建築の幅が広がる。
水路を作るときにも役立つかもしれないし、丈夫な橋を架けることだって夢ではない。
木材だけでは難しかった場所にも、手を伸ばせるようになる。
そして、道路を整備して、荷車が通れるようになれば……。
「ふふふ……」
また、領地が発展してしまう!
「お嬢様。何かお考えですか?」
「ええ! とっても大事なことよ!」
「そうですか。それでは、実験を続けます」
ツーシュさんは、すぐに職人たちの方へ戻っていった。
……うん。
余計なことを聞かれなくてよかった。
私は、再び加熱の様子を見守る。
さて、どこまで高温にできるのか。
そして、加熱した石灰は、どんな性質に変わるのか。
やってみなければ分からない。
前世の知識だって、実際に試してみなければ、この世界で通用するかどうかは分からないのだ。
「……よし」
まずは第一歩。
うまくいけば、次の段階に進めばいい。
失敗したら、原因を考えて、また試す。
領地開発というのは、そういうものなのだろう。
……たぶん。
私は、火のそばで忙しく動く職人たちを眺めながら、静かに期待を膨らませていた。
ただし。
一つだけ、問題がある。
今回の実験が成功したら……また、私の仕事が増えるのではないだろうか?
「…………」
いや。
考えるのはやめよう。
成功してから考えればいいのだ。
そう自分に言い聞かせながら、私は実験の行方を見守ることにした。




