石灰から、新しい建築資材を作ろう!
「お嬢様。食糧庫の洞窟は、ほぼ完成しました」
開拓地を訪れた私に、現場責任者のツーシュさんが報告してくれた。
「よかったわ。これで食糧の保管は問題ないわね」
食糧を保管する場所は、開拓地にとって重要だ。保存できなければ意味がない。野生動物に荒らされる心配もあるし、雨風から守る必要もある。
そのため、北側の斜面を利用して洞窟状の食糧庫を掘ってもらっていたのだ。
「はい。それと、掘り出した石灰は各集落へ運びます」
「はー……い……?」
今、何と言った?石灰?
「石灰?」
「ええ。掘っていたら石灰層にぶつかったみたいなので」
ツーシュさんは、特に気にした様子もなく答えた。
「……集落に運んで、何に使うの?」
「田畑に撒くんですよ。そうすると穀物の育ちが良くなるんです」
「なるほど……」
使用方法は間違っていない。
石灰を使って酸性に傾いた土壌を中和する。農地の土壌改良としては、正しい使い方だ。
この領地は山が多く、まとまった農地を確保するのが難しい。
棚田を作る計画も進めているのだから、土壌を改良できる資材が手に入るのはありがたい。
……でも、ちょっと待って。
石灰?
「…………」
私はツーシュさんを見た。
「お嬢様?」
「……ツーシュさん。その石灰って、どのくらい採れそうなの?」
「掘ってみないと分かりませんが、かなりの量がありそうです」
「かなり……」
頭の中で、前世の知識がつながり始める。
石灰石を粉にして、高温で焼く。
そうしてできたものを加工し、さらに砂や水などを加えて使う。
確か……セメントだったはず。
いや、正確には石灰石を焼いて生石灰を作り、そこから消石灰を経て使う方法もあるし、セメントは石灰石と粘土などを混ぜて高温で焼くんだったか。
細かい製法までは覚えていない。
私はホームセンターで働いていただけだ。建築資材の専門家ではない。
でも、セメントというものがあることは知っている。
そして、それを使えば頑丈な建物や橋などを作れるはずだ。
「……ふふふ」
「お嬢様?」
いけない。
思わず笑ってしまった。
今まで、この領地では木材を中心に建物を作ってきた。
木は豊富にある。加工もしやすいし、運搬の手段さえ整えば、これからも大切な資源になる。
でも、木材だけでは難しいこともある。
水路を作るにしても、道路を整備するにしても、橋を架けるにしても、もっと丈夫な建築資材があれば便利になるはずだ。
もし、この世界でもセメントに近いものを作れたら……。
「ツーシュさん!」
「は、はい!」
「石灰の一部を、ここで粉にしてちょうだい。それから、それを可能な限り高い温度で焼いてみたいの!」
「……はぁ? なんのために?」
「新しい建築資材ができるかもしれないから!」
「新しい建築資材……ですか」
ツーシュさんは、少し考え込んだ。
「なるほど……。分かりました。粉にする道具と、焼くための設備を用意します」
「お願いね!」
よし!
もちろん、石灰を焼けばすぐに現代のセメントが完成する、なんて都合のいい話ではない。
原料の配合も分からないし、必要な温度も分からない。焼いたものが期待どおりの性質になる保証もない。
それでも、試す価値はある。
この領地には木がある。燃料には困らないはずだし、職人たちもいる。
何より、石灰が採れる場所を見つけたのだ。
これは大きな一歩になるかもしれない。
「それと、ツーシュさん!」
「まだ何かあるんですか?」
「鉄筋や針金も作れるようにしておいてほしいの!」
「……鉄筋?」
「ええ。鉄の棒や針金よ。建築に使うの!」
もちろん、今すぐ鉄筋コンクリートを作れるとは思っていない。
鉄を加工する技術も必要だし、セメントに近いものができたとしても、強度や耐久性を確かめなければならない。
そもそも、鉄筋コンクリートの仕組みだって、私は詳しく知らない。
でも、知識としては知っている。
コンクリートは圧縮する力には強いけれど、引っ張る力には弱い。そこを鉄筋で補うのだ。
……だったはず!
「お嬢様。鉄筋や針金を作るとなると、鉄を加工する設備も必要になりますが」
「そうね。すぐに全部はできないでしょうから、まずは必要な設備と材料を調べてみて。石灰の実験と並行して進めましょう」
「承知しました」
ツーシュさんは、さっそく作業の段取りを考え始めた。
……よしよし。
これで、また領地の発展につながるかもしれない。
セメントに近いものが作れれば、頑丈な建物を作れる。水路だって、木や竹だけに頼らずに済むかもしれない。
橋を架けるときにも役立つはずだ。
そして、いつか道路を広げて、荷車が通れるようにする。
山道ばかりのパンパ領にとって、丈夫な橋や水路は、きっと大きな助けになる。
「ふふふ……」
「お嬢様。何か良いことでも?」
「ええ! とっても良いことよ!」
新しい資材ができれば、できることが増える。
できることが増えれば、領地が発展する。
領地が発展すれば、売れるものも増える。
そして、売れるものが増えれば……。
「贅沢三昧への道が、また一歩近づいたわ!」
「……は?」
あ。しまった。思わず本音が出てしまった。
「な、何でもないわ!」
私は慌てて取り繕った。
……まあ、いいわ。
今はとにかく、石灰の実験を成功させることが先決だ。
ただし、セメントに近いものができたとしても、すぐに大きな建物や橋に使うのは危険だろう。
まずは小さな試作品を作って、固まるか、どのくらいの重さに耐えられるか、雨に濡れても大丈夫かを確かめる必要がある。
失敗したって構わない。
試して、改良して、使えるものにしていけばいいのだから。
……でも。
また仕事が増えた気がする。
水道に道路、食糧庫に、今度は新しい建築資材。
「……私、まだ四歳なのよね?」
誰に言うでもなく、私は小さくつぶやいた。
もちろん、返事はなかった。
……うん。
きっと、気のせいよね。
そう思うことにした。




