遊歩道って、木の上に作るものじゃない!
うーん……。
開拓地には、毎日通いで行っている。
問題は、その移動手段だ。
私自身の足で歩けば、片道三時間。
一方、ヴァイプさんに運んでもらえば、ずっと早い。ただし……。
「ひゃあああああっ!」
木から木へ飛び移る。
枝から枝へ飛び移る。
ときには、かなり高い場所を移動する。
……怖い。とにかく、怖い!
だから、運ばれている間は目を瞑り、無の心で耐えている。
何も考えない。何も見ない。
私はただ、開拓地に向かって運ばれている荷物なのだ……いや、荷物だって、もう少し丁寧に運ばれると思う。
「はぁ……」
ようやく開拓地に到着した。
今日も生きている。それだけで十分、幸せだ。
しかし、最近になって一つだけ、良いことがある。ヴァイプさんの移動速度が、少しずつ速くなっているのだ。
毎日、私を担いで移動しているせいだろうか。
それとも、移動経路を覚えて、無駄なく飛び移れるようになったのだろうか。
理由は分からないけれど、到着までの時間は少しずつ短くなっている。
……これは、褒めるべきよね?
「ヴァイプさん、毎日ありがとうね!」
「いえいえ。私の仕事ですから!」
ヴァイプさんは、にこにこと笑った。
「それに、クルークお嬢様のお陰で、少しずつ早く移動できるようになりました!」
「ん? 私のお陰?」
どういうこと?
私を担いでいるから、脚力が鍛えられたのだろうか。
確かに、四歳児とはいえ、毎日運んでいれば、それなりの負荷にはなるかもしれない。
……いや、私の体重なんて大したことないと思うけど。
「いえいえ。あの遊歩道ってやつのお陰です!」
「……遊歩道?」
聞き覚えのある言葉だった。
確かに、私は遊歩道について話したことがある。
開拓地の整備を考えていたとき、荷車が通る道とは別に、人が歩くための道も欲しいと言った。
荷車と人が同じ道を使えば、ぶつかる危険がある。だから、歩行者専用の道を作りたい。
そういう話をしたはずだ。
「はい! 人が専用に歩く道です! クルーク様がおっしゃっていたじゃないですか!」
「……ええ、まあ」
確かに言った。
言ったけれど……。
「それが、どうしてヴァイプさんの移動時間を短くすることにつながるの?」
「それは、あれですよ! あれ!」
ヴァイプさんは、嬉しそうに頭上を指差した。
「……あれ?」
私は、恐る恐る顔を上げた。
そして……。
「げっ!?」
思わず声が出た。
木と木の間に、平らな板が渡されている。
しかも、板の両側には手すりらしきものまで取り付けられていた。
木から木へ飛び移るための場所に、板の通路ができている。
それも、一か所や二か所ではない。
私たちが移動してきた経路に沿って、いくつもの通路が設置されていた。
「……これは、何?」
「遊歩道です!」
「……遊歩道?」
「はい!」
ヴァイプさんは、満面の笑みで答えた。
「木から木へ飛び移るとき、枝の状態によっては少し遠回りになるんです。でも、こうして板を渡しておけば、移動しやすくなります!」
「……なるほど」
いや、なるほどじゃない!
「それに、手すりも付けました! これなら足を滑らせても、つかまることができます!」
「……そうね」
「まだ全部には設置できていませんけど、少しずつ増やしているんです!」
「……そうなの」
私は、もう一度、頭上を見上げた。
木の上に通路。木と木の間に板。
その両側には手すり。
……どうして、こうなった!?
私が考えていた遊歩道は、地面の上に作るものだ。
人が歩くための道。荷車が通る道とは別に、人が安全に歩ける道を作りたい。
確かに、そう言った。
でも、だからといって!
「……ヴァイプさん」
「はい!」
「これは、木の上に作るものなの?」
「えっ? 違うんですか?」
「……」
違う。いや、違うはず。普通は違う。
少なくとも、私が前世で知っていた遊歩道は、こんな場所にはなかった。
「でも、人が安全に歩ける道ですよね?」
「……確かに、そう言ったわね」
「それなら、これも遊歩道です!」
ヴァイプさんは、胸を張った。
……うん。
理屈は分かる。人が歩くための道。
木の上に作られていても、人が歩けるなら、歩道と言えなくもない。
いや、そういう問題じゃない!
「……はぁ」
私は、深いため息をついた。
パンパ領の常識が分からない。
いや、もう、分からないという段階を通り越している気がする。
地面に道を作るという発想よりも、木の上に通路を作る発想が先に出てくる。
この領地の人たちは、いったい何を考えているのだろう。
「でも、少しは安全になったのよね?」
「はい! 以前よりもずっと移動しやすいです!」
「……そう」
確かに、木から木へ飛び移るだけの移動よりは安全かもしれない。
足場が安定しているし、手すりもある。
少なくとも、ヴァイプさんが移動しやすくなったのは間違いない。
私の移動時間も短くなっている。
……うん。
結果だけ見れば、良いことなのかもしれない。
「ヴァイプさん。ありがとう。助かるわ」
「はい! これからも、もっと使いやすくしていきますね!」
「……え?」
もっと?使いやすく?
「手すりを増やしたり、板を広くしたり、休憩できる場所も作ろうと思っています!」
「……」
それは、もう遊歩道というより……。
いや、考えるのはやめよう。
ここで私が何か言えば、さらに妙な方向へ発展しかねない。
そもそも、私は開拓地の整備に来ているのだ。
水道の計画もある。道路の計画もある。
食糧庫も完成間近だし、石灰の実験だって始めなければならない。
これ以上、仕事を増やしてどうする。
「……ヴァイプさん」
「はい!」
「安全第一でお願いね」
「はい! お任せください!」
……うん。
今の私にできるのは、それくらいだ。
私は、もう一度だけ頭上を見上げた。
木と木の間に渡された板。
その両側に取り付けられた手すり。
そして、その上を当たり前のように歩いていく領民たち。
……ここは、本当に私の知っている世界なのだろうか。
「はぁ……」
今日もまた、パンパ領の常識に負けた気がする。それでも、移動時間が短くなったのはありがたい。
ありがたいのだけれど……。
お願いだから、次は地面に道を作ってほしい。
私は心の底から、そう願った。
……まあ、地面に道を作る話をしたら、今度はどんなものができるのか。
それはそれで、少し怖いのだけれど。




